厄災の黙示録
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小さな村で母一人、子一人で育った私。
死んだというのに──目を覚ますと赤子の姿になっていた。
ここはハイラル。どうやら私は好きだった世界に転生したらしい。ただ、聞き馴染んだあの名の人間はいなかった。同じ世界に生まれただけ。魔法使いというだけで、ただの人間では巡り合うことはないのだろう。
「どうして君は歳をとらないんだ?」
「どうして貴女は死なないの?」
「どうして──」
それはこっちの台詞だ。
原因不明の不老不死。母も友人もとっくの昔に死んでしまった。新しくできた友達も、旅の途中で知り合った優しい子どもも、皆もうこの世にはいない。失う度に泣いてきた。でも、もうそれも疲れた。一人は寂しいけれど、これからも苦しみ続けるよりはマシだろう。
人が立ち入ることのない森を進む。
霧で覆われて、何処からか視線を感じる不気味な森をただ歩く。森の奥深く──霧が薄れていくと、穏やかな空気を感じた。
「うっ……」
葉を集めて作られたベッドから上体を起こした。
もう──どのくらい前のことだろうか。この森に来た時の夢を見た。この"コログの森"に住みついて以来、外の世界の空気を吸っていない。
「アオイ〜」
カラカラと音を立てて一人のコログがやってくる。近寄ってきたその子の頭を撫でると、機嫌が良さそうな声を出した。
「あっ! そうだ! デクの樹サマが呼んでたよ〜」
この森を守っている大樹のデクの樹サマが呼んでいると伝えると、コログは気まぐれにどこかへと立ち去った。
「呼んでいる、か……」
少し嫌な予感を抱きつつ、デクの樹サマの話しを聞くために剣の刺さった広場へと向かった。
「デクの樹サマ。何の話しでしょうか……?」
広場に着くと、目の前の桜が咲いた大樹に話しかける。その樹の顔が私の声に反応して動くと、遠くで花弁がヒラヒラと揺れ落ちた。
「うむ。アオイか。……主も理解しておろう。いつまでも殻に篭ってばかりでは何も変わらぬと」
デクの樹サマの言いたいことはわからなくもない。人との関係を断ち、この森に入り浸って数百年。毎日同じことの繰り返しだ。
「私に外の世界へ行け……と、言うのですか? 私はこの時代に生きていてはいけない身。外の世界に居場所などないでしょう」
「それは主がそう思い込んでおるだけ。世界を知ればその思いも変わろう」
「……デクの樹サマには何か見えているのですか?」
「儂は主のことを心配しておるのだ。親心のように──……」
「デクの樹サマ……」
私をこの森へ受け入れてくれたデクの樹サマ。言葉を交わすことは少なかったものの余所者の私にも優しく接してくれた。その恩を仇で返すわけにはいかない。
──一週間後。
私はハイラルの各地をフラフラとあてのない旅をしていた。魔物に襲われている旅人や村を助けて小遣い稼ぎをし、ハイラルはそこら辺でリンゴやキノコなど食材も確保できるので苦労はしなかった。
「ありがとうございます! これ、うちで飼っているハテノウシから搾ったフレッシュミルクです。うちのは一級品ですよ!」
「ああ。どうも」
魔物を退治した礼に可愛らしい牛のマークが入ったミルク入りのビンを受け取る。今はハテノ村に足を運んでいた。どうやらこのミルクはこの村の名産品なのだろう。他の村で売っているのを見た記憶がない。
奥の方に行けばハテノビーチがあるみたいだが……そこまで行く必要はないだろう。ハテノ村の村人に聞いたところ綺麗な砂浜があるくらいみたいだ。それならウオトリー村を目指した方が何か発見があるかもしれない。
「……おい。気付いてないとでも思ったか?」
さっきから後をつけてくる気配を感じていた。気配の消し方は上手いがまだ甘いところもある。それなりに技術は積んでいるがまだ未熟……といったところか。
木の影からその姿を現す。そこには──少年が立っていた。知り合いはいないから初対面のはずだ。が、その姿……どこかで見覚えがあるような──?
「お姉さん強いんだね! どうすればそんなに強くなれるのか教えてほしくて……。俺大きくなったら父さんみたいな立派な近衛騎士になりたいんだ!」
「だったらその父親に教わればいいだろう。それに私は魔法使い。お前は魔法なんて使わないだろ? 専門分野が違うんだ。他を当たってくれ」
「……もういないから。父さんも母さんも。母さんは病弱で、父さんは仕事中に……」
振り返れば顔を俯かせている少年の姿が視界に入る。私だって親を失った。でも、それは大人になってからだ。大人だったから耐えられただけだ。事情を知ってしまった今、目の前の子どもを放っておくほど鬼畜ではない。
「……まあ、少しならいいけど。それからここら辺に野宿できる場所ってあるの? 宿泊スペースが広くないなら何日も泊まるわけにはいかないし……」
「えっ……いいの? それなら俺の家に泊まってよ! 一人はその……寂しいから……」
「他人をそんな軽率に家に招き入れるな。人によっては悪意あって善人面する奴だっているんだから」
「俺は"リンク"! お姉さんは……?」
「アオイ、だけど……」
"リンク"。私はその名前を知っている。
私がこの世界に転生する前。好きだった物語の主人公の名前。すっかり世界に溶け込んでいたからリンクと接触するとは思ってもいなかった。生前は好きな
「アオイ……!うん。これでもう俺たち他人じゃないね!」
「呼び捨て……私の方が遥かに年上なんだけど。見た目じゃわからないだろうけどお前より数百年も長く生きているから。ほら、気持ち悪いだろ? やっぱり関わりたくないって思っただろ」
「じゃあ、アオイはミファーと同じなんだ! ミファーもゾーラ族だからハイリア人よりも長生きなんだって教えてくれたんだ! ハイリア人も長生きできるんだね。俺もアオイみたいに百年以上生きられるかな?」
「そんな簡単に受け入れるなよ……」
既にゾーラ族の姫とは知り合いらしい。
それにしても、命運次第ではお前は百年以上生きるんだよ……なんて言えるわけない。それにまだ、このリンクが回生の眠りにつくリンクとは限らない。記憶に覚えている限りでは、息吹の勇者は二人いたはずだ。
リンクの家はハテノ村の敷地内とはいえ、他の建物から孤立した場所にあった。橋を渡った先にある立派な家屋。リンクに案内されるまま部屋の中に入ると、人の姿は見当たらなかった。
「他に家族はいないのか?」
「今は俺一人」
「……この広い部屋に一人は寂しいだろ。他に頼れる大人がいなかったのか?」
「ううん。村のみんなは優しいから気遣ってくれたけど、ここは家族の思い出がある場所だから離れたくなくて……」
机に飾られたウツシエが目に入る。そこには男性と女性が寄り添い、その間に今よりも幼いリンクの姿が写っている。
形あるものとして残しておきたかったんだろうな。私も──何か残っていたら変わるたのかな。
「子ども一人で家事とかできるのか?」
「前から手伝ってたからできるよ! 食べるのも好きだから料理も楽しいし! ……あっ、アオイ。寝る時は一緒に寝ようね」
「えっ……? いや、他に寝るところとかあるだろ」
「今使えるベッドが俺のしかないからさ」
「ならお前はいつも通り寝ろ。私はその辺の床で寝るから」
「それは駄目だよ! 一緒に寝よ! 一緒に寝てくれないならアオイの隣に寝るからね!」
「急に強情だな⁉︎ 別に手出すわけじゃないけど他人同士の大人と子どもが一緒に寝ているなんて、側から見たら私がお前に手出したみたいに見えるんだよ!」
「なら問題ないね! 俺とアオイの仲だから……!」
「いや、知り合いになった程度で他人だろ」
「他人じゃないよ! アオイの頑固!」
「はぁ……」と、ため息を溢せば、リンクは落ち込んだ様子で顔を俯かせた。呆れたとか言い過ぎたとでも思っているのだろう。
「悪かったな。大人気なかった」
「えっ……? アオイ、怒ってないの?」
「そんなに短気で心の狭い奴に見えたのか? 私だってそこまで非情じゃない。お前くらいの年頃ならまだ甘えたい盛りだろ」
「うん。でも、俺はそんな子どもじゃないけど……」
「ため息一つで落ち込んで奴がよく言うよ」
私は奥に見えるベッドに向かうと腰を下ろした。リンクは後ろをついて来ていたようで、ベッドに飛び込むと壁側へと転がっていく。リンクはソワソワとした様子で私を見つめている。コートを脱いでベッドの端に横になるとリンクが抱きついてきた。
「俺が強くなったらさ、アオイにずっと一緒にいてほしいんだ……」
「……一人は寂しいから?」
「……うん」
「きっと、その頃にはお前は一人じゃないよ。私なんて必要なくなってるはずだ。それに私は冷たい人間なんだから……」
「アオイは冷たくないよ。冷たかったら俺のこと突き放してるのに……そうしていないのが証拠だよ」
覗き込んできた澄んだ碧眼。雲一つない空のような色をしながらその奥は深海よりも深い。その目に見つめられていると心の内を見透かされているような気にさえなる。
「……甘やかしたりしないから。さっさとおやすみ、"リンク"」
「今……! ふふっ。うん! おやすみ。アオイ」
「うぐっ‼︎」
お腹にドスンっとした重みを感じて目を覚ます。
懐かしい夢を見ていた。十年くらい前のことだっただろうか。後に勇者となる少年と出会った時の記憶だ。あれから暫く面倒を見た後、旅を再開して最終的にコログの森へと帰ってきた。帰還直後のデクの樹サマはまるで何があったのか知っているかのように満足そうな表情をしていた。
あの頃、既にリンクは強かった。私が面倒見る必要があったのだろうか……?
「頼むから降りてくれ……」
私の腹目掛けて落下してきたものはコログだったらしい。落ちてきた張本人は困ったように揺れていた。コログを抱き上げて退かすと、そのまま慌てたように何処かへと姿を消してしまった。
「……目覚めの時、か」
広場にある