▶︎始まりの章(新)
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からだがふわふわおちていく
へやのなかは、まっくら。だれもいない
こわかったから、ひざをかかえた
ふと──空間に亀裂が入る
空いた隙間から差し込む光
そこから綺麗な色が見えた
あれは、空? それとも……
それに触れたくて必死に手を伸ばした
心地の良い、酷く懐かしい存在
「おかえり」
誰かが私の手を掴んだ
その温かさを私は知っている
君は私の大事な──
「おはよう、アオイ。……あら? 何か怖い夢でも見たの?」
眩しい光に開こうとしていた瞼を閉じる。鳥の囀る音と共に聞こえてきたのは母の声。
「おはよう。怖い夢なんて見てないけど、どうして?」
気怠げな体を起こしながらカーテンを開けていた母に挨拶を返す。
「涙が……」
そう言われて目元に手を置くと、指先が水分で湿る。私は泣いていたみたいだ。
「……身に覚えがないんだけどなぁ。それよりもご飯ある?」
「もう。……テーブルの上に用意してあるわよ」
木製の家の良い匂いに混じって、朝食の香りが鼻腔をくすぐる。起き上がってテーブルの上を見ると、美味しそうな朝食が並んでいた。
……意識したらお腹がぐうと鳴く。椅子に座って手を合わせて「いただきます」をしてからご飯を口に運んだ。
焼きたてのパンに、カリカリのベーコンと黄身がトロトロの目玉焼き。パンにバターを塗って口に頬張ると、バターがジュワっと口の中に滲む感覚。パンはホクホクで柔らかくて食べやすい。
少食の私はあまり量は食べられないが、お母さんの手料理はいくらでも食べれてしまえると思えるほどに美味しかった。
「それ食べ終わったら顔洗って支度してね」
「むっ……はーい!」
そういえば今日はお使いを頼まれているのだった。
ここから少し離れた場所にある大きな街で、注文していた商品を受け取りに行ってきてほしいとのことだった。
私達親子が住んでいるのは人里離れた村。
母一人、子一人の親子。父親は私が産まれる前に亡くなったらしい。母の話では父は城に勤めていた騎士だったのだとか。周りの反対を押し切って駆け落ちした末に、この村に辿り着いたと聞いた。
「お父さんは私達を守るために亡くなった」
と、苦しげに話す母の姿が今も鮮明に目に焼き付いている。
朝食を食べ終えて支度を済ますと、お母さんから注文票を受け取って鞄に仕舞った。
「気を付けて行ってくるのよ」
「そんな心配しなくても大丈夫だよ。行ってきます!」
私と同じ銀髪をエルフのように尖った耳に掛ける母に、軽く手を振りながら目的地を目指して一歩踏み出す。
村の中を歩いていると、あちこちから声が飛んでくる。
「あら? おはよう、アオイちゃん!」
「おやおや。アオイじゃないか。今日は一人かい?」
「お前さん、朝っぱらから何処か行くのかい?」
一人一人に返事をする。
立ち止まって話をしていたら遅くなってしまうかもしれない。私は先を急いでいることを伝えて会話を終わらせることにした。
この村の住民は私を除いて大人しかいない。今の所、子どもは私しかいないのだ。そして、この世界の人は皆エルフのように尖った耳をしている。──この私以外は。
ハイリア人の特徴であるその耳を私は持っていない。
その原因に思い当たる節がある。それは、私が異世界からの"転生者"だからだ。
私が住んでいる場所は"ハイリアの地"から少し外れた場所。耳だけではファンタジーな世界に新たな生を得たのだとしか思えなかったが、その単語一つで此処が『ゼルダの伝説』の世界なんだと理解した。
物心がつく頃に私は前世の記憶を思い出した。ただ、作品として存在していた『ゼルダの伝説』の内容が霧が掛かったようにハッキリとは思い出せなかった。
タイトルは出てくる。一部、登場人物や展開もかろうじて思い出せるものもあるが、まるで完成したパズルをバラバラにさせられた挙句、一部ピースを奪われたような感覚だった。
その残った記憶の中に『ハイラル』はあっても、『ハイリアの地』が出てきた作品を思い出せない。
……もしかすると、この世界は"ゲームでは語られていない"世界なのかもしれない。
目的地である街まで歩いて数時間の距離。
私は運が良いことに途中で馬車と出会い、目的地が同じということで乗せてもらえることになった。門の前で御者さんにお礼を言って別れる。
門を超えて街の中に入ると、そこは人々の活気で賑わっていた。右を見ても、左を見ても人、人、人。見慣れぬ光景に辺りをキョロキョロと見回していたのが悪かったのだろう。ドンッ!と、誰かにぶつかり尻餅をついてしまう。
「あっ、ごめん! 怪我してない?」
「だ、大丈夫。私の方こそごめんなさい……!」
私へと手を差し伸べてくれた目の前の人物を視界に入れると、不思議な感覚が込み上げてきた。
色の薄めな金髪に綺麗な空色の瞳。整った顔立ちをした私より少し年上に見える少年がそこにいた。何処かで見たことあるような……。
「あの……?」
「あっ。ごめんなさい! ……手貸してくれてありがとう」
見つめたまま呆然としていた私を気にして声を掛けた少年。彼の手を借りて立ち上がる。軽々と引っ張り起こしてくれた姿を見て少し驚く。見た目ではわからなかったが、もしかすると鍛えているのかもしれない。
「気にしないで。君に怪我がなくて良かったよ」
優しい笑みを溢して少年は人混みの中に消えていった。
……綺麗な人だったな。
人混みを掻き分けて目的の場所を目指す。
お母さんからは街の裏路地に店の入り口があると聞いていた。路地裏は昼間だというのに薄暗い。暗い場所は苦手なのに……。
路地裏を進んでいくと、目印である星の飾りがついた扉が見えた。開けようとするが扉は重くて開きそうになかった。
……ふと、お母さんから言われていたことを思い出した。
扉を開くにはノックをすること。確か、回数は5回、3回、5回。
思い出した通りに扉を叩くと、中から枯れた声が響いてくる。
「何の用だい?」
どうやら店主のお婆さんの声のようだ。
「お母さんからお使いを頼まれてきました。ええっと……」
「……ああ、あの小娘の。あんた、アオイだろ。開けてやるからとっととお入り」
ギィと、錆びついた音を立てながら扉が開いた。
慌てて中に入ると同時にゆっくりと閉まる扉。人の手で開けられたわけではないこともそうだが、店主が私の名前を知っていたことにも驚いていた。
一体、何者なんだろう。
「ほら、頼まれていた物だ。お代は済んでいるから早くお帰り」
手渡された紙袋を受け取る。
「あ、ありがとうございます。……あの、店主さんは何者なんですか? 扉も一人でに開いたようですし……」
「……なんだい。あの小娘、自分の娘に何も言っていないのかい。なら、アタシからは何も言えることは無いね。あんたのママにお聞き」
店主がシッシッ!と手を払う動作をすると、体がふわりと浮いて外に放り出されてしまう。
それはまるで魔法使いにでも会ったような気分だった。
街を出て、来た道を戻っていく。
行きは運良く馬車が通ったが帰りもそうとは限らない。木に囲まれた道を歩いていく。
顔を上げると、青色に染まっていた空はいつの間にかオレンジ色に染まり始めていた。
木々の向こう側は光が入らないのか暗い。ザワザワと不穏な風は吹き抜けていく。周りに人は居らず、遠くから動物の鳴き声が響き渡っていく。
意識した途端に襲ってくる恐怖心。
いつもと同じ黄昏時のはずなのに……堪らない不安がジワジワと体の内側から広がっていく。
私は足を早めた。
太陽があと少しで姿が見えなくなりそうな頃に、漸く村に帰ってくることができた。
しかし、もう夜になるというのにどの家も灯りがついていない。寝るにはまだ早い時間帯だ。
こんなの……おかしい。
気がつくと駆け足で自宅を目指していた。
「お母さん!!!」
腕に抱えていた紙袋が床に落ち、ガシャン!と何かが壊れた音を響かせる。入ってきた光景に目を疑った。
荒れた室内。鉄のような嫌な臭いが室内を満たしていた。薄暗い部屋の中、目を凝らすとまるで絵の具をぶち撒けたように彩る赤、赤、赤。
この世界に産まれてから10年程。初めて見るその姿に吐き気が込み上げてくる。
「わ……私達、は、魔女じゃない……っ」
耳に入ってきたのは聞き慣れた声。だけど、掠れたような水分を含んだその声に血の気が引いていく。
「お、お母……さ、ん……っ」
震える足を動かして声の元へと向かう。
見えてきた姿に涙が止まらなかった。
そこには、まるで獣に喰い千切られたかのように下半身が無くなった母の姿があった。残った上半身もボロボロになっていた。
「お、お母さん……!!」
弾かれたように母へと駆け寄る。
「……アオイ? アオイ、そこ、に、いるの……?」
「そうだよ! 私は此処にいるよ! 一体、何があったの……?」
傷だらけの母の手を握る。あの温かかった手は温もりを失おうとしていた。
「……はぁ、はぁ。……アオイ、よく聞いて。この村は私が作った村だったの。くっ……、わ、私は魔法使いなの。そして、魔法使いを忌み嫌う人達もいた。魔法使いっていうのは脅威として魔族からも嫌われていたわ。だから……魔法使いが住みやすい村を作った……あの人と。はぁ、はぁ……どうやら魔法使いを嫌う人達が、ここを見つけて、魔族と協力した、みたい……」
「魔法、使い……?」
「そうよ。悪い魔法使いを魔女と呼ぶけど……私達は違う。ただ、平和を望んだだけ」
握られた手の力が弱まっていく。滑り落ちないようにその手を力強く握った。
「アオイ。私達の大事な子。私達のことは忘れて、貴女は平和な世を幸せに生きるのよ」
「い、嫌だ……! お母さん!!」
涙で視界が滲む。冷たくなったその手が──
「……愛してる、わ………………」
──するりと、滑り落ちた。
目の前の墓に、村の近くで咲いていた花を供える。
あの後、全てを吐き出すように泣いていた。
涙が枯れるまで泣いた後、目の前の冷たくなった体にタオルを被せてから村の中の様子を見に行くことにした。
村の中は悲惨な状態だった。
魔物が暴れたのだろう。家屋はどこもボロボロな状態。亡き骸はどれも状態が悪い。小さな村だったので住民を把握していたが……遺体が残っているだけマシだった。体の一部しか残っていない者。体すら残っていない者もいた。
村の中心の開けた場所に穴を掘って、集めた遺体を埋めた。もっとちゃんとした墓を作ってあげたかったが、私一人の力だけでは難しかった。
行く当てもなく足を進める。
頼れる人も居なければ、何の希望も無い。先の見えない深い深い闇の中を歩いているような気分だった。
ただ、フラフラと歩き続ける。
吐き出した白い息。気付くと、辺り一面雪景色だった。
足が重い。それに凄く寒い。両手で腕を摩りながら足を動かす。……でも、もう、限界かもしれない。
力が抜けたようにその場に倒れた。雪に触れている部分から体温が抜けていく。
結局、お母さんとの約束も守れないまま、私は死ぬのか。
遠くから足音が近付いてきているのに気付いた私は、目を閉じることをやめた。
可哀想に。今将に、死体が出来あがろうとしている場面に出会すとは。
「君! 大丈夫!? ……じゃない、よね」
頭上から聞こえてきた少年の声。……その声、何処かで聞いたことあるような……?
「薄着ってことはここら辺の人じゃないな。……取り敢えず、これ!」
少年は私を抱き起こすと、自身が身につけていたマフラーとコートを私に着させる。そして、そのまま私を背負うと、何処かに向かって歩き始めた。
触れた温もりが辛さとなって私の中に広がる。
「大丈夫だよ」
その優しい声音の居心地の良さに、私は瞼を閉じた。
此処は何処だろう。
目を覚ました私の視界には、見知らぬ温かな家の景色が広がっていた。私が眠っていたのは恐らく……男性のベッド。
体は綺麗にされて、服もボロボロになった服から着替えさせられていた。丁寧に傷の手当てもされていた。
「あっ……」
ガチャッと、軽い音を立てて開く扉。
咄嗟に部屋の扉の方を見ると、何処かで見覚えのある少年が林檎の乗ったトレーを持ちながら入ってこようとしている所だった。
「良かった。目を覚ましたんだね。……あっ、着替えとかはこの村の女の人にやってもらったから心配しないで!」
トレーを机の上に置くと、少年は私の方へと近寄ってくる。
「あ、ありがとう。でも……どうして? 見ず知らずの他人を助けても貴方に得なんてない。それとも、見殺しにするのは後味が悪いから?」
「え!? そんなこと微塵も思ってない! 純粋に放っておけなかったんだ。皆にも日頃からお人好しすぎるって言われるけどさ、目の前で困っている人を俺は放っておけないんだ」
目の前の少年は困ったように笑う。
「私、アオイ。貴方の名前は……?」
「アオイ……良い名前だね。俺は"リンク"」
体中の血液が勢いよく流れているのを感じるほど、一瞬、世界から音が消えた。
リンク。私はその名を知っている。
「……リンク。あの、此処って何処なの?」
外れていたパズルのピースとピースが繋がっていく。
「ここは"ハイリアの地"にある小さな村だよ。そこにある俺の家。まぁ……俺の家は村の外れにあるんだけど」
そう言いながら少し寂しげに笑うリンク。
少し思い出したことがある。『ハイラル・ヒストリア』という書籍に掲載されていた読み切り漫画。ハイリアの地という言葉がそこで出てきていたことを。
目の前にいる透けるような金髪に澄んだ空のような碧眼。まだ幼い顔立ちだが、後に、大空の勇者と呼ばれる勇者の前世のリンクに瓜二つだった。
「嫌だったら話さなくていい。けど、アオイは何か訳ありなんだよね? もしよかったら話してくれないかな……」
私に手を差し伸べるリンク。
どうやら私は──入ってはいけない領域に足を踏み入れてしまったらしい。