▶︎始まりの章(新)
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リンクは──怒るだろうか。
目の前には血溜まりに倒れている人だったもの。私の右手に携えた剣は真っ赤に染まっていた。
「こんな事しなければ命だけは助けてやったのに……」
私は押し倒してきた男を魔法で出した剣でその体を貫いた。無我夢中で剣を抜き差しし続ける。気付いた時には男は微動だにしなかった。
最初は脅迫する程度に収めるつもりだった。……あのまま抵抗しなければ私は襲われていたんだろう。
仕方ない……で、済む話ではないだろう。
リンクは失望するだろうか。最低な人間だと罵るだろうか。私は……間違っていたのだろうか。
「そんなことよりも作戦を練らないと……」
私は死体と血痕を片付け、部屋を元の状態に戻してから城を後にした。
──数日後。
私はハイリアから許しを得て、天望の神殿の奥にある泉にいた。膝をつき、手を組んで祈る。それから、女神の紋章の裏に道具を隠した。
「アオイ」
ハイリアが私に声を掛ける。この神聖な空間が良く似合っている。
「何をしているのですか?」
「自作した煙玉を数個隠してた。威力は期待できないけど、何も無いよりはマシかと思って」
「此処に入れる者は限られています。それは一体誰のために……?」
女神ハイリアの遠くを見透かしているような瞳が真っ直ぐ私を見つめていた。
「いつか来る──未来のためだよ」
ハイリアは何も言わなかった。
私の言葉の意味を知ってか知らでか、ただ、微笑んでいる。私もハイリアもそれ以上何も言わなかった。
「此処は綺麗だね。荒れているのかと思ったけど……」
天望の神殿の内部は見渡すと、新築のように綺麗だった。
「まだ手入れする者がいますからね。いつかは廃墟のように朽ちてしまうのは避けられないでしょう。神の力が無いものは時の流れに逆らえませんから」
ハイリアはそっと壁を撫でた。
その憂いの籠った瞳は、女神は人と違う時を生きていると語っているようだった。
「明日、リンクを救出する」
私はハイリアの手に──触れることをやめた。
挙げかけた手を誤魔化すように強く握る。
手に入れた情報によるとダギアニス卿は今日、魔王に殺されるだろう。大きな知らせは通達されるのが早い。一番城内が混乱している中を攻めるのが良いだろう。
ただ、問題は魔族の存在だ。
「オービル達には隙を見てリンクの元に向かうように言ってある。その間、私が魔族の気を引く」
「アオイ、それは危険です。あの者達は統率の執れた行動をします」
「私なら出来る。でも、リスクは下げておきたいんだ。ハイリア。魔族の弱点は知ってる?」
ハイリアは長い睫毛を伏せる。
「知っています。大抵の魔物はアオイでも倒せるとしても……"魔族長ギラヒム"。魔王の右腕とも呼べる者です。魔王軍の活発化であの者も独自に動いていると聞いています」
魔族長ギラヒム……この時代から存在するのか。
この時代の勇者リンクの来世。"スカイウォードソード"に出てきた人物の一人。勇者と敵対し続けた魔王のための剣の精霊。
「……実力は向こうの方が上か。そうなると直接対決は避けて考えないと」
「アオイ。貴女はもっと自分を大切にして。リンクのためを想う気持ちはわかる。でも、身体中傷だらけにしてわたしが何も思っていないと思っているの?」
傷の手当てをしてある私の頬にハイリアの手が触れる。
その瞳は静かに揺れていた。
「止めても無駄なのでしょうね」
「ごめん。ハイリア、貴女が大事に想ってくれているのはわかってる。でも、誰かがやらなければ被害は少なくないだろう。リンクの隣に立てるのは……彼と同じように自らを犠牲に出来る人だけだ。……まぁ、私にはそんな資格無いだろうけどね」
私はハイリアを見た。そこに迷いは無かった。
「……アオイ。どうかご武運を」
「行ってきます」
そして翌日。
オービル達はもう準備が済んでいた。私はそれを見届けてから城へと向かう。
静かな城内を隠れながら進んで行けば、ちらほらと魔族が居た。暢気にしているボコブリン達。数体のモリブリン達。ダギアニス卿は魔王に殺されたと聞いたが、魔王らしき人物は見当たらない。城へは下見で低級モンスターだけ来させたのだろうか。
帽子を深く被る。そして、指を輪っか状にしてから口に咥えるように息を吹く。
ピューーーィ‼︎
辺りに響く高い音。
「低級魔族め! こっちだ‼︎」
それに反応した魔物達を誘うように声を上げた。
魔物の大群が後ろをついてきているのを確認しながら、城から離れるように走った。城に居た魔物が全て連れて来れていないとしても数体程度なら彼等でも対応しきれるだろう。ただ、問題が一つある。
──魔族長ギラヒムは何処だ?
もし、仮にあの男が城に居たとしたら……。ギラヒムに対抗出来るほどの強さがあるのはリンクだけだ。
この場にいなかっただけなら良いのだが、ハイリアが警告したということは奴も来ている可能性があるのだろう。
私の注意力は散漫としていた──そう、油断していたのだ。
──刹那。鋭い痛みが右足を襲う。
痛みに耐えきれずその場に倒れる。
「……まったく。魔王様の御命令で出向いてみれば、たかが人間の小娘に舐められるとはね」
特徴的な人間のような姿。薄らとある記憶の中にある姿との違いは顔の片側の長い髪を耳に掛けていることくらいだろうか。両耳はハイリア人のように長い。血色の悪い肌と独特な服装が目立つくらいで一見するとハイリア人と大差変わりないように見える。
「恨まないでくれよ、お嬢さん。君ごときがこのワタシの邪魔をしたのが悪いんだよ」
「くっ……っ! 貴方達魔族は一体何が目的だ」
「態々君に教える義理はないね」
ギラヒムは武器を構える。
痛みを我慢すれば走れないこともないが、相手が悪い。すぐに追いつかれて見せた隙を逃さないだろう。
傷を癒せればいいのだが私は魔法使いだ。回復魔法は聖職者の専門だ。魔法使いでも会得出来なくはないが、並大抵ならぬ努力が必要とされる。
「怖がる必要はないよ。痛みを感じる間もなく逝かせてあげるよう」
目の前に向けられた漆黒の剣。
魔法は発動するまでに間に合わない。剣は傷の痛みで先手を取るのは難しいだろう。受け身を取るにしても力の差がある。
──私はここまでなのだろうか。
「そうはさせるものか‼︎」
目の前に飛び散る鮮血。
私とギラヒムの間に立つその人物。優しい緑の衣にはためく赤いマント。見覚えのある大きな背中。
「……っ! リンク‼︎」
「訳はオービル達に聞いた。アオイ。すまなかった」
リンクの表情は見えない。
「くっ、このワタシに傷を負わせるなんて! たかが人間の分際で……!」
ギラヒムの押さえた左耳から血が滴り落ちていた。リンクが斬りかかって出来た傷だろう。
「……相当の手練れだな。だが、私は負けるわけにはいかない」
私を横目で見ると、リンクは少し口元を緩ませた。
「ワタシに刃向かったこと後悔することだね」
リンクとギラヒムが睨み合う。
──しかし、それは何者かの介入で止められる。
「……っ! しかし、マスター!」
突然、弾けたように天を仰ぐギラヒム。
彼が"マスター"と呼ぶ人物。この世界に於いての悪側の存在。警戒しつつも不思議そうにしているリンクの姿を見るに、ギラヒムにだけ"声"が聞こえているのだろう。
「……寛大な魔王様に感謝することだね」
そう言い残して去っていったギラヒム。
魔王様の親切心……というわけでもなさそうだ。人間を舐めているのか、将又、目の前にいる勇者という特別な人間に興味があるのか。
「アオイ」
振り返るリンク。
浮かべた柔らかな笑顔はあの頃のままだった。差し伸べられた大きな手。それが温かいことも知っている。
──私はその手に触れる資格はない。
「ごめん。リンク」
少し蹌踉けながらも自力で立ち上がる。
「……何故謝るんだ? アオイは何も悪いことはしていないだろう」
「"人を殺した"。エスクロという名の男に襲われそうになったから殺した。自己防衛のためにしても過剰な行動だったと思うよ」
やったことを素直に話した。
怖くてリンクの
「……確かにそれは許されないことかもしれない」
ポンッと、頭に触れる温かな温度。
「例え、神や世界中の人々がアオイのことを許さなかったとしても──俺は許すよ。時には共に罪を償おう」
反射的に顔を上げると、リンクは穏やかな表情で私を見ていた。何で? どうして? 君はそこまで優しくしてくれるの?
「……私の手は血で汚れるし、傷だらけでボロボロなんだ」
「ああ。そうだな」
「見苦しいし、触れたら汚してしまう。特に綺麗なものは汚したくないんだ」
「ああ」
「リンクに触れてほしくない……っ!」
「それは難しい話だ。俺はアオイに触れたいから」
リンクの姿はユラユラと揺れている。右頬に触れる温もり。安心感から気が緩み、頬を何かが伝う。
「リンク。お願いがあるんだ。私はきっと何をやっても間違ってしまうと思う。だから……リンクに正してもらいたい」
これは甘えだと思う。リンクに頼りきりなのは良くないと思っていても、最も信頼できる人だから頼りたくなってしまう。……こういう所が私の悪い所なのだろう。
「アオイ、約束してくれ。もう人は殺さないと」
「約束する」
「それと、無茶をするのもやめてほしい。心配になるから……」
「……善処する」
「そこは断言してくれないんだな」
困ったように笑うリンク。
「だって、出来ないことを出来るようにするためには多少無茶しないといけないから……」
「……それもそうか」
私達の間に沈黙が流れる。
リンクは苦痛の4年間を過ごしていたはずなのに、目の前にいるリンクは4年前と変わらなかった。真っ直ぐ前を見続けている姿。私と違ってその目には光が籠っていた。
近くにあるのに──今もその背中は遠い。
「あまりに遅いと皆が心配しているかもしれないな。帰ろうか」
私に手を差し出すリンク。
「……これが夢だったら最悪だと思う」
私がその手に重ねると、自然な動作で手を握るリンク。
「これでも夢だと思うか?」
手を通じて、リンクの熱がじわじわと広がってくる。
「……私さ。この数年間、『何で助けてくれなかったんだ』ってリンクに責められる夢を見てた。馬鹿だよね。"本物"はそんなこと言うわけないのに」
「アオイ……」
私は足を止めた。
同じように歩くのをやめるリンク。
見上げてリンクを視界に収める。
「世界もこのハイリアの民も、魔王を倒し平和へ導く者"勇者リンク"として貴方を必要としているだろう。……私は世界が終わろうが大勢の犠牲が出ようとも、リンクには生きていてほしい。……出来れば、幸せになってほしいんだよ」
「アオイの気持ちはわかる。だが、俺は世界も民も救ったその上で生きて幸せになりたい。……アオイと」
突き刺さるかのようなリンクの真剣な眼差し。
「……彼女もそうだったけど、関わりもない赤の他人のために何で頑張れるの?」
女神ハイリアの名前が溢れそうになる寸前で誤魔化し、リンクを見つめる。
「アオイもいつかわかるさ」
リンクはそう優しく笑うだけだった。
帰路の途中。
ふと、思い出したことを口にする。
「そういえばさっきのリンクの言葉、まるでプロポーズみたいだったね」
「みたい……いや! だ、大丈夫だ。そういう意味ではなかったからな!」
「リンク、動揺してない? 本当はそういう意味だったみたいな……」
リンクの頬を汗が伝う。
「んん。……何も問題ない。気にしないでくれ」
リンクはわざとらしい咳払いをすると、途端に冷静になる。……帰ったら何か美味しいものでも作ってあげよう。