short story
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「あら、妹さんですか?」
なんてことない、知らない人の一言。
それは小さな棘になって、チクチクと胸の奥を蝕んでいく。
***
「で?靴と服を買いに行きたいってわけ?」
「そうなんです。助けてください、乱菊さん」
現世へサボりに・もとい遊びに来た乱菊を捕まえて、名無しは深々と頭を下げていた。
靴は靴でも、いつも履きなれているスニーカーではない。
「まぁ確かに浦原さん背丈あるものね。それに比べて…」
「チビですけど何か。」
「まだ何も言ってないわよ」
ルキアほどの低身長ではないが、確かに浦原と並べば平均以下の背丈がよく目立つ。
加えて彼は、普段履いているものは下駄だ。更に身長差が開いてしまうのは必然だった。
「まぁ素材がいいからいいんじゃない?」
腕が鳴るわ・と言いながら楽しそうに乱菊が笑う。
「じゃあまずそのダサい浦原商店のTシャツとエプロンを外しなさい、名無し。街へ行くわよ!」
「は、はい!乱菊さん!」
***
その一週間後。
今日は久しぶりの、所謂デートだ。
箱から出したての、紺色のパンプス。
少し高めのヒールに甘すぎないリボンをあしらった、それはもうとびきり可愛い靴だ。
(こういう踵の靴、初めてかも)
柄にもなく少しドキドキしてしまう。
踵がある靴と言えば、ローファーかブーツの二択だったからだ。それも踵は太めでやや低い。
服もドレープがおしゃれな花柄のスカートに、明るいページュのニットだ。
乱菊が選んだ『大人っぽい』服の中でも露出が少なく、まだ『馬子にも衣装』感が少ない服だった。
「…でも胸元スースーするなぁ…」
インナーを着ているとはいえ、大きく開いたVネックは少し心許ない。
前屈みになると下着が見えてしまいそうだった。
「名無しサーン、準備出来たっスか?」
「はい!」
階段下から響く浦原の声。
思わず伸びる背筋。手荷物に忘れ物がないか、最終チェックをして、カバンと新品の靴を持って階段を駆け下りた。
***
どうしよう。今日は普段の倍可愛い。
『乱菊さんと服選んだんですけど…ど、どうですか?』と真っ赤な顔で聞いてくるもんだから、その場で押し倒しそうになった欲望を見事抑え切ったボクの理性、本当にグッジョブ。
先日『妹さんですか?』洋菓子店の若い店員に尋ねられたのがこたえたのだろうか。
もちろん即答で『恋人っスよぉ』と返事をしたが…。
気にしてなさそうな顔をしていた割に、意外とそういうところを彼女も気にするのか。新たな発見だ。
5cmちょっと。名無しのいつもの身長より底上げされた高さ。
身長差は少しは埋まったが、問題は靴じゃない。その服だ。
視点が変われば・服が変われば、普段見えないものも見えるわけで。
「和菓子カフェ、楽しみですね!」
「そっスねぇ」
なんてことない、平静を装う。ボクの理性グッジョブ。今日はよく仕事をしてくれる。
視線を名無しへ落とせば、ふわふわ笑う彼女と…狙ったように見える柔らかそうな谷間。
普段Tシャツやパーカーなど、動きやすい格好だからか意外と彼女のプロポーションは知られてない。
細い割に育っていたが、それはもう身体を重ねれば必然的に育つわけであって。何がとは言わないが。
それは多分、隣を歩くボクにしか見えない絶景。
よく考えてみれば、乱菊もやや身長が高めだったことを思い出す。
浦原と乱菊の身長差は大体10cm程。彼女からしたら『もう少し身長があれば恐らく見えるかもしれない』と踏んだのだろう。
だからこそこの服を名無しに選ばせたのだ。彼女はそういう副隊長だ。
…今度美味しい酒を手土産に持たせておこう。勿論親指をグッと力強く立てて。
「わ、並んでますね」
「そうっスねぇ。まぁのんびり待ちましょうか」
ズラリと並ぶ人の列を見て笑えば「えっと、そうですね」といつもより少し、歯切れの悪い返事が返ってくるのだった。
***
――どうしよう。
意外と足が痛い。
普段あまり負担がかからないつま先や、おろしたての靴だからだろう。アキレス腱あたりがヒリヒリしている。
…いやいや。かと言って靴を脱ぐ訳にもいかないし、こんな行列の中座り込むのもみっともない。
(初めて、靴擦れしたかも)
世の女の子達はよくこれで歩けるなぁ・と他人事のように思い耽るが、残念ながら今現在、我が身に起こっていることだ。
あぁ。無理に背伸びをしたバチだろうか。
ヒールのある靴すら履けないとは。
なんだか如実に『大人の女性』とはかけ離れた事実を突きつけられているようで、内心大きく溜息をついた。
「名無しサン、名無しサン。」
「どうかされました?浦原さん」
「あははー、並ぶの飽きちゃいました」
浦原が小さく肩を竦めながら、困ったように笑う。
飽きた、って。
「え。でも浦原さんがこの店行ってみたいって、」
「まだオープンしたてっスからぁ。ほら、落ち着いた頃に来てもいいんじゃないっスか。
道路の反対側の喫茶店もケーキ美味しかったっスからそっち行きましょ」
「う、うん…?」
突然、どうしたのだろう。
別に行列に並ぶのも苦ではない性格だし、飽きるだなんてそんな、
(あ。)
自意識過剰ではなければ、恐らく原因は『コレ』だ。
でも、足先の靴擦れも踵の靴擦れも、靴で隠れていて浦原には見えていないはずだ。
顔に出ていたのか、それとも歩き方が変だったのか。
何にしても情けない事この上ない。
「あの、浦原さん。もう少し並び」
「お姫様抱っこで連れていくのと、ゆっくり歩くのどっちがいいっスか?」
「……………あ、歩きます、」
渋々答えれば「じゃあ行きましょ。ゆっくりでいいっスからね」と浦原は満足そうに笑うのだった。
***
「浦原さん、すみません…」
しょんぼり肩を落としながら、目の前の席に座る名無しが項垂れる。
洋食も兼ねている喫茶店だからか、珍しく座敷席も設置されている。
そこで靴下を脱がし、持っていた絆創膏で浦原は手当を行っていた。
『そこまでしてもらわけには』と意固地になっていた名無しを宥めすかして絆創膏を貼るが、よくもまぁ表情ひとつ変えずに我慢したものだと感心する。
歩き方にぎこちなさを感じたからもしかして・とは思ったが…
「なーんで謝るんっスかぁ」
「だって、お店楽しみにされていたし、ご迷惑をかけて、空回りして…」
自己申告しつつ名無しの表情はどんどん暗くなる。人一倍責任を重く捉えがちな彼女の事だ、もしかしたら胃がキリキリする程に罪悪感を感じているのかもしれない。
「いやぁ。これでも嬉しいんっスよ、ボク。」
あっけらかんと浦原が笑い、注文したコーヒーをのんびり啜る。
ブラック独特の程よい苦味と酸味が口の中いっぱいに広がった。
「う、嬉しい?」
「そっス。だって妹だと勘違いされて嫌だったから、わざわざ背伸びした格好してくれたわけですし。」
コーヒーカップを静かに置きながら浦原は蕩けるように破顔する。
つまり裏を返せば『ちゃんと恋人らしく見られたい』という願望の表れであって。
ぐうの音も出ない図星を突かれて、真っ赤な顔で名無しは閉口する。反論の余地はない。
「でも…こんな風にみっともなく靴擦れするの、カッコ悪いじゃないですか…」
「何回か履けば慣れるらしいっスよ、そういう靴。」
「え、そうなんですか?」
人生初の靴擦れを体験した名無しからしたら目からウロコの朗報だ。
「ちょっとずつ履きなれたらいいんじゃないんっスか?似合ってますし」
「あ…ありがとう、ございます…」
恥ずかしそうに紅茶を啜りながら視線を泳がせる名無し。
――あぁ。やっぱりボクの恋人は世界一可愛い。
最上級の賛辞にして最大級の惚気を、浦原はそっと目を細めつつ想うのであった。
アダルティック・ガール?
(まぁヒールのある靴の方がキスしやすそう…ってのは黙っておきましょ)
ついついムラッとしてしまう邪な考えは、美味しいコーヒーでそっと呑み込んで。
なんてことない、知らない人の一言。
それは小さな棘になって、チクチクと胸の奥を蝕んでいく。
***
「で?靴と服を買いに行きたいってわけ?」
「そうなんです。助けてください、乱菊さん」
現世へサボりに・もとい遊びに来た乱菊を捕まえて、名無しは深々と頭を下げていた。
靴は靴でも、いつも履きなれているスニーカーではない。
「まぁ確かに浦原さん背丈あるものね。それに比べて…」
「チビですけど何か。」
「まだ何も言ってないわよ」
ルキアほどの低身長ではないが、確かに浦原と並べば平均以下の背丈がよく目立つ。
加えて彼は、普段履いているものは下駄だ。更に身長差が開いてしまうのは必然だった。
「まぁ素材がいいからいいんじゃない?」
腕が鳴るわ・と言いながら楽しそうに乱菊が笑う。
「じゃあまずそのダサい浦原商店のTシャツとエプロンを外しなさい、名無し。街へ行くわよ!」
「は、はい!乱菊さん!」
***
その一週間後。
今日は久しぶりの、所謂デートだ。
箱から出したての、紺色のパンプス。
少し高めのヒールに甘すぎないリボンをあしらった、それはもうとびきり可愛い靴だ。
(こういう踵の靴、初めてかも)
柄にもなく少しドキドキしてしまう。
踵がある靴と言えば、ローファーかブーツの二択だったからだ。それも踵は太めでやや低い。
服もドレープがおしゃれな花柄のスカートに、明るいページュのニットだ。
乱菊が選んだ『大人っぽい』服の中でも露出が少なく、まだ『馬子にも衣装』感が少ない服だった。
「…でも胸元スースーするなぁ…」
インナーを着ているとはいえ、大きく開いたVネックは少し心許ない。
前屈みになると下着が見えてしまいそうだった。
「名無しサーン、準備出来たっスか?」
「はい!」
階段下から響く浦原の声。
思わず伸びる背筋。手荷物に忘れ物がないか、最終チェックをして、カバンと新品の靴を持って階段を駆け下りた。
***
どうしよう。今日は普段の倍可愛い。
『乱菊さんと服選んだんですけど…ど、どうですか?』と真っ赤な顔で聞いてくるもんだから、その場で押し倒しそうになった欲望を見事抑え切ったボクの理性、本当にグッジョブ。
先日『妹さんですか?』洋菓子店の若い店員に尋ねられたのがこたえたのだろうか。
もちろん即答で『恋人っスよぉ』と返事をしたが…。
気にしてなさそうな顔をしていた割に、意外とそういうところを彼女も気にするのか。新たな発見だ。
5cmちょっと。名無しのいつもの身長より底上げされた高さ。
身長差は少しは埋まったが、問題は靴じゃない。その服だ。
視点が変われば・服が変われば、普段見えないものも見えるわけで。
「和菓子カフェ、楽しみですね!」
「そっスねぇ」
なんてことない、平静を装う。ボクの理性グッジョブ。今日はよく仕事をしてくれる。
視線を名無しへ落とせば、ふわふわ笑う彼女と…狙ったように見える柔らかそうな谷間。
普段Tシャツやパーカーなど、動きやすい格好だからか意外と彼女のプロポーションは知られてない。
細い割に育っていたが、それはもう身体を重ねれば必然的に育つわけであって。何がとは言わないが。
それは多分、隣を歩くボクにしか見えない絶景。
よく考えてみれば、乱菊もやや身長が高めだったことを思い出す。
浦原と乱菊の身長差は大体10cm程。彼女からしたら『もう少し身長があれば恐らく見えるかもしれない』と踏んだのだろう。
だからこそこの服を名無しに選ばせたのだ。彼女はそういう副隊長だ。
…今度美味しい酒を手土産に持たせておこう。勿論親指をグッと力強く立てて。
「わ、並んでますね」
「そうっスねぇ。まぁのんびり待ちましょうか」
ズラリと並ぶ人の列を見て笑えば「えっと、そうですね」といつもより少し、歯切れの悪い返事が返ってくるのだった。
***
――どうしよう。
意外と足が痛い。
普段あまり負担がかからないつま先や、おろしたての靴だからだろう。アキレス腱あたりがヒリヒリしている。
…いやいや。かと言って靴を脱ぐ訳にもいかないし、こんな行列の中座り込むのもみっともない。
(初めて、靴擦れしたかも)
世の女の子達はよくこれで歩けるなぁ・と他人事のように思い耽るが、残念ながら今現在、我が身に起こっていることだ。
あぁ。無理に背伸びをしたバチだろうか。
ヒールのある靴すら履けないとは。
なんだか如実に『大人の女性』とはかけ離れた事実を突きつけられているようで、内心大きく溜息をついた。
「名無しサン、名無しサン。」
「どうかされました?浦原さん」
「あははー、並ぶの飽きちゃいました」
浦原が小さく肩を竦めながら、困ったように笑う。
飽きた、って。
「え。でも浦原さんがこの店行ってみたいって、」
「まだオープンしたてっスからぁ。ほら、落ち着いた頃に来てもいいんじゃないっスか。
道路の反対側の喫茶店もケーキ美味しかったっスからそっち行きましょ」
「う、うん…?」
突然、どうしたのだろう。
別に行列に並ぶのも苦ではない性格だし、飽きるだなんてそんな、
(あ。)
自意識過剰ではなければ、恐らく原因は『コレ』だ。
でも、足先の靴擦れも踵の靴擦れも、靴で隠れていて浦原には見えていないはずだ。
顔に出ていたのか、それとも歩き方が変だったのか。
何にしても情けない事この上ない。
「あの、浦原さん。もう少し並び」
「お姫様抱っこで連れていくのと、ゆっくり歩くのどっちがいいっスか?」
「……………あ、歩きます、」
渋々答えれば「じゃあ行きましょ。ゆっくりでいいっスからね」と浦原は満足そうに笑うのだった。
***
「浦原さん、すみません…」
しょんぼり肩を落としながら、目の前の席に座る名無しが項垂れる。
洋食も兼ねている喫茶店だからか、珍しく座敷席も設置されている。
そこで靴下を脱がし、持っていた絆創膏で浦原は手当を行っていた。
『そこまでしてもらわけには』と意固地になっていた名無しを宥めすかして絆創膏を貼るが、よくもまぁ表情ひとつ変えずに我慢したものだと感心する。
歩き方にぎこちなさを感じたからもしかして・とは思ったが…
「なーんで謝るんっスかぁ」
「だって、お店楽しみにされていたし、ご迷惑をかけて、空回りして…」
自己申告しつつ名無しの表情はどんどん暗くなる。人一倍責任を重く捉えがちな彼女の事だ、もしかしたら胃がキリキリする程に罪悪感を感じているのかもしれない。
「いやぁ。これでも嬉しいんっスよ、ボク。」
あっけらかんと浦原が笑い、注文したコーヒーをのんびり啜る。
ブラック独特の程よい苦味と酸味が口の中いっぱいに広がった。
「う、嬉しい?」
「そっス。だって妹だと勘違いされて嫌だったから、わざわざ背伸びした格好してくれたわけですし。」
コーヒーカップを静かに置きながら浦原は蕩けるように破顔する。
つまり裏を返せば『ちゃんと恋人らしく見られたい』という願望の表れであって。
ぐうの音も出ない図星を突かれて、真っ赤な顔で名無しは閉口する。反論の余地はない。
「でも…こんな風にみっともなく靴擦れするの、カッコ悪いじゃないですか…」
「何回か履けば慣れるらしいっスよ、そういう靴。」
「え、そうなんですか?」
人生初の靴擦れを体験した名無しからしたら目からウロコの朗報だ。
「ちょっとずつ履きなれたらいいんじゃないんっスか?似合ってますし」
「あ…ありがとう、ございます…」
恥ずかしそうに紅茶を啜りながら視線を泳がせる名無し。
――あぁ。やっぱりボクの恋人は世界一可愛い。
最上級の賛辞にして最大級の惚気を、浦原はそっと目を細めつつ想うのであった。
アダルティック・ガール?
(まぁヒールのある靴の方がキスしやすそう…ってのは黙っておきましょ)
ついついムラッとしてしまう邪な考えは、美味しいコーヒーでそっと呑み込んで。