anemone days

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「こんにちは、京楽さん」



anemone days#15



屋内の、とある一室。
元は倉庫に使われていたのだろうか、窓は格子状ではめ殺しの作りになっている。
ここから外の様子をうかがいやすく、絶好の待ち伏せ場所だ。

板間に寝転がっているのは昔の知り合いだ。
もっとも、名無しはずっと眠っていたので、ついこの間まで会っていたような感覚だが、向こうはそういう訳ではない。

副官の眼鏡をかけた女性が身構える。
それもそうだ、音もなく突然現れた侵入者なのだから警戒するに決まっている。

「隊長、」
「大丈夫、知り合いだよ。…久しぶりだねぇ、名無しちゃん。大体百年ぶりかな?」
「ご無沙汰してます」

身体を起こし相変わらずやる気のなさそうな笑顔で笑う京楽。
側には熱燗と、食べかけの酒まんじゅうが置かれていた。

「何サボってるんですか…」
「違うよぉ、旅禍を待ち伏せしてたの」
「あら。旅禍ならほら、目の前にいるじゃないですか」
「キミは旅禍の前に友人さ。
それに、キミは頭がいい。どうやってここに来たのか分からないけどさ。わざわざボクのところに来たんだから何か理由があるんでしょ」
「流石、察しがいいですね」

膝を付き、真っ直ぐ京楽を見る。


さぁ。
ここが、勝負どころだ。


「率直に申し上げます。
朽木ルキアの処刑を中断してください」


京楽は彼女の真摯な態度に少しだけ居づらくなったのか、寝転んでいた姿勢を正し、板張りの床へ胡座をかいた。

「やっぱりね。でも、それは難しいかな」
「それほどまでに、死神の力の譲渡と現世への不法滞在は罪が重いんですか?」
「四十六室の決定だからねぇ」

熱燗を自ら手酌し、すっかり生温くなってしまった酒を一気に呷った。

「それに、キミのよく知っている藍染隊長が……今朝殺されたんだ。山じいは旅禍へ殺害の疑いをかけている」
「…………藍染が?殺された?」
「そうさ。だから事情を聞くために、こうやってボクが旅禍の子に、平和的に事情を聞こうかと…。
名無しちゃん?大丈夫かい?」

名無しは驚いたように目を丸くしたかと思うと、そっと俯いた。
彼女の知り合いが死んだことを、突然伝えるのは少し酷だったか。

京楽がそう思っていた時だった。





「ふふ、ふ、あはは、はははははは!」

肩を震わせて、壊れたように笑い出す名無し
それには京楽も流石に驚き、ただならぬ様子の彼女を見て片手に持っていたお猪口をゆっくりと盆へ置いた。

「何がおかしいんですか!」

黙って聞いていた七緒が身を乗り出して食い下がる。仲間の死を笑われたのだ。当然の反応だろう。

「はー…おっかし。
ふふっ、藍染が死んだ?そんな馬鹿なことがあるわけないじゃないですか。本当によく調べました?」
「死体が五番隊の蔵で見つかったんだよ」
「殺された瞬間を、誰も見ていない。
つまりそうことですね?」

笑いすぎて涙が出たのか、目尻を拭いながら名無しが笑いながら問う。
その浮かべられた冷たい笑顔に、京楽は内心動揺していた。

京楽の知っている名無しは、人の死を笑うような子ではなかった。
これは別人なのか、それとも何かが彼女を変えたのか。

「…そうだよ。犯行現場は、誰も見ていない」
「なるほど。…ところで、話を戻しますけど。

処刑の決定は『本当に四十六室』が決定したんですか?」

「…どういうことだい?」
「考えてみてください。
当時の隊長・副隊長八名を虚化の実験で殺処分対象にした浦原さんは、四十六室が下した判決では現世追放。
一方、席官でもない朽木ルキアは極刑。
あまりにも罪状の重さと判決が釣り合わない。もし気分で罪の重さを変えるなら、四十六室はとんでもない連中になりますよ」

言われてみれば、確かにそうだ。
実質、浦原が行ったとされる虚化実験は、隊長・副隊長を八名殺害とほぼ同義だった。
どちらが尸魂界にとって痛手なのかは火を見るより明らかなのに。

「そうそう。ルキアちゃんの処刑を止めるためでもありますけど、藍染をぶん殴りに私は此処へ来たんですよ。」
「どういうことだい?」
「言葉のままです」
「…名無しちゃん、変わっちゃったねぇ。昔とはまるで別人みたいだ」
「変わった切っ掛けは、藍染ですよ。変えてくれたのは浦原さんですけど」
「どういうことだい?」
「味方だと信用できない相手へ手の内をすべて明かすほど、私は馬鹿じゃないです」

にっこり笑って名無しが可愛らしく首を傾ける。

「…交換条件かい?」
「さすが京楽さん。」
「分かった。旅禍を見つけてもなるべく手荒い真似はしないようにしよう。万が一したとしても、治療は約束するよ」

「まずはひとつですね。『私達の』目的はひとつ。朽木ルキアの処刑の中断。
『私の』目的はふたつ。藍染惣右介をぶん殴るのと、浦原さん達の濡れ衣を晴らすことです」
「濡れ衣?」
「続きは条件を出してもらわないと。」

「さぁ。」と促しながら、彼女は笑う。
まさか護廷十三隊の隊長である京楽にこんな風に交渉を仕掛けてくるなんて、誰が予想しただろうか。

「…藍染隊長の死体は、今は四番隊が保管しているよ」
「卯ノ花さんのところですね。あとでちょっと確かめに行かなくちゃ」
「ほらぁ、続き教えてよ」
「さっきの言葉のままですよ。あぁ、そうだ。京楽さんの部下だった矢胴丸さん、生きてます。まだ会っていませんけど、元気にやってるみたいですよ」

「矢胴丸副隊長が!?」

声を上げたのは七尾だった。
親しい仲だったのだろう。声色には動揺と、喜びが混ざっていた。

「はい。なんなら八人全員。ただ、一度虚化した身ですから、無事…とは言い切れませんが。
今は現世に隠れています。くれぐれも、このことは内密に」
「そっか…リサちゃん、生きてるのか。
それは…よかった…」

京楽が心底安堵したように、少しだけ表情が綻ぶ。
腹心の部下だったのだろう。漏らした言葉は紛れもなく本音だった。

「もう少し、条件出したらもっといい話聞けちゃったりする?」
「駆け引き上手の京楽さんですから。私が欲しい条件、そろそろ分かるでしょう?」
「んんんー…分かった。仕方ない。朽木ルキアちゃんの処刑中断、なんとか協力してみるよ」
「流石。最初にここに来て、本当によかった」

安心したように、思わず顔が綻ぶ。

「えー。ボクが女の子斬れないの分かってここに来たでしょ」
「その点は期待しなかった、と言えば嘘になりますね。
でも昔からの知り合いで、一番話を冷静に聞いてくれそうなのは京楽さんだと思ったからここに来たんですよ。
…正直、京楽さんですら、斬りかかってくるんじゃないかと思いました。あぁ、緊張したぁ」
「またまた。昔の知り合いだったらほら、市丸隊長だっているじゃないか」
「何言ってるんですか?彼は『藍染の部下』ですよ」
「ん?今は隊長だから部下じゃ――」



言いかけて、言葉を飲み込んだ。

そう。
先程からしている名無しの話は全て百年前にまつわる話。現在の話など、一切していない。


「…そういうことか」
「では最大の種明かしであり、最大のヒントを。」


名無しがスっと自分の目を指差す。
大きな黒い瞳。
特に何の変哲もない、真っ直ぐとこちらを見つめる視線は――全てを射抜くような、強い目だった。

「ひとつ。藍染の斬魄刀の本来の能力は水流による撹乱ではありません。
ふたつ。私が見るものは、必ず真実を見抜きます。『空間』にある虚構は、全て」
「…またまた。ボクはもちろん、そこにいる七尾ちゃんだって彼の斬魄刀は始解の解号すら知ってるよ」
「でしょうね。おそらく、瀞霊廷の死神の殆どが」
「…何が言いたいんだい?」


「本当に、皆さんが見た藍染惣右介は、『本物の藍染惣右介』ですか?」


問い詰めるように、静かに問答する名無し
一片の曇りがない双眸。
それは寸分狂わず、京楽の目を真っ直ぐ見ていた。

「…参ったな。ボクの予想が当たっていたら、護廷十三隊はもちろん、瀞霊廷がひっくり返っちゃうよ」
「大丈夫ですよ。皆さんが気づいてないだけで既にひっくり返っているようなもんですから」
「言うねぇ」

名無しのその一言は嫌味だろう。
もし彼女の話が、本当の話であるならば、結果的にひとつの疑問に辿り着く。

「…じゃあ、朽木ルキアちゃんの処刑に何の意味が?」
「それは分かりません。浦原さんもそこまでは教えてくれませんでしたし」

相変わらずの秘密主義に名無しは内心溜息をついた。

彼は何も言わなかったけれど、一護を段階的に強くさせたのも、全ては処刑阻止を視野に入れたものだろう。
先見の目は素晴らしいのだが、なかなか本心を自ら語らないのがたまにキズだ。

「…もしかして浦原くんと一緒に暮らしてるの?」
「?、はい。そうですけど」
「いいなぁ〜同棲かぁ〜。七尾ちゃん、ボクらもひとつ屋根の下で暮らさない?」
「隊舎にお住いならひとつ屋根の下でしょう」
「そうじゃなくて…」

酷い!と言いながら泣き真似をする京楽。
大の男の泣き真似なんて、全くどこに需要があるのやら。

「言っておきますけど、鉄裁さんもいますから、多分京楽さんが思ってる感じとは程遠いかと」
「あら、それはそれは」

へらっと表情を緩ませながら京楽が笑う。

「隊長。…旅禍の少年が来ました」
「仕方ないなぁ、約束しちゃったし。優しくしようかな。
名無しちゃん、行こうか」
「はい」

さぁ、反撃の狼煙を上げよう。




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