anemone days
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「ただいまー…」
「名無しサン、おかえりなさぁい。どうでした?新学期。」
扇子を仰ぎながら、いつもの笑顔でそう訊ねてくる浦原。
最近ここに住むようになった夜一はかなりの軽装で、テレビを観ながら煎餅を食べていた。
『全部聞いとるで』
そう平子が言っていた、ということは今日平子が転入したことも、浦原はきっと知っていたはずだ。
「…白々しいですね。知っていたんでしょう?平子さんが来たこと。なんで黙ってたんですか」
「あら。もう来られたんっスか」
ほら、やっぱり。
どうしてそういうことを言わないのか。
何か意味があるのだろうけど、その秘密主義は時々嫌になる。
「…夕飯まで、地下にいます。放っておいてください」
いつもならすぐに制服から部屋着に着替えるところだが、今はなんだか居間に踏み入ることすら億劫だった。
暫く使っていなかった畳を剥いで、地下室へと降りていった。
anemone days#24
「…八つ当たりじゃん。バッカみたい」
勉強部屋にある岩に頭を叩きつけて、呟く。
重く、長い溜息が思わず漏れた。
左腕は相変わらず思ったように動かない。
右腕だけで修行というのも話にならない。
別に何をするまでもない。
少しだけ、ひとりになりたかった。
「名無しサーン」
梯子をトントントン・と軽い足取りで降りてくる音。
じとりと振り返れば、何やらちゃぶ台を背負って…これまた器用にお茶セットを持ってきた浦原の姿。
「お茶にしましょ」
「……はい?」
思わず、聞き返してしまった。
「放っておいてくださいって言ったじゃないですか」
「いやぁ、あれは放っておいたらダメな『放っておいて』でしたし」
「なんですか、それ。」
そもそも真っ直ぐ帰ってきたのは失敗かもしれない。
いや、でも腕が完治するまでは学校が終わったらすぐに家に帰ること・と言いつけられていたし。
どこかで頭を冷やす、と考えたら結果的にここになった。
それでもやはり、外で少し気分を切り替えてから帰るべきだったかもしれない。こうやって気を遣わせることになるのならば、尚更。
「平子サンに、何か言われたんです?」
水筒に入れた、冷えた緑茶をコップに入れられる。
ほら、この男は核心を的確に突いてくる。
どうせ隠しても無駄だろう、平子と安易に連絡が取れるなら余計に。
はぁ、と本日何度目かのため息をついて、渋々先程のやり取りを白状した。
***
「それは酷いっスねぇ」
「でしょう!?それより何より一番ムカつくのが、」
ぐっとお茶を飲み干し、勢いよくコップをちゃぶ台に置いた。
「この世界の人間じゃない、ですって。
だから何なんですか…好きなものくらい、守ったって、いいじゃないですか…」
元いた場所では何も守れなかった。
両親との関係も、祖父母すら支えることが出来なかった。
むしろ今思えば、壊してしまったものの方が沢山あるかもしれない。
だからここで生きるならせめて・と思っていた。
ちゃぶ台にうつ伏して思わず本音を零す。
不本意ながら自分の過去の出来事を知っているのは、目の前の下駄帽子だけだ。
一番知られたら面倒くさい人物が、一番の理解者だなんて。とんだ皮肉だ。
「名無しサン、」
「…なんですか」
「その話の流れだと、ボクも入ってるんっスよね?」
何のことだ?
平子との会話をじっくりと思い返す。
もしも浦原達の命と引き換えに…という話もした。
好きなものくらい守ったって、という話をした。つまり、
「………」
「……………」
「…はっ、ちがっ…いや、違わな…っうー…あーーーー、知りません!」
ボッと顔が火を吹いたように熱くなるのが、嫌でもわかった。
やましい意味はない。断じて。
家族当然。そういう意味だ。他意はない。
そう思っているはずなのに、顔の火照りが全く収まらない。
なんか、変だ。
その場にいることすらいたたまれなくなって、思わず立ち上がった。
「何なんですか、知りませんって。ほら、喜助サンが大事って言ってみてくださいよぉ」
ニヤニヤとちゃぶ台に肘をついて見上げてくる浦原。
そもそも私は下の名前で呼んだことなど一度もないのに、勝手に改変しないでほしい。
分かっていて聞いている。確信犯だ。
ひとりだけこんな慌てて、なんだか馬鹿みたいだった。
「…っ、い…」
「い?」
「言わなきゃ、伝わらないんですか!?」
大事なのは当然だ。
そんなこと分かりきっているのにあえて聞くなんて、この男はズルい。
ぽかんと顔を見上げてくる浦原。
さっと顔を隠すように帽子を目深に被り、ボソリと呟く。
「今のは反則でしょう」
「何が!?」
反則なのは自分の方じゃないか。
「まぁ、大丈夫っスよ。ちゃんと強くなりますって。良くも悪くも、名無しサンには迷いはないみたいですし」
「当たり前ですよ。迷えば死ぬ、そう教えてくれたのは浦原さんですよ」
何を今更。
ちゃぶ台の側に再び座れば、浦原は頬を掻きながら苦笑していた。
「それは戦いの中の話っスよ。キミはまだ若い。多少迷ったっていいんっスよ」
迷う。
戦わない選択肢もあると言いたいのか。
「それに、命をそんなに粗末にするもんじゃない。名無しサンが泣いたら、沢山の人が泣きますよ」
「…浦原さんも、ですか?」
ダメ元で聞いてみれば、困ったように浦原は笑った。
「言わなきゃ、伝わらないんっスか?」
「…真似しないでください」
「ありゃ。ダメっスか。
そうですねぇ。じゃあ、秘密です」
ほら、ズルい。
緑茶を一気に飲み干し、コップを片付ける浦原。
ちゃぶ台を片付けながら、思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。修行は腕が治ってからっスよ、今は治すことに専念してください」
「…そういえば、いつになったら治るんですか、この腕」
「さぁ。『馴染む』までに、時間がかかると涅サンは言ってましたけどねぇ」
馴染む、って一体なんのことだろう。
少しだけ首を傾げながら、ギブスで固定された左腕に視線を落とした。
「名無しサン、おかえりなさぁい。どうでした?新学期。」
扇子を仰ぎながら、いつもの笑顔でそう訊ねてくる浦原。
最近ここに住むようになった夜一はかなりの軽装で、テレビを観ながら煎餅を食べていた。
『全部聞いとるで』
そう平子が言っていた、ということは今日平子が転入したことも、浦原はきっと知っていたはずだ。
「…白々しいですね。知っていたんでしょう?平子さんが来たこと。なんで黙ってたんですか」
「あら。もう来られたんっスか」
ほら、やっぱり。
どうしてそういうことを言わないのか。
何か意味があるのだろうけど、その秘密主義は時々嫌になる。
「…夕飯まで、地下にいます。放っておいてください」
いつもならすぐに制服から部屋着に着替えるところだが、今はなんだか居間に踏み入ることすら億劫だった。
暫く使っていなかった畳を剥いで、地下室へと降りていった。
anemone days#24
「…八つ当たりじゃん。バッカみたい」
勉強部屋にある岩に頭を叩きつけて、呟く。
重く、長い溜息が思わず漏れた。
左腕は相変わらず思ったように動かない。
右腕だけで修行というのも話にならない。
別に何をするまでもない。
少しだけ、ひとりになりたかった。
「名無しサーン」
梯子をトントントン・と軽い足取りで降りてくる音。
じとりと振り返れば、何やらちゃぶ台を背負って…これまた器用にお茶セットを持ってきた浦原の姿。
「お茶にしましょ」
「……はい?」
思わず、聞き返してしまった。
「放っておいてくださいって言ったじゃないですか」
「いやぁ、あれは放っておいたらダメな『放っておいて』でしたし」
「なんですか、それ。」
そもそも真っ直ぐ帰ってきたのは失敗かもしれない。
いや、でも腕が完治するまでは学校が終わったらすぐに家に帰ること・と言いつけられていたし。
どこかで頭を冷やす、と考えたら結果的にここになった。
それでもやはり、外で少し気分を切り替えてから帰るべきだったかもしれない。こうやって気を遣わせることになるのならば、尚更。
「平子サンに、何か言われたんです?」
水筒に入れた、冷えた緑茶をコップに入れられる。
ほら、この男は核心を的確に突いてくる。
どうせ隠しても無駄だろう、平子と安易に連絡が取れるなら余計に。
はぁ、と本日何度目かのため息をついて、渋々先程のやり取りを白状した。
***
「それは酷いっスねぇ」
「でしょう!?それより何より一番ムカつくのが、」
ぐっとお茶を飲み干し、勢いよくコップをちゃぶ台に置いた。
「この世界の人間じゃない、ですって。
だから何なんですか…好きなものくらい、守ったって、いいじゃないですか…」
元いた場所では何も守れなかった。
両親との関係も、祖父母すら支えることが出来なかった。
むしろ今思えば、壊してしまったものの方が沢山あるかもしれない。
だからここで生きるならせめて・と思っていた。
ちゃぶ台にうつ伏して思わず本音を零す。
不本意ながら自分の過去の出来事を知っているのは、目の前の下駄帽子だけだ。
一番知られたら面倒くさい人物が、一番の理解者だなんて。とんだ皮肉だ。
「名無しサン、」
「…なんですか」
「その話の流れだと、ボクも入ってるんっスよね?」
何のことだ?
平子との会話をじっくりと思い返す。
もしも浦原達の命と引き換えに…という話もした。
好きなものくらい守ったって、という話をした。つまり、
「………」
「……………」
「…はっ、ちがっ…いや、違わな…っうー…あーーーー、知りません!」
ボッと顔が火を吹いたように熱くなるのが、嫌でもわかった。
やましい意味はない。断じて。
家族当然。そういう意味だ。他意はない。
そう思っているはずなのに、顔の火照りが全く収まらない。
なんか、変だ。
その場にいることすらいたたまれなくなって、思わず立ち上がった。
「何なんですか、知りませんって。ほら、喜助サンが大事って言ってみてくださいよぉ」
ニヤニヤとちゃぶ台に肘をついて見上げてくる浦原。
そもそも私は下の名前で呼んだことなど一度もないのに、勝手に改変しないでほしい。
分かっていて聞いている。確信犯だ。
ひとりだけこんな慌てて、なんだか馬鹿みたいだった。
「…っ、い…」
「い?」
「言わなきゃ、伝わらないんですか!?」
大事なのは当然だ。
そんなこと分かりきっているのにあえて聞くなんて、この男はズルい。
ぽかんと顔を見上げてくる浦原。
さっと顔を隠すように帽子を目深に被り、ボソリと呟く。
「今のは反則でしょう」
「何が!?」
反則なのは自分の方じゃないか。
「まぁ、大丈夫っスよ。ちゃんと強くなりますって。良くも悪くも、名無しサンには迷いはないみたいですし」
「当たり前ですよ。迷えば死ぬ、そう教えてくれたのは浦原さんですよ」
何を今更。
ちゃぶ台の側に再び座れば、浦原は頬を掻きながら苦笑していた。
「それは戦いの中の話っスよ。キミはまだ若い。多少迷ったっていいんっスよ」
迷う。
戦わない選択肢もあると言いたいのか。
「それに、命をそんなに粗末にするもんじゃない。名無しサンが泣いたら、沢山の人が泣きますよ」
「…浦原さんも、ですか?」
ダメ元で聞いてみれば、困ったように浦原は笑った。
「言わなきゃ、伝わらないんっスか?」
「…真似しないでください」
「ありゃ。ダメっスか。
そうですねぇ。じゃあ、秘密です」
ほら、ズルい。
緑茶を一気に飲み干し、コップを片付ける浦原。
ちゃぶ台を片付けながら、思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。修行は腕が治ってからっスよ、今は治すことに専念してください」
「…そういえば、いつになったら治るんですか、この腕」
「さぁ。『馴染む』までに、時間がかかると涅サンは言ってましたけどねぇ」
馴染む、って一体なんのことだろう。
少しだけ首を傾げながら、ギブスで固定された左腕に視線を落とした。