短編
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〓2026バレンタインデー
「アオイ。チョコ「用意してない」…………大胆だね、アオイ。チョコレートの代わりに私を食べて……ってことだよね」
突然現れたかと思ったら可笑しなことを言い出すリンク。
つい最近までコログの森に引き篭もっていた私はバレンタインデーなんてイベントに関わる気はない。
今もチョコレートを用意する姫さん達を避けている最中だった。見つかった暁にはチョコ作りに加担させられるだろう。姫さんには悪いが、どうせ一時の付き合いだ。そこまでする必要はないだろう。
人気が無いところまで逃げてきたというのに、リンクの嗅覚はとんでもなく優れているみたいだ。
何処に行こうと、高確率で出現するリンク。今も逃げ場がなくなっていることに気付き、少し額に汗が馴染む。
「何で此処にいるんだ? 姫さんはどうした」
「チョコを作るから今は外してほしいって。アオイ。チョコが無いなら代わりのもの頂戴」
「は? 代わりなんてな……」
一呼吸の間。
視界に広がるリンクの顔。当の本人は「ご馳走様」なんて、いつもの表情に何処か満足げな雰囲気を出していた。
……油断すべきじゃない相手だとわかっていた筈だ。
「アオイの初めては勿論、俺、だよね……?」
悪びれる様子もないリンク。
他の人に対しては謙虚だというのに、リンクは私に対しては無遠慮だ。そんな信用されるようなこと私はしていないんだがな。
「アオイ。来年は用意しておいてね、チョコ」
「次があると思っているのか?」
「あるよ。その時はこういう仲だから」
そう言って小指を立てるリンク。
それに呆れた視線を向け、私は借りている部屋に戻るため踵を返した。
リンクは歩幅を合わせてついてくる。
「部屋に戻るだけだけど……何でついてくるんだ」
「俺の意思でもあるけど、姫様に『リンク。アオイのことよろしくお願いします』って頼まれたからね」
「…………昼寝するだけだから帰っていいよ」
「じゃあ、添い寝してあげるね。報酬は寝顔でいい」
つい、足を止めてリンクの方を見れば、いつも通りの平然としたリンクがいた。
今、サラッと変なこと言ってなかったか?と、ジッと見つめ続ければ、照れくさそうにもじもじし始めるリンク。
「……遠慮するよ」と言って、リンクから少し距離を置く。
しかし、無意味なほどに一瞬で距離を埋めるリンク。
「…………最近、眠れないんだ」ぽつりと呟くリンク。
添い寝するための嘘かと思ったが、そうでもないらしい。リンクのいつもと変わらぬ無表情。……普通の人から見たらそう思うだろう。
リンクの瞳の奥は微かに揺れていた。
表情ではわからなくとも、その瞳を見ればわかる。
「……少しだけだからな。満足したら帰ってくれ」
「いいの?」
「嘘じゃないんだろ。リンクが倒れたら……リーバルは兎も角、彼奴等は悲しむだろ」
「…………アオイは?」
「……何とも思ってないなら突っぱねてる」
「……そっか」
少し目を細めるリンク。
部屋に着くと、私は早々にベッドに潜った。壁際に身を寄せて、リンクに背を向ける。
ギシッと、ベッドの軋む音。慣れない感覚に体が強張る。
背中から伝わる温かさと腹部に回された腕。リンクは私を抱きしめるように横になっていた。
「寝るのに十分な隙間は作っただろ」
「だってこうした方が落ち着く」
すぐ近くで聞こえる声がこそばゆい。
自分からしたこととはいえ、追い詰められた状態に不安感から心臓の鼓動の音が煩い。
魔法使いにとって逃げ場がないことは死に直結することだから。
ふわりと優しく頭に触れる何か。
視線を少し動かしてみると、それはリンクの手だった。慣れない撫でられる感覚だったが、不思議と心は落ち着きを取り戻してきた。
「おやすみ、アオイ」
……暫くすると動きが止まり、寝息が聞こえてきた。
寝たといっても仮眠程度だろう。休める時に休むが、すぐに動けるようにはしているはずだ。
となると、私が少しでも動けばリンクが起きてしまう。
「困ったな……」と、心の中で呟く。
私は少しずつ体を動かしてリンクの方を向いた。そこにはいつもの澄んだ空色はない。閉じられた瞼からリンクが眠っているのが窺える。
その背中に腕を回してみた。
不安で眠れなかった日に、母は抱きしめるように添い寝してくれた。それと真似してみる。
私にはこれくらいのことしかできないが、少しでもリンクの気持ちが和らいでくれれば……それでいい。
「おやすみ、リンク」
この時、リンクが狸寝入りしていたなんて私は気付いていなかった。