短編
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〓2026バレンタインデー
今、端整な顔立ちの寝顔を見下ろしている。
影の姿のミドナが隣で「やめてやれよ……」と、言っているが私は今それどころではないのだ。
今日はバレンタインデー。
城下町では普段以上にソワソワとした空気に包まれていた。私も例外ではない。
何せ、リンクに一番にチョコを渡すのは難しい……と、思われる。この別名光の勇者のリンクは女性からモテる。それは、もう、恐ろしいくらいにだ。
朧げに残っているゲームの記憶では時の勇者と同じくらい、だった筈だ。だが、実際は違った。
想像の百倍くらいモテる。種族の壁すら軽々と超えるくらいにこのリンクはモテている。
「リンクは一千倍のモテ男」そう呟くと「それは盛り過ぎだろ」と、ミドナから鋭いツッコミが入った。
「リンクが起きた瞬間にこのチョコパイをお見舞いしてあげるのさ」
「普通にあげてやれよ……それより、アオイ。ワタシの分は無いのか?」
「用意してあるよ。今、食べる?」
「嗚呼」
「そういや、何でそんなに一番に拘ってるんだよ? そういうタイプじゃなかっただろ」と、切り分けたチョコパイを頬張りながら聞いてくるミドナ。
残念ながら私だって普通の人間だ。
少しずつだがリンクと信頼関係を築けてきていると思っている。それ故、何処の馬の骨とも知れない小娘に一番を譲るほど寛容ではないのだ。
イリアやミドナなど見知った人なら気にしないが、リンクに近寄ってくるのは大抵見知らぬ女性。リンク自身も赤の他人に迫られて困ることも少なくないらしい。
「私は譲ってあげるほど大人じゃないからね。やっと仲良くなってきた友達が他の子に靡いていたらちょっと……嫌だ」
「それ、本当に友達として見てるのか? ワタシから見たらアオイがリンクに」
「ミドナ。確かにリンクは大事な人だ。だけど君の想像している感情ではないと思うよ。……少なからず、そうあるべきだ」
「……まっ、オマエがそれでいいならワタシは何も言わないけどさ。無理はするなよ」
「ありがとう。ミドナ」
「じゃ、ワタシはちょっと調べごとでもしてくるとするかな。…………邪魔しちゃ悪いし」
チラッと、リンクの方に視線を向けるミドナ。
いつの間にか空になっていた皿。ミドナは「美味かった」と、軽く感想を言うと影の中に潜っていった。
……気配がなくなる。何処かに用事があったのは事実だったらしい。
「……う……ん。…………あれ? アオイ……?」
「おはよう、リンク。起こしちゃったかな?」
「おはよう。そうじゃないけど……。そ、それより、こんな時間に起きてるの珍しいな。何かあったか?」
「今日はバレンタインデーだよ。リンク。チョコ用意したんだけど……後でにする?」
「いや、今食べる」
リンクの分も切り分けて皿に盛っていると、背後から気配を感じる。振り返ると、体が触れそうなほど近くにいたリンク。
一瞬驚いたが「何かあった?」と、リンクに聞けば、「何でもないんだけど……」口ごもった返事が返ってくる。
不思議に思っていると、不意に近付くリンクの顔。
先が読めずリンクの様子を伺っていると、コツンッと触れる額。
「好き、なんだ。アオイにその気がなくても……俺はアオイが好きだ」綺麗な海のような色の瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。
頭の処理が追いつかず身動き一つ取れずにいると、段々と近付く距離。息が触れた瞬間、思考は再び動き始めた。
「ちょっ!? ストーップ!! リンク! 君、正気か……!?」
「正気だし、それに初めてじゃないだろ。これくらいしないとアオイは意識してくれないし」
「前のは事故だっただろう!? ……最近、リンクから好意的に想われているのは知ってたけど。物事には順番っていうのがあってだね……」
「その順序を踏む気がアオイにないからだろ。強行突破するしかない俺のことも考えてくれよ。それとも……師匠の方が良いとか?」
「どっちも大事に決まっている。そりゃあ、リンクには悪いって思っているけど、恋愛感情とそうでない好きの違いが私には分からないし……少々訳ありだから恋人とか作る気は今はないよ」
「アオイって秘密多いよな。まぁ、言いたくないなら聞かないけどさ。……一人で抱え込んで無理とかするなよ?」
「うん。ありがとう」
落ち着いたリンクは椅子に座ると、切り分けたチョコパイを食べ始める。「美味い」と、言葉にするリンク。
飲み物を用意するために一旦その場から離れた。
リンクの言葉と今までの世界のことを思い出す。
最初こそ、ゼルダとリンクは特別なだけで他の皆のことも好き。その好きの違いがわかるほど私は大人ではなかった。
今は……呪いとしているものがある。世界を救ったら別の世界を救うために別の時代又は世界に飛ばされる呪い。
時の勇者のリンクに酷いことをしてしまったからこそ、恋人を作るどころか守れる保証の出来ない約束をして相手を傷付けるわけにはいかない。
好きな気持ちは正直嬉しい。が、私はその気持ちに応えられない。
「側から見たら酷い人間だ」と、自嘲の笑みが溢れる。誠実になれないなら……とことん好きに生きようか。
何処かでタガが外れたような気がした。
「リンク。紅茶でいい?」
「ん。悪いな」
「それと……ありがとね」
「え? 何、が……!?」
リンクの前髪を上げると、そこに唇を落とす。
真っ赤な顔をしながら仰反るリンク。
ふふっ。私は知っているぞ。デコちゅーは親愛の証だと!
私はなんて馬鹿だったんだ。想いに応えられないのならその倍、言葉や態度で表現すればいいのだ。
何故、今まで気付かなかったのだろうか。
「この地を愛している」と、よく前世のリンクが言っていた。それは見返りを求めていない無償の愛だ。
私にすべきことはリンクを愛することだったんだ。
「なぁ、アオイ。その……大丈夫か?」
「ふふっ。心配は要らないよ、リンク。私は君のお陰で進歩することが出来たんだから」
「いや、何か可笑しくなってないか……?」
「リンク。愛だよ愛」
自信に満ち溢れた態度を取る私にリンクは終始心配していた。そんなリンクの頭を撫でて落ち着かせる。
例え、この気持ちがエゴだと思われても、私のリンクへの感情は確かに──愛だった。