君色カトラリー

「ふぐ、ぐぐ…」

通りかかった台所から呻きのような低い声が聞こえてきた。
低いと言っても女の声だ。思い当たる人物は、ひとりしかいない。

「オイ」
「あ…大倶利伽羅さん、どうかされました?お茶でも飲みにこられたんですか?」

ぱっと顔を上げて呑気な顔で笑うのは、今の俺達の主だ。といっても、二代目だが。
随分と審神者として板についてきた…と思えば、これだ。何をやっているのやら。

「…梅?」
「はい。次郎さんと五虎退くんが今日の畑当番だったんですけど、隅に咲いていた…ほら、梅の木。いっぱい青梅が実っていたみたいで」

丁寧に水洗いされた青梅は瑞々しい滴を纏って、ザルの上で山盛りになっている。
大方、次郎の思いつきで『主〜!アタシ、アンタが作った梅酒が飲んでみたぁ〜い』とか何とか言って強請られたのだろう。
広い台所の上には酒と氷砂糖、そして大きな口の瓶がいくつかあった。

「さっきの変な声は?」
「変な声って…瓶が、その…固くて開けられなかったんです」

ごにょごにょと恥ずかしそうに答える彼女。
確かに開口口が大きいから彼女の小さな手では開けにくそうだ。

大倶利伽羅は黙って瓶をひとつ手に取り、いとも簡単に固く閉じていた蓋を開けた。
それと同時に「おお!」と嬉しそうな声を上げる主。
こんなことで一々喜ぶこともないだろ、と大倶利伽羅は心の中で小さく呟いた。

「ありがとうございます、大倶利伽羅さん!」
「全部開けとけばいいのか?」
「助かります!」

にこにこと心底嬉しそうな顔で笑う彼女。
荷物を持ったり瓶の蓋を開けるだけでこんなに喜ぶなんて、思慮深い性格の割には喜ぶポイントが単純すぎる。
特に用もなかったし、別にいいか。と大倶利伽羅は瓶の蓋を子気味良い音を立てながら開けていった。

その開いだ彼女はというと、梅のヘタを竹串で丁寧に取っている。…この大量の梅をひとりで処理するつもりなのか?

「取ればいいのか?」
「あ。」

余っていた竹串で梅のヘタをポロポロと取っていけば、驚いたような顔で見上げられた。

「いいんですか?手伝って貰っちゃって」
「…特に用事もないしな」

ぶっきらぼうに答えれば、はにかんだような笑顔で「ありがとうございます」と綻ぶ表情。
たまには、馴れ合うのも悪くないだろう。


緑黄色ワイナリー


「飲み頃は一年後なので…結構先になっちゃいますね」
「一年なんてすぐだろ」
「そうだといいなぁ。最初の味見は大倶利伽羅さん、ぜひお願いしますね!」
「…考えておく」

これは一年先まで死ねないな、と大倶利伽羅は少し俯きながら口元を僅かに緩ませた。




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