▶︎始まりの章(新)
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リンクと共に城へと戻ると、リンクはあっという間に大勢の民に囲まれる。人気者は大変だ。なんて、何処か他人事のように思いながら私は巻き込まれないようにリンクから距離を取った。否、取ろうとしたがそれは叶わなかった。
「アオイ。何処に行く気だ」
リンクに捕まってしまったから。
「リンクと一緒にいたら人混みで潰れるから」
私自身が小柄というのもあるが、リンクを取り囲むのは体躯のいい男性ばかり。力の差なんて明白で私の気持ち的には馬の群れに囲まれるようなものだ。
「しかし……」
「ちゃんと戻ってくるから。必ず」
納得いかない様子のリンクを宥めるように伝える。
「……わかった。しかし、あまり遠くには行かないでくれ」
「心配性だね、リンクは。落ち着いた頃を見計らって戻るから安心して」
つい先程までの出来事を考えればリンクが心配するのは当たり前だ。個人の感情を優先させるとしたらリンクの側を離れたくはなかった。けど、英雄と讃えられるリンクを独り占めできるほど私は出来た人間ではない。リンクを助けようとしなかった奴等が都合のいいことを──なんて、湧き上がる黒い感情から目を背けた。
少し離れた場所にある広場に向かうと出店が目に入った。どうやら様々なアクセサリーを売っているらしい。品物に目を通していく。ネックレス、イヤリング、ブレスレット……指輪。シンプルなデザインの指輪が目に留まった。綺麗な空色の小さな宝石が装飾されたシンプルなシルバーの指輪だ。
過去の記憶を思い出す。結婚や婚約の意味以外にも家族や絆の証として指輪を贈ることもあるらしい。目に見える形の絆──リンクは喜んでくれるかな。指輪を贈るなんて重たいかもしれない。けど……私は指輪を買うことにした。
リンクの元へ向かうと、側に女性の姿が見えた。あれは──ハイリアだ。女神から勇者へ剣が手渡されているところだった。
「アオイ。……少しこちらへ」
二人に近寄ると、ハイリアの視線が合う。突然現れた女神と私が知り合いだったことにリンクは困惑しているのだろう。私とハイリアを見比べるように視線を動かしている。
「リンクがいない間私はハイリアに世話になっていたから……」
「そう、だったのか……。女神よ。感謝する」
「いえ。わたしは大したことはしていません。アオイはこの4年間よく頑張りました。だから……褒めてあげて」
リンクは緊張の糸が切れたように微笑んだ。
「ああ。そうさせてもらう」
「ちょっと。そういうの別にいいから。……ハイリアは私に話があったんでしょ? 向こうで話そう」
頭を撫でようとしてくるリンクの手を避け、ハイリアを急かしながら人混みから離れた。
「それで……どうしたの?」
握っていたハイリアの手を離す。振り返るとハイリアは曇りがかった表情をしていた。
「邪悪なる者は神の遺産"トライフォース"を狙っています。アオイ。貴女がこれからもリンクと共に在るというのであれば決して触れてはなりません」
「それは……私に資格が無いから?」
「貴女が魔法使いだから……それも特別な。もし、神の力に触れようものなら貴女の中の魔力が拒絶反応を示し……」
「……死ぬんだね」
「……そうです。貴女の命が砕けてしまう。わたしは……そうなってほしくない」
女神にも変えられない運命ってやつか。この世界の神様は運命って言葉が好きだ。そんなたった二文字程度の言葉で人間の人生を縛りあげる。勇者と女神と魔王の魂の存在が脳裏をよぎった。
「ねぇ、それって神の力を手にした人に近寄るのも駄目なの?」
「いえ。神の力そのものに触れなければ問題ありません。それがどうかしましたか?」
「いや……仮にハイリアがトライフォースを持っていたら私死んでたかもなぁって思って」
私の言葉に驚いたような様子のハイリア。しかし、すぐに慈愛の籠った微笑みを浮かべる。その姿を見ていたら不思議と見守られているような気持ちになった。
「アオイ。貴女は大事な子。簡単には死なせません」
ハイリアの手が頬に触れた。
胸の奥にじんわりと温かさが広がる。女神からの寵愛とかそういうものじゃなくて、単純に人の優しさに触れたからだろう。
「ハイリアは神様らしくないね」
「神様らしい……とは?」
「神は……もっと自分勝手で人間のことなんてどうでもいい存在として扱ってるのかと思って。だって神の遺産なんて争いの元にしかならないものを遺してるわけだし。……神様ってやつは人間を試してるの?」
「……人は他の者の気持ちを察することは難しいと聞きます。もしかすると、神も人も大差変わらない存在なのかもしれませんね」
ハイリアは遠くを見つめていた。
その胸にどんな想いを抱いているのかは私にはわからなかった。わかるのはただ、この地を愛しているということ。同じ神でもこの女神は人も魔族もいがみ合い争うことを望んではいないのだろう。
「ハイリアは人間として生きた方がいいと思う」
その横顔が辛そうに見えたから。自然と言葉が溢れる。
「わたしが……ですか?」
「相手の気持ちを知りたいなら対等の存在になるしかないと私は思うよ」
頭に浮かぶのはリンクの姿。
私がどれだけ頑張ってもリンクと対等にはなれない。それがただ悲しかった。目の前にいるのに、どれだけ手を伸ばしてもいつも手は空を掴むだけ。リンクは隣にいるはずなのに──その背はいつだって遠い。
リンクとは違う道を歩けばこの気持ちも楽になるだろう。でも、もう手遅れだ。だって、その背からもう目が離せなくなっていたから。
「……戻りましょう、アオイ。リンクも痺れを切らしているかもしれません」
「そうだね。……それにしても神、か」
「アオイ? どうかしましたか?」
「……何でもないよ」
神様なんて嫌いだ。リンクの──勇者の人生を弄ぶ神様なんて大嫌い。
ハイリアは別の用事があると言い、私は一人で戻ることとなった。表情が暗く見えたが大丈夫だろうか……。
「……あの、リンク?」
リンクの元へ向かうと手を繋がれる。そんなことしなくてももう何処かへ行く気はないというのに。
「その……。わかってはいるんだが……離れてほしくない」
私を見下ろしてくるリンクの顔には影がかかっている。綺麗な碧眼が風に揺れる水面のようだった。
「リンク。左手出して」
言われた通りに素直に左手を出すリンク。その手からグローブを外すと、買った指輪をその手につけた。対面した状態から差し出された手──私から見て右から2番目の指。
「これは……?」
「さっき暇つぶしに見てた店で買ったもの。リンクに似合うかと思って……。前にファミリーリングの話聞いたことあったから……家族の絆、みたいな」
リンクが指輪を嵌めた手を目を細めながら見つめ続けるものだから少し顔が暑い。きっと、普段しないようなことをしたから熱でも出たのかもしれない。
「いらなかったら捨ててくれて構わないから」
「捨てやしない。一生大事にする」
安物の指輪なのにリンクは大袈裟だ。愛おしげに指輪に唇を落とすものだから、あげたこっちが恥ずかしくなる。
リンクはふと、眉を顰める。
「困ったな。俺から渡せる物がない……」
「別に気にしなくていいのに」
「俺が渡したいんだ」
リンクの真剣な表情に、私はその風に揺れる髪の隙間から覗くピアスを指差した。リンクの瞳と同じ澄んだ青色のピアス。
「なら、それとか……」
「ピアスか? しかし、そうなると耳朶に穴を開けないといけないが……」
「ん。なら、私の初めてリンクにあげるよ」
穴を開けてほしいという意味で左耳を見せながら伝えたものの、リンクは黙り込んでしまう。……私、変なこと言ってないと思うけど。
「アオイ。そういう発言は誤解を生む。俺はいいが、他の者には言ってほしくない」
「よくわからないけど……ごめん」
「いや。わかってくれたらいいんだ。責めるつもりはない」
私の頭を撫でるリンクの瞳が優しくて、つい目を逸らしてしまう。その目が好きなのに、見つめられているのが気恥ずかしかった。
「……ありがとう、リンク」
少し痛みはあったものの、左耳にリンクのしていたピアスがつけられる。少し重くなったような感覚はあったが、その重みも悪い気はしなかった。
「どう? 似合う?」
「ああ。……よく似合っている」
リンクの大きなゴツゴツとした手が触れる。それが少しくすぐったかった。
「……これから厳しい戦いが続くだろう。アオイはどうする? 俺としては一緒に来てほしくはないのだが……止めても聞かないのだろう?」
「勿論。リンクよりは弱いけど……あの頃の私とは違う。私にだって出来ることは増えたはずだよ。それに……リンクは一人にするとすぐ無茶をするから心配だよ」
「それはアオイも同じなんだがな」
リンクは鞘から剣を取り出す。
それはかつて画面越しに見慣れた──"退魔の剣マスターソード"。
「鍛え上げてみせるさ……」
リンクの掲げた左手でマスターソードの刀身が鈍く光を反射させた。