▶︎始まりの章(新)
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リンクとフィローネの森に行ったあの日から数年の月日が流れた。その間、リンクは最年少の騎士になった。
リンク17歳。私はつい先日誕生日を迎えて15歳になったばかりだ。
リンクの周りの人達は皆良い人達だった。私がリンクに引っ付いて同行しても嫌な顔一つせず、寧ろ魔物を討伐した際には頭がボサボサになるほど撫で回して褒められる。大抵が子ども扱いだ。
実力を示した方が騎士になりやすいと聞いた。
まだまだリンクの足元にも及ばないが、いつかは追い越すつもりだ。──だって、リンクの隣に並びたいから。
今も魔物と対峙しているリンクを見る。あの力強い背中が好きだ。大好きなんだ。リンクは私の憧れだ。
「アオイ」
「リンク。お疲れ様」
魔物を倒し終わったリンクに駆け寄ると、懐から取り出したタオルをリンクに渡した。
私はリンクをジッと見つめる。
「……アオイ? どうしたんだ」
「いや……リンク。また、身長伸びた?」
数年前は目線の高さが大差変わらなかったというのに、今は頭一つ分程リンクの方が高い。リンクの身長が伸びてから常に見上げる形になるので首が辛い。
「そんなことないだろう。……アオイは小さくて愛らしいと思うが」
「……リンク。よくそんな恥ずかしい言葉サラッと言えるよね。それと、気にしてないけど私が小さいのは小柄な体質だから仕方がないの」
目を細めながら笑うリンクに呆れた視線を向けた。
私は恋に恋する乙女ではないから落ちないけど、今のリンクの微笑みは爆弾級だ。普通に街中を歩いているだけで女性に声を掛けられる程の好青年に育ったリンク。本人は自覚していなさそうだが、既に何人か
「リンクのこと好きだけど、好きじゃなくて良かったって思う」
「アオイ? 言っていることが滅茶苦茶なんだが……」
「リンクはモテるからね。そんなリンクと一緒にいるんだから夜道を一人で歩いたら刺されるかもね」
冗談半分の言葉だった。
それでもリンクは真面目な顔で私と向き合う。
「そんなことさせない。アオイは俺が絶対に守ってみせる」
「……リンク。そういうことは恋人に言うものだよ」
「アオイは家族だから問題ないな」
恋人と家族は違うだろうに。
リンクは天然なのだろうか。私だったから良かったものの、普通の女性だったら自分に気があるんだと勘違いする人も出るだろう。
私は心配になった。
魔物討伐の仕事を終え、数時間歩き続けてやっと村まで帰ってこれた。村の人達は皆、リンクの姿を見ると歓声を上げる。あちこちから「騎士リンクが帰ってきた!」との声。リンクはその実力で今や英雄扱いだ。
「リンク。遠い人になっちゃったね」
「そんなことない。俺はいつだって、アオイの側にいる」
自然な動作で私の手を取るリンク。繋がれたリンクの手は大きくて温かかった。それほど変わらなかった手の大きさがたった数年でこうも変わるというのか。
安心と同時に少しの寂しさが胸に広がる。
カランカランと、耳触りの良い音を立てながら目の前の扉を開く。そこは行き付けの酒場。オーナーの女性や常連客とは顔馴染みだ。
「いらっしゃい。リンク、アオイ。お勤めご苦労様」
そう話しかけてきたのは、この酒場のオーナーであるナナンさん。人当たりが良く、どんなことでもハキハキと言う性格から本人も店の空気も悪くない。
私達からしたら、日頃からお世話になっているお姉さんだ。
「リンク! ……あっ! 帰ってきた所で悪いが頼み事をしてもいいか?」
「ああ、問題ない。……少し行ってくるからアオイはここで休んでいてくれ」
「リンク。無茶はしないでね」
既に椅子に腰掛けていた私の頭をひと撫でしてからリンクは酒場から出ていった。
ナナンさんは用意してくれた飲み物をカウンターに滑らすように私の前に置く。
「はい、どうぞ。お嬢さん」
「わっ! ありがとうございます!」
果物の甘い香りがフワッと広がる。数種類の果物を使ったフルーツジュースだった。「いただきます」と言ってからグラスに口を付ける。
「んー、美味しい! 後でリンクにも作ってもらえますか?」
「勿論。最初からそのつもりよ」
どうやら林檎をベースに作ってあるらしい。リンクは林檎が好きだ。きっと、喜ぶに違いない。
「それはそうと、アオイ。貴女もそういうお年頃なんだからこういう事も学びなさい。リンクの事だから教えてもらってないでしょ?」
そう言って、カウンターの下の棚から一冊の本を取り出すナナンさん。パラパラと捲ってみればそれは小説で、使われた文字の雰囲気から男と女の愛の物語が題材にしているようだった。
「……こういうのは私興味ないよ?」
「恋愛の事を興味無いって言っているなら、これを機に少しは興味を持ちなさい。リンクが可哀想よ」
「リンクは関係ないと思うんだけど……」
リンクが私の事を大事にして、愛してくれているのは家族としての愛だ。私に異性としての感情を向けているわけじゃないだろう。私がリンクに引っ付いていることが多いだけで、リンクは……思い返せば、リンクの方から寄ってくることも少なくないような……?
いや、前に酒場の常連客のおじさんが言っていた。「男は好きな女にはすぐ手出すから気をつけなぁ!」と。
リンクはよく頭を撫でてくれたりはするが、手を出してきているわけじゃない。つまり、違うってわけだ。
「……うん。どう考えてもリンクは私に気は無いよ。家族愛がそう見えてるだけだと思う」
私の言葉にナナンさんは呆れたように一つ息を吐いた。
まだ席が埋まるほどの時間帯ではないが、ぽつりぽつりと客がいる中で店のオーナーを引き止めるわけにはいかない。リンクが戻ってくるまでの間の暇潰しにはなるだろうと、私は小説を読むことにした。
小説の内容は屋敷の主人と使用人の物語。
独り身の主人が周りに勧められて渋々使用人を雇った。初々しさのある若い女性の使用人。使用人と接しているうちに主人は段々と女性に惹かれていき、彼女のことを愛してしまう。女性の方もずっと孤独感を抱えていたが、主人の優しさに触れて心が惹かれていく。
ページを捲っていく。
場面は寝室での二人の光景。
『私は彼女の頬に手を添え、優しく唇を重ねた。
そのまま寝かせるように彼女をベッドへと押し付ける。彼女の柔らかな唇に吸い寄せられるように甘く噛み付いた。
そのまま流れるように首筋、鎖骨、胸元へと舌を這わせる。彼女の甘い嬌声が部屋に響く。
その柔らかな肌に歯を立てれば、彼女に刻まれる赤い痕。それは彼女が私のモノだと主張しているようだった。
彼女は頬を赤らめて涙目で私を見てくる。
血液がドクドクと一箇所に集まってくる感覚。彼女は私の興奮を煽るのが上手いようだ。
私はそのまま──』
「あっ……」
目の前から小説が消える。
視線を上に移すと、リンクがなんとも言えない顔で私から本を奪っていた。
「このような話はアオイには早い……!」
「えぇ……。じゃあ、いつになったら見てもいいの?」
「………………私が良いと言うまでだ」
リンクは私以外にも人がいる時には一人称を『私』に変える。そう出来るほどに冷静ではあるものの、リンクの耳は真っ赤になっていた。
「よくわからないけどリンクがそう言うならわかったよ。その代わり、その日が来たらリンクが私に教えてね。その小説の内容の続き」
「えっ……。か……、体で、か!!??」
「体でどうやって……? 口頭じゃないの?」
リンクは体でどうやって教えるつもりなのだろうか。体に文字を書くとか?または、ジェスチャーとか……?
「えっ……あ、ああ。そうだな。……いいか? アオイ。私が良いと言うまで絶対に、"絶対に!"子どもの作り方だけは知ろうとするんじゃない。……わかったか?」
「……そんな言い方されると逆に気になるんだけど。後でこっそり調べて「アオイ」……な、何?」
いつもより少し低い声で名前を呼ばれる。
リンクは私の肩に手を置くと、真剣な眼差しを私に向けた。
「アオイが好奇心旺盛なことも、勤勉家なことも知っている。……が、これだけは譲れないんだ」
「リンク……。わかったよ。でも、ちゃんとその時が来たら教えてね。自分の知らない知識があるとかむず痒いし!」
「ああ。勿論だ」
理由はわからないが、少し頬を赤く染めて笑うリンク。気になったことは今すぐにでも調べたいが、リンクとの約束を破るわけにはいかない。その時が来るまでの我慢だ。
「微笑ましいわね。……それと、リンクは純粋無垢なアオイが好み、と」
「マスター!? そ、そういう意味ではないんだが!?」
先程まで忙しそうにしていたのに、いつの間にか私達の会話を聞いていたナナンさん。ナナンさんの言葉にリンクは慌てたように訂正していた。
「大丈夫よ、リンク。此処は酒場。男も女も様々な人達が訪れる場所よ。そう、性癖も……ね」
「だから、私のはそういうものでは……!! アオイには人の欲には触れてほしくないだけで、その……」
段々と言葉を小さくしてごにょごにょと話すリンク。
「アオイはどう? リンクのこと」
「急に話を振られても……。二人が何の話をしてるかは私にはよくわからないけど、私はどんなリンクでも好きだよ」
リンクの中身についての話だと予想して返事をする。私の言葉にリンクは目を丸くするが、変なことは言っていない……と、思いたい。
「アオイ。……ああ、愛してる」
私はそこまで言っていないんだけど……。そう思っている私をよそに、リンクは満足そうに目を細めた。
「お勧めされた通りに美味かったな。あのフルーツジュース」
「うん! また今度行った時も飲めたら良いなぁ……」
空には月が輝いている。私はリンクと手を繋いで家路を辿っていた。
「リンク。いつもありがとう」
私は暗いのが怖い。辺り一面闇に包まれて、そこに何かがいるような恐怖感とまるで世界に一人だけになってしまったかのような孤独感に襲われるから。
そのことを知っているリンクはいつも私を安心させてくれる。リンクの優しさで胸がいっぱいだった。
「気にするな。俺もこの時が好きだから……」
繋がれた手の力を少し強めるリンク。
私はリンクに笑顔を向けた。この世界は平和ではない。けど、この一時の幸せが少しでも続いてくれたなら……それだけで良い。
―*―*―*―*―*―
夜は更け、森の方では梟の鳴き声が不気味に響き渡っている。アオイはベッドに入るとすぐに寝てしまった。その頬を軽く撫でると擽ったそうにするアオイ。
「おやすみ」
その額に唇を落としてもアオイは目覚める様子はなかった。基本的にアオイは一度寝てしまえば朝まで起きることはない。
それは俺にとって、都合の良いのか将又悪いのか……。苦笑を溢して部屋を出る。
いつもの装備を身に纏い外へと出れば、連絡係が立っていた。
「騎士リンク。急で申し訳ないのですが緊急事態でして……」
「問題ない。一体何があったんだ?」
「どうやら部隊の一つが魔物の急襲に遭ったようです。魔物が厄介な性質をしているらしく、貴方の力を必要としています」
「わかった。後のことは私に任せてくれ」
一通り話を聞き終えてから馬に乗り、目的地に向かって駆け出した。
目的地に着くと、そこは荒廃した廃墟があった。辺りは物音一つしない静寂。周りを見渡してみたが魔物の姿はおろか魔物の気配すら無い。
どういうことだ?──不思議に思いながらも、警戒しながら辺りを探る。
──こつん。何かが足に当たる。
それに向かってカンテラを向けると、そこには同じ騎士である仲間の体が転がっていた。よく見てみると、他にも複数人が同じ状態になっている。そのうちの一人に近付いてみれば、周りに血溜まりが広がっている。
「魔物に襲撃されたのか……」
この状態にした魔物の存在は感じられない。相打ちになったのか、または既に逃げられてしまったのだろうか。
「騎士リンク。これは一体……」
俺と同様に連絡を受けたのだろう。警戒した様子の部隊と合流する。
「私が到着した時点でこの有様でした。魔物の襲撃に遭ったのだと……」
「……この者を捕らえよ」
部隊のまとめ役である兵士長のその言葉を聞き、他の者達は一斉に俺の体の自由を奪う。
「なっ!? これはどういうつもりですか!? 私はただ……」
「それは此方の台詞だ。……その血の付いた剣はどうした? それで仲間を斬り殺したのだろう……?」
自身の左手に視線を向けると、そこには血の付いた剣が握られていた。……おかしい。剣を構えた覚えはない。
「これは……! 違う。私はやっていない!!」
「連れて行け」
腹部を力尽くで殴られる。その反動で遠退いていく意識。
意識が落ちる間際、耳に入ってきた言葉。
「騎士リンク、貴様は調子に乗り過ぎたのだ。英雄気取りなんてしなければこんな事にはならなかったものの。……後悔するなら自分自身を恨むことだな」
正しいと信じてきた結果がこれか。
陥れるのは俺だけにしてくれ。どうか── アオイには手を出さないでくれ。
やっと幸せを手に入れたんだ。頼むから彼女からもう何も奪うな。
―*―*―*―*―*―
リンクがいない。
ふと、目を覚ますと家の中から人の気配がなくなっていた。リンクの部屋の扉をノックしてから入ると、そこにリンクの姿はなかった。
忙しいリンクのことだから、深夜に呼び出されたのかもしれない。過去にも同じようなことがあり、日が昇る時間にリンクは帰ってきた。今回もきっとそうなのだろう。そう思っていた。──なのに。
冷や汗が滲むほどの嫌な予感が私を襲う。
無意識に支度を済ませ、弾けるように外へと飛び出した。何故だか理由はわからない。けれど、今すぐ行動を起こさないと後悔するような気がしてならないのだ。
いつもなら一人で歩くことを躊躇するほど暗い道をただ、駆け抜けた。途中からぽつり、ぽつりと雨が降り始める。
「ぐっ……!!」
足がもつれて体が地面に倒れ込んだ。ただでさえ、雨に濡れている体が泥濘で更に汚れてしまった。
しかし、そんなこと気にならないほど私は焦りを感じている。早く。一分、一秒でも早く行かなければならない。そう思っているのに体が上手く言うことを聞いてくれない。
「アオイ」
透き通る澄んだ声が私の名を呼んだ。
雨が降り頻る中、その音が遠退くほどにその声は私の耳に届いていた。
上を見上げると、そこには汚れを知らぬほど白く綺麗な女性が立っていた。その傍らには綺麗な真紅の見たこともない大きな鳥が佇んでいる。
「私は白き女神ハイリア。これは神の鳥ロフトバード」
ハイリア──その名を聞いたことがある。僅かに残った前の世界の記憶と、今の記憶の中に。
女神ハイリアはこの世界の多くの民が信仰している神様だ。その神が今、目の前にいる。
「勇者リンクは地下牢に投獄されました。ありもしない罪を被せられて……」
「リンクが……!! 今すぐに助けに行かないと」
「アオイ。貴女には無理です。彼等は力と権力を振るって貴女を潰しにくることでしょう。そうすれば、彼を絶望に追い詰められるから……」
はっきりと告げられた言葉。
リンクの為に強くなろうとした。その為にリンクと共に頑張ってきた。今、一番必要な時だというのに……。
私は無力だった。
視界が歪み、雨に混じって溢れ落ちる涙。
リンクは私を助けてくれたというのに、私はリンクを助けられない。
「リンクを助けたいのでしょう? でも、それは"今の"貴女の話」
「ハイリア。それは…………」
ハイリアは白く細い綺麗な手を私へと差し伸べる。
「貴女には魔法の素質がある。それを扱えるようになったら、彼を救い出せることでしょう。わたしが貴女を導きます」
ハイリアは優しく穏やかな微笑みを浮かべる。
「……一つだけ聞いていい? 私は貴女とは関わりがない筈だ。それなのに、どうして優しくしてくれるの?」
ハイリアは一度目を閉じると、一呼吸間を置いて口を開く。
「……愛しているからです」
私にはその言葉の意味はわからなかった。
ただ、彼女の曇りの無い瞳は嘘を吐くような人の目ではない。私は女神ハイリアを信じて、その手を取った。