▶︎始まりの章(新)
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「ねえねえ! この後公園に集合だったよね!」
「うん! 私達も早く帰ろー!!」
窓から聞こえてくる少女達の声。まだ昼間だというのに下校しているのは学校が早く終わったのだろう。
そんな声を耳にしながら、私はテーブルの上に用意された食事に手を付けないまま、ベッドの中に潜り込んでいた。お腹の中には何も入っていないのに、グルグルと何かが込み上げてくる感覚。気持ち悪さを抑えるように、枕へと顔を押し付けた。
「──ちゃん。大丈夫……?」
その言葉と共に背中を触れる感触。息を整えて顔を上げた私の視界に入ったのは、心配そうに私を見つめてくる担当の看護師のお姉さんだった。どうやら背中を摩ってくれようとしていたらしい。
「大丈夫……っ」
このくらいの症状はまだ軽い方だった。酷い時は起きていることも辛く、血を吐く時だってある。産まれてから病院の外を知らないほどには私の体は弱かった。
「我慢しないのよ。辛い時は辛いって言っていいんだからね」
看護師のお姉さんの言葉に、こくりと頷く。そう返答したものの、看護師のお姉さんも担当の先生も暇ではないことくらいまだ子どもの私でもわかることだ。
調子が良い時もあるが、不調が続くことも少なくない。何度も呼び出して迷惑を掛けるくらいならば、多少の苦しみは我慢した方がマシだった。
──いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
窓はカーテンで閉められていた。時計を見ると短針は頂点を指している。
体の調子が良い。それと同時に、数時間も眠っていた体は睡眠を求めていないようだった。もう夜だというのに全然眠くない。
ベッドの横にある棚から徐にゲーム機を取り出して電源を点けると、そこにはいつも通りのホーム画面。中に入っているソフトを起動する。そのゲームのタイトルは『ゼルダの伝説』。起動したのは、そのシリーズの中の一つのタイトル。
ゼルダの伝説ブレスオブザワイルドのタイトル画面からデータをロードすれば、室内にいる主人公リンクの姿が現れる。……最後にセーブしたのはハテノ村の自宅だったか。
コントローラーに入力した動作に合わせて、画面の中のリンクも動き出す。このゲームの自然豊かな景色は凄く落ち着く。場所によっては敵がいてゆっくり出来ないから……今回はカール山を目指そう。あそこは人がいるが、敵はいないし景色も良い。それにハートの形の池が可愛いから。
目的地に着くと、視点を動かしてただ景色を眺めていた。どこまでも続く空と海。この先にも世界が広がっているのだろうか。時間の流れと共に過ぎ去っていく雲。風に揺れるリンクの髪。池はキラキラと光を反射させていた。
こんなにも穏やかだというのに、この世界では厄災が復活して一度はその平和を奪われていた。きっと、この美しい世界に産まれていたとしても私の命はちっぽけで、無残にも散っていただろうと思う。
「リンク……」
画面に映る君に触れる。
この世界の主人公で勇者。柔らかそうな長い髪。丸みのある目は長い睫毛の奥に真っ直ぐな意志を宿した澄んだ青色を見せていた。……そういえば、この世界のリンクには妹がいる説があった。
「リンクが私のお兄ちゃんだったらな……」
きっと、リンクは妹想いのいいお兄さんだろう。家族を大事にしてくれる……それが羨ましかった。私に兄妹はいない。両親も私を厄介者としてしか見ていないだろう。
私は両親の姿を見たことがなかった。欲しい物は先生や看護師さんに伝えれば買ってきてくれるけど、会いに来てくれたことは一度も無い。
一度でいいから会いに来てほしかった。──ただ、それだけで良かったのに。
『ゼルダの伝説』は私の人生を救ってくれた世界だ。
寝たきりで命の灯火を消化し続ける毎日の中、看護師のお姉さんからのおすすめで触れたゲーム『ゼルダの伝説』。
「名作だから遊んでみて!」と、渡されたのはゲーム機とソフト。タイトルは『時のオカリナ』だった。
初めは酷いものだった。ゲームというものを初めて触った私は、謎解きも手詰まり、戦闘では高頻度でゲームオーバーの画面が表示されていた。それでも続けられたのは、主人公が自分と同じ子どもだったからだろう。
輝くような金色の髪。自然の景色に同化してしまいそうな優しい緑の服。その体は小さく思えたが、もしかすると周りが大きいだけかもしれない。
まだ幼いのにその運命を受け入れる姿に魅了された。後に、時の勇者の結末を知った時に一日中泣いていたこともあったっけ……。
そんな私を慰めるために看護師のお姉さんは手作りの時の勇者のぬいぐるみを作ってくれた。
私の大事な宝物。その子はずっと枕元で私を見守ってくれている。
看護師のお姉さんには感謝してもしきれないほどに、この世界を教えてくれたことに恩を感じていた。そして、この世界を好きになったことで、この先数々の勇者と出会うことになる。
その中でも時の勇者は私の王子様だった。
時の勇者が関係している作品の一つ『トワイライトプリンセス』を遊んだ頃には大分ゲームに慣れてきていた。
ドットだったり、トゥーンのデフォルメ的な勇者に慣れていた頃に、時の勇者と同じ等身の勇者と聞いてワクワクしたものだ。
トワイライトプリンセスのリンクは面倒見のいいお兄さんという印象。冒険をしていくうちに彼の人柄の良さが見えて、より好感的に見ていた。
世間ではこの勇者はイケメンと言われていた。……イケメンって何だろう。後で調べてみることにする。
時系列の中で1番古い……始まりの物語である『スカイウォードソード』。この世界のゼルダとリンクは可愛い雰囲気で、モコモコした服装は抱き心地が良さそうだった。実際に触れられないというのに、私は画面に抱きついていた。それを看護師さんに見られて恥ずかしい思いをしたからもう画面には抱きつかないことを決心した。
トワイライトプリンセスのリンクはお兄さんに当てはめたけど、こっちのリンクは弟という印象だった。
最近のソーシャルゲームはキャラクターの頭を撫でられるらしい。もし、ゼルダの伝説でも同様の機能があったならば、真っ先にこの世界の勇者の頭を撫で回したい。
スピンオフ作品の『ゼルダ無双』も外せない。
最初は理解が追いつかなかったが、慣れてきた頃合いには難しいよりも楽しいという感情になっていた。
この世界の勇者は爽やかな感じでお兄さんかと思っていたのだが、リンクはマスターソードを手に入れて調子に乗ってしまったようで、敵の罠に嵌められていた。……男の子ってやっぱりそういうものが好きなんだね。そう思ったら、私よりも年下の男の子に見えてきた。
レベル上げも武器の厳選も頑張って、マスターソードを装備しなくてもリンクは強い子なんだと証明したい。
その時には、立派な自慢の勇者なんだ。
私は主人公である勇者リンクが好きだ。
何の希望もない毎日を過ごしている中、どんな過酷な運命とも真摯に向き合う彼に励まされた。暗闇に一筋の光が差し込んだような気持ちがした。
"勇者リンクは私の生きる希望"だ。
段々と、眠気が襲ってくる。
時計を見ると、午前三時を指していた。眠気があるうちに寝ようとゲームの電源を切ろうとした時、一瞬だけ画面にノイズが走ったように見えた。
……きっと、気の所為だろう。それにしても、凄く眠い。頭の天辺を押さえつけられているような感覚もする。そのままベッドに倒れると、瞼の重みに従うように目を閉じた。
「……て……ちゃ…………し…………」
「……安定…………はや……処置…………!」
遠くから音が聞こえる。ハッキリしない、人の話し声。切羽詰まったように焦ったような声色。
何故だか体がふわふわと浮いたような心地の良さがあった。いつも体が重かったから、このまま風船のように飛んでいってしまいそう。
「…………お願い…………」
涙交じりの悲しい声。
誰の声だろうと、頑張って少しだけ目を開けてみることにした。……看護師のお姉さんが泣いていた。先生もいる。
見たことのない男性と女性が私を見ていた。その顔には感情が見えない。──ああ、やっぱりね。
「……おやすみ。私」
浮いた感覚に身を委ねて私は眠る。
目を覚ました先に幸せがありますように──世界が私に"愛"を教えてくれますように。