anemone days
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目を覚ませば、古びた木目の天井が視界いっぱいに広がる。
今は、何時だろう。
「……あ。」
「あ?何だよ、雨…って、あー!!
店長、店長ー!起きたぞー!」
すぐ横から聞こえてきたのは、少女と少年の声。
あぁ、デジャヴだ。
前は確か、ひよ里がこんな風に、
「店長ならいませんぞ、ジン太殿」
「こんな夜に?」
「えぇ」
スっと横にやってきたのは、鉄裁だ。
相変わらず鬼道専門とは思えない程に、体格が立派だ。顔を覗き込まれれば、蛍光灯の光が遮られ影を落とす。
「おはようございます、名無し殿」
「…おはよう、ございます」
すごい。
まるで久方ぶりに喋ったかのような酷い声だった。喉が限界まで乾いているのか、息をする度に気道がヒューヒューと音を立てた。
そういえば、お腹もかなり減ってる気がする。
「…浦原さん、は」
「浦原殿…いえ、店長は暫し野暮用で」
…店長?
「すぐに白湯をお持ちします。落ち着いたら粥でも用意しましょう」
「あ…ありがとう、ございます」
身体を起こそうとするも、関節の節々が痛い。まるで悲鳴をあげているようだった。
身体が上手く動かない。自分の体じゃないみたいだ。
「無理は…禁物」
「あ…ありがとう。えっと…」
「紬屋雨、です」
「花刈ジン太様だ!」
黒髪ツインテールの女の子と、赤髪の元気な少年はそう答えた。
…浦原さんの隠し子だろうか。
「名無し、です」
「知ってる…」
「店長が寝てるアンタに話しかけ、モガッ」
「ジン太殿、あまりお喋りが過ぎると店長に叱られますぞ」
ジン太の口を大きな手で塞ぐ鉄裁。
…まぁ、鉄裁の子供でも不思議じゃないか。
「名無し殿、どうぞ」
「ありがとうございます…」
人肌温度の白湯を少しずつ喉に流す。
胃の中が文字通り空っぽなのか、食道から胃へ白湯が流れる感覚がリアルに伝わった。
「…なんか頭が重いって思ったら、髪の毛無茶苦茶長いですね。ラプンツェルみたい」
腰あたりまでズルズルと伸びている。
人生で一番の最長記録だ。というより、これより髪が長い人を見たことがない。
「あの、鉄裁さん。これ、切ってもらうことは…」
「ム。私と同じ髪型でよろしければ」
「それはいいです」
奇抜なドレッドヘアーはきっと彼しか似合わないだろう。
仕方ない、明日自分で切るか。
「…ところで、ひよ里ちゃん達は」
「無事ですぞ。随分前にここを出ていっておりますが」
「そう、ですか。いつくらい前に?」
そう言葉を投げかければ、一瞬言葉に詰まる鉄裁。
重々しく口を開いた年数は、自分の予想の遥か斜め上だった。
***
適当な紐で髪を結って、外の空気を吸いに店を出る。
まだ4月。桜の季節が終わったとはいえ、夜はまだ肌寒かった。
月明かりのない夜。転々と道路を照らす街灯。
私が初めてこの世界の現世に来た時にはなかったものだった。
地面もコンクリートで固められ、私が元々いた世界にそっくりだ。
カラン、コロン。
聞き覚えのある下駄の音が遠くから鳴る。
昔と違うのは、石畳を蹴る音ではなく手触りの悪いコンクリートを蹴る音という点だけ。
街灯の下でゆっくり立ち止まり、安っぽい蛍光灯に照らされた姿は見間違うわけがなかった。
「…名無しサン?」
「浦原さん。」
「おはようございます、っス」
「おはよう…ございます」
夜なのにおはよう、だなんて。
少しだけおかしくて小さく笑ってしまった。
「その、お身体の具合は?」
「意外と元気ですよ。あぁ、そうそう。髪が凄く伸びててビックリしました」
「そりゃ100年経っていたらそうなりますって」
カラン、コロン。
下駄の音が一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
相変わらずスラリと伸びた長身。やる気がなさそうなゆるゆるとした喋り方も変わっていない。
私が最後に見た点と違うのは、帽子を被っている・隊長羽織のような黒い羽織・それと胡散臭さが漂う無精髭くらいなものか。
「ひよ里ちゃん達、出て行っちゃったんですね」
「えぇ。尸魂界から捕捉されないように、点々と住居は変えられてるみたいですが」
「…元気そうなら、よかった」
「皆さんから、礼を言っておいてくれ、世話になった。…だ、そうですよ」
「助かったのなら何よりです。礼を言われることなんて、そんな」
「ボクからも、言わせてください」
彼が着ていた羽織をふわりと肩にかけられる。
人肌の、浦原の体温で温められた羽織は、思った以上に温かかった。
「ありがとうございました。…そして、おかえりなさいっス」
「えっと、…た、ただいま」
ただいま、なんて。
いつぶりだろう、この言葉を言うのは。
なんだか照れくさくて、つい声が尻すぼみになった。
不意に引き寄せられる身体。
逞しい彼の腕が背中に回され、抱きしめられていると一瞬で理解した。
それは息苦しいくらい、思いっきり。
持っていた彼の杖が、カランと音を立ててコンクリートに倒れた。
「う、浦原さん?」
「すいません。…なんか、感極まっちゃって」
彼女が喋っている。動いている。笑っている。
100年前に取った手段を、死んだように眠る彼女の顔を見る度に後悔していた。
ずっと眠り続ける彼女の呼吸がいつか止まるのではないのかと、飛び起きた夜もあった。
anemone days#01
――生きている。
彼女は深い眠りから、帰ってきた。
今は、何時だろう。
「……あ。」
「あ?何だよ、雨…って、あー!!
店長、店長ー!起きたぞー!」
すぐ横から聞こえてきたのは、少女と少年の声。
あぁ、デジャヴだ。
前は確か、ひよ里がこんな風に、
「店長ならいませんぞ、ジン太殿」
「こんな夜に?」
「えぇ」
スっと横にやってきたのは、鉄裁だ。
相変わらず鬼道専門とは思えない程に、体格が立派だ。顔を覗き込まれれば、蛍光灯の光が遮られ影を落とす。
「おはようございます、名無し殿」
「…おはよう、ございます」
すごい。
まるで久方ぶりに喋ったかのような酷い声だった。喉が限界まで乾いているのか、息をする度に気道がヒューヒューと音を立てた。
そういえば、お腹もかなり減ってる気がする。
「…浦原さん、は」
「浦原殿…いえ、店長は暫し野暮用で」
…店長?
「すぐに白湯をお持ちします。落ち着いたら粥でも用意しましょう」
「あ…ありがとう、ございます」
身体を起こそうとするも、関節の節々が痛い。まるで悲鳴をあげているようだった。
身体が上手く動かない。自分の体じゃないみたいだ。
「無理は…禁物」
「あ…ありがとう。えっと…」
「紬屋雨、です」
「花刈ジン太様だ!」
黒髪ツインテールの女の子と、赤髪の元気な少年はそう答えた。
…浦原さんの隠し子だろうか。
「名無し、です」
「知ってる…」
「店長が寝てるアンタに話しかけ、モガッ」
「ジン太殿、あまりお喋りが過ぎると店長に叱られますぞ」
ジン太の口を大きな手で塞ぐ鉄裁。
…まぁ、鉄裁の子供でも不思議じゃないか。
「名無し殿、どうぞ」
「ありがとうございます…」
人肌温度の白湯を少しずつ喉に流す。
胃の中が文字通り空っぽなのか、食道から胃へ白湯が流れる感覚がリアルに伝わった。
「…なんか頭が重いって思ったら、髪の毛無茶苦茶長いですね。ラプンツェルみたい」
腰あたりまでズルズルと伸びている。
人生で一番の最長記録だ。というより、これより髪が長い人を見たことがない。
「あの、鉄裁さん。これ、切ってもらうことは…」
「ム。私と同じ髪型でよろしければ」
「それはいいです」
奇抜なドレッドヘアーはきっと彼しか似合わないだろう。
仕方ない、明日自分で切るか。
「…ところで、ひよ里ちゃん達は」
「無事ですぞ。随分前にここを出ていっておりますが」
「そう、ですか。いつくらい前に?」
そう言葉を投げかければ、一瞬言葉に詰まる鉄裁。
重々しく口を開いた年数は、自分の予想の遥か斜め上だった。
***
適当な紐で髪を結って、外の空気を吸いに店を出る。
まだ4月。桜の季節が終わったとはいえ、夜はまだ肌寒かった。
月明かりのない夜。転々と道路を照らす街灯。
私が初めてこの世界の現世に来た時にはなかったものだった。
地面もコンクリートで固められ、私が元々いた世界にそっくりだ。
カラン、コロン。
聞き覚えのある下駄の音が遠くから鳴る。
昔と違うのは、石畳を蹴る音ではなく手触りの悪いコンクリートを蹴る音という点だけ。
街灯の下でゆっくり立ち止まり、安っぽい蛍光灯に照らされた姿は見間違うわけがなかった。
「…名無しサン?」
「浦原さん。」
「おはようございます、っス」
「おはよう…ございます」
夜なのにおはよう、だなんて。
少しだけおかしくて小さく笑ってしまった。
「その、お身体の具合は?」
「意外と元気ですよ。あぁ、そうそう。髪が凄く伸びててビックリしました」
「そりゃ100年経っていたらそうなりますって」
カラン、コロン。
下駄の音が一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
相変わらずスラリと伸びた長身。やる気がなさそうなゆるゆるとした喋り方も変わっていない。
私が最後に見た点と違うのは、帽子を被っている・隊長羽織のような黒い羽織・それと胡散臭さが漂う無精髭くらいなものか。
「ひよ里ちゃん達、出て行っちゃったんですね」
「えぇ。尸魂界から捕捉されないように、点々と住居は変えられてるみたいですが」
「…元気そうなら、よかった」
「皆さんから、礼を言っておいてくれ、世話になった。…だ、そうですよ」
「助かったのなら何よりです。礼を言われることなんて、そんな」
「ボクからも、言わせてください」
彼が着ていた羽織をふわりと肩にかけられる。
人肌の、浦原の体温で温められた羽織は、思った以上に温かかった。
「ありがとうございました。…そして、おかえりなさいっス」
「えっと、…た、ただいま」
ただいま、なんて。
いつぶりだろう、この言葉を言うのは。
なんだか照れくさくて、つい声が尻すぼみになった。
不意に引き寄せられる身体。
逞しい彼の腕が背中に回され、抱きしめられていると一瞬で理解した。
それは息苦しいくらい、思いっきり。
持っていた彼の杖が、カランと音を立ててコンクリートに倒れた。
「う、浦原さん?」
「すいません。…なんか、感極まっちゃって」
彼女が喋っている。動いている。笑っている。
100年前に取った手段を、死んだように眠る彼女の顔を見る度に後悔していた。
ずっと眠り続ける彼女の呼吸がいつか止まるのではないのかと、飛び起きた夜もあった。
anemone days#01
――生きている。
彼女は深い眠りから、帰ってきた。
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