鈍色の業(中篇)
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「自害、っスか。」
「尋問する前にのぅ。おかげで脱獄手段は分からぬままじゃ」
名無しの誘拐事件沙汰があった次の日。
二番隊隊舎の一番奥まった一室・隊首室に浦原はいた。
上座に夜一が胡座をかいて座っている。手には飲みかけの湯呑みをちゃぷちゃぷと揺れていた。
「わざわざボクを呼び出す・ってことは、自害だと思えない…ってとこっスかね」
「察しがいいのぅ。自害にしては死に顔がの。あそこまで引き攣るものか…まぁ、他殺だとしても、目撃情報もなにもないんじゃが。」
音を立てながら、すっかりぬるくなった茶を啜る夜一。
高級そうな肘置きに気だるげにもたれ掛かる姿は、猫そのものだ。
まぁ猫は猫でも、彼女は獰猛な猫科の獣に近い。
「のぅ、喜助。おぬし、これで終わりと思うておらまいな?」
鈍色の業#四
「おかえりなさい、浦原さん」
ゴム手袋を外しながら名無しが声をかける。
湯上りの浴衣。濡れた髪。どうやら風呂上がりのようだった。
「ありゃ。風呂上がりっスか」
「はい。お先に頂きました」
包帯だらけの手で髪を拭こうとするものだから、浦原は軽く取り上げた。
この色のタオルは、昨日浦原が洗濯機にかけたものだ。
水周りの家事を初めてまともにやってみたが、中々どうしたものか名無しと同じような仕上がりにならない。
現にこのタオルも少しゴワゴワしている気がする。
まぁ名無しはそんなこと気にしていないようだが。いかに彼女の家事能力が高いか、垣間見れた瞬間だった。
丁寧に髪を拭いてやれば、擽ったそうに「ありがとうございます」とタオルの下で笑っている名無し。
普段、それこそ甘えることも頼ることも殆どしない彼女が、こうやって素直に頼ってくる事実は、不謹慎だが少し嬉しかった。
初対面の警戒されていた雰囲気は、今は殆ど見られない。
野良の動物を手懐ける感覚に近いかもしれない。
「言ってくださったら髪や身体も洗ってあげたんっスよ?」
「いや、それはちょっと。」
以前、背中を流されたことはあったが、どうやらされるのは嫌らしい。まぁそれもそうか。
「明日、四番隊の方へ行ってきますね。卯ノ花さんの予定が明日空いているそうなので、手を治してもらってきます」
「そうっスか。…そしたらこんな風に甘えてくれることはなくなるんっスねぇ」
少し冗談っぽく、芝居がかった言い方をしてみる。
まぁ冗談ではなく八割本気なのだが。
もちろん、彼女の生活が不便極まりないのは可哀想だし、迷惑をかけてしまったからには早く治って欲しいのも本音だ。
けれど浦原の胸中は少し複雑だった。
簡単に、言い表せないくらいには。
「?、浦原さん、そんな甘やかすようなタイプでしたっけ?」
「いえ。ボクはどちらかと言うとスパルタタイプっスね」
「あー、そんな感じがします。」
クスクスと楽しそうに笑う名無しを見て、浦原自身も内心首を傾げた。
どうしてこうも、彼女を甘やかしたいのだろうか。
浦原の自身の『答え』が見つかるのは、もう少し先の話。
***
非番だった阿近が念の為付き添いで四番隊まで付き添ってくれた。
『蛆虫の巣』自体が内密な施設らしい。
だからこそ事情を知っている、蛆虫の巣出身の阿近が付き添いに選ばれた・というわけだ。
「治って良かったな」
「本当に。これで家事がしっかりできるよ」
傷がキレイさっぱりなくなった両手を軽く振りながら名無しが笑う。
阿近はそれを尻目で見ながら、少し呆れたように肩を竦めた。
「あんま無茶すると局長の寿命が縮むぞ?」
「肝に銘じておくね」
こりゃまたやらかすな、と小さく阿近が呟く。
やりたくてやったわけではない。全く、失礼な話だ。
ふと、阿近から視線を外し顔を上げると、廊下の向こうから市丸を連れた藍染が歩いてきた。
相変わらず人の良さそうな微笑みを浮かべ、こちらに気づいたのか軽く手を挙げて振る。
「やあ、名無し君。阿近君も、こんにちは」
「こんにちは。藍染副隊長。今日は平子隊長とご一緒じゃないんですね」
阿近の言葉に「たまにはね」と微笑みながら首を傾ける藍染。
それを見て名無しは小さく首を傾げた。
『今日は平子隊長と一緒じゃない。』
名無しが平子を見かける時、藍染はいないが…いや、きっと自分が会っていない時は一緒なのだろう。
「四番隊に用事かい?珍しいね」
「えぇ。まぁ、少々」
言葉を濁す阿近に対し「そうか。」と藍染が目元を弓なりに細めた。
「それではこれで」と小さく会釈をして、阿近が一歩先を歩く。
それに慌ててついて行こうと、名無しが足を動かした時だった。
「名無し君。」
藍染の涼やかな声。
名前を呼ばれ振り返ると、眼鏡のレンズ越しに柔らかく目尻を落とした視線と絡んだ。
「あまり無茶をしてはいけないよ」
「は、はい」
返事をひとつ返して、小走りで阿近を追いかける名無し。
ふと。
喉に引っ掛かるような僅かな違和感に、首をもう一度傾げた。
(…あれ?今回の件って、夜一さんのところの隊と、十二番隊の一部の人しか知らないんじゃ、)
はたりと脚を止めて、もう一度振り返ろうとした時。
「何してるんだ、名無し。置いていくぞ」
「あっ、ご、ごめん。」
阿近の生意気そうな声に急かされて、名無しは慌てて彼の一回り小さい背中を追いかけた。
感じた違和感を『気のせいだろう』と言い聞かせて。
「藍染副隊長、あんま遊んでると足がつくんとちゃいますか?」
「私がそんな下手を打つと思うのかい?ギン。」
至極楽しそうに目を細める藍染を見て、市丸は笑いながら小さく肩を竦めた。
「尋問する前にのぅ。おかげで脱獄手段は分からぬままじゃ」
名無しの誘拐事件沙汰があった次の日。
二番隊隊舎の一番奥まった一室・隊首室に浦原はいた。
上座に夜一が胡座をかいて座っている。手には飲みかけの湯呑みをちゃぷちゃぷと揺れていた。
「わざわざボクを呼び出す・ってことは、自害だと思えない…ってとこっスかね」
「察しがいいのぅ。自害にしては死に顔がの。あそこまで引き攣るものか…まぁ、他殺だとしても、目撃情報もなにもないんじゃが。」
音を立てながら、すっかりぬるくなった茶を啜る夜一。
高級そうな肘置きに気だるげにもたれ掛かる姿は、猫そのものだ。
まぁ猫は猫でも、彼女は獰猛な猫科の獣に近い。
「のぅ、喜助。おぬし、これで終わりと思うておらまいな?」
鈍色の業#四
「おかえりなさい、浦原さん」
ゴム手袋を外しながら名無しが声をかける。
湯上りの浴衣。濡れた髪。どうやら風呂上がりのようだった。
「ありゃ。風呂上がりっスか」
「はい。お先に頂きました」
包帯だらけの手で髪を拭こうとするものだから、浦原は軽く取り上げた。
この色のタオルは、昨日浦原が洗濯機にかけたものだ。
水周りの家事を初めてまともにやってみたが、中々どうしたものか名無しと同じような仕上がりにならない。
現にこのタオルも少しゴワゴワしている気がする。
まぁ名無しはそんなこと気にしていないようだが。いかに彼女の家事能力が高いか、垣間見れた瞬間だった。
丁寧に髪を拭いてやれば、擽ったそうに「ありがとうございます」とタオルの下で笑っている名無し。
普段、それこそ甘えることも頼ることも殆どしない彼女が、こうやって素直に頼ってくる事実は、不謹慎だが少し嬉しかった。
初対面の警戒されていた雰囲気は、今は殆ど見られない。
野良の動物を手懐ける感覚に近いかもしれない。
「言ってくださったら髪や身体も洗ってあげたんっスよ?」
「いや、それはちょっと。」
以前、背中を流されたことはあったが、どうやらされるのは嫌らしい。まぁそれもそうか。
「明日、四番隊の方へ行ってきますね。卯ノ花さんの予定が明日空いているそうなので、手を治してもらってきます」
「そうっスか。…そしたらこんな風に甘えてくれることはなくなるんっスねぇ」
少し冗談っぽく、芝居がかった言い方をしてみる。
まぁ冗談ではなく八割本気なのだが。
もちろん、彼女の生活が不便極まりないのは可哀想だし、迷惑をかけてしまったからには早く治って欲しいのも本音だ。
けれど浦原の胸中は少し複雑だった。
簡単に、言い表せないくらいには。
「?、浦原さん、そんな甘やかすようなタイプでしたっけ?」
「いえ。ボクはどちらかと言うとスパルタタイプっスね」
「あー、そんな感じがします。」
クスクスと楽しそうに笑う名無しを見て、浦原自身も内心首を傾げた。
どうしてこうも、彼女を甘やかしたいのだろうか。
浦原の自身の『答え』が見つかるのは、もう少し先の話。
***
非番だった阿近が念の為付き添いで四番隊まで付き添ってくれた。
『蛆虫の巣』自体が内密な施設らしい。
だからこそ事情を知っている、蛆虫の巣出身の阿近が付き添いに選ばれた・というわけだ。
「治って良かったな」
「本当に。これで家事がしっかりできるよ」
傷がキレイさっぱりなくなった両手を軽く振りながら名無しが笑う。
阿近はそれを尻目で見ながら、少し呆れたように肩を竦めた。
「あんま無茶すると局長の寿命が縮むぞ?」
「肝に銘じておくね」
こりゃまたやらかすな、と小さく阿近が呟く。
やりたくてやったわけではない。全く、失礼な話だ。
ふと、阿近から視線を外し顔を上げると、廊下の向こうから市丸を連れた藍染が歩いてきた。
相変わらず人の良さそうな微笑みを浮かべ、こちらに気づいたのか軽く手を挙げて振る。
「やあ、名無し君。阿近君も、こんにちは」
「こんにちは。藍染副隊長。今日は平子隊長とご一緒じゃないんですね」
阿近の言葉に「たまにはね」と微笑みながら首を傾ける藍染。
それを見て名無しは小さく首を傾げた。
『今日は平子隊長と一緒じゃない。』
名無しが平子を見かける時、藍染はいないが…いや、きっと自分が会っていない時は一緒なのだろう。
「四番隊に用事かい?珍しいね」
「えぇ。まぁ、少々」
言葉を濁す阿近に対し「そうか。」と藍染が目元を弓なりに細めた。
「それではこれで」と小さく会釈をして、阿近が一歩先を歩く。
それに慌ててついて行こうと、名無しが足を動かした時だった。
「名無し君。」
藍染の涼やかな声。
名前を呼ばれ振り返ると、眼鏡のレンズ越しに柔らかく目尻を落とした視線と絡んだ。
「あまり無茶をしてはいけないよ」
「は、はい」
返事をひとつ返して、小走りで阿近を追いかける名無し。
ふと。
喉に引っ掛かるような僅かな違和感に、首をもう一度傾げた。
(…あれ?今回の件って、夜一さんのところの隊と、十二番隊の一部の人しか知らないんじゃ、)
はたりと脚を止めて、もう一度振り返ろうとした時。
「何してるんだ、名無し。置いていくぞ」
「あっ、ご、ごめん。」
阿近の生意気そうな声に急かされて、名無しは慌てて彼の一回り小さい背中を追いかけた。
感じた違和感を『気のせいだろう』と言い聞かせて。
「藍染副隊長、あんま遊んでると足がつくんとちゃいますか?」
「私がそんな下手を打つと思うのかい?ギン。」
至極楽しそうに目を細める藍染を見て、市丸は笑いながら小さく肩を竦めた。