始まりの章
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〓第2話
今日はリンクと剣の修行をする約束をしている。
鍛錬の後では疲れ切ってしまっているので先に食料などの必要な物を調達しに店へと向かっていた。
「アオイちゃんだー!」
と、話しかけてきた同じ年頃の少女。彼女とは顔を合わせたら挨拶する程度の関係性。
「今日はリンクさんは一緒じゃないんだね」
そう言う彼女の表情はとても残念そうだった。リンクの知名度は大きさ……というよりは彼女はリンクに好意を寄せているのかもしれない。
当人は「女性に言い寄られることはあるが好かれているわけじゃないだろう」なんて言っていたけど、リンクはモテる。私がいつも邪魔者を見る目で見られていることにリンクは気付いていないんだろうか。
目当てのリンクが居ないと知り、彼女の興味は私に移ったらしい。
「アオイちゃんの夢って何?」
彼女の言葉に
「別に夢なんて無い」
と、素っ気なく返す。
パチパチと瞬きをした後、吹き出すように笑う目の前の少女。くすくすと笑いながら
「リンクさんなら立派な夢持ってそうなのに、アオイちゃんは夢の一つも無いんだー?」
まるで小馬鹿にしたような言い方だった。
「変なの……!」
そう吐き捨てて家に帰っていった少女。
胸がムカムカとする感覚。一体、私が何をしたというのか。
私は目的を果たすと、少し息を切らせながら足を早めた。
玄関の扉の前で立ち止まり、呼吸を整える。
いつもよりも重く感じるドアノブに手を掛けて部屋の中に入れば、普段とは違ってラフな格好をしたリンクの姿があった。
「おかえり」
此方を向きながら声を掛けてくれたリンクに
「ただいま」
と、返事をした。
***
家の近くにある森の中。その少し開けた場所。
木刀を構えたリンクと私は向き合っていた。
木刀を両手でしっかりと握り、リンクの微かな息遣いさえ見落とさぬように見つめる。
「…………っ!!」
足に力を入れて踏み込むと、その勢いのまま腕を振る。縦、横、突きと、木刀を力任せに振り回す。
『変なの』
脳裏を掠める言葉。
気にする必要なんてないのに。そのことでリンクの迷惑になっていないかが心配になった。
私はリンクよりも──強くなりたい。
それは夢じゃなくて目標だ。そこに到達できたとしても、また更に先の目標がある。
「アオイ!!」
ガンッ!!と、木刀を握っていた手が痺れるほどの衝撃。リンクの振り下ろした一撃を受け止めたはいいものの、腕に上手く力が入らない。
力の弱まった手から木刀が軽い音を立てて滑り落ちていった。
「これが実戦だったら死んでいたな」
木刀を私に向けたリンクの目の奥に静かな怒りが見えた。
真剣に向き合ってくれているリンクに失礼なことをしてしまった。
「……ごめん」
地面を見つめながら謝る私に、リンクは膝を屈めて視線を合わせた。
「注意力が散漫だったな。何かあったんだろう?」
リンクの憂いのある表情にぽつりぽつりと呟いた。
「……夢が無いことを変だと言われた。私が変だとリンクに迷惑が掛かるんじゃないかと思って…………」
「迷惑なわけがない。……それより、アオイは夢が無いのか?」
不思議そうに聞いてくるリンク。
「目標はあるよ。リンクを追い越すこと」
真っ直ぐそう伝えれば、リンクは困ったような苦笑いを浮かべた。
「それは……先を越されるわけにはいかないな。それだと俺がアオイを守れない」
「リンクは十分守ってくれている。私も他の人だって……。それに困っている人がいたら見捨てられないドがつくほどのお人好しだ。だから、尚更私は強くならなくちゃいけないんだ」
少し間を置いてから私は言葉を続けた。
「だって……リンクのことは誰が守るの?」
私の言葉を聞いたリンクは少し目を見開くと、優しく笑いながら言った。
「……そうか。なら、俺の背中はアオイに預けよう」
ポンポンと、頭を撫でてくるリンクの手を軽く払い除けながら、私は再び木刀を構えた。
「リンクに話したらスッキリしたから再戦お願いしてもいい?」
私の言葉はリンクは
「勿論」
と、苦笑いを浮かべながら返した。
――――――――
―――――
――…
──あれから数日後。
リンクは大事な用事が出来たと言い残して一人で出掛けてしまった。
空は厚い雲で覆われており、今にも雨が降り出しそうだ。
……そういえば、城の内部で何やら不穏な動きがあると噂が広がっていた。リンクの名が知れ渡ってきた影響か、「厄介ごとに巻き込まれそうだ」と、リンクは少し難しい顔をしてぼやいていたのを思い出した。
地面にぽつぽつと丸い染みが滲んでいく。
静かに降り始めた雨と相反して胸はザワザワと煩さを増す。
リンクは恐らく……城に向かった筈だ。私も共に連れていってくれるようになってからは断られたことはなかったのだが、今回は頑なに同行を許可してくれなかった。
それに噂に中に出てきたダギアニス卿という名前──何処かで見覚えがあったような……。
唐突にバンッ!!!!と、大きな音を立てながら扉が開かれた。こんな時に誰だ?と、思いながら振り返っている途中で耳に入る言葉。
「アオイ!! リンクが……!!!!」
私は弾かれたように走り出した。
全身が雨水で濡れ、体に泥が跳ね返るのも気にせず走り続けた。脇目も振らずただ足を動かした。
霞んだ記憶の中にその名前があったことを私は思い出した。それは転生する前。この世界を漫画としてしか認識していなかった頃の話だ。
リンクは数年間投獄されることになる。ダギアニス卿に陥れられて……!
最早、祈りでしかなかった。
まだ間に合うと信じて足を前に動かし続けた。愚かにもまだリンクを救えると信じている自分がいた。
城門が遠目に見えてくる。
「アオイ!!」
名前を呼ぶ声と同時に、背中から体を押さえられる。体はその勢いのまま地面に伏せさせられた。
私を止めた男性はリンクと共に戦ってきた仲間。彼は何か事情を知っていたのだろう。
「リンクはもう手遅れだ!」
「そんなこと……そんなことわからないだろ!! リンクの所に行かなくちゃ……リンクの、ところに……」
身を捩って必死に抵抗する。
視界がぼやけだす。
私は未来を知っていたはずなのに。リンクが苦しまない選択を出来たはずなのに。……未来を変えることが出来たのは私だけだ。
リンクは少なからず4年間は投獄されていた。
リンクが苦しむことになるのは……私の所為だ。
「……行かせてほしい。リンクの所に」
「それは……悪い。一人でも王族や貴族の反感を買ったら全員刑罰は免れないだろう。…………すまない。俺達には守るべき家族がいるんだ」
苦しげに言葉を吐く目の前の人物に、私は嗚咽混じりに言葉を零した。
「リンクは私の家族だ……!!」
私の言葉に目を見開いたその人は私の体から手を離した。
「……そうか。そう、だよな……。俺にお前を止める権限は無いな。アオイの好きにするといい…………」
そう言い残して離れていく足音。
土砂降りの雨の中、私はただ身を縮めて泣いていた。
今すぐにでもリンクを助けに行きたい。でも、それをリンクは望まないだろう。私が行動を起こせば多数の犠牲が出ることは目に見えている。
彼は優しい人だ。他者を救うために自分が犠牲になることを厭わない。
行きどころのない感情に歯を食いしばった。
ふと、気がつくと、身を濡らす感覚が途切れていた。しかし、雨音はまだ鳴り響いている。
蹲っていた体を起こすと、目の前に人が立っていた。
視線をそのまま上に上げていくと、目に映ったのは白い女性の姿。その傍らには綺麗な赤色の大きな鳥が静かに佇んでいた。どうやら、私の体が濡れなくなったのはこの鳥が羽を広げて雨を遮ってくれていたらしい。
「私は白き女神ハイリア。これは神の鳥ロフトバード」
鈴のような綺麗な声で名乗るその女性。
女性──女神ハイリアはその綺麗な白い手を私へと差し伸べる。
「貴女がアオイですね?」
「どうして……私の事を知っているのですか?」
「……私は女神ですよ。全てを見透すことなど容易なのです」
女神ハイリアは微笑みながら言葉を続けた。
「私は貴女の本来の力を引き出す為に会いにきたのです」
「……本来の力?」
「アオイ。貴女には魔法使いの素質がある。それを引き出せば貴女は強くなれる」
私の手を取りながら視線を合わせる女神ハイリア。澄んだガラス玉のような瞳。それは嘘をつくような人ではないと物語っていた。
「リンクの助けになりたいのでしょう……?」
その言葉を聞き、私はその手を握り返した。
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