短編
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〓2026バレンタインデー
今日は2月14日バレンタインデー。
前の世界と同じように、この世界にもバレンタインデーが存在しているらしい。
街へ買い出しに行けば、男女共に何処かソワソワと落ち着かない様子であった。中には親子で出掛けていたのであろう小さな女の子が「お父さんにあげる!」と、小箱を男性に渡し、それを女の子を抱き上げて喜ぶ男性。その傍らでは二人の姿を優しく見守る女性の姿があった。
私は視界の端に見えた光景に微笑ましく思いながら自分の用事を済ますために噴水のある広場から続く店が立ち並ぶ通りへ足を進める。
目的は必要な物資の調達と簡単に作れるチョコレート菓子の材料の入手。
『バレンタインは好きな人にチョコレートや花などを贈る日』というのが有名だけど、元々はそういう意味はなかったらしい。
バレンタインに興味がなかった私だが、最近になって知人から好きな異性や恋人だけじゃなくて家族や友人に贈ってもいいと聞かされたので今年はリンクに贈ることにした。
いつもお世話になっている感謝の気持ちを込めて。
リンクは頼まれた依頼を片付けるため、朝から夕方まで帰ってこない。私としてはチョコの準備をするのに変な言い訳を考えなくて済むので正直助かるが、リンクが今日中に帰ってくるか怪しいのが心配だ。
リンクは目の前で困っている人がいたら放っておけない質だ。帰りの道中で彼是頼まれる姿が容易に想像がつく。
時刻は昼過ぎ。
予定よりも多くなってしまった荷物を抱えてやっと帰宅することができた。
普段はリンクと行動することが多いので、部屋の静けさに少し寂しさを覚える。……そんな気持ちになっている場合ではないと気合いを入れて、私は台所へと向かった。
簡単なレシピはチョコを溶かして型に入れて固めるだけ……らしい。…………リンクが帰ってくる予定なのが夕方。もしかして、間に合わない?
―*―*―*―*―*―
時計の短針が天辺を指した頃、やっと家に帰ることが出来た。本来の予定は時間通りに終えられたものの、帰路の途中に困っている人の悩みを解決していたらこんな時間になってしまった。
アオイはもう寝ている頃だろうか。
静かに家に入ると、ぼんやりとした灯りに照らされて机に突っ伏しているアオイの姿があった。
規則的な静かな呼吸音。どうやらそのまま眠ってしまったらしい。
アオイを起こさぬように抱き上げ、一旦ソファに寝かせてる。背を向けた時、マントを引っ張られる感覚を感じて其方に目を向けると、アオイの手が俺のマントを掴んでいた。それに少し顔を綻ばせながら脱いだマントをアオイに掛けてやる。
しかし、すぐさまマントを抱きしめながら眠るアオイ。緩む口元を必死に抑えながら室内に入った時から甘い香りを漂わせている台所へと向かった。
「これは……。アオイには悪いことしたな」
思わず溢れた言葉。
匂いの元は小さな鍋に入っていたチョコレートだった。既に冷め切っているが中に入っている液体の状態からしてホットチョコレートを作ってくれていたのかもしれない。
今までアオイはこういうものに無関心だったのもあり、今年もないのかと期待はしていなかった。
彼女の猫のように気紛れなところには困ったものだ。
「……う、ん。……リンク?」
振り返るとモゾモゾと起きあがろうとしているアオイ。
「起こしてしまったか?」そう聞けば「いや。別に……」と、返ってきた。
俺のマントに気付いたアオイは「あー……。ごめん」と、言いながらマントを返してくる。それを受け取る際にアオイは平然とした態度で「でも、目覚ます直前心地良い気分だった」と、言ってきた。
……アオイのそういうところ狡いと思ってしまう。
「それ。まだ傷んでないと思うけど……飲む?」
「嗚呼。……アオイ。すまないが用意してくれるか? 帰ってきたばかりだから荷物を部屋に置いてきたいんだ」
「わかった。温め直しておくよ。……それと、気にしなくていいよ。リンクのために用意したチョコレートなんだから。……時間なくてこんな簡単なものしか用意出来なかったけど」
アオイに返事を返すと、自室へと向かう。
入ってすぐに閉めた扉にもたれるかかると、口元を手で押さえた。高鳴る心臓を落ち着かせるために深く深呼吸をする。
……女神ハイリアよ。もし、聞いていたなら自慢したい。
アオイ。彼女は"リンクのために"と、言っていた。あの行事に関心がなく、信用はしてくれているけどデレない野良猫のようなアオイが……!
初めてのチョコレートをこの私のために……!
こんな嬉しい日が訪れていいのだろうか。今すぐ死んでしまっても悔いは……いや、ある。まだ死ぬわけにはいかない。
一通り胸中で叫び終えてからアオイの元へ向かう。
「……美味そうな匂いだな」
「リンク。遅かったけど何かあった?」
「いや……何もないさ。頂いても構わないか?」
「どうぞ。味は普通くらいには出来てると思うけど……。あと熱いから気をつけてね」
「嗚呼。いただきます」
少し冷ましてから口に入れると、徐々に広がっていく甘さ。
とはいえ、甘党のアオイが作ったものにしては甘さ控えめな味付けだ。俺が飲みやすいように甘さを抑えたのかもしれない。
向かい側に座っているアオイは、ふーふーと息を吹きかけて熱を冷ましている。……そういえばアオイは猫舌だったか。
俺の視線に気付いたアオイは不思議そうに顔を傾ける。
その頭に手を伸ばせば「撫でるな」と、優しめに拒否される。
「美味いな。流石はアオイの手作りのホットチョコレートだ」そう感想を伝えると、「いや、これくらい誰でも作れるでしょ……」と、ジト目をしながら返すアオイ。
そんな姿も愛おしく想える。
「リンク。一日ズレたけど……ハッピーバレンタイン」と、ホットチョコレートの入ったマグカップを前に出すアオイに、「嗚呼。ハッピーバレンタイン」そう返事をして互いのマグカップを合わせた。