▶︎始まりの章(新)
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杖を天に向けて掲げる。
「
杖の先がバチバチと音を立てる。空は曇天へと変わり、雷の雨を降らせた。目の前を塞ぐように立ち塞がっていた魔物達は落雷を受けて体を焦がしている。魔物は絶命してから一呼吸置いて、塵へと化していった。
「知らぬ間にそんな力をつけていたんだな……」
少し悲しげなリンクに私は人差し指を一本立てて、目の前に突き出した。
「リンクは運がいい。……1割だったからね。成功率」
「そ、それは。一歩間違えていたら大きな被害が出たんじゃないか?」
「範囲攻撃の魔法は威力が大きい分、コントロールが難しいんだ。失敗したら敵味方関係なしの無差別な攻撃になっていたけど……リンクがいたから大丈夫だと思って……」
「俺が? 俺は何もしていないが……」
「リンクなら私を信じてくれる。……そう、思っているから。それが自信へと繋がり、私を強くしてくれる」
リンクの方を向く。そっと、手を伸ばした。
「いつか私もリンクと同じになりたい。でも、今は私の手引いてくれる?」
「当たり前だ。嫌だと言ってもこれから先も俺がアオイの手を引こう。生きている限りこちら側は譲れない」
触れた手の温かさがリンクの存在を確かなものにさせる。いつかは私も──手を引く側になりたいんだけどな。
魔王軍の勢いは増して、魔物達の動きが活発になっている。今、ハイリアは終焉の者と対峙しているのだろう。女神から授けられた剣をリンクは折り、再び剣を鍛え始めている。この剣を手にし、邪悪なる者とリンクは対峙する。
その時がリンクの生死を別つ──分岐点。
その記憶だけは鮮明に残ってくれたのは唯一の救いだ。もし、前世の記憶がなければ私の実力では二人共助からないか、リンクを知っている結末通りの運命にさせてしまう。それは、それだけは避けなければならない。
リンクを助けられなければ、私の生きる意味はない。
「運命の思い通りにはさせない」
魔物達との戦いで地上は荒れ果てていた。
「世界の終わりだ。ああ女神よ、なぜ救ってはくれぬのだ」
「いやきっとだれかが助けてくれる。このまま神がお見捨てになるはずがない」
そう嘆く人々の声。
リンクは静かに──しかし、その内に強い意志を込めて言葉を放つ。
「遠くで祈ったところで魔物は消えはせぬぞ‼︎」
リンクが剣で斬り、私は支援するように魔法を放つ。倒せど魔物は際限を知らぬかのように湧いてくる。戦いに参加している人の中には命を落とす者まで出始めている。極力助けてはいるものの救えるものにも限りがある。
「戦いが長引くようなら被害も大きくなる。誰かが先陣を切って魔王を叩くしかないだろうね」
「……アオイ。共についてきてくれるか?」
「リンク。私は最初からそのつもりだよ」
女神ハイリアの助力で他の種族も戦いに参戦してくれているものの、既に戦いは七日七晩にも及んでいる。体力の限界も考慮するとこちら側の軍勢が不利だ。
私は体に力を入れる。そうでもしないと震えてしまう気がしたからだ。人と同じ形をしているものの、その体躯は人間よりも数倍も大きい。その身から放たれる禍々しい気は体を凍てつかせた。目の前にいるのは邪悪なる者。後の時代に終焉の者と呼ばれる存在だ。……情けないな。リンクの力になるためにこの場にいるというのに、私は目の前にいる存在に怯えている。
邪悪なる者の姿を遮るように目の前に見慣れた赤が現れた。それはリンクのマント。こんな状況だというのにリンクは私を気にかけてくれている。足手纏いにならないようにしないと。
「どうした、神に頼れ臆病者め。泣け! 叫べ! 逃げまどえ。土下座して私に平服するなら魔物の末席にとりたててやってもよいぞ。それとも、この爪で引き裂かれたいか?」
邪悪なる者が口を開く。人間を──リンクを見下したような口振りだ。そんなことを気にせずリンクは剣を構えた。
「生きることに執着はせぬ、だがその前にきさまを倒す!」
怯んでいる場合じゃない。体を動かせ……! リンクに続くように魔力を溜め、思いっきり杖を振り翳す。魔力の籠った魔法の玉は当たりはしなかったものの、それでいい。リンクを援護することが今、私に出来ることだ。
リンクは攻撃を避けながら剣を振るうものの、その攻撃は体躯に似合わない機敏な動きで避けられてしまう。
「愚かな虫ケラめ」
その言葉を聞いて嫌な予感がした。
邪悪なる者の大きく鋭い爪がリンクへ向いている。
度重なる連戦で疲弊しているリンク。
頭の中ノイズが掛かった記憶の中、一瞬だけ隙間から鮮明に覗いていた"リンクの死"
だから、私は──……。
──リンクへと必死に手を伸ばした。
―*―*―*―*―*―
「リンク‼︎‼︎」
聞こえてきたアオイの声。
それと同時に体に強い衝撃を受ける。突き飛ばされたような衝撃だった。反射的にアオイの方を向いた。目に飛び込んできた景色は──。
──頭の中が真っ白だった。
意識を取り戻した時、既に魔王の姿は何処にも見当たらなかった。自らの手で葬ったのか、逃げられてしまったのか……覚えていない。いつの間にか側に降り立っていた赤き鳥が心配そうに覗き込んでいる。それは俺の腕の中で苦しそうに浅い呼吸を繰り返しているアオイを。
魔王の爪で抉られた腹は真っ赤に染まり、その傷口から溢れ出た液体が地面へと滴り落ちている。目の前が真っ暗になった。怒りと悲しみで頭の中をぐちゃぐちゃに混ぜられているかのような気分だ。俺が捧げられるものなら全て捧げよう。この命さえも。だから……どうか……アオイを奪わないでくれっ!
「アオイ‼︎‼︎」
真っ青な顔をしたアオイの目が開く。
「……っ。リ、リンク。私は……大丈夫、だから……っ」
傷口を押さえながら起きあがろうとするアオイを支える。
「無茶をするな! その傷では……」
「……あと少し、だから。終わりのない夜はない。……迎えようよ、新しい……朝を……」
「アオイ……」
アオイの中の炎は消えかけだというのに力強く燃えている。彼女はまだ諦めていないというのに俺が弱気になってどうする。──終わらせよう。また来る明日のために。再び愛したこの地を見守り続けるために──。
側にいたロフトバードがその大きく鮮やかな赤い翼を広げる。その背に乗れと言わんばかりに。覚束ない足取りのアオイを片手に抱えながらその背に乗る。
「うっ……」
「すまない、アオイ。すぐに終わらせる」
アオイの体に負担が掛からぬよう、ロフトバードに抱きつくような体位にして寝かせた。
「ロフトバードよ、我らの民を空へと迎え入れてはくれまいか。そのための道案内をたのむ」
大地を切り取り、空に住むことになるというのであれば人を導く存在が必要だろう。
《おまえがこれからも私の背に乗るのなら》
「ああ、約束しよう!」
──その瞬間。手にしていた剣が何かに反応するように光り輝いた。気付けば周りには得体の知れない龍のような生き物が3匹、周りを飛んでいた。
1匹の龍は言う。《神の遺産はマスターソードに宿りし。勇者よ剣を女神のもとへ‼︎》と──。言われるがままに剣を手放せば、剣は意志を宿したかのように女神の元へと飛び立つ。
女神ハイリアは大地を切り取ったのだろう。
人々を集めた城は大きく揺れ動いている。
空から我が手に収まるように舞い降りる剣。ロフトバードから飛び降り、その勢いのまま剣を地へと突き立てた。
永遠にあれ
美しきハイリアの地よ。
マスターソードが柱となり、大地を空へと浮かす。
「リンク……」
振り返ればそこには傷口を押さえながらこちらへと向かってくるアオイの姿が。すぐに側に近寄り、その体を支える。
「無茶をするな! ……俺はこのまま二人で──……」
「ダメだよ。くっ……リンクは、あの空に行きたいんだよね? 私にはわかるよ……」
「しかし……」
支えているとはいえ、アオイは立っているのも辛そうだ。アオイの歩いてきた後には滴り落ちた血で道が出来ていた。もう長くは保たない。冷静な頭が鋭く尖った凶器のような現実を突き立てている。
「リンク‼︎ アオイ‼︎ 光に飛び込んでください‼︎」
「なにをしている、早くしろォーーっ‼︎」
空から仲間の急かす声が降ってくる。
しかし、俺はこんな状態のアオイを下手に動かすことも一人にすることも出来ない。それならば共に死んだ方がマシだ。
「……っ、リ、リンク。変なこと、考えてないよ、ね……?」
アオイの心を見透かしていそうな目と目が合う。
「……アオイ。俺は……‼︎」
強く胸倉を掴まれるとそのまま──。
──柔らかな感触が唇に触れる。
「好き。大好きだよ、リンク。だから──」
不意を突かれて力が抜ける。どこにそんな力が残っていたのか、アオイに力一杯に突き飛ばされて光の中へと飛び込む体。気が付けば城にいた仲間達に囲まれていた。
「──君は、"生きろ──‼︎"」
アオイは最後にそう言っていた。
大地から身を乗り出そうとしても見えない壁に阻まれて外へ出ることが出来ない。ただ、小さくなっていく姿を見つめることしかできなかった。
そんな一方的に狡いじゃないか。
本当に大切だったんだ。
"愛してる"と、伝えたかった──。
きっとこの気持ちは永遠に変わらない。それならば、手の届かない場所に行ってしまったアオイをただ、想い続けよう。そして、この魂はアオイと共に──。……諦めたくなどなかった。
―*―*―*―*―*―
リンクの体を突き飛ばし、その体を光の中へと入れる。光に触れるとワープしたかのように消えるリンク。それを見届けると、私は膝から崩れ落ちた。
「……限界、か」
我慢の限界だ。出血量は既に致死量に近いだろう。"本来"であれば死んでいたリンクを生かすことが出来た。それだけで十分だ。もう死んでも悔いはない。
──嘘だ。
死にたくない。リンクともっと一緒に生きていたかった。死ぬのが怖い。一人は寂しい。辛い。苦しい。嫌だ。もっと、もっと──……っ‼︎
「生きて、いたかっ、た、な……」
前世では死を受け入れられていたのは私に大事なものがなかったから。後悔なんてなかった。──でも、現世は違う。周りのいい人達。両親。ハイリア。それに、何よりも大事なリンクの存在。もっと共に生きたかった。もっとやりたいことがあった。後悔ばかりだ。
「アオイ」
優しい柔らかな声が聞こえる。
倒れた体を抱き起こす温かな感触。
「……ハイ、リア?」
ポタリと落ちてきた雫が頬を濡らす。
「わたしは知っていました。貴女が"外側の世界"から訪れた子だと。しかし、天は貴女のような異端を許さなかったのでしょう。貴女の魂は転生することはない。死ねば消える儚い存在」
「……嫌だなあ。受け、入れるっ、しか、ない……なんて……」
「いいえ。わたしが変えてみせます。アオイの命が燃え尽きてしまう前にアオイの魂を未来へと送る。傷が癒えるほどの時間の流れた未来であればもう一度人生を歩めるはずです」
「そ、それは……」
「もう時間がない。欠点は体の成長具合は調整出来ないこと。再び目を覚ました時、子どもなのか将又大人なのか……それはわからない。ただ、アオイはわたしにとって特別な子です。不便にならぬよう女神ハイリアからの祝福を授けましょう」
ハイリアが私の胸に手を翳すと、柔らかな光と共に胸元が温かくなるのを感じる。まるで女神の力が自分の内側に入ってきたかのような感覚だった。
「女神ハイリアの加護と──いつか時が来たらそれは貴女の中から芽吹くでしょう」
震えるほど寒さを覚えていた体が太陽のような温かさに包まれる。体を見ると優しく発光しながら透ける体。
「別れの時ですね。ですが、それは永遠ではない。わたしも……アオイやリンクと共に生きたくなりました」
「ハイリア……。私は貴女のことを理解できる程の人間じゃない。寧ろ、わからないことだらけだった。でも、これだけは言わせてほしい。……ありがとう、大好きだよ。私が唯一信じた神様」
「……っ! ええ。わたしも……愛してます。アオイ」
視界が光に包まれる。
段々と落ちる瞼。でも、恐怖心はもうなかった。リンクやハイリアと生きる未来がないことは悲しかったけれど、あなた達の魂と共に在れるというのならば寂しくはないだろう。
──目を覚ました先には愛が満ちていた。