茜色ノ小鬼//追憶ノ色
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想いを馳せるは、懐かしい秋の欠片。
茜色ノ小鬼//追憶ノ色#02
近くの町まで買い出しを言付けられ、俺は身支度を整えていた。
「おにーちゃん、おでかけ?」
「うん。」
子犬のように後ろをついてくる名無し。
ぺたぺたと板張りの床を歩く柔らかい足音にも随分慣れてきた。
名無しは、外の世界を知らない。
読み書きはまだあまり出来ないらしく、先生の部屋にある図鑑を見ながら読み聞かせてやれば、その大きな瞳をキラキラと輝かせて聞き入った。
召使いとして働いている時は読み書きなんて殆ど役に立たなかったが、こんな所でまさか役に立つとは。
それでも俺にも読めない文字があれば先生に尋ねた。
丁寧に教えてくれる横顔はとても穏やかで、本物の『先生』のようだと思った。
「いいなぁ、わたしもいきたーい」
「名無しはお留守番だろ?いい子にして待ってるんだ。駄賃も貰っているから、何か美味しいものを買ってくるよ」
駄賃、というには少し多い気もするが。
多めに持たされた金銭を大事に仕舞い、俺はお使いの品が書かれた紙をしっかりと握りしめた。
「まえ食べた、甘いのがいいなぁ。くろくて、もちゃもちゃした…」
「ぼた餅か?」
「それ!」
ぱっと花が咲くような笑顔で名無しが笑う。
甘い物が好きだなんて、こういうところは歳相応だ。
「分かった。帰ったら三人で食べよう。」
そう言って以前先生がしていたように頭を撫でれば、名無しは嬉しそうに破顔する。
確かに大きさといい触り心地といい、なんだか撫でたくなる頭だった。
「いってらっしゃい!」
ふわふわとした、それはそれは愛らしい笑顔で笑う妹分に見送られ、俺は昼でも少し薄暗い部屋を後にした。
***
「ただいま帰りました」
「おや、おかえり。」
「おかえりなさい!」
お使いから部屋に戻れば、外はすっかりと肌寒い夕暮れ時だった。
先生も仕事が終わったらしく文机に向かって筆を滑らせている。
その側で名無しは彼女の持っている小刀の手入れを丁寧にしていた。
燭台の灯りがぼんやりと照らす、薄闇が落ちた部屋。
一見すればまるで怪しい密談でも行われそうな雰囲気だが、俺はこの部屋が好きだった。
暖かい橙の光が柔らかく照らす、この部屋は確かに『帰る場所』だった。
きっとそれは、先生と名無しがいるから。
「…どうして名無しには刀の使い方を?」
「どうしてだろうね。この子は、知っておくべきだと思ったから…でしょうか。」
一生懸命手入れを続ける名無しに視線を落としながら問えば、特に困った様子もなく先生が答える。
俺には刀を扱う術を教えてくれないというのに。少しだけ、羨ましいと思ってしまった。
「名無し。刀の手入れが終わったらおやつにしましょう」
「おやつ!?」
おやつと言うには随分と遅い。
夕餉前だと言うのに大丈夫だろうか。
けれどその三文字の単語に反応した名無しは元気よく顔を上げ、キラキラと期待に満ちた目で見上げてくる。
もうこうなったら『夕餉の後』とは断れない。
…というより、もしかしたら先生が甘い物を食べたいだけなのかもしれない。
意外と彼はそういう子供っぽいところがある・と先日知った。
「あと、今日のお土産。綺麗に色づいていたから」
「えーっとえーっと…もみじ?かえで?」
懐から何枚かの葉っぱを取り出せば、首を傾げながら訊いてくる名無し。
数日前に図鑑で挿絵は見たが、恐らく実物を見るのは初めてなのだろう。
「…どっちだろうな?」
言われてみれば紅葉とも楓とも、聞いたことがある。
もしかしたら葉の形状が違うと名前も違うのかもしれない。
何枚か床に広げた真っ赤な葉っぱを拾い上げ、俺は名無しと同じように小さく首を傾げた。
「合っていますよ。ただ、もみじが色付くものを楓と言います。
だから通年、葉が緑色のものはもみじとは言いますが、楓とは言わないんです」
同じように葉を拾い上げながら先生がスラスラと答える。
意外と先生は俗世に疎い。
こういう仕事…殺し屋稼業に関係なさそうな知識は特に。
にも関わらずスラスラと答えが出てきたのが、正直意外だった。
「先生、詳しいですね」
「彼女の母親に以前、教えて貰ったんですよ」
名無しを眺めながら、先生が答える。
慈しむような、あたたかな視線。
それは小さな幼子に向けられているのか、彼女の母親を思い出して綻んでいるのか。
紅葉よりも深い、彼の赤の双眸は、まるで遠い昔に想いを馳せるように穏やかに細められた。
茜色ノ小鬼//追憶ノ色#02
近くの町まで買い出しを言付けられ、俺は身支度を整えていた。
「おにーちゃん、おでかけ?」
「うん。」
子犬のように後ろをついてくる名無し。
ぺたぺたと板張りの床を歩く柔らかい足音にも随分慣れてきた。
名無しは、外の世界を知らない。
読み書きはまだあまり出来ないらしく、先生の部屋にある図鑑を見ながら読み聞かせてやれば、その大きな瞳をキラキラと輝かせて聞き入った。
召使いとして働いている時は読み書きなんて殆ど役に立たなかったが、こんな所でまさか役に立つとは。
それでも俺にも読めない文字があれば先生に尋ねた。
丁寧に教えてくれる横顔はとても穏やかで、本物の『先生』のようだと思った。
「いいなぁ、わたしもいきたーい」
「名無しはお留守番だろ?いい子にして待ってるんだ。駄賃も貰っているから、何か美味しいものを買ってくるよ」
駄賃、というには少し多い気もするが。
多めに持たされた金銭を大事に仕舞い、俺はお使いの品が書かれた紙をしっかりと握りしめた。
「まえ食べた、甘いのがいいなぁ。くろくて、もちゃもちゃした…」
「ぼた餅か?」
「それ!」
ぱっと花が咲くような笑顔で名無しが笑う。
甘い物が好きだなんて、こういうところは歳相応だ。
「分かった。帰ったら三人で食べよう。」
そう言って以前先生がしていたように頭を撫でれば、名無しは嬉しそうに破顔する。
確かに大きさといい触り心地といい、なんだか撫でたくなる頭だった。
「いってらっしゃい!」
ふわふわとした、それはそれは愛らしい笑顔で笑う妹分に見送られ、俺は昼でも少し薄暗い部屋を後にした。
***
「ただいま帰りました」
「おや、おかえり。」
「おかえりなさい!」
お使いから部屋に戻れば、外はすっかりと肌寒い夕暮れ時だった。
先生も仕事が終わったらしく文机に向かって筆を滑らせている。
その側で名無しは彼女の持っている小刀の手入れを丁寧にしていた。
燭台の灯りがぼんやりと照らす、薄闇が落ちた部屋。
一見すればまるで怪しい密談でも行われそうな雰囲気だが、俺はこの部屋が好きだった。
暖かい橙の光が柔らかく照らす、この部屋は確かに『帰る場所』だった。
きっとそれは、先生と名無しがいるから。
「…どうして名無しには刀の使い方を?」
「どうしてだろうね。この子は、知っておくべきだと思ったから…でしょうか。」
一生懸命手入れを続ける名無しに視線を落としながら問えば、特に困った様子もなく先生が答える。
俺には刀を扱う術を教えてくれないというのに。少しだけ、羨ましいと思ってしまった。
「名無し。刀の手入れが終わったらおやつにしましょう」
「おやつ!?」
おやつと言うには随分と遅い。
夕餉前だと言うのに大丈夫だろうか。
けれどその三文字の単語に反応した名無しは元気よく顔を上げ、キラキラと期待に満ちた目で見上げてくる。
もうこうなったら『夕餉の後』とは断れない。
…というより、もしかしたら先生が甘い物を食べたいだけなのかもしれない。
意外と彼はそういう子供っぽいところがある・と先日知った。
「あと、今日のお土産。綺麗に色づいていたから」
「えーっとえーっと…もみじ?かえで?」
懐から何枚かの葉っぱを取り出せば、首を傾げながら訊いてくる名無し。
数日前に図鑑で挿絵は見たが、恐らく実物を見るのは初めてなのだろう。
「…どっちだろうな?」
言われてみれば紅葉とも楓とも、聞いたことがある。
もしかしたら葉の形状が違うと名前も違うのかもしれない。
何枚か床に広げた真っ赤な葉っぱを拾い上げ、俺は名無しと同じように小さく首を傾げた。
「合っていますよ。ただ、もみじが色付くものを楓と言います。
だから通年、葉が緑色のものはもみじとは言いますが、楓とは言わないんです」
同じように葉を拾い上げながら先生がスラスラと答える。
意外と先生は俗世に疎い。
こういう仕事…殺し屋稼業に関係なさそうな知識は特に。
にも関わらずスラスラと答えが出てきたのが、正直意外だった。
「先生、詳しいですね」
「彼女の母親に以前、教えて貰ったんですよ」
名無しを眺めながら、先生が答える。
慈しむような、あたたかな視線。
それは小さな幼子に向けられているのか、彼女の母親を思い出して綻んでいるのか。
紅葉よりも深い、彼の赤の双眸は、まるで遠い昔に想いを馳せるように穏やかに細められた。
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