▶︎始まりの章(新)
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口が重く、中々事情を説明出来ずにいた私に気を遣ったリンクは林檎を食べやすい大きさに切り分けてくれた。
それを一つ頬張る。
口に入れた瞬間、広がる優しい甘味に涙が止まらなくなった。そんな私の背中をリンクは黙って撫で続けてくれた。
「……お、お母さんが殺されたの、魔物に。住んでいた村の人も皆」
ぽつりぽつりと、言葉を溢す。
私が事情を説明している間、リンクは何も言わずに背中を撫で続けてくれていた。その優しさが温かかった。
「……アオイが良かったらでいいんだけどさ」
私の話を聞き終えた後、リンクは考える素振りをしてから口を開いた。
「ここに居たら良いよ。……その、俺もずっと一人で寂しかったんだよね」
「…………居ても、良いの? 邪魔じゃない?」
「邪魔だと思うわけがない。アオイはどうしたい……?」
魅力的な甘い言葉。私はその優しさに甘えて、リンクの手を取った。
「よ、よろしくお願いします」
「ふふっ。よろしくね、アオイ」
私は居候という形でリンクの世話になることになった。
それから数日が経った。
荒れた世情が故、村の人達から警戒されていた私だったが、リンクが間に入ってくれたお陰で少しずつ村の空気に馴染んでいっていた。
新しくなった日常が今日も訪れている。
「リンク。お皿洗い終わったよ」
「ありが……待って。アオイ。その手見せて」
グイッと、引っ張られて隠していた手がリンクの目に晒される。不器用だった私は包丁を洗う時に手を切ってしまっていた。
「……アオイ。俺のことは気にしなくていいから」
「でも、世話になっているのにこれ以上迷惑かけるのは……」
「言っただろう? 俺達は家族だ。家族に遠慮なんていらない」
そう言いながら微笑むリンク。
外に出られるようになってから知ったことだが、リンクの家は村の中のにあるものの、他の家々から孤立した場所に建っていた。リンクに聞くと、幼少期から一人で住んでいるらしい。リンクが溢した寂しいという言葉は、私の背中を押す言葉というより彼の本音だったのかもしれない。
これからは一緒に居よう。
それが私がリンクに返せる恩返しだ。でも、それだけでは足りない。リンクのために出来ることなら何でもしてあげたい。そのためなら私自身を犠牲にしたっていい。
家事を終えた後、リンクは剣の稽古の時間だ。
邪魔にならないように離れた場所からその姿を見守る。
「リンクは強くなりたいの?」
「……そうだね。今より大きくなったら騎士になってこの地の民を守りたいんだ。…………勿論、その中にはアオイもいるよ」
剣を振いながら答えるリンク。その真剣な眼差しは何処までも真っ直ぐで折れそうにないものだった。
「ありがとう。……じゃあ、私は生活に必要な物を買いに行ってこようかな。怪我も完治したし、村にも大分馴染んだ方だと思うから。いいよね?」
「……わかった。でも、絶対に村の外には出ないこと。いいね」
「村の外は魔物に襲われやすいから、だったよね。絶対出ないから大丈夫」
心配そうにしているリンクの視線を背中に浴びながら私は村の中の店を目指した。
「こんにちは!」
「あら、アオイちゃん。こんにちは。今日はリンクは一緒じゃないのね?」
「やっと、一人でお使い行けるようになったんです! そんな心配しなくても私一人でも大丈夫なのに……」
「リンクは心配性なのよ。2人共育ち盛りでしょ? おまけ入れておいてあげるわ」
「ありがとうございます……!」
食料や日用品を包んでもらうと、代金であるルピーと引き換えにそれを受け取った。丁寧に包んでくれているものの、中には壊れやすいものも入っている。慎重に運ばないと……。
帰宅すると、髪から水滴を滴らせたリンクが立っていた。きっと、鍛錬でかいた汗を流していたのだろう。肩にタオルを掛けただけの上半身に、思わず目を逸らした。此方としては目のやり場に困るのだが、男の人は上半身裸でも気にしないんだろうか?
「ただいま。鍛錬終わったの?」
「うん。大分、剣が馴染んできた」
リンクと同じように彼の手を見ると、リンクの手は戦士の手だった。まだ若いというのにどれほど努力してきたのだろうか。
私は買ってきた包みを一旦テーブルの上に置くと、それぞれの保管場所に仕舞っていく。
ふと、目に留まるリンクの剣。
「私も……」
「アオイ?」
魔物が蔓延っている世の中。それだけじゃない。治安の悪さも考えると私も戦える術があった方がいいと思う。
「私も剣習おうかな。こんな世の中なら自分の身くらい守れた方が良いと思う」
「……そんなことしなくてもアオイは俺が守るよ」
「リンク。気持ちは嬉しいけど……四六時中、一緒にいれるわけじゃないんだよ。それに、リンクに負担掛けたくない」
リンクの手を取ると、私は言葉を続けた。
「力になりたいんだよ。もっと……君を支えたい」
私はリンクを見つめる。
しばらくの間、リンクも引けないといった様子だったけれど、私が折れないとわかったのか渋々了承してくれた。
「但し、剣の扱い方は俺が教える。……本当に危ないことなんだ。それに、これは命を奪う道具なんだ。生半可な気持ちで扱ってほしくない」
「……私は覚悟してるよ。リンク」
私の目を見て、思いが伝わったのだろうか。リンクは苦笑を浮かべると、私の頭を撫でてくる。
「しょうがないな。アオイは……」
―*―*―*―*―*―
それから数ヶ月後。
剣の腕の飲み込みは常人レベルであったが、アオイは毎日剣の鍛錬に勤しんでおり、少しずつだが上達していった。始めたての頃は無理に体を動かすものだから、アオイは過労で倒れたこともある。
生傷の絶えないアオイを心配したものの、当の本人は気にしなくていいと言う。……アオイは女性だ。体に傷跡が残るのは良くないだろう。
「リンク!」
アオイが俺の名を呼ぶ。
「魔物討伐の依頼を受けたんだよね? 私も一緒に」
「駄目だ」
「……危ないからだっていうのはわかるよ。でも、実戦も積まないと強くなれないよ」
服を強く握るアオイ。
アオイが理解してくれていることも、もっと力をつけたい気持ちもわかっている。が、俺はそのことよりもアオイに自分自身を大切にして欲しかった。
一緒に暮らすようになってから、出会った当初よりも表情は明るくなったものの、俺は彼女の笑顔を見たことがなかった。
悲しい出来事が彼女をそうさせたのだろう。でも、まだ幼いアオイが俺と同じ道を進むのは早すぎる。
ただ、年相応の少女のように彼女の笑顔が見たかった。
「実戦はまだ許可出来ない。……が、目的地は此処から少し離れた場所にあるんだ。気晴らしに小旅行でもしようか」
「……それって、一緒に行ってもいいってこと?」
「ああ。でも、魔物が出ても戦うのは俺だけだ。わかったか?」
「…………わかった。私はリンクの邪魔にならないようにしてるよ」
不服そうにするアオイに、機嫌を直すように頭を撫でる。俺の手に擦り寄るように頭を傾げるアオイの姿に、妹がいたらこんな感覚なのかと思う。
「リンク。ところで、目的地はどんな所なの?」
「フィローネ地方にあるフィローネの森の奥地で魔物が増えているらしい。森に入る手前に村があるからそこで話を聞こう」
「フィローネって……、他の地方に比べたら近い方だけど、結構離れた所だよね。どう考えても数日掛かりになると思うんだけど……」
「長距離の移動は辛いか? なら、アオイには待っててもらうしかないな」
「ちょっ!? そういう意味じゃないよ! それに……リンクと離れ離れは嫌だし」
気を落とした様子のアオイに冗談だと伝える。
アオイは納得いっていないようで、眉を下げたままジト目で俺を見つめてきた。
「冗談とか言うタイプじゃないでしょ、リンクは」
「そうでもないさ」
アオイのそんな姿に、フッと笑みが溢れた。
日が昇っている間は歩き続け、夜は野宿の生活を続けること3日程。アオイは長距離の移動に慣れていない。彼女の調子を気にしながら俺達はフィローネの森の手前にある村へと辿り着いた。
「アオイ、何かあったのか?」
村の入り口で立ち止まっているアオイに声を掛ける。
「いや……特徴的な目? みたいなマークが付いてるなぁって思って」
「この村に住む一族のシンボルだと聞いたな。確か……シーカー族、だったか」
「……シーカー族。ねぇ、リンク。この村の名前って……」
「カカリコ村だ」
驚いたように目を見開くアオイ。何か知っているのかと聞いても、過去に聞いたことある程度だと濁されてしまう。
「それよりも、村長さんの話を聞きに行こうよ」
「そうだな……」
アオイは俺に何か隠しているんだろうか。少し何かが胸に突っ掛かった。
「ようこそ、おいで下さりました。こんな辺鄙な所ですが、どうぞごゆっくりお過ごし下さいませ」
村長の家に向かうと、そこでは痩せ細ったご老人が俺達を出迎えた。年老いているものの整った身なりを見るに、村長として以外にも相当な立場の人間なのだろう。
「森の奥に巣食う魔物を片付けてほしいという話だったな」
「はい。この森は神聖な場所。本来であれば人が踏み入ることも禁じられている地なのです。人や魔の者が入り込まぬよう守り続けてきましたが……時の流れは残酷です。ご覧の通り、村は廃れ、未来へ望みを繋ぐのに精一杯なのです」
村長は悲しげに俯く。
「……大丈夫です! 村長さん! 私達が森を綺麗にしてきますから……。だから、安心して待っててください」
「お嬢さん……。ありがとうございます。……森の最奥にある天望の神殿をご覧になられるといい。あそこは女神様の場所なので中に入ることは出来ませんが、その姿を見ることくらいは女神様もお許し下さる筈です。貴方方のような他者に手を差し伸べる人なら、きっと…………」
村長との話を終えると、俺達は一旦宿で休むことにした。長旅で疲れ切った体を休めて万全な状態にしておきたい。村長から厚意を受け、以前は宿泊施設だった空き家を借りることにした。
「長いこと空き家だったみたいだけど……部屋の中綺麗だね」
「事前に掃除しておいてくれたのかもしれないな。後で礼を言っておこう」
「そうだね。……ん、気が抜けたら眠くなってきた」
伸びをして眠たそうにするアオイ。
まだ休むには少し早い時間だが、長旅で疲れているのだろう。アオイに釣られて欠伸が溢れる。
軽く明日の準備をしてから俺達は休むことにした。
──夢を見ていた。
黒い存在と白い存在が対立している。
俺は見たことのない剣を片手に、戦い続けていた。側にアオイの存在がない。
戦って、戦って、戦い続けた先に、アオイはいた。今まで見たことのないアオイの、座り込んで泣き噦るその姿に心が苦しくなった。
「大丈夫だ。俺がずっと側にいる。大丈夫だから……」
その小さな体を包み込む。
俺の腕の中でアオイは謝罪の言葉を繰り返しながら泣いている。……どうしたら、君は泣き止んでくれるのか。
「リンク。ごめんね」
その体をきつく抱き締めた。
「……ク。……ン…リン……リンク!」
目を開けると、目の前にアオイの姿が。心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、リンク。大丈夫? 魘されてたから起こしたけど……」
「そうだったのか。悪いな」
「辛い夢だったの? リンク。涙を流してたから」
そう言われて顔を触ると、指が湿る感覚。涙を流すほどの夢を見ていた覚えはない。
ただ、何か大事なものを失ったような空虚感が胸に重く乗っていた。それが何だったのか……思い出せなかった。
「朝方だけど、どうする? もう少し休む……?」
「いや、俺は大丈夫だ。魔物も活発に動きだす前に移動しておこう」
支度をしてからフィローネの森へと向かうことにした。
木々に囲まれた森の中を進んでいくと、開けた場所に辿り着いた。事前に村長に聞いた話だが、森にはハイリア人以外の種族が隠れ住んでいるらしい。
その姿はとても愛らしいのだとか。
「……居なそうだね。見てみたかったなぁ」
「警戒心が強いのだろう。仕方がないさ」
その生物を見れずに残念そうに肩を落とすアオイに、慰めるようにその背中に手を置いた。
「……そうだね。それに本題はあっちだったね」
人工物のある更に奥を見る。魔物がいるのはこの森の奥だ。アオイは念の為と言って、俺が与えた短剣を腰に装備していた。それは……使わせたくないな。
森の奥を目指して進んでいくと、遠くの方からギャッギャッと騒ぐ声が聞こえてきた。動物ではない。魔物の声だ。
「アオイ。ここで待っててくれ。……倒してくる」
出来ることならば、そんな姿も見せたくないが……。俺の言葉に頷きアオイが木の影に隠れたのを見届けた後、声の聞こえる方へと静かに足を動かした。
…………数が多いな。視界に入る範囲でも10体はいるだろう。一人で相手をするには数こそ多いものの、慎重に1体1体倒していけば問題ない。
足音を殺して魔物に近付く。獲物に気付かれる前に抜いた剣で心臓をひと突きすれば、糸が切れた人形のように倒れる魔物。重たい物を倒したようなドサッという音に、周りにいた魔物達が反射的に音のした方を向くが、その瞬間には既に俺はその場を離れていた。
一体一体倒していき、残り半分といったところか。
不意に響き渡る角笛を吹く音。
どうやら死角にも魔物が潜んでいたらしい。笛の音を聞きつけてきた魔物達がワラワラと集まってくる。
もっと慎重に動くべきだったか……。
囲まれないようにしながら目の前の魔物を倒していく。しかし、一人で相手をするには数が多かった。
「リンク!!」
アオイの声に反射的に振り返ると、そこには武器を振り翳した魔物の姿が。避けようにも他の魔物の存在が邪魔をしていて身動きが取れない。一撃を受けるしかないかと身構えたが、その武器を振り下ろすことなく魔物は地面へと突っ伏した。
目の前には魔物の血で染まった短剣を持ったアオイが立っていた。
「リンク、大丈夫……?」
震えながら搾り出したような声。
俺がもっと強かったなら、アオイにこんなことさせずに済んだのだろう。
「……少し、待っていてくれ」
身につけていたマントでアオイの身を包むと、残りの魔物の残党を排除していく。見慣れた赤い体を斬りつければ、緑色の血液を吹き出しながら耳障りな悲鳴を上げる魔物。魔物は絶命すると、その体は塵となって消えていく。
──どのくらいの間、斬り続けていたのだろうか。
既に空は黄昏に染まっていた。魔物の気配は……感じない。辺りの騒がしさに動物達も何処かへ行ってしまったのであろう。音一つ無い静寂が辺りを包んでいた。
「アオイ……」
座り込んでいたアオイに近寄ると、掛けていたマントを捲る。アオイは口元を手で押さえながら泣いていた。
「もう大丈夫だ。魔物は全員倒した。……怖い思いをさせてすまなかった」
その体を抱きしめる。
震える小さな体。俺がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
「……私、必死だった。何もしなければリンクが死んじゃうかもしれないって思って…………」
「アオイ。俺は……」
「魔物を殺すことに何も思わなかったわけじゃない。……けど、それよりも…………」
一呼吸の間。
顔を上げたアオイの綺麗な瞳が俺を映していた。まるで、その視線に身を貫かれたような感覚がした。
「──もう、大事な人を失いたくない……!!」
ストンッと、何かが胸に落ちた。
アオイの視線から目を逸らせず、正しく呼吸出来ているのかさえ曖昧だ。
「それは、俺だって……同じだ。……同じ、なんだ」
この地の民を守りたい。ずっとそう願っていた。
アオイを含め、この地の民は俺の中ではずっと特別だと思っていたんだ。──だが、違った。
特別なんかではなかった。そうすれば、その大勢の輪の中に俺も入れると思っていたんだ。
無意識に、アオイは俺とは違うと思っていたらしい。彼女も
家族というものに憧れた。それを持っている人達が羨ましかったんだ。ずっと、渇望していたそれが目の前にある──もう、手離したくない。
「俺も所詮は人間、か……」
特別な存在が出来た途端、平等は不平等になる。そんなこと、わかっている。
「リンク……?」
「アオイ。もし……もしもの話だが、大勢の民とアオイ。どちらか片方しか助けられない状況になったとする。その時、俺は…………」
その時、握った拳に重なる温かな手。
アオイの顔は涙でぐしゃぐしゃになっていたが、とても穏やかなものだった。
「リンク。君は英雄になりたいの? そうじゃないなら、リンクの自由に選んでいいよ。それが例え、どんな結末になろうとも──私は勇者リンクを信じているよ」
ぎこちない不器用なアオイの笑顔。嘘なんてないその表情に俺は──。
……悪い。どうやら俺は一人では駄目みたいだ。
「……同じ道を共に歩んでくれないか。アオイ」
きっと、この言葉は君をキツく縛ることになるだろう。
「わかってないね、リンク。私の気持ちは最初から決まってる」
アオイは差し伸べた俺の手に、何の迷いもなく手を重ねた。その柔らかくて小さな手を、離れていかぬようにしっかりと握る。
「大事にしよう。これから先、ずっと……」
「それは同情……?」
「いや……、"家族"としてだ」
「家族……。へへっ、リンクと家族か」
照れくさそうに頬を緩めるアオイ。そんな姿が愛らしく想えた。アオイが側にいてくれたら、俺はもっと強くなれるだろう。
俺は決意を固めた。
「……凄い。綺麗な建物だね」
目の前には汚れ一つ無い真っ白な建造物。
俺達は村長に教えてもらった"天望の神殿"を見にきていた。その神聖な建物は、人が足を踏み入れることを許さないのだろう。頑丈な扉が中へと繋がる道を閉ざしていた。
「アオイ。何をしているんだ?」
神殿に向かって手を合わせ、祈るようにしていたアオイに声を掛ける。
「もしかすると、中に女神様がいるかもしれないでしょ? だから、お願いしてたんだよ。……リンクの無事を」
「無茶はしていないんだが……」
「それ、魔物の群れに一人で挑もうとしてた人が言える?」
「……悪かった」
アオイの視線から目を逸らす。あれは偶々油断していただけなんだが……。
アオイを真似るように、目を閉じて祈る。
もし、俺の身に何かあった時はアオイのことを助けてあげてほしい……と、願った。
「帰ろうか」
アオイと手を繋いで来た道を戻る。
横目に見えた少し気恥ずかしそうにしているアオイに口元が緩んだ。