君色カトラリー

足跡ひとつない、雪化粧を被った本丸の庭。
足先まで凍ってしまいそうな板張りの廊下を歩けば、ギシリ、ギシリと軋んだ音を立てる。

凛とした、冬独特の張り詰めた空気にのって漂う出汁のふわりとした香り。
目が覚めてからさほど時間がたってないというのに今にも腹が鳴りそうだった。

この本丸の【刀剣男士】の中では1、2番目くらい早起きだと自負してる。
そう、彼らの中では。

リズミカルな一定の音が台所から奏でられる。
少し鼻にツンとくる匂いは、青葱だろうか。

「あ、光忠さん。おはようございます」
「おはよう。相変わらず今日も早いね…いつ起きてるんだい?」
「秘密です」

長い黒髪を後ろで結い上げ、臙脂色のエプロンを着た主、
………だった人の、孫。
僕らの、今の主だ。


藍白モーニング


「今日は大根とお豆腐の味噌汁、葱入りの出汁巻き玉子…それと、鮭の塩焼きとほうれん草のおひたしにしようかと思うのですけど、どうでしよう?」
「出汁巻き玉子かぁ。僕、主の作った出汁巻き玉子、好きだな。嬉しいよ」
「本当ですか?よかった、作りがいがあります」

ふにゃり、と笑って豆腐を手のひらの上で賽子のように切っていく。
とても、慣れた手つきだ。
まぁ、それもそうだ。
黒いカフェエプロンをつける彼 燭台切光忠に料理を教えたのは紛れもない、彼女だからだ。

彼は初めてこの本丸で顕現した太刀だが、顕現した当初から本丸の食事事情は彼女が仕切っていた。

「今日はどういうスケジュールだっけ?」
「えっと、午前は遠征部隊を派遣した後、刀装を作成します。午後からは墨俣の方へ第一部隊に出陣して頂こうかと」
「OK、その段取りでこっちも進めるね」

――審神者には、育成機関があるらしい。先代の主は、そこの教官だった。
深刻な審神者不足の為、教鞭を振るっていた先代に再び本丸を預かってくれないか、と要請があり、今の本丸が出来た。

彼女はその育成機関で勉強したわけでもない、本当にただの先代の孫娘だ。
家族は先代だけだったらしく、その祖父が時代の流れとは切り離されたこの異空間に留まる任につくことになったのだ。
孫娘を置いていくわけにもいかず、先代が本丸へ連れてきて、今に至っている。

幸い、彼女は家事や身の回りの世話を完璧にこなせられる。
今思えば、先代の生活能力は皆無に等しかったため、連れてきたのは正解だったかもしれない。

「いいお天気になりそうですね」
「そうだね。今日も一日、頑張ろうか」

そう言って彼女に微笑めば、「はい!」と元気のいい返事が返ってきた。
あぁ、今日も穏やかな日になりますように。




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