anemone days
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長い長い眠りから目が覚めていく感覚。
夢すら見ない、深い眠り。
起こしたのはよく知っている『彼』の声。
『名無し、名無し』
呼ぶ声が、聞こえる。
『…今からでも、逃げてもいい。だが、きっとお前はこの道を選ぶだろう。だから、』
anemone days#45
轟音を立てて十二番隊の隊舎の屋根が崩れた。
足元に転がる破片。ザワめく隊長副隊長格の声。
ゆるゆると目を開けた名無しが見た光景は、それが最初だった。
壁にもたれ掛かるように寝かされた体。
死後硬直とはこんな感じなのだろうか。関節の節々が痛かった。
「霊王が、死んだのか…!?」
浦原の、声だ。
――霊王。
一ツ目の本当の体。
霊王宮で封印されている、滅却師。
四肢をもがれ、世界の楔にされた、哀れな人柱。
「何でや!零番隊は何してんねん!?一護はどないしてん!」
「考えたくないですが…零番隊は全滅し、黒崎サンは間に合わなかった…そう考えるのが妥当でしょう。
確実なのは…尸魂界も、虚圏も、現世までも消滅する」
平子が怒鳴るように叫ぶのに対して、半ば諦めたように浦原が呟く。
こんな彼は、初めて見た。
「どうすりゃいいんだ!何かやれる事はねぇのかよ!」
恋次の叫びに、誰も答えない。
一歩、静かに前に出た男以外は。
「俺が…
俺が、霊王の身代わりとなろう」
黒い影が浮竹の背後から立ち上る。
それは名無しも、浦原も見たことのある影によく似ていた。
影の形は、右手。
同じなのは大きく開いた眼球と、黒い靄のような影。
直感で分かった。あれは、霊王の右手だ。
「ミミハギ様、ミミハギ様。御眼の力を開き給え。我が腑に埋めし御眼の力を、我が腑を見放し開き給え」
浮竹の静かな声に応えるように、影が大きくなり、目を見開いた。
ミミハギ様とは。
東流魂街に言い伝えられている単眼異形の土着神だ。
その正体は、霊王の右腕。
それを身体に宿し生き延びていた、と浮竹は語る。
「今の俺は、霊王の右腕そのものだ」
浮竹が、吠えた。
遠吠えのような断末魔。
それをどこか他人事のように眺める名無し。
腕は空高く伸び、暫くすると小刻みに震えていた地震がピタリと止まった。
右腕は静止。左腕は前進。
右足は、
(あぁ、なんか分かった気がする)
さす、と右足をそっと撫でる。
元の霊力に近い状態まで回復したということは、かなり眠っていたようだ。いつの間に虚圏から尸魂界に来たのかすら分からなかった。
状況が全く飲み込めていないにも関わらず、不思議と自分がするべきことが分かった。
(そうだ。滅却師の長である男は、全ての未来が見える。――霊王の右腕であるあの男と、お前の未来を除き。だから、)
「…ド肝を、抜いてやろう」
ポツリと呟く名無し。
両足に力を込め、立ち上がる。
「!…名無しサン。目が、覚めたんっスか」
「長いこと、寝てたみたいですね。ご迷惑をお掛けしました」
浮竹に集まっていた視線は、疎らにこちらに向いた。
…いや。正確には、目を背けたかったのだろう。
人身御供になった浮竹は見るに堪えない姿だった。
臓腑に宿るせいか、口から、耳から、ありとあらゆる穴から霊王の右腕が天に伸びていた。
「…どのくらい保つ?」
砕蜂が諦めたように、浦原に問う。
誰しもがもう浮竹が助からないと、わかっていた。
「分かりません。…この神掛というもの自体、アタシ自身見聞きするのも初めてっス。
ただ確かなのは、浮竹さんが霊王の身代わりとなってくれている間に、尸魂界を安定させる方法を見つけなければいけないということ。
急ぎましょう。門を作って、霊王宮へ」
尸魂界の、安定。
(あぁ、なんか、分かっちゃった)
ここまで霊力を戻せれるのは、これが最後。
だからきっと、
(名無し、)
(何?一ツ目)
(すまない)
(馬鹿ね、何謝ってるの)
(余が運命を曲げてしまった。お主は、もっと長生き出来たはずなのに)
(何言ってんの)
あの世界で唯一希望をくれたのが、この小さな影だった。
互いに孤独を嫌い、傷を舐め合うことで寂しさを埋めた。
この世界に来て、それが色付いた。
鮮やかに、鮮明に。
目を閉じれば、昨日のことのように思い出せる思い出。
様々な暖かい人達に出会った。
ひよ里、マユリ、平子達、一護、ルキア、織姫、茶渡、石田、恋次、夜一、鉄裁、ウルル、ジン太、
そして――
(感謝ばかりよ。私が、この大好きな世界を救えるなら。
…カッコよくない?異世界からきた人間が世界救うとか、ヒーローじゃん。
――そしてやっと、)
やっと、あの人の隣に胸を張って立っていられる。
ボッ!と破裂音を立てて、浮竹と繋がっていた霊王の右腕が爆ぜた。
伸びていた影が空へと吸い込まれていく。
それと同時に空が黒い天蓋で閉じられた。
常闇だ。
まるで、夜のような。
遮魂膜の隙間から降ってくる『影』。
チィチィという鳴き声はまるで生まれたての猫のような声だった。
一ツ目と同じ、眼球だけがギョロリと剥いた姿。
霊王の力の奔流、そのものだった。
その時だった。
「滑稽だな。霊圧で一息に、圧し潰せば済むものを」
現れたのは、藍染。
京楽が連れてきたようだった。
「逃げろ!研究室に下がれ!」
「破道の九十『黒棺』」
己の縛られた椅子ごと、鬼道で圧し潰す。
霊王の力の、悲鳴が響く。
瓦礫の山が跡形もなく圧殺される。
名無しが知っている頃より、随分力を蓄えているようだった。
「黒棺の重量で天蓋に亀裂を入れた。あれほど高密度の霊子体だ。あとは私の霊圧で衝撃を与えれば自壊する。
霊王宮に用があるのなら、私が撃ち落としてやろう」
念願叶ったような顔で笑う藍染。
しかし、それは滅却師の一撃で動きを止めた。
霊圧を麻痺させて、完全に動きを止められる藍染。
「浦原店長」
京楽が背中を向けて声をかける。
「あんた方は中で門を造るのに集中してくれ。表はこっちでなんとかする」
「ハイ!よろしくお願いします」
浦原が、こちらに向き直る。
「名無しサン、手伝って頂けますか?」
「すみません。それは出来ません」
頭を下げ、丁寧に断る。
即答で返ってきた返答に、顔を見なくとも浦原が戸惑うのが分かった。
ごめんなさい。私は、
「私が、今出来ることをするだけです」
久しぶりに、心から笑った。
今から起こることを理解してない訳ではない。
それなのに、こんなにも心は晴れやかだ。
「…まさか、」
「ずっと眠っていたからでしょうね。霊力、戻ってるみたいです。いやぁ、やっぱ睡眠って大事ですね!」
明るく言ってみるが、浦原の硬い表情は和らがない。
目を見開いたまま、固まっている。
「すみません。約束、ひとつだけ破ります。
……これ、外して貰えますか?」
右手を浦原に突き出す名無し。
その薬指には、『すぐカッとなって制御装置を外すから』という理由で自分では決して外れない指輪という枷をつけられた。
分かっている。それは私を守るための楔だ。
「出来ません、」
「お願いします。」
「あなた、自分が何やろうとしてるのか分かってるんっスか!?」
浦原の叫び声で、一斉に視線が集まる。
無理もない。彼がこんな声を荒らげたのは初めて見た。
それでも、名無しは動じない。
「分かってますよ。そこまで馬鹿でもないし、愚かでもありません」
「分かっちゃいない!」
「分かってますよ。誰かが尸魂界を繋ぎ止めなくちゃいけない。
浮竹さんは、霊王の力を剥ぎ取られた。藍染は動けない。浦原さんも打つ手がない。
――だから私がやるんです。
これは私にしか、出来ないことだから。」
まるで駄々を捏ねる子供のようだった。
分かっている。頭では彼も分かっているのだ。
「…アネモネって花。知ってます?私、あの花好きなんですよね」
「ボクは、嫌いっス。ロクな意味を持っちゃいない」
「そうですか?まぁ見捨てられた、とか、儚い恋とか、結構散々な花言葉ですけどね」
あっけらかんと、名無しは笑う。
「でも色によってかなり違うんですよ、花言葉。今度調べてみてください。絶対ですよ。
ちなみに、……白いアネモネは『希望』です。
一ツ目も浦原さんも『最悪の事態』で話をしていますけど、私はそうじゃありません」
浦原の手を取り、指輪を外させる。
彼の霊圧で外せられる仕様なのは予想通りだった。
するりと滑るように外れる金属輪。
…今まで守ってくれてありがとう。
心臓の鼓動が高鳴るように、奥底から少しずつ湧き上がる霊圧。
「昔、元の世界に戻そうとして、私が逃げた時の言葉。覚えてますか?
『私は我儘なんです。手に届く、拾えるものは拾っちゃうんです。欲張りなんですよ』って」
「…言って、ましたね」
「実は今も変わらないんです。自分の命を無駄に投げ出すつもりはありません。
――だから、待ってて下さい。」
指輪を浦原の手にしっかり握らせる。
無遠慮に見上げれば、泣きそうな顔の浦原と目が合った。
「…なんて顔してるんですか」
「するっスよ、この時くらい」
「言ったでしょう。私は何も諦めるつもりはないんですよ、って。
ちゃんと私が帰って来られるように、しっかり元凶をぶん殴って来てくださいね」
拳を握り、トンっと浦原の胸板を叩く。
ニカッと満面の笑顔で笑えば、ぎこちなく浦原が微笑んだ。
「浦原さん。ひとつだけ、質問なんですけど」
「…なんっスか?」
「 」
そっと背伸びして、耳打ちする。
少しだけ驚いたように目を見開き、困ったように苦笑いする浦原。
「愛の告白じゃないんっスか」
「何でですか。もう、人が真面目に訊いたのに。」
「…とっくの間に、っスよ。今度はボクが追いかけなきゃいけないくらいだ、」
「そう。じゃあしっかり追いかけて、捕まえて下さいね」
「浦原さん。」
「はい。」
「いってきます!」
最高の笑顔で彼女は十二番隊隊舎跡を駆けていく。希望を、胸に抱いて。
今までどんな笑顔よりもキラキラとして、輝いていて、淡く溶けてしまいそうな顔だった。
「――いってらっしゃいっス、名無し」
そうして、彼女は 空間を飛び越えていった。
夢すら見ない、深い眠り。
起こしたのはよく知っている『彼』の声。
『名無し、名無し』
呼ぶ声が、聞こえる。
『…今からでも、逃げてもいい。だが、きっとお前はこの道を選ぶだろう。だから、』
anemone days#45
轟音を立てて十二番隊の隊舎の屋根が崩れた。
足元に転がる破片。ザワめく隊長副隊長格の声。
ゆるゆると目を開けた名無しが見た光景は、それが最初だった。
壁にもたれ掛かるように寝かされた体。
死後硬直とはこんな感じなのだろうか。関節の節々が痛かった。
「霊王が、死んだのか…!?」
浦原の、声だ。
――霊王。
一ツ目の本当の体。
霊王宮で封印されている、滅却師。
四肢をもがれ、世界の楔にされた、哀れな人柱。
「何でや!零番隊は何してんねん!?一護はどないしてん!」
「考えたくないですが…零番隊は全滅し、黒崎サンは間に合わなかった…そう考えるのが妥当でしょう。
確実なのは…尸魂界も、虚圏も、現世までも消滅する」
平子が怒鳴るように叫ぶのに対して、半ば諦めたように浦原が呟く。
こんな彼は、初めて見た。
「どうすりゃいいんだ!何かやれる事はねぇのかよ!」
恋次の叫びに、誰も答えない。
一歩、静かに前に出た男以外は。
「俺が…
俺が、霊王の身代わりとなろう」
黒い影が浮竹の背後から立ち上る。
それは名無しも、浦原も見たことのある影によく似ていた。
影の形は、右手。
同じなのは大きく開いた眼球と、黒い靄のような影。
直感で分かった。あれは、霊王の右手だ。
「ミミハギ様、ミミハギ様。御眼の力を開き給え。我が腑に埋めし御眼の力を、我が腑を見放し開き給え」
浮竹の静かな声に応えるように、影が大きくなり、目を見開いた。
ミミハギ様とは。
東流魂街に言い伝えられている単眼異形の土着神だ。
その正体は、霊王の右腕。
それを身体に宿し生き延びていた、と浮竹は語る。
「今の俺は、霊王の右腕そのものだ」
浮竹が、吠えた。
遠吠えのような断末魔。
それをどこか他人事のように眺める名無し。
腕は空高く伸び、暫くすると小刻みに震えていた地震がピタリと止まった。
右腕は静止。左腕は前進。
右足は、
(あぁ、なんか分かった気がする)
さす、と右足をそっと撫でる。
元の霊力に近い状態まで回復したということは、かなり眠っていたようだ。いつの間に虚圏から尸魂界に来たのかすら分からなかった。
状況が全く飲み込めていないにも関わらず、不思議と自分がするべきことが分かった。
(そうだ。滅却師の長である男は、全ての未来が見える。――霊王の右腕であるあの男と、お前の未来を除き。だから、)
「…ド肝を、抜いてやろう」
ポツリと呟く名無し。
両足に力を込め、立ち上がる。
「!…名無しサン。目が、覚めたんっスか」
「長いこと、寝てたみたいですね。ご迷惑をお掛けしました」
浮竹に集まっていた視線は、疎らにこちらに向いた。
…いや。正確には、目を背けたかったのだろう。
人身御供になった浮竹は見るに堪えない姿だった。
臓腑に宿るせいか、口から、耳から、ありとあらゆる穴から霊王の右腕が天に伸びていた。
「…どのくらい保つ?」
砕蜂が諦めたように、浦原に問う。
誰しもがもう浮竹が助からないと、わかっていた。
「分かりません。…この神掛というもの自体、アタシ自身見聞きするのも初めてっス。
ただ確かなのは、浮竹さんが霊王の身代わりとなってくれている間に、尸魂界を安定させる方法を見つけなければいけないということ。
急ぎましょう。門を作って、霊王宮へ」
尸魂界の、安定。
(あぁ、なんか、分かっちゃった)
ここまで霊力を戻せれるのは、これが最後。
だからきっと、
(名無し、)
(何?一ツ目)
(すまない)
(馬鹿ね、何謝ってるの)
(余が運命を曲げてしまった。お主は、もっと長生き出来たはずなのに)
(何言ってんの)
あの世界で唯一希望をくれたのが、この小さな影だった。
互いに孤独を嫌い、傷を舐め合うことで寂しさを埋めた。
この世界に来て、それが色付いた。
鮮やかに、鮮明に。
目を閉じれば、昨日のことのように思い出せる思い出。
様々な暖かい人達に出会った。
ひよ里、マユリ、平子達、一護、ルキア、織姫、茶渡、石田、恋次、夜一、鉄裁、ウルル、ジン太、
そして――
(感謝ばかりよ。私が、この大好きな世界を救えるなら。
…カッコよくない?異世界からきた人間が世界救うとか、ヒーローじゃん。
――そしてやっと、)
やっと、あの人の隣に胸を張って立っていられる。
ボッ!と破裂音を立てて、浮竹と繋がっていた霊王の右腕が爆ぜた。
伸びていた影が空へと吸い込まれていく。
それと同時に空が黒い天蓋で閉じられた。
常闇だ。
まるで、夜のような。
遮魂膜の隙間から降ってくる『影』。
チィチィという鳴き声はまるで生まれたての猫のような声だった。
一ツ目と同じ、眼球だけがギョロリと剥いた姿。
霊王の力の奔流、そのものだった。
その時だった。
「滑稽だな。霊圧で一息に、圧し潰せば済むものを」
現れたのは、藍染。
京楽が連れてきたようだった。
「逃げろ!研究室に下がれ!」
「破道の九十『黒棺』」
己の縛られた椅子ごと、鬼道で圧し潰す。
霊王の力の、悲鳴が響く。
瓦礫の山が跡形もなく圧殺される。
名無しが知っている頃より、随分力を蓄えているようだった。
「黒棺の重量で天蓋に亀裂を入れた。あれほど高密度の霊子体だ。あとは私の霊圧で衝撃を与えれば自壊する。
霊王宮に用があるのなら、私が撃ち落としてやろう」
念願叶ったような顔で笑う藍染。
しかし、それは滅却師の一撃で動きを止めた。
霊圧を麻痺させて、完全に動きを止められる藍染。
「浦原店長」
京楽が背中を向けて声をかける。
「あんた方は中で門を造るのに集中してくれ。表はこっちでなんとかする」
「ハイ!よろしくお願いします」
浦原が、こちらに向き直る。
「名無しサン、手伝って頂けますか?」
「すみません。それは出来ません」
頭を下げ、丁寧に断る。
即答で返ってきた返答に、顔を見なくとも浦原が戸惑うのが分かった。
ごめんなさい。私は、
「私が、今出来ることをするだけです」
久しぶりに、心から笑った。
今から起こることを理解してない訳ではない。
それなのに、こんなにも心は晴れやかだ。
「…まさか、」
「ずっと眠っていたからでしょうね。霊力、戻ってるみたいです。いやぁ、やっぱ睡眠って大事ですね!」
明るく言ってみるが、浦原の硬い表情は和らがない。
目を見開いたまま、固まっている。
「すみません。約束、ひとつだけ破ります。
……これ、外して貰えますか?」
右手を浦原に突き出す名無し。
その薬指には、『すぐカッとなって制御装置を外すから』という理由で自分では決して外れない指輪という枷をつけられた。
分かっている。それは私を守るための楔だ。
「出来ません、」
「お願いします。」
「あなた、自分が何やろうとしてるのか分かってるんっスか!?」
浦原の叫び声で、一斉に視線が集まる。
無理もない。彼がこんな声を荒らげたのは初めて見た。
それでも、名無しは動じない。
「分かってますよ。そこまで馬鹿でもないし、愚かでもありません」
「分かっちゃいない!」
「分かってますよ。誰かが尸魂界を繋ぎ止めなくちゃいけない。
浮竹さんは、霊王の力を剥ぎ取られた。藍染は動けない。浦原さんも打つ手がない。
――だから私がやるんです。
これは私にしか、出来ないことだから。」
まるで駄々を捏ねる子供のようだった。
分かっている。頭では彼も分かっているのだ。
「…アネモネって花。知ってます?私、あの花好きなんですよね」
「ボクは、嫌いっス。ロクな意味を持っちゃいない」
「そうですか?まぁ見捨てられた、とか、儚い恋とか、結構散々な花言葉ですけどね」
あっけらかんと、名無しは笑う。
「でも色によってかなり違うんですよ、花言葉。今度調べてみてください。絶対ですよ。
ちなみに、……白いアネモネは『希望』です。
一ツ目も浦原さんも『最悪の事態』で話をしていますけど、私はそうじゃありません」
浦原の手を取り、指輪を外させる。
彼の霊圧で外せられる仕様なのは予想通りだった。
するりと滑るように外れる金属輪。
…今まで守ってくれてありがとう。
心臓の鼓動が高鳴るように、奥底から少しずつ湧き上がる霊圧。
「昔、元の世界に戻そうとして、私が逃げた時の言葉。覚えてますか?
『私は我儘なんです。手に届く、拾えるものは拾っちゃうんです。欲張りなんですよ』って」
「…言って、ましたね」
「実は今も変わらないんです。自分の命を無駄に投げ出すつもりはありません。
――だから、待ってて下さい。」
指輪を浦原の手にしっかり握らせる。
無遠慮に見上げれば、泣きそうな顔の浦原と目が合った。
「…なんて顔してるんですか」
「するっスよ、この時くらい」
「言ったでしょう。私は何も諦めるつもりはないんですよ、って。
ちゃんと私が帰って来られるように、しっかり元凶をぶん殴って来てくださいね」
拳を握り、トンっと浦原の胸板を叩く。
ニカッと満面の笑顔で笑えば、ぎこちなく浦原が微笑んだ。
「浦原さん。ひとつだけ、質問なんですけど」
「…なんっスか?」
「 」
そっと背伸びして、耳打ちする。
少しだけ驚いたように目を見開き、困ったように苦笑いする浦原。
「愛の告白じゃないんっスか」
「何でですか。もう、人が真面目に訊いたのに。」
「…とっくの間に、っスよ。今度はボクが追いかけなきゃいけないくらいだ、」
「そう。じゃあしっかり追いかけて、捕まえて下さいね」
「浦原さん。」
「はい。」
「いってきます!」
最高の笑顔で彼女は十二番隊隊舎跡を駆けていく。希望を、胸に抱いて。
今までどんな笑顔よりもキラキラとして、輝いていて、淡く溶けてしまいそうな顔だった。
「――いってらっしゃいっス、名無し」
そうして、彼女は 空間を飛び越えていった。