始まりの章
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〓第0.5話
あれから私は"リンク"という名の少年の家にお世話になっている。所謂、居候というものだ。
余所者で素性も分からなぬ私を警戒する村人とは正反対に、リンクは快く私のことを受け入れてくれた。
「どうして優しくしてくれるの?」
と、リンクに聞くと、リンクは
「俺が世話を焼いてしまう性格だからかな。目の前に困っている人がいたら放っておけないんだ」
少年らしい無邪気な笑顔のリンク。その言葉に嘘はないのだろう。
リンクは色素の薄い金髪に澄んだ空色の瞳をした少年だ。年は私よりも少し上。剣術を学んでいるらしく、少年にしては少し筋肉質な体格だ。
リンクは"あの"リンクなのだろうか。
この世界に転生する前に好きだった作品『ゼルダの伝説』その主人公の名前は共通してリンクだった。──しかし、この世界のリンクに該当するリンクに心当たりがない。
一番近いのは漫画オリジナルの空の勇者の前世のリンクなのだが、彼は青年だ。あと、数年もすれば見た目は同じくらいになるだろうが…………もしかして、描かれていない時代のリンク……?
もし、そうだとしたならば、リンクの未来は……。
「……リンク。お願いがあるんだけど……」
「ん? どうしたの?」
「それ。ちょっと持ってみてもいいかな?」
それ──リンクの持っている剣を私は指差した。
驚いた表情をしたリンクだったが、すぐに顎に手を当てて考え込む。
リンクは
「重いから危ないんだけど……ちょっとだけだよ……?」
と、言って、慎重に剣を渡してくれた。
リンクに支えられながら剣を手に取ると、ズシッとした重い感覚に襲われる。
「こんな重たいものをリンクは軽々と扱っていたのか」と、思いながら、慎重にリンクに剣を返す。
「アオイが扱うのは難しいと思うよ」
困ったような笑みを浮かべているリンク。
これでは自分の身も守れない。
まずは基礎体力作りをしないと話にならないだろう。
「私も……リンクみたいに強くなりたい」
「アオイ、どうして急にそんなことを……? アオイは何もしなくてもいいよ。俺が守るから」
「……リンク。それ、誰にでも言ってるでしょ」
「え? 言……ってるね。でも、俺は護衛の仕事やその手伝いもあるから……。アオイは今は家事覚えるので大変でしょ? この前だって料理頼んだら手傷だらけにしてて……心配だよ」
「それは……! い、今はまだ慣れてないだけだから。……リンク。人っていうのは失敗を重ねて成長するものなんだよ。だから、今の私はパーフェクトヒューマンになる成長途中なの。いつか、家事を卒なくこなしてリンクが私抜きでは生きられなくなるくらい楽させてあげるよ……!」
「じゃあ、アオイは将来俺のお嫁さんってこと?」
「…………え?」
「ん? そういうことじゃないの?」
「な、なな、な! 何言ってるの!? リンク! そういうことは子どもの頃に言っちゃ駄目だよ!! 私だから良かったものの、厄介な子だったら『昔、結婚してくれるって言ったよね? 信じて待ってたんだよ!』って、執着されることだってあるんだからね! ……もう。リンクなら大人になっても女の子なんて選り取り見取りでしょ」
「そんなことないと思うけど……。でも、俺、アオイの花嫁姿見てみたいなって思って……」
「……それって別に隣じゃなくてもいいでしょ。私が結婚すればいいだけなんだから」
「……確かに。でも……アオイの隣に俺以外の人が立つのは、何か嫌だ」
「リンク…………そろそろ時間じゃないの? 仕事の約束してたんでしょ」
私は少し落ち込んだようなリンクの背中を押す。
ハッとしたリンクは時計へ視線を向けると、いつもの装備を手にして慌てて駆け出した。
その背に
「晩御飯楽しみにしててね!」
と、叫ぶと
「楽しみにしてる!」
そう、リンクの声が返ってきた。
私は扉を閉めると、その場にへたり込む。気持ちは気恥ずかしさよりも困惑の方が優っていた。
リンクは天然なところがある。言葉にしたそれが本来の意味通りとは限らない。
それに私達はまだ子どもだ。その気持ちを言葉にできるほど大人ではない。
リンクの隣には綺麗な女性の方がお似合いだろう。それこそ女神ほどの全てが美しい人。
相棒だって優しくて知的な人じゃないといけない。
どう足掻いたって君の隣に私は不釣り合いだ。
私は思考を巡らせていた。
世界にとって私の存在はイレギュラーだったはずだ。
私に前世の記憶が残っていることも、この耳がハイリア人と違い丸いことも、この世界に完全に適応しているわけではないのだろう。だって、この世界の"神"からしたらこれは邪魔でしかないのだから。
私は世界にとって不完全で不鮮明な存在。だとしたら、運命に抗うことも可能ではないのだろうか。
リンクが勇者になる定めも、女神が運命に逆らうことができないことも──私なら変えられる可能性があるはずだ。
確かなことではない。けれど、試す価値はある。
遠くない未来でリンクが死ぬ運命ならば、それを捻じ曲げてみせよう。
私はリンクのためなら何だってやってやる。
そう決意してから私はすぐに行動に移した。
食事は栄養バランスの良いものを勉強した。規則正しい生活リズムになるように時間の調整。剣を扱うために力と体力作り。
あまり人里から離れると魔物に出会す危険性があるとリンクに言われていたから、走り込み、各基礎トレーニングを10セット、剣を振る感覚を覚えるために手頃な木の棒で振る練習もした。
そして、私は……無茶をし過ぎた。
「……アオイ。俺が言いたいこと、わかるよね?」
布団を深く被り、恐る恐るリンクへと視線を向ける。
リンクの瞳から見える深い青色。リンクは怒っているわけではなかった。
「……ごめん。心配掛けさせた」
無茶な練習をした結果、私は倒れた。
詰め込み過ぎて体の疲労が限界を迎えていたらしい。
「アオイが倒れたって聞いて、心臓が止まるかと思った」
私を優しく抱き寄せるリンク。
リンクの体は震えていた。
「リンク。その…………」
「……アオイ。俺達はもう"家族"だ」
少し体を離して見えたその真剣な瞳。
「俺は大事な人を失いたくないよ……」
それから私はリンクと共に適度なトレーニングメニューを考案し、無理をしない程度に頑張ることにした。
余裕がある時にメニューを一つでも追加しようものならリンクの説教は不可避である。
リンクが設けた基準値まで体づくりができたなら、リンク直々に剣の特訓をしてくれるらしい。
「いい? アオイ。絶対、無茶しないことが条件だからね」
「別に無茶してたわけじゃ……」
「つい先日、倒れてたのは何処の誰だっけ……?」
「それは! ……謝るけど。でも、強くなりたくて……」
「アオイはどうして強くなりたいの?」
「それは…………自分の身くらい自分で守れるようになりたいから」
「俺が……と、思ったけど、確かに何かあった時のために自分の身くらいは守れた方がいいか」
納得してくれたリンクに私は笑って誤魔化した。
リンクのために強くなりたいというのは私だけの秘密だ。──少なくとも、今は。