▶︎始まりの章(新)
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あれから数日が経った。
リンクはハイリアの言う通り、仲間殺しの汚名を着せられて投獄されたらしい。今すぐにでも助けに行きたいが、場所が厳重な警備を敷かれている城の地下牢。リンク程の強さがあれば突破出来るだろうが、私の実力では不可能だった。
「アオイ」
ロフトバードから降りるハイリア。これから私に必要な物を用意すると言って、暫く姿を消していた。
ハイリアは手の上に出した"それ"を私に渡してくる。
「貴女の母親は優秀な魔法使いでした。アオイから感じる魔力の大きさはそれを受け継いでいる。人は戦う術を選択することが出来る。貴女にはこれを……」
それは──手渡された"杖"のことだろう。
まるで木の枝を綺麗に整えたかのような見た目の杖。軽くて振り回しやすい素材と形状で出来ている。
「これから貴女には魔法を習得してもらいます」
「魔法……一体どうすればいい?」
「それは……わたしにはわからない。ごめんなさい、女神といえど万能ではないのです」
長い睫毛を伏せるハイリア。
「そっか。自分で力でどうにかするしかない、か。ハイリア。頼みごとがある。時間がある時で構わないから客観的に見て変化を感じたら教えてほしい」
「構いません。でも、それはどうして?」
「リンクに剣を習っていた時に教えてもらったんだ。剣の振り方一つで違いが出る。一時はリンクの動きを真似してたんだけど、リンクは左利き。私は右利きだ。同じ動きでも左右どちらかを先にするかで動きの滑らかさに違いが出る。魔法のことはわからないけど、わからないからこそ色々試せることは試した方が良いと思うんだ」
私の言葉を真剣に聞いていたハイリア。
「アオイ。リンクがいない間は私が貴女を支えます」
「私も出来ることがあるなら手伝おう」
突然聞こえてきた私とハイリア以外の言葉。周りを見渡しても人らしき姿はなかった。いるとしたらロフトバードくらいで……。
「……もしかして話せる、とか?」
ロフトバードの方を見れば、まるでしたり顔を浮かべているような態度をとっていた。
魔法の修行を始めて──早数ヶ月。
「くっ! この……っ!!」
杖を乱雑に振り回す。目の前に用意した的に掠るどころか魔法が出る様子がない。もう数ヶ月という時が流れているのに私は魔法の力に目覚めていなかった。
焦ったって出ないものは出ない。でも、今もこうしている中、リンクは苦しんでいるのだ。一秒でも早く助けに行きたいのに……。
「どうして!……お願いだよ。私は、リンクを助けたいのに……っ」
ハイリアは言った。私には素質があると。その言葉を信じているのに、本当にそんな力あるんだろうかと疑う私がいた。
「アオイ。少し休憩しましょう」
座り込んでいる私に合わせてハイリアはしゃがむ。ハイリアに支えられるように場所を移動する。
「私……何も出来てない」
「……アオイ。もしかすると、貴女の力が目覚めないのは運命の力が妨害しているのかもしれません」
「運命……?」
「ええ。リンクは勇者に選ばれし者。彼の人生は辛いものになる運命だった。……アオイと出会うまでは」
ハイリアの言葉を聞き、ぼんやりと残っていた記憶が浮いてくる。その結末までは定かではないがリンクが投獄されることもマスターソードに選ばれることも定められた運命だった。それを知っていても女神の身ではどうすることも出来なかったハイリア。
気になることがある。ハイリアは言った。私に出会うまでは、と。
「ハイリア。それはどういうこと?」
「荒廃した大地に注がれた恵みの水。リンクとアオイが共に過ごした時を見守っていましたが……彼は幸せそうでした。貴女の存在はリンクにとって癒しだったのです」
「……私はリンクに何も返せていないのに?」
「リンクはアオイを大切に想っていましたよ。それはもう……羨ましいほどに」
俯く私の手にハイリアは手を重ねた。
ハイリアは笑っていた。女神の神々しい笑顔というより人間らしい笑顔だった。
「私……諦めないよ。時間はかけたくないけど諦めたらそこでお終いだから」
私は立ち上がった。
リンクのために強くなるんだ──私は。その為なら、この命を懸けてでもやり遂げてみせる。
──数日後。
冷静な思考を保ちながら脳内でイメージを膨らませていた。闇雲に杖を振ったところで魔法は出ない。なら、足りないものがあるのではないだろうか。
創作物での魔法使いしか知らないが、彼らは魔法を使っていた時どのようにしていたかを消えかけの記憶の中から探っていた。専用の杖を装備する者。呪文を詠唱する者。魔法陣を出現させる者。
「……っ。形をイメージして…………」
魔法が出るイメージを頭の中で形にする。
まずは炎を頭に浮かべる。焚き火のような赤い炎。それを維持しながら杖の先に意識を集中させた。集中しているうちに額に汗が滲んでいた。
「…………燃えろっ!」
見えた小さな赤。──成功した。そう思っていると、炎は段々と大きくなっていく。それを止めようにも止める方法を知らない。
「っう……!!」
右手を襲う鋭い痛み。ジュージューと皮膚を焼かれている感覚。抑えることが出来ないのなら……。
「この炎を消し去るくらいの水を出すしかない……っ!」
大量の水を想像しながら手に意識を集中させる。一瞬聞こえてきたポチャンッと雫の跳ねる音。私の頭上から落ちてくる水の塊。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ。やっと、収まった……」
燃え広がっていた炎は鎮火され、辺り一面水浸しになっている。ズキズキと痛む右手。見てみると赤く焼け爛れていた。
「アオイ!!」
ロフトバードの背に乗ったハイリアが慌てた様子で私に駆け寄ってきた。ハイリアが出掛けている間に全て片付けて隠そうと思っていたのが、世の中そう上手くいかないらしい。
「その手を見せてください。……こんなに痛々しい状態に。それに全身水浸しではないですか。治療や着替えのために小屋へ戻った方が良さそうですね」
「ハイリア。心配してくれてるの?」
「当たり前です。貴女はこのハイリアの民。わたしの愛した"人"なのですから……」
ハイリアは小さく微笑むと、すぐに私の手を引いて小屋へと向かう。私は他所から来た人間だというのに、ハイリアは私も愛すべき対象として見てくれているのか。
「ハイリア」
目の前にいる女性の名を呼ぶ。
その綺麗な双眸には私の姿が映っていた。
「……弱くてごめん」
私はリンクやハイリアのような大層な人ではない。この国の民のために命を懸けるなんて出来ない。でも、大切な人の力にはなりたいんだ。貰ってばかりは嫌だから……貰った分くらいは返そう。私を愛してくれる人達に。
「私強くなるから。リンクのために。ハイリアのために」
一瞬目を見開くハイリア。すぐにいつもの表情に戻ると、ハイリアは私を抱きしめた。
「ありがとう、アオイ。でも、自分自身を大切にすることも大事なことですよ。さあ、今はこの傷を治しましょう」
私はハイリアに手を引かれるまま、その後をついていった。
――――――――
―――――
――…
ハイリアと修行を続けて4年近くになった頃。
私の体は修行中に出来た傷でボロボロになっていた。修行の成果はそれなり。簡単な魔法なら自由に扱える。コントロールだって出来るようになった。
ただ、私には大量の魔力があるという素質だけで魔法の才能はなかったらしい。
宝の持ち腐れのようだ。
寝ずに特訓に励んでも大した成果には繋がらなかった。
最近は無理をしても怒ってくれる人もいなかった。ハイリアは忙しいようで、ここ数日姿を見ていない。フィローネ・オルディン・ラネールの各地に向かって何かをしているみたいだが……。
「アオイさん!」
私に声を掛けてくる一人の男性。城に勤めている兵士の一人だ。まだ新人なのだろう。歳はリンクより少し下で、子犬のように元気が溢れているのが印象的だ。
「……呼び出しってところか」
「はい!すぐに来るようにとのことでした!」
私は重い足取りで城に向かって歩き出した。
2ヶ月前、強くなるために魔物を討伐していたところ、かつてリンクと共に戦った仲間の騎士に声を掛けられた。その実力を活かさないか……と。
正直、これはチャンスだと思った。
城にはリンクがいる。組織の中に入り込めば求めている情報も手に入るかもしれない。それに、リンクを陥れた犯人は城内にいる人間だ。
長い間リンクを苦しめ続けた人間だ。楽に死ねると思うなよ。
城の中は静かだった。
最近は以前にも増して魔物が活発になっているというのに、おかしい。前々から嫌な噂を聞いていたダギアニス卿が魔王軍と取引きしているという噂も聞こえてくるのに。
ダギアニス卿はリンクを陥れた人物だ。報復すべき相手。ただ、奴は地位があるだけに簡単には近寄れない。
「遅くなり申し訳ございません」
扉をノックしてから部屋の主からの返事を待つ。
「入りなさい。さあ、此方へおいで」
部屋の中に入ると、ソファに腰掛けた40代後半くらいの男性が手招きをしていた。
この男の名前はエスクロ。幼い少女好きの変態だ。二十歳に近いというのに私が気に入られている理由はこの見た目だろう。童顔と栄養失調の影響で小柄な所為だろう。
この男は地位もあり、ダギアニス卿との繋がりもある。正直言って関わりたくないが、リンクの情報を得るためには致し方ない。
「先日街を襲撃していた魔物の群れを退治したそうじゃないか。君の成果は聞いているよ」
少し距離を離して立っている私に近寄り、ねっとりとした手使いで背中を撫でられる。
この
「……魔王軍が活発化しているようですがこのままでよろしいのでしょうか。何か対策を練らねばこの城が落とされてしまうのでは?」
「心配無用だよ。ここだけの話、ダギアニス卿は魔王軍と同盟を組んでいるんだ」
そんな重要な情報をホイホイと他人に話すなんて……口の軽い男で助かった。
「同盟……ですか」
「数日後の魔王軍との密会をすることになっている。それを止められるほどの実力のある者はあの投獄された騎士だけだ。投獄されてすぐ、他の騎士の一人でもあの男に味方する者がいれば出れたかもしれないが、平和ボケした奴等は誰一人として騎士リンクに味方しなかった」
リンクを小馬鹿にしたような口調だった。
「……その後、彼はどうなったのですか?」
「今は黙りさ。そもそも自業自得だろう。魔王が復活するなどと警戒するように騒ぎ立てていたからな。奴は」
今すぐにでも殴り掛かりたい気持ちだった。
──リンクは正しい人だ。
──リンクは誠実な人だ。
──リンクは優しい人だ。
リンクは何も悪くない!
「そんな話よりも……」
強い力に押されて視界が揺れる。
私を押し倒す目の前の男。
「もっと楽しいことをしようか」
―*―*―*―*―*―
視界には何も映らない。目の前には真っ黒な空間が広がっているだけだった。ずっと側にいた小さな温もりも、もう、懐かしく思えるほどの時間が流れていた。
今の俺に残っている希望は彼女の存在だけだ。
ギィッと、重たい音を立てて開かれる扉。久しぶりの外光に目を細める。
「英雄がここまで落魄れるとは滑稽なものだな」
「……何の用だ」
人を見下したような態度。今、目の前にいる男は俺を罠に嵌めた人間だろう。
「アオイ……と、いったか? 金魚の糞のように貴様について行ってた娘の名は」
男の口から出た名前。何故、奴がアオイのことを……?
「教えに来てやったのだ。貴様の大事な人間なのだろう? 今、その娘はこの城にいる。変わり者のエスクロ卿が大層気に入っているようだ。あの者は今まで娘を壊しては捨てている。…………今頃、アオイという娘も壊されているかもな」
「貴様っ!!!!」
「最後の希望も潰えるとは……元英雄に相応しい最後じゃないか」
男は言いたいことを言って満足したのか高笑いを響かせながら去っていった。再び訪れる暗闇。
男の言う通りならアオイが危ない目に遭っているということだ。今すぐにでも助けに行きたいのに、体は拘束されて身動きが取れない。行き場のない怒りだけが胸を苦しめた。
「アオイ……っ!」
アオイの無事を暗い地下から祈ることしか出来なかった。