anemone days
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7月。
降りしきる雨の中、浦原が連れて帰ってきたのは、よく見知ったクラスメイトだった。
『彼』を治療している間に浦原から色々聞いた。
ルキアが尸魂界へ連行されたこと。
石田雨竜が負傷したこと。
やってきたのは六番隊の隊長と副隊長。ルキアの幼馴染と義兄らしい。
そして、彼『黒崎一護』の鎖結と魄睡を破壊されたこと。
「こうなることは予想してたんですか?」
「えぇ、まぁ」
「分かっていてここまでボロボロになるまで放っておくなんて、浦原さんったら性格悪いですね」
彼のとる手段は結果的に見れば、状況に合わせた最善の策が殆どだ。
けれど彼は中々真実を口にしない。
良くいえば思慮深い、悪くいえば秘密主義なのだ。
「そんなんだから、誤解されがちなんですよ」
「でも、名無しサンはボクのことよく分かってるじゃないですかぁ」
どうだか。
完全に彼のことを理解しているのかと問われたら、返答に困ってしまう。
なぜなら『なぜ黒崎一護を執拗に助け、育て上げたいのか』という理由が全く分からないからだ。
彼の行動には何かしらの理由がある。無意味なことなどひとつもない。
だからこそ不思議に思った。
anemone days#11
「よろしくお願いします!!」
店の中にいてもよく通る、少年の声。
7月下旬になり、夏休みになった。
そして、彼が…黒崎一護が浦原商店にやってきた。
先日まで自分が使っていた修行部屋へ入るために、畳を外す浦原。どうやら鉄裁やジン太、雨も修行に同行するらしい。
「なにか手伝うこと、あります?」
「んんー。ボクら暫く手を離せないんで、食事の用意と店番をお願いします」
「分かりました」
ハシゴを降りる浦原から視線を上げると、一護と目が合った。
「よぅ」
「やぁ。大変だったみたいね。お疲れさま…って言いたいところだけど」
よっこらせ、と地下室への入口の縁から立ち上がる名無し。
一護の持って来ていた宿泊荷物を受け取り、喝を入れるように軽く背中を叩く。
「大変なのはこれからだよ。大丈夫、黒崎くんなら。…頑張ってね」
「おぅ」
いい顔だ。
先日、ここに運ばれてきたあとすぐの腑抜けた顔とは大違いだ。
きっと、彼は大丈夫だろう。
それは確信にも近い予感だった。
***
4日ぶりだった。
ぞろぞろと地下の穴蔵から五人出てきたのは。
「はー、やっとちゃんとしたメシが食える…」
勉強会に付き合うために、簡単な食事は差し入れたが、確かに育ち盛りからしたら物足りなかったかもしれない。
「今日はジン太くんの好きなハンバーグだよ」
「マジか!よっしゃ!!」
「その前に皆さん順番にお風呂入ってくださいねー」
オレが一番風呂〜!と言いながらジン太が風呂場へ駆けて行った。
弟がいたら、あんな感じなのだろうか。
「あら。浦原さん、帽子壊れちゃってますね」
「黒崎サンの修行の成果っスよぉ」
なるほど。
最終試験は帽子を落とす、という条件は誰に対しても同じらしい。
「何か手伝うことあるか?」
台所へひょっこり顔を出してきたのは、ボロボロになった一護。
一番彼がくたびれているだろうに。
「大丈夫だよ。今日は疲れてるでしょ、明日からお願いするから座ってて」
「でも、」
「いいから座る。明日からしっかり働いてもらいますから。ね」
「…わかった」
そう言って彼は落ち着かない様子でちゃぶ台の席についた。
…同級生にこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、面倒見のいい兄がいたらこんな感じなのだろうか。
「名無しサン、今日も店番お疲れ様っス。今日は『お客さん』は何人で?」
「今日は『二人』ほど」
昨日の夜から出現した虚の数。
一護もいなければ、ルキアもいない。
そして雨竜の霊圧も空座町になかったため、彼も今はこの町にいないのだろう。
虚を狩れるまともな人員は限られている状況だ。修行と思えばなんてことはない。
そうこうしている内に夕飯の支度が出来上がった。
「黒崎サンが風呂から出たら夕飯にしましょっか」
「そうですね」
使ったフライパンを洗いながら名無しが答える。
ジン太、ウルルが風呂に入り、今は一護が入っている。
そういえば、夜一以外の宿泊客は初めてかもしれない。
「悪ぃな、先に風呂借りちまって」
「いえいえ。さ、食事にしましょっか」
いつものちゃぶ台では溢れそうな品数と、六人分の食事。
今日は育ち盛りの高校生が客としてくるのだからハンバーグにしてみたが、反応はどうだろう。
他にスープやサラダはもちろん、箸休めの副菜もいつもより少し多めに用意した。
「…えらい豪華だな。いつも名無しが飯作ってんのか?」
「大方は名無し殿ですな」
「鉄裁さんと家事分担してるんだよ。その代わり、お皿洗いとか、お掃除とかはしてもらってるし…。
まぁ、そんなことはいいじゃない。冷めないうちに召し上がれ」
少しだけ狭いちゃぶ台を六人で囲う食事。
勉強会終了まで、あと5日。
***
「…ふぅ」
ひとりで出来る修行なんて、限られている。
今は何時だろう。もうすぐ日付がもうすぐ変わる時間だろうか。
昼間は騒がしく勉強会をしていた修行部屋は、深夜だと驚く程に静まり返っている。
滲む汗をタオルで拭い、地面に座り込んで鉄裁手作りの教本を開いた。
少しでも使える手段は多い方がいい。準備するに越したことはないのだ。
そう思って鉄裁に鬼道の教本を作ってもらったが、中々達筆で逆に読みづらい。どうして毛筆で書いたんだろう。
「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器。湧きあがり・否定し、痺れ・瞬き…眠りを妨げる…?…、なんて読むんだろ、これ」
「爬行(はこう)っス」
「う、わぁ!?」
背後から突然声をかけられ、肩が跳ね上がる。
慌てて後ろへ振り向けば、寝巻きの浴衣に着替えた浦原が立っていた。
「びっくりした…」
「あんま夜更かししてると身体に毒っスよぉ」
「分かってますよ…それくらい」
むすっと少し膨れた顔をして、ボールペンでフリガナを小さく書き込む名無し。
彼女の左腕に巻き直した、新しい霊力制御の鎖をちらりと浦原は見遣った。
「それ、調子どうです?」
「え?…あぁ、今までよりすんなり鬼道が出せるようになって快適ですよ」
左腕を掲げ、機嫌よく笑う名無し。
「それは何よりっス」といつの調子で返事をする浦原だが、内心は少し焦っていた。
この間の彼女の『記憶』を見た日から、日増しに霊力と霊圧が強くなっていっている。
以前より壊れにくく、丈夫にするために霊力の制御を少しキツめに作ったはずなのだ。
つまり、本来は霊力の放出である鬼道を扱う上で『快適になる』なんてことはありえないのだ。
次に負荷がかかるとしたら、恐らく彼女の身体だ。
「そうだ、浦原さん。八十番台までは詠唱破棄で使えるようになったんですよ!」
「ほぉ。こりゃ名無しサン、鬼道の才能あるかもしれませんねぇ」
彼女の底なしの霊力のおかげだろう。
鬼道はそもそも基本のコントロールのコツさえ掴んでしまえば、難しい術ではないのだ。
だが、そのあとの精密なコントロールが難しく、番号が上がるにつれ霊力の消耗も激しくなるため簡単ではない。
瞬歩を覚えたての頃は、お世辞にも一般隊士レベル以下の霊力コントロールだった名無し。
その後、鬼道を鉄裁から個人的に教えてもらって、コツが掴めたのか見違えるように上手くなった。
格段に上達したのは、この間からだ。
件の『右足』の霊力が完全に彼女と同化した後から。
もし今まで霊圧のコントロールが不得手だった理由が、二人分の霊力が身体の中で拮抗していたせいだったとしたら。
(そりゃ霊力の出力がすんなり行くっスよねぇ)
予想の斜め上を、一歩飛ばしで進んでいく。
将来が楽しみであると同時に、少しだけ怖くなった。
ギシッ!と音を立てて地面が揺れる。
思考の彼方にとんでいた意識が、一瞬にして引き戻された。
勉強部屋に現れた黒い立方体の影。
ノイズがはしるように箱が弾け、囲っていた『対象』の岩が粉砕された。
「こんな感じですか?浦原さん」
「ん?あぁ、はいはい。何でしょう」
「もう。ちゃんと出来ているか見てくださいって言ったじゃないですか」
「すみません、ちょっと考え事してました」
「えぇー…。なんか、九十番になった途端、すごく腕が痛いんですよね。霊力の込め方が足りないんですかね…」
難しいなぁ…とボヤきながら左腕を摩る名無し。
本来、鬼道は『死神』が使う術だ。いつの間にか鉄裁に教えを請い、使えていたから問題ないと思っていた。
潤沢な霊力と霊圧。死神ではないにも関わらず、使える名無し。
そもそも九十番台からの鬼道は、鬼道の達人だとしても扱うのがかなり難しい。
いくら霊力を込めたとしてもコントロールが容易ではない代物だ。
しかし、霊力の量とコントロールが不十分でも身体に痛みは本来生じない。
とすれば、考えられるのは霊力の質との相性になってくる。
そう、彼女の霊絡は白いのだ。
八十番台までは霊力と霊圧のコントロールで何とか使えたとしても、一気に難易度が上がる九十番台で身体にガタがきた。
そう考えるのが、一番しっくりくる。
「…名無しサン」
「何です?」
「九十番台の練習はまた今度にしましょ。ね?」
「でも、」
「それならこっちの練習でもどうっスか?」
杖から斬魄刀を抜き出せば、少しだけ目を丸める名無し。
「お風呂、入ったんじゃ」
「後でもう一回入ればいいんスよぉ」
「それじゃあ、お願いします」
深々と丁寧に頭を下げ、顔を上げた彼女の顔は戦士のソレだった。
――いい眼だ。
あぁ、彼女も死神だったらよかったのに。
そう考えながら、浦原は殺し合いのための剣を容赦なく振り下ろした。
降りしきる雨の中、浦原が連れて帰ってきたのは、よく見知ったクラスメイトだった。
『彼』を治療している間に浦原から色々聞いた。
ルキアが尸魂界へ連行されたこと。
石田雨竜が負傷したこと。
やってきたのは六番隊の隊長と副隊長。ルキアの幼馴染と義兄らしい。
そして、彼『黒崎一護』の鎖結と魄睡を破壊されたこと。
「こうなることは予想してたんですか?」
「えぇ、まぁ」
「分かっていてここまでボロボロになるまで放っておくなんて、浦原さんったら性格悪いですね」
彼のとる手段は結果的に見れば、状況に合わせた最善の策が殆どだ。
けれど彼は中々真実を口にしない。
良くいえば思慮深い、悪くいえば秘密主義なのだ。
「そんなんだから、誤解されがちなんですよ」
「でも、名無しサンはボクのことよく分かってるじゃないですかぁ」
どうだか。
完全に彼のことを理解しているのかと問われたら、返答に困ってしまう。
なぜなら『なぜ黒崎一護を執拗に助け、育て上げたいのか』という理由が全く分からないからだ。
彼の行動には何かしらの理由がある。無意味なことなどひとつもない。
だからこそ不思議に思った。
anemone days#11
「よろしくお願いします!!」
店の中にいてもよく通る、少年の声。
7月下旬になり、夏休みになった。
そして、彼が…黒崎一護が浦原商店にやってきた。
先日まで自分が使っていた修行部屋へ入るために、畳を外す浦原。どうやら鉄裁やジン太、雨も修行に同行するらしい。
「なにか手伝うこと、あります?」
「んんー。ボクら暫く手を離せないんで、食事の用意と店番をお願いします」
「分かりました」
ハシゴを降りる浦原から視線を上げると、一護と目が合った。
「よぅ」
「やぁ。大変だったみたいね。お疲れさま…って言いたいところだけど」
よっこらせ、と地下室への入口の縁から立ち上がる名無し。
一護の持って来ていた宿泊荷物を受け取り、喝を入れるように軽く背中を叩く。
「大変なのはこれからだよ。大丈夫、黒崎くんなら。…頑張ってね」
「おぅ」
いい顔だ。
先日、ここに運ばれてきたあとすぐの腑抜けた顔とは大違いだ。
きっと、彼は大丈夫だろう。
それは確信にも近い予感だった。
***
4日ぶりだった。
ぞろぞろと地下の穴蔵から五人出てきたのは。
「はー、やっとちゃんとしたメシが食える…」
勉強会に付き合うために、簡単な食事は差し入れたが、確かに育ち盛りからしたら物足りなかったかもしれない。
「今日はジン太くんの好きなハンバーグだよ」
「マジか!よっしゃ!!」
「その前に皆さん順番にお風呂入ってくださいねー」
オレが一番風呂〜!と言いながらジン太が風呂場へ駆けて行った。
弟がいたら、あんな感じなのだろうか。
「あら。浦原さん、帽子壊れちゃってますね」
「黒崎サンの修行の成果っスよぉ」
なるほど。
最終試験は帽子を落とす、という条件は誰に対しても同じらしい。
「何か手伝うことあるか?」
台所へひょっこり顔を出してきたのは、ボロボロになった一護。
一番彼がくたびれているだろうに。
「大丈夫だよ。今日は疲れてるでしょ、明日からお願いするから座ってて」
「でも、」
「いいから座る。明日からしっかり働いてもらいますから。ね」
「…わかった」
そう言って彼は落ち着かない様子でちゃぶ台の席についた。
…同級生にこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、面倒見のいい兄がいたらこんな感じなのだろうか。
「名無しサン、今日も店番お疲れ様っス。今日は『お客さん』は何人で?」
「今日は『二人』ほど」
昨日の夜から出現した虚の数。
一護もいなければ、ルキアもいない。
そして雨竜の霊圧も空座町になかったため、彼も今はこの町にいないのだろう。
虚を狩れるまともな人員は限られている状況だ。修行と思えばなんてことはない。
そうこうしている内に夕飯の支度が出来上がった。
「黒崎サンが風呂から出たら夕飯にしましょっか」
「そうですね」
使ったフライパンを洗いながら名無しが答える。
ジン太、ウルルが風呂に入り、今は一護が入っている。
そういえば、夜一以外の宿泊客は初めてかもしれない。
「悪ぃな、先に風呂借りちまって」
「いえいえ。さ、食事にしましょっか」
いつものちゃぶ台では溢れそうな品数と、六人分の食事。
今日は育ち盛りの高校生が客としてくるのだからハンバーグにしてみたが、反応はどうだろう。
他にスープやサラダはもちろん、箸休めの副菜もいつもより少し多めに用意した。
「…えらい豪華だな。いつも名無しが飯作ってんのか?」
「大方は名無し殿ですな」
「鉄裁さんと家事分担してるんだよ。その代わり、お皿洗いとか、お掃除とかはしてもらってるし…。
まぁ、そんなことはいいじゃない。冷めないうちに召し上がれ」
少しだけ狭いちゃぶ台を六人で囲う食事。
勉強会終了まで、あと5日。
***
「…ふぅ」
ひとりで出来る修行なんて、限られている。
今は何時だろう。もうすぐ日付がもうすぐ変わる時間だろうか。
昼間は騒がしく勉強会をしていた修行部屋は、深夜だと驚く程に静まり返っている。
滲む汗をタオルで拭い、地面に座り込んで鉄裁手作りの教本を開いた。
少しでも使える手段は多い方がいい。準備するに越したことはないのだ。
そう思って鉄裁に鬼道の教本を作ってもらったが、中々達筆で逆に読みづらい。どうして毛筆で書いたんだろう。
「滲み出す混濁の紋章、不遜なる狂気の器。湧きあがり・否定し、痺れ・瞬き…眠りを妨げる…?…、なんて読むんだろ、これ」
「爬行(はこう)っス」
「う、わぁ!?」
背後から突然声をかけられ、肩が跳ね上がる。
慌てて後ろへ振り向けば、寝巻きの浴衣に着替えた浦原が立っていた。
「びっくりした…」
「あんま夜更かししてると身体に毒っスよぉ」
「分かってますよ…それくらい」
むすっと少し膨れた顔をして、ボールペンでフリガナを小さく書き込む名無し。
彼女の左腕に巻き直した、新しい霊力制御の鎖をちらりと浦原は見遣った。
「それ、調子どうです?」
「え?…あぁ、今までよりすんなり鬼道が出せるようになって快適ですよ」
左腕を掲げ、機嫌よく笑う名無し。
「それは何よりっス」といつの調子で返事をする浦原だが、内心は少し焦っていた。
この間の彼女の『記憶』を見た日から、日増しに霊力と霊圧が強くなっていっている。
以前より壊れにくく、丈夫にするために霊力の制御を少しキツめに作ったはずなのだ。
つまり、本来は霊力の放出である鬼道を扱う上で『快適になる』なんてことはありえないのだ。
次に負荷がかかるとしたら、恐らく彼女の身体だ。
「そうだ、浦原さん。八十番台までは詠唱破棄で使えるようになったんですよ!」
「ほぉ。こりゃ名無しサン、鬼道の才能あるかもしれませんねぇ」
彼女の底なしの霊力のおかげだろう。
鬼道はそもそも基本のコントロールのコツさえ掴んでしまえば、難しい術ではないのだ。
だが、そのあとの精密なコントロールが難しく、番号が上がるにつれ霊力の消耗も激しくなるため簡単ではない。
瞬歩を覚えたての頃は、お世辞にも一般隊士レベル以下の霊力コントロールだった名無し。
その後、鬼道を鉄裁から個人的に教えてもらって、コツが掴めたのか見違えるように上手くなった。
格段に上達したのは、この間からだ。
件の『右足』の霊力が完全に彼女と同化した後から。
もし今まで霊圧のコントロールが不得手だった理由が、二人分の霊力が身体の中で拮抗していたせいだったとしたら。
(そりゃ霊力の出力がすんなり行くっスよねぇ)
予想の斜め上を、一歩飛ばしで進んでいく。
将来が楽しみであると同時に、少しだけ怖くなった。
ギシッ!と音を立てて地面が揺れる。
思考の彼方にとんでいた意識が、一瞬にして引き戻された。
勉強部屋に現れた黒い立方体の影。
ノイズがはしるように箱が弾け、囲っていた『対象』の岩が粉砕された。
「こんな感じですか?浦原さん」
「ん?あぁ、はいはい。何でしょう」
「もう。ちゃんと出来ているか見てくださいって言ったじゃないですか」
「すみません、ちょっと考え事してました」
「えぇー…。なんか、九十番になった途端、すごく腕が痛いんですよね。霊力の込め方が足りないんですかね…」
難しいなぁ…とボヤきながら左腕を摩る名無し。
本来、鬼道は『死神』が使う術だ。いつの間にか鉄裁に教えを請い、使えていたから問題ないと思っていた。
潤沢な霊力と霊圧。死神ではないにも関わらず、使える名無し。
そもそも九十番台からの鬼道は、鬼道の達人だとしても扱うのがかなり難しい。
いくら霊力を込めたとしてもコントロールが容易ではない代物だ。
しかし、霊力の量とコントロールが不十分でも身体に痛みは本来生じない。
とすれば、考えられるのは霊力の質との相性になってくる。
そう、彼女の霊絡は白いのだ。
八十番台までは霊力と霊圧のコントロールで何とか使えたとしても、一気に難易度が上がる九十番台で身体にガタがきた。
そう考えるのが、一番しっくりくる。
「…名無しサン」
「何です?」
「九十番台の練習はまた今度にしましょ。ね?」
「でも、」
「それならこっちの練習でもどうっスか?」
杖から斬魄刀を抜き出せば、少しだけ目を丸める名無し。
「お風呂、入ったんじゃ」
「後でもう一回入ればいいんスよぉ」
「それじゃあ、お願いします」
深々と丁寧に頭を下げ、顔を上げた彼女の顔は戦士のソレだった。
――いい眼だ。
あぁ、彼女も死神だったらよかったのに。
そう考えながら、浦原は殺し合いのための剣を容赦なく振り下ろした。