鈍色の業(中篇)
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脱獄した男は、無事に捕縛された。
「この男には、訊かねばならぬことがあるな」と冷徹な目をした夜一に連れられて。
「さて、名無しサン。」
「はい?」
「ちゃーんと治療、してもらいましょうね」
名無しが返事するよりも早く、軽々と抱き抱えられる身体。
所謂、お姫様抱っこだ。
不意に背筋をはしる浮遊感に、彼女は顔を強ばらせた。
「う、浦原さん、下ろしてください!歩けますから」
「早く四番隊に行かなきゃいけないっスから。のんびり歩いていたら、日が暮れちゃいますからね」
そう言って彼は、鬱蒼と茂る森の中を駆け抜けて行った。
鈍色の業#参
「治療の方が痛かったです…」
「こんな肉を削ぐような擦り傷なんスから、消毒液が染みるのは仕方がないっスよ」
手首と人差し指、中指、親指にキチンとガーゼと包帯が巻かれている。
これじゃあとてもじゃないが暫く食事を作ることはおろか、家事も難しそうだ。
左手首に新しく巻かれた霊圧制御の鎖は新品同様だ。
あらかじめ予備も用意していた辺り、用意周到なのだが…なんだか複雑だ。
「名無しサン。」
改めて、神妙な顔つきで名前を呼ばれる。
顔を上げれば金糸の前髪から覗く双眸と視線が絡んだ。
「本当に、すみませんでした」
頭を下げて深々と謝る浦原を見て、名無しは目を丸くさせた。
「謝る必要はないって言ったじゃないですか」
「でも怖かったでしょう」
間髪入れずに浦原から反論されれば、名無しは困ったように笑う。
「大丈夫でしたよ」
「嘘っス。さっきまで震えて、」
浦原の言葉を遮るように、包帯だらけの人差し指を立てて彼の口元へ当てる名無し。
「そりゃあ、少しは怖かったですけど。
大丈夫でしたよ。だって、ちゃんと浦原さん、来てくれたじゃないですか。」
怖かった。それは事実だ。
でも何とかなる。きっと来てくれる。
盲信にも近い確信を握り締めれば、諦めるという言葉は浮かんでこなかった。
そう答えて笑えば、感極まったように不意に抱きしめられた。
視界いっぱいに広がる、黒い死覇装。
僅かに香る薬品の匂い。
背中に回された腕が、痛いくらいだった。
「…浦原さん?」
「寿命、縮まるかと思ったっス」
バクバクなる心臓の音。
あぁ、彼もこんな風に怖い思いをするのか。
少しだけわいた親近感と、少々無茶を押し通そうとした自分を反省した。
「浦原さん、この流れで非常に言いづらいんですけど…その、」
きゅぅぅ…
空気をぶち壊すような、腹の虫。
切なそうに鳴いた音にお互いの空気が固まるのが嫌でも分かった。
「……気が緩んだら、その、お腹減ってきちゃいました」
もう時間は夕方だ。
朝食から何も口にしていなかったせいで、どうしても我慢出来なくなったのだ。
少し恥ずかしかったが、人間の三大欲求はどうしようもない。
途端に笑いを堪え始める浦原。
タイミングといい、あの間といい。
あぁ、なんだか無性に情けなくなってきた。穴があったら入りたい。
「奇遇っスね、ボクもお弁当頂くタイミングがなくって。」
帰ったらご飯、作って差し上げますね。
そう言って浦原はいつも通りの笑顔で、くしゃりと笑った。
その後、途轍もないゲテモノ飯が出てきたのは、また別のお話。
「この男には、訊かねばならぬことがあるな」と冷徹な目をした夜一に連れられて。
「さて、名無しサン。」
「はい?」
「ちゃーんと治療、してもらいましょうね」
名無しが返事するよりも早く、軽々と抱き抱えられる身体。
所謂、お姫様抱っこだ。
不意に背筋をはしる浮遊感に、彼女は顔を強ばらせた。
「う、浦原さん、下ろしてください!歩けますから」
「早く四番隊に行かなきゃいけないっスから。のんびり歩いていたら、日が暮れちゃいますからね」
そう言って彼は、鬱蒼と茂る森の中を駆け抜けて行った。
鈍色の業#参
「治療の方が痛かったです…」
「こんな肉を削ぐような擦り傷なんスから、消毒液が染みるのは仕方がないっスよ」
手首と人差し指、中指、親指にキチンとガーゼと包帯が巻かれている。
これじゃあとてもじゃないが暫く食事を作ることはおろか、家事も難しそうだ。
左手首に新しく巻かれた霊圧制御の鎖は新品同様だ。
あらかじめ予備も用意していた辺り、用意周到なのだが…なんだか複雑だ。
「名無しサン。」
改めて、神妙な顔つきで名前を呼ばれる。
顔を上げれば金糸の前髪から覗く双眸と視線が絡んだ。
「本当に、すみませんでした」
頭を下げて深々と謝る浦原を見て、名無しは目を丸くさせた。
「謝る必要はないって言ったじゃないですか」
「でも怖かったでしょう」
間髪入れずに浦原から反論されれば、名無しは困ったように笑う。
「大丈夫でしたよ」
「嘘っス。さっきまで震えて、」
浦原の言葉を遮るように、包帯だらけの人差し指を立てて彼の口元へ当てる名無し。
「そりゃあ、少しは怖かったですけど。
大丈夫でしたよ。だって、ちゃんと浦原さん、来てくれたじゃないですか。」
怖かった。それは事実だ。
でも何とかなる。きっと来てくれる。
盲信にも近い確信を握り締めれば、諦めるという言葉は浮かんでこなかった。
そう答えて笑えば、感極まったように不意に抱きしめられた。
視界いっぱいに広がる、黒い死覇装。
僅かに香る薬品の匂い。
背中に回された腕が、痛いくらいだった。
「…浦原さん?」
「寿命、縮まるかと思ったっス」
バクバクなる心臓の音。
あぁ、彼もこんな風に怖い思いをするのか。
少しだけわいた親近感と、少々無茶を押し通そうとした自分を反省した。
「浦原さん、この流れで非常に言いづらいんですけど…その、」
きゅぅぅ…
空気をぶち壊すような、腹の虫。
切なそうに鳴いた音にお互いの空気が固まるのが嫌でも分かった。
「……気が緩んだら、その、お腹減ってきちゃいました」
もう時間は夕方だ。
朝食から何も口にしていなかったせいで、どうしても我慢出来なくなったのだ。
少し恥ずかしかったが、人間の三大欲求はどうしようもない。
途端に笑いを堪え始める浦原。
タイミングといい、あの間といい。
あぁ、なんだか無性に情けなくなってきた。穴があったら入りたい。
「奇遇っスね、ボクもお弁当頂くタイミングがなくって。」
帰ったらご飯、作って差し上げますね。
そう言って浦原はいつも通りの笑顔で、くしゃりと笑った。
その後、途轍もないゲテモノ飯が出てきたのは、また別のお話。