この瞬間がすき
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暑い。
エアコンのフィルターを掃除しているため、今浦原商店は亜熱帯と化していた。
まだ夏本番ではないものの、遠くから蝉の鳴き声が聞こえる。あの鳴き声を聞くだけでも汗が滲んでしまう。
唯一の涼は扇風機一台のみ。しかも浦原が倉庫の奥底から眠っていたものを取り出してきた代物で、かなり年季の入ったものだった。
流石の浦原も暑いのだろう。
いつも羽織っている羽織は脱ぎ捨てており、作務衣の前はいつもより大きく開いている。
トレードマークの帽子すら鬱陶しいのか、畳の上に無造作に置かれていた。
首をぎこちなく振る扇風機の前に座り込み、子供のように「あー」と声を上げている。
「…それ、楽しいです?」
畳で横たわっている体勢のまま聞けば「扇風機と言えばこれしなきゃっスよぉ」と返ってきた。
そうなのか。そうかもしれないが。
それより私は暑さでどうにかなってしまいそうだった。
夏は、苦手だ。冬は服を着込めば何とかなるが、暑さはどうしようもない。
おもむろに立ち上がる浦原。
冷蔵庫を開けて何か探しているようだった。
残念ながら、冷蔵庫の中には夕飯の材料くらいしか入っていないはず。
アイスクリームは今朝ジン太と雨が食べていた分で最後だ。
「名無しサン、あーんしてください」
畳にうつ伏していた顔を上げれば、製氷器で作った氷を持った浦原。
早速溶け始めているのか、彼の指先から水滴がひとつ、畳に落ちた。
「んあ…」
「はい。」
少し大きい氷をひと欠片。
口に頬張ると、わずかに涼しくなった気がした。気のせいかもしれないが。
「はひはほーほはいはふ」
「どういたしましてっス」
浦原も氷をひとつ頬張る。
四角くなった頬が、何だがハムスターが無理に餌を頬袋にしまっている様子に似ていて、少しだけ笑ってしまった。
扇風機にそよぐ、癖のある金髪。
普段あまり見えない額が、扇風機の風で露になる。
少しだけ、扇風機を使った夏も悪くない。そう一瞬だけ思った。
…暑いものは、暑いけれど。
この瞬間がすき#初夏
普段の夜一並に薄着になっている名無しが畳の上でバテていた。
キャミソールに、ゆるめのショートパンツ。基本的に夏でもガードが固い彼女にしては珍しい格好だ。
それもそのはず、部屋がものすごく暑い。
エアコンのフィルターがきちんと乾くまでの辛抱、午前中だからまだマシ、夏本番はもう少し先だから…と色々理由を自分自身に言い聞かせても、やはり暑いものは暑い。
ボク自身、暑い・寒いは我慢出来る方だが、名無しはそうもいかなかったらしい。
暑いのは、本当に嫌いらしい。それも尋常ではない程に。
先ほど口に頬張らさせた氷を、大事そうにコロコロと口の中で遊ばせている名無し。
畳の表面の冷たさで涼を取っているのか、日陰の中を時々移動しつつ、畳の上で猫のように伸びていた。
いや、もはや『溶けている』と形容しても間違いじゃないかもしれない。
普段キビキビしている彼女からは想像出来ない姿だ。それ程までに夏は嫌いらしい。
辛うじて家事は朝一に済ませているので用事という用事はないらしい。
暑さで虚もダレているのか、珍しく伝令神機はピクリとも鳴らなかった。
行き倒れているように寝転がった名無し。
セルフ腕枕をしているからかキャミソールの裾から白く細い横腹が見えている。普段の彼女からは想像も出来ないだらし無さだ。…そんな姿も可愛いのだけど。
「お腹出してたら冷えちゃうっスよ、名無しサン」
そう言えば、最後の小さなひと欠片だった氷をゴリッと噛み砕く音が聞こえた。
「今の状況でどう冷えるんですか…」
「確かに。」
汗ばむ気温。
強いて言うなら浦原の目の前にある扇風機で冷える…と言いたいが、古いものだからかあまり涼しいとはお世辞にも言えなかった。
おかげでジン太達は図書館で(鉄裁に連れられ)宿題をしに行ってしまった。
商店の客足も遠い。アスファルトを焼き付ける陽炎ばかりが店の前で揺らめいている。
「そんなことより、浦原さん。作務衣の前、開きすぎじゃないです?」
「えー。暑いんっスもん」
「私のこの角度から、乳首見えてますけど」
「見せてるんっスよ」
「スケベ。」
畳の上でうつ伏せる名無しが、可笑しそうに笑う。
まぁ確かに、ローアングルからだと見えるかもしれない。ほぼ毎夜、彼女に見られているため気にもしないが。
「あ、そうだ」
おもむろに起き上がった名無しが台所と倉庫を行ったり来たりしている。
暑い暑いと文句を言いながらも、あれやこれを準備しだす。
暫くしてやってきた彼女が持ってきたのは、
「…タライ?」
「と、氷水です。あと麦茶」
大きめのタライは倉庫に眠っていたものだろう。見覚えがあるが、最近使った記憶はなかった。
並々と中で波打つ水道水と、2Lペットボトルを凍らせた保冷用の氷。
それを日陰になっている軒先に慎重に置く名無し。
その後、台所から持ってきたのはむぎ茶が入ったピッチャーと、氷をいっぱいに入れたグラス。
「浦原さん、」
ちょいちょいと軒先へ手招きする彼女。
縁側から足をだらしなく放り投げれば、水が跳ねる音が聞こえた。
その後「あぁぁー…きもちいいー…」と言いながら、力尽きるように板間へ倒れ込む。
のっそりと縁側の向こうを見れば、タライに氷水を張ったところへ足を投げ入れている。これはよく考えたものだ。
「お邪魔しても?」
「どうぞー」
隣に座り、作務衣の裾を捲り上げて浦原も足を浸けた。
身震いしてしまいそうなくらい、冷たい氷水。確かにこれは快適だ。
遠くで、蝉の鳴き声が聞こえる。
近所の家から聞こえてくる銅風鈴の涼やかな音色が、湿気を含んだ夏の風にのって鳴り響く。
足を浸したまま体を目いっぱい伸ばし、扇風機の首振りを縁側へ向ける。
汗ばむ背中に吹き付ける人口風が、ひんやりと心地よかった。
「夏っスねぇ」
「早く秋になればいいのに…」
「それはちょっと気が早いっスよぉ」
暑さにやられている彼女のために、昼食の素麺を食べる前に恐らくもうそろそろ乾ききるであろうエアコンのフィルターをセットし直そう。
氷水で涼を取る、暑い真夏日はゆっくりと過ぎていく。
エアコンのフィルターを掃除しているため、今浦原商店は亜熱帯と化していた。
まだ夏本番ではないものの、遠くから蝉の鳴き声が聞こえる。あの鳴き声を聞くだけでも汗が滲んでしまう。
唯一の涼は扇風機一台のみ。しかも浦原が倉庫の奥底から眠っていたものを取り出してきた代物で、かなり年季の入ったものだった。
流石の浦原も暑いのだろう。
いつも羽織っている羽織は脱ぎ捨てており、作務衣の前はいつもより大きく開いている。
トレードマークの帽子すら鬱陶しいのか、畳の上に無造作に置かれていた。
首をぎこちなく振る扇風機の前に座り込み、子供のように「あー」と声を上げている。
「…それ、楽しいです?」
畳で横たわっている体勢のまま聞けば「扇風機と言えばこれしなきゃっスよぉ」と返ってきた。
そうなのか。そうかもしれないが。
それより私は暑さでどうにかなってしまいそうだった。
夏は、苦手だ。冬は服を着込めば何とかなるが、暑さはどうしようもない。
おもむろに立ち上がる浦原。
冷蔵庫を開けて何か探しているようだった。
残念ながら、冷蔵庫の中には夕飯の材料くらいしか入っていないはず。
アイスクリームは今朝ジン太と雨が食べていた分で最後だ。
「名無しサン、あーんしてください」
畳にうつ伏していた顔を上げれば、製氷器で作った氷を持った浦原。
早速溶け始めているのか、彼の指先から水滴がひとつ、畳に落ちた。
「んあ…」
「はい。」
少し大きい氷をひと欠片。
口に頬張ると、わずかに涼しくなった気がした。気のせいかもしれないが。
「はひはほーほはいはふ」
「どういたしましてっス」
浦原も氷をひとつ頬張る。
四角くなった頬が、何だがハムスターが無理に餌を頬袋にしまっている様子に似ていて、少しだけ笑ってしまった。
扇風機にそよぐ、癖のある金髪。
普段あまり見えない額が、扇風機の風で露になる。
少しだけ、扇風機を使った夏も悪くない。そう一瞬だけ思った。
…暑いものは、暑いけれど。
この瞬間がすき#初夏
普段の夜一並に薄着になっている名無しが畳の上でバテていた。
キャミソールに、ゆるめのショートパンツ。基本的に夏でもガードが固い彼女にしては珍しい格好だ。
それもそのはず、部屋がものすごく暑い。
エアコンのフィルターがきちんと乾くまでの辛抱、午前中だからまだマシ、夏本番はもう少し先だから…と色々理由を自分自身に言い聞かせても、やはり暑いものは暑い。
ボク自身、暑い・寒いは我慢出来る方だが、名無しはそうもいかなかったらしい。
暑いのは、本当に嫌いらしい。それも尋常ではない程に。
先ほど口に頬張らさせた氷を、大事そうにコロコロと口の中で遊ばせている名無し。
畳の表面の冷たさで涼を取っているのか、日陰の中を時々移動しつつ、畳の上で猫のように伸びていた。
いや、もはや『溶けている』と形容しても間違いじゃないかもしれない。
普段キビキビしている彼女からは想像出来ない姿だ。それ程までに夏は嫌いらしい。
辛うじて家事は朝一に済ませているので用事という用事はないらしい。
暑さで虚もダレているのか、珍しく伝令神機はピクリとも鳴らなかった。
行き倒れているように寝転がった名無し。
セルフ腕枕をしているからかキャミソールの裾から白く細い横腹が見えている。普段の彼女からは想像も出来ないだらし無さだ。…そんな姿も可愛いのだけど。
「お腹出してたら冷えちゃうっスよ、名無しサン」
そう言えば、最後の小さなひと欠片だった氷をゴリッと噛み砕く音が聞こえた。
「今の状況でどう冷えるんですか…」
「確かに。」
汗ばむ気温。
強いて言うなら浦原の目の前にある扇風機で冷える…と言いたいが、古いものだからかあまり涼しいとはお世辞にも言えなかった。
おかげでジン太達は図書館で(鉄裁に連れられ)宿題をしに行ってしまった。
商店の客足も遠い。アスファルトを焼き付ける陽炎ばかりが店の前で揺らめいている。
「そんなことより、浦原さん。作務衣の前、開きすぎじゃないです?」
「えー。暑いんっスもん」
「私のこの角度から、乳首見えてますけど」
「見せてるんっスよ」
「スケベ。」
畳の上でうつ伏せる名無しが、可笑しそうに笑う。
まぁ確かに、ローアングルからだと見えるかもしれない。ほぼ毎夜、彼女に見られているため気にもしないが。
「あ、そうだ」
おもむろに起き上がった名無しが台所と倉庫を行ったり来たりしている。
暑い暑いと文句を言いながらも、あれやこれを準備しだす。
暫くしてやってきた彼女が持ってきたのは、
「…タライ?」
「と、氷水です。あと麦茶」
大きめのタライは倉庫に眠っていたものだろう。見覚えがあるが、最近使った記憶はなかった。
並々と中で波打つ水道水と、2Lペットボトルを凍らせた保冷用の氷。
それを日陰になっている軒先に慎重に置く名無し。
その後、台所から持ってきたのはむぎ茶が入ったピッチャーと、氷をいっぱいに入れたグラス。
「浦原さん、」
ちょいちょいと軒先へ手招きする彼女。
縁側から足をだらしなく放り投げれば、水が跳ねる音が聞こえた。
その後「あぁぁー…きもちいいー…」と言いながら、力尽きるように板間へ倒れ込む。
のっそりと縁側の向こうを見れば、タライに氷水を張ったところへ足を投げ入れている。これはよく考えたものだ。
「お邪魔しても?」
「どうぞー」
隣に座り、作務衣の裾を捲り上げて浦原も足を浸けた。
身震いしてしまいそうなくらい、冷たい氷水。確かにこれは快適だ。
遠くで、蝉の鳴き声が聞こえる。
近所の家から聞こえてくる銅風鈴の涼やかな音色が、湿気を含んだ夏の風にのって鳴り響く。
足を浸したまま体を目いっぱい伸ばし、扇風機の首振りを縁側へ向ける。
汗ばむ背中に吹き付ける人口風が、ひんやりと心地よかった。
「夏っスねぇ」
「早く秋になればいいのに…」
「それはちょっと気が早いっスよぉ」
暑さにやられている彼女のために、昼食の素麺を食べる前に恐らくもうそろそろ乾ききるであろうエアコンのフィルターをセットし直そう。
氷水で涼を取る、暑い真夏日はゆっくりと過ぎていく。
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