anemone days
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「ぐ、グリムジョー!降ろして!」
「ジタバタしてんじゃねーよ。これも契約に入ってるんだ、大人しくしろ」
名無しは、グリムジョーに抱えられたまま虚圏を走っていた。
anemone days#44
拠点の移動。
通信を切った後、井上達にそう告げる浦原。
『移動も修行の内っスからァ。現地集合にしましょ』
そう茶渡と井上に彼は言った。
名無しはと言うと、
『ボクはちょっと野暮用があるんで』
グリムジョーさん、お願いしますね。
そう言って浦原は現世へ一旦戻っていった。
そして、今に至る。
「現世に連れて行って貰えなかったことを拗ねてんのか」
「…いや。現世に行ったらそれこそ体調不良で倒れるだろうから、浦原さんが置いていったのは正しいと思うよ」
グリムジョーの肩に顎を乗せる。
風になびく水色の毛が少しだけ擽ったい。
「足でまといだな、と思って。少しへこんでるだけよ。…少しだけね」
「ほぉ、お前もヘコむことあるのか」
「失礼ね。まだ17年ほどしか生きてない小娘に向かって、酷い言い草」
「17年しか生きてない割にはしがらみの多い女だな」
確かに。
霊王の右足を拾い、違う世界にとばされ、藍染の虚化の実験に立ち会ってしまった。
つい先程は、危うく霊王のスペアとして活用されそうになったのだ。不運と言っても過言では無いかもしれない。
「好きでそんなんになったわけじゃない。
…けど、前いたところよりは、ここはよっぽど天国だよ」
心の拠り所がなくなり、肉親に憎悪を向けられた。
血の繋がりなんてたかが知れているが、それでも当時はとても辛かった。
ここの世界は肉親がひとりもいない。
いざとなれば『最初から分かっていたことじゃないか』と自分に言い聞かせてしまえばいい。
そう考えると凄く楽になった。
「最初会った時より、随分印象が違う女だな。テメーは」
「どんな印象だったのよ」
「獣。まるで、狼だな」
「それは随分。…失望させた?」
「いや。今は、手負いの狼ってとこだな」
「殆ど変わらないじゃない」
そう言って、名無しは笑う。
奇妙な気分だった。
気を張らなくていいからか、随分話すのが楽だった。
今は浦原の前にいる時の方が、少しだけ怖い。
いつ『いらない』と切り捨てられてしまうのか。完全に置いていかれるのは、いつなのか。
なんだか死刑宣告を待っているような気分だ。
「狼、か。狼かぁ…」
「なんだよ」
「それくらい、強くなれたら…いいのに…」
か細い声。
その言葉を最後に、名無しが眠りにつく。
ぐったりと力の入らなくなった身体を走りながら、グリムジョーは背負い直した。
『彼女は大分衰弱している。覚醒と休眠を繰り返して何とか体調を保ってます。
…すみませんが、少しの間お願いしますね、グリムジョーさん』
死んだように眠る名無しの前で、そう浦原に言われた。
契約の時に告げられた言葉だ。
そんな女置いていけ。
そう言えなかったのは自分がきっと、仲間の一部を食らって『成長』を置いてきて、僅かにしてしまった後悔のせいだ。
きっとこの男には、切り捨てることが出来ない。そう思った。
「…めんどくせぇヤツら」
とんでもない連中と契約してしまったものだ。
そう思いながら、少しだけ走る速度を上げた。
***
ネガル遺跡。
ここが浦原と落ち合う約束をした場所だ。
他の二人は俺の霊圧を頼りにここへ辿り着くだろう。
「ったく。」
背中に背負っていた名無しを、少々雑に石畳の上に転がす。
それでも彼女は目を覚まさない。
『もう少し丁寧に置け、小僧』
「う、お!?」
名無しの影から異形の右足が音を立てて現れる。
これが浦原の言っていた、霊王の右足。
「…アンタが例の。虚の方がよっぽど可愛らしいもんだぜ」
『黙れ。余も好きでこのような姿ではない』
ギョロッとした目でひと睨みされる。
この右足が出てきた途端、彼女の霊圧が跳ね上がった。
いや、恐らく霊圧の根源は、コレだ。
「わざわざ置き方を文句言うために出た来たのかよ」
『浦原喜助が今いないのなら、伝言するには都合が良かっただけだ』
グリムジョーは石畳の上に座り込む。
伝言を聞く気はあるらしい。
『暫く名無しは目覚めぬ。霊力を蓄えるために、だ。…しかし片時も離れるな。そう伝えておけ』
「なんだ、それだけか?」
『伝言はな』
含みのある言い方。
少しだけ躊躇した後、ゆっくりと影は口を開く。
『霊王は、本来未来を見通せる。余は切り離された存在故に、この娘の未来しか見えぬが。』
「だからどうした」
『単刀直入に言う。ここからは浦原喜助には言うでないぞ。
この娘は、近いうちに死ぬ』
グリムジョーが、僅かに目を見開く。
名無しを見遣れば顔色は悪いままだ。しかし死ぬと言うのは、少し大袈裟ではないだろうか。
「ンなの、」
『決まっておるのだ。死からは逃れられぬ』
淡々とした霊王の右足の言葉に、ぐっと言葉を飲み込む。
『…しかし、死に方は、余にも見えなかった。死神側が滅却師に敗れて、空間が崩壊して彼女自身が霊圧に喰われ、自壊するのか。それとも――』
言い淀む影。
表情を読み取ることが出来るのは唯一浮かぶ眼球で、非常に分かりにくいはずなのに、どうしてだろう。
こんなに、悲しそうな顔をしているのが、分かるなんて。
『恐らく、後者が原因で死ぬだろう。その為には霊力を蓄える必要がある。だから眠るのだ』
「オイ。俺があの男に話さない保証はねぇのに、なぜ話した」
『片時も離さないようにするためだ。言っておくが、この娘を前線から遠のかせれば、間違いなく尸魂界や現世だけではなく、虚圏も消滅する。お主もそれは困るだろう』
だから念を押すために話した。
彼女の冷徹さは、意外とこの影の影響かもしれない。
得体の知れない『黒』に、グリムジョーは寒気すら覚えた。
「テメーの言う後者の方の『死に方』を選ぶ保証はないって言うのにか」
『選ぶさ。この娘は、必ず』
慈しみを込めた視線で名無しを見る影。
ずっとずっと見てきた。
だからこそ、その未来は確信に近かった。
『希望、だ』
ポツリと。
寂しげに呟く霊王の右足。
『酷な運命を、背負わせてしまった。
けれど、その選択を浦原喜助に阻まれることは…恐らくこの娘も本意ではないだろう』
「死ぬことになってもか」
『そうだ、そういう娘だ。唯一の拠り所を守るためなら、命すら投げ出す。
強くて、弱い、余の愛し子だ』
いいか、努努忘れるではない。
片時も離すな。死の未来を誰にも話すな。さもなくば虚圏は消える。
そう言い残し、霊王の右足は名無しの影に吸い込まれていった。
「…とんでもねぇモンに、憑かれたな。お前」
顔にかかった前髪をそっと払うが、彼女が起きる気配は一切なかった。
「ジタバタしてんじゃねーよ。これも契約に入ってるんだ、大人しくしろ」
名無しは、グリムジョーに抱えられたまま虚圏を走っていた。
anemone days#44
拠点の移動。
通信を切った後、井上達にそう告げる浦原。
『移動も修行の内っスからァ。現地集合にしましょ』
そう茶渡と井上に彼は言った。
名無しはと言うと、
『ボクはちょっと野暮用があるんで』
グリムジョーさん、お願いしますね。
そう言って浦原は現世へ一旦戻っていった。
そして、今に至る。
「現世に連れて行って貰えなかったことを拗ねてんのか」
「…いや。現世に行ったらそれこそ体調不良で倒れるだろうから、浦原さんが置いていったのは正しいと思うよ」
グリムジョーの肩に顎を乗せる。
風になびく水色の毛が少しだけ擽ったい。
「足でまといだな、と思って。少しへこんでるだけよ。…少しだけね」
「ほぉ、お前もヘコむことあるのか」
「失礼ね。まだ17年ほどしか生きてない小娘に向かって、酷い言い草」
「17年しか生きてない割にはしがらみの多い女だな」
確かに。
霊王の右足を拾い、違う世界にとばされ、藍染の虚化の実験に立ち会ってしまった。
つい先程は、危うく霊王のスペアとして活用されそうになったのだ。不運と言っても過言では無いかもしれない。
「好きでそんなんになったわけじゃない。
…けど、前いたところよりは、ここはよっぽど天国だよ」
心の拠り所がなくなり、肉親に憎悪を向けられた。
血の繋がりなんてたかが知れているが、それでも当時はとても辛かった。
ここの世界は肉親がひとりもいない。
いざとなれば『最初から分かっていたことじゃないか』と自分に言い聞かせてしまえばいい。
そう考えると凄く楽になった。
「最初会った時より、随分印象が違う女だな。テメーは」
「どんな印象だったのよ」
「獣。まるで、狼だな」
「それは随分。…失望させた?」
「いや。今は、手負いの狼ってとこだな」
「殆ど変わらないじゃない」
そう言って、名無しは笑う。
奇妙な気分だった。
気を張らなくていいからか、随分話すのが楽だった。
今は浦原の前にいる時の方が、少しだけ怖い。
いつ『いらない』と切り捨てられてしまうのか。完全に置いていかれるのは、いつなのか。
なんだか死刑宣告を待っているような気分だ。
「狼、か。狼かぁ…」
「なんだよ」
「それくらい、強くなれたら…いいのに…」
か細い声。
その言葉を最後に、名無しが眠りにつく。
ぐったりと力の入らなくなった身体を走りながら、グリムジョーは背負い直した。
『彼女は大分衰弱している。覚醒と休眠を繰り返して何とか体調を保ってます。
…すみませんが、少しの間お願いしますね、グリムジョーさん』
死んだように眠る名無しの前で、そう浦原に言われた。
契約の時に告げられた言葉だ。
そんな女置いていけ。
そう言えなかったのは自分がきっと、仲間の一部を食らって『成長』を置いてきて、僅かにしてしまった後悔のせいだ。
きっとこの男には、切り捨てることが出来ない。そう思った。
「…めんどくせぇヤツら」
とんでもない連中と契約してしまったものだ。
そう思いながら、少しだけ走る速度を上げた。
***
ネガル遺跡。
ここが浦原と落ち合う約束をした場所だ。
他の二人は俺の霊圧を頼りにここへ辿り着くだろう。
「ったく。」
背中に背負っていた名無しを、少々雑に石畳の上に転がす。
それでも彼女は目を覚まさない。
『もう少し丁寧に置け、小僧』
「う、お!?」
名無しの影から異形の右足が音を立てて現れる。
これが浦原の言っていた、霊王の右足。
「…アンタが例の。虚の方がよっぽど可愛らしいもんだぜ」
『黙れ。余も好きでこのような姿ではない』
ギョロッとした目でひと睨みされる。
この右足が出てきた途端、彼女の霊圧が跳ね上がった。
いや、恐らく霊圧の根源は、コレだ。
「わざわざ置き方を文句言うために出た来たのかよ」
『浦原喜助が今いないのなら、伝言するには都合が良かっただけだ』
グリムジョーは石畳の上に座り込む。
伝言を聞く気はあるらしい。
『暫く名無しは目覚めぬ。霊力を蓄えるために、だ。…しかし片時も離れるな。そう伝えておけ』
「なんだ、それだけか?」
『伝言はな』
含みのある言い方。
少しだけ躊躇した後、ゆっくりと影は口を開く。
『霊王は、本来未来を見通せる。余は切り離された存在故に、この娘の未来しか見えぬが。』
「だからどうした」
『単刀直入に言う。ここからは浦原喜助には言うでないぞ。
この娘は、近いうちに死ぬ』
グリムジョーが、僅かに目を見開く。
名無しを見遣れば顔色は悪いままだ。しかし死ぬと言うのは、少し大袈裟ではないだろうか。
「ンなの、」
『決まっておるのだ。死からは逃れられぬ』
淡々とした霊王の右足の言葉に、ぐっと言葉を飲み込む。
『…しかし、死に方は、余にも見えなかった。死神側が滅却師に敗れて、空間が崩壊して彼女自身が霊圧に喰われ、自壊するのか。それとも――』
言い淀む影。
表情を読み取ることが出来るのは唯一浮かぶ眼球で、非常に分かりにくいはずなのに、どうしてだろう。
こんなに、悲しそうな顔をしているのが、分かるなんて。
『恐らく、後者が原因で死ぬだろう。その為には霊力を蓄える必要がある。だから眠るのだ』
「オイ。俺があの男に話さない保証はねぇのに、なぜ話した」
『片時も離さないようにするためだ。言っておくが、この娘を前線から遠のかせれば、間違いなく尸魂界や現世だけではなく、虚圏も消滅する。お主もそれは困るだろう』
だから念を押すために話した。
彼女の冷徹さは、意外とこの影の影響かもしれない。
得体の知れない『黒』に、グリムジョーは寒気すら覚えた。
「テメーの言う後者の方の『死に方』を選ぶ保証はないって言うのにか」
『選ぶさ。この娘は、必ず』
慈しみを込めた視線で名無しを見る影。
ずっとずっと見てきた。
だからこそ、その未来は確信に近かった。
『希望、だ』
ポツリと。
寂しげに呟く霊王の右足。
『酷な運命を、背負わせてしまった。
けれど、その選択を浦原喜助に阻まれることは…恐らくこの娘も本意ではないだろう』
「死ぬことになってもか」
『そうだ、そういう娘だ。唯一の拠り所を守るためなら、命すら投げ出す。
強くて、弱い、余の愛し子だ』
いいか、努努忘れるではない。
片時も離すな。死の未来を誰にも話すな。さもなくば虚圏は消える。
そう言い残し、霊王の右足は名無しの影に吸い込まれていった。
「…とんでもねぇモンに、憑かれたな。お前」
顔にかかった前髪をそっと払うが、彼女が起きる気配は一切なかった。