▶︎始まりの章(新)
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眼科に広がる厚き雲と澄み切った空。
そんな空に浮かぶ島"スカイロフト"は今日も穏やかな時が流れていた。相棒のロフトバードがいない私は広場のベンチに座り、華麗に空を舞う鳥をぼんやりと眺めていた。
「アオイ〜‼︎」
声の聞こえた方へ振り返れば、私より少し背の低い男の子が全速力で走ってきているのが見えた。ベンチから立ち上がり身構えると、そのままの勢いで少年は抱き着いてくる。
「ちょっ、危ないよ! "リンク"!」
「アオイに聞いてほしいことがあって……!」
ふにゃっとした笑顔を見せるリンク。
話しを聞くのはいいけど、一歩間違えてたら怪我してたでしょ……! そんな私を余所にリンクは言葉を続ける。
「僕の所にも来たんだ! ロフトバード! 赤い鳥でね──……」
赤いロフトバード。
それはかつてのリンクを認めたあの子だろう。この時代のリンクの前世。優しい緑に映える赤いマント。もう会えぬその姿が頭の中に浮かぶ。
気が付けばこの時代に赤ん坊の姿で目を覚ました私。かつて負った傷は傷跡として体に刻まれている。夢じゃない。全て実際に目の当たりにした現実だ。
「── アオイ! もう! ……ちゃんと僕の話し聞いてる?」
「ごめん、ごめん! えーっと、それで……何だっけ?」
「聞いてなかったでしょ! アオイが空飛びたくなったら僕のロフトバードに乗せてあげるね! って言ったの!」
頬を染めながら花が咲いたような笑顔を浮かべるリンク。「デートには誘えたから後はチューするのみっ!」と、小声で言っていた言葉は聞こえなかった振りをしよう。
「ありがとう、リンク」
その頭を撫でる。そのあどけない表情が微笑ましかった。
この時代のリンクは私より3つくらい年下だ。不思議な気持ちだ。前世でも前の時代でも年上だった勇者リンクが自分より年下なことに。前世のリンクは年上だから甘えられた。でも、今は違う。これからは年上としてしっかりしないと──!。
「そういえば、リンク。授業の方は大丈夫だったの? よく居眠りしてるって聞くけど……」
「うっ。それは、その〜……。またゼルダに怒られちゃった……」
「そっか。寝る子は育つって言葉もあるし、リンクは成長期なのかな?」
「え? 成長期? ……そっか、すぐ眠くなっちゃうのは成長期なんだ!」
落ち込んだ様子だったリンクが目を輝かせながら顔を上げる。学校の中で授業中居眠りをしてしまい怒られているリンク姿をよく見る。本人も悪気があってしたわけではないのだろう。先生達にはリンクは他の人よりも脳が疲れやすいのではないかと弁明しておいた。しかし、幼馴染みの"ゼルダ"は別だ。リンクを心配してるからこその言動だろう。
「こら! アオイ‼︎ リンクを甘やかさない‼︎」
自分を叱る声に振り返ると、そこには綺麗な金髪を風に靡かせた少女が立っていた。今、話題にしていたゼルダだった。
「甘やかしてるつもりはなかったんだけど……」
「アオイにその気がなくても、側から見たら甘やかしている風にしか見えなかったわ」
「ゼルダ。あの……まだ怒ってる?」
「リンクのこと探してただけよ。いつもぼんやりしてて、見てるこっちが心配になる」
「それはごめん……」
辺りには沈んだ空気が流れる。私は二人の背中に触れた。
「おやつにカボチャのクッキーを焼いたんだけど、食べない?」
「「食べる‼︎」」
リンクとゼルダの元気な声が重なる。
「それじゃあ、帰ろうか」
「ええ! ……ねえ、リンク!勝負しましょ! アオイのクッキーを先に食べれる権利を賭けて……! 準備はいい? よーい、ドン‼︎」
「えっ⁉︎ ちょっ……狡いよ! ゼルダ‼︎」
「二人共怪我しないようにね‼︎」
先を走り出したゼルダの後を追うようにリンクも走り出す。元気なのはいいとして、怪我しないといいけど……。
穏やかな風が吹き抜ける。
私を拾って育ててくれたゼルダの父親であるゲポラ校長はこの島の歴史を多少理解している。聞いたその歴史の中にリンクの姿はなかった。あの時代から私が消えた後、リンクがどう生きたかなど知る由もない。この島に残っているのは女神ハイリアの歴史と彼女に似ていない女神像があるくらいだ。勇者リンクの伝説が語り継がれていてもおかしくないのに。
足を止め、空を見上げる。
リンクは──怒っているだろうか。共に在ろうとしてくれた彼には悪いが、私はリンクに生きていてほしかった。……何かを得るには何かを犠牲にしなければならない。私は命を等価交換しただけ。リンクはそれを望んでいなかっただろうけど。
リンクは優しい人だ。だから傷付けたと思う。もう詫びることもできないのだから私の罪として積み上げるのだろう──許しを得る前に崩されてしまう積み石を。
リンクは幸せな余生を過ごせただろうか。
リンクは魅力的な人間だ。お似合いの女性と結ばれたのかもしれない。自分の家庭を築き、血を繋ぎ、未来へと…………やっぱり、ちょっと……嫌、だな。
「アオイ〜‼︎」
ゼルダと競争して先に帰ったはずのリンクが走って戻ってきた。よく見ると、先の方ではこちらを向きながらゼルダが立ち止まっているのが見える。
「どうしたの? リンク」
「アオイのこと置いてけぼりにしちゃったから……! あの、それと……"大丈夫だよ!"」
「えっ……?」
母親も故郷も失ったあの日──出会ったばかりのリンクの姿と重なる。リンクとリンクは別人だ。同じのは魂に刻まれた勇気くらい。それでも、どこか変わらないと思ってしまうことはおかしいだろうか。
「アオイの側には僕がいる! ……えっと、その、アオイが寂しそうな顔してたから……」
「リンク……。ありがとう。私は大丈夫だよ。ほら、ゼルダが待ってるし、行こうか」
私が手を差し出せば、リンクは頬を緩めながら手を繋ぐ。空からリンクへ視線を移す間、あの美しい赤が視界の端に映った。
リンクはまだ幼い。今度は私が守る側になるんだ。隣で無邪気な笑顔を浮かべるリンクを一瞥して私は一歩踏み出した。
──リンクのような人になりたかった。
彼に憧れた。だから、同じように前を向きたかった。
ただ──君が好きでした。
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