鈍色の業(中篇)
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「喜助。少しよいか?」
心地よい風が吹き抜ける、穏やかな午前。
昼食用の弁当を忘れて行った浦原に、名無しが隊首室へ届けに行っていた時のことだった。
艶やかな黒髪に、褐色の肌が酷く眩しい彼女。
ふわりと白い隊長羽織を揺らして、夜一がやってきた。
「どうされたんっスか?夜一サン。」
「少しな。すまぬが、名無し。少し席を外してくれぬか?」
にこりと微笑むが彼女の纏う空気が、どことなく切迫しているのが分かった。
「わかりました」と二つ返事で、名無しは早々と隊首室を後にした。
「…どしたんっスか?血相変えて。」
「『蛆虫の巣』から、初の脱走者じゃ」
それは一部の隊長格しか知らない、護廷十三隊の中でも秘匿にされている場所。
地下特別監理棟。通称・蛆虫の巣。
護廷十三隊内部の危険因子を『脱退』扱いし、秘密裏に監視下に置く施設。
かつて浦原が隠密機動に所属していた時、受け持っていた。
原則、蛆虫の巣には武器は持ち込み禁止だ。
だからこそ管轄する死神は『素手』で全員制圧できることが必須条件である。
涅マユリや阿近、他数名を技術開発局員としてスカウトして、地上へ連れ出したのは数年前の話だった。
「喜助。恐らく、脱走者の矛先はおぬしに向かうじゃろう」
それは腹いせ。復讐。まぁ色々あるだろう。
この男は各所から気に入られてはいるが、やっかみも多い。
それはいい。慣れているし、返り討ちにしてしまえばいい話だ。
そこで浦原は、スっと腹の底が冷える感覚がした。
そう。
自分だけなら、それで済む話なのだ。
「名無しサン、」
小さく呟いた名前。
思わず口にしてしまった言葉に、言い知れない不安が脳裏に過ぎった。
鈍色の業#壱
目を覚ませば、そこはあばら家に近い廃屋だった。
後ろ手で…恐らく粗末な荒縄だろう。手首を柱に括りつけられていて身動きができない。
思い切り頭を殴られたからか、未だに尾を引く痛みで頭がクラクラした。
「起きたか。」
声をかけてきたのは、大柄な男。
気絶する前に見た彼の姿は白い粗末な着物だったが、今は死神の死覇装を着ていた。
恐らく、一般隊士のものを奪ったのだろう。
彼と似たような体格の男性が、身ぐるみ剥がれた無残な姿で床に伏していた。
思わず目を背けたくなるような赤に、目眩を覚えた。
「帰って夕飯の支度をしなくちゃいけないんです。離していただけませんか?」
「そうもいかねぇな。お前は浦原喜助をおびき寄せる『餌』だからな。」
あぁ、なるほど。
確かに彼の身の回りで一番非力なのは間違いなく私だ。
あんな性格だ、確かに人から恨みを買っていても驚きはしない。
「あなたは?」
「蛆虫の巣から出てきた、危険因子とやらさ。名前なんか名乗っても、嬢ちゃんは死ぬんだ。必要ないだろう」
そういえば以前ひよ里から、浦原は『怪しい看守』をしていたと小耳に挟んだことがある。
脱獄でもしたのだろうか。そう考えたら何となく合点がついた。
「まだ死にたくはないですね。昨日作ったプリンもまだ食べていませんし。」
「悠長なことだ。泣いたり喚いたりもしねぇとは、可愛げのないこったな」
流石あのクズのお気に入り、といったところか。
そう言いながらせせら笑う男に対して、僅かに眉を顰める名無し。
「泣いたり喚いたりしても、仕方がないじゃないですか。うるさいから静かにさせてやる〜って殺されても馬鹿らしいですし。
人質なら大人しく待ってますよ。動けませんし」
「ま。そうしておいてくれや。目の前であの男が嬲り殺されるのを見ときな。」
自信たっぷりに笑う男から視線を逸らし、小さく息をつく。
そう。『今は』動けない。
だから慎重に気づかれないようにしなければ。
毛羽立った荒縄に爪を立てて、僅かに・そして静かに名無しは小さく毟った。
心地よい風が吹き抜ける、穏やかな午前。
昼食用の弁当を忘れて行った浦原に、名無しが隊首室へ届けに行っていた時のことだった。
艶やかな黒髪に、褐色の肌が酷く眩しい彼女。
ふわりと白い隊長羽織を揺らして、夜一がやってきた。
「どうされたんっスか?夜一サン。」
「少しな。すまぬが、名無し。少し席を外してくれぬか?」
にこりと微笑むが彼女の纏う空気が、どことなく切迫しているのが分かった。
「わかりました」と二つ返事で、名無しは早々と隊首室を後にした。
「…どしたんっスか?血相変えて。」
「『蛆虫の巣』から、初の脱走者じゃ」
それは一部の隊長格しか知らない、護廷十三隊の中でも秘匿にされている場所。
地下特別監理棟。通称・蛆虫の巣。
護廷十三隊内部の危険因子を『脱退』扱いし、秘密裏に監視下に置く施設。
かつて浦原が隠密機動に所属していた時、受け持っていた。
原則、蛆虫の巣には武器は持ち込み禁止だ。
だからこそ管轄する死神は『素手』で全員制圧できることが必須条件である。
涅マユリや阿近、他数名を技術開発局員としてスカウトして、地上へ連れ出したのは数年前の話だった。
「喜助。恐らく、脱走者の矛先はおぬしに向かうじゃろう」
それは腹いせ。復讐。まぁ色々あるだろう。
この男は各所から気に入られてはいるが、やっかみも多い。
それはいい。慣れているし、返り討ちにしてしまえばいい話だ。
そこで浦原は、スっと腹の底が冷える感覚がした。
そう。
自分だけなら、それで済む話なのだ。
「名無しサン、」
小さく呟いた名前。
思わず口にしてしまった言葉に、言い知れない不安が脳裏に過ぎった。
鈍色の業#壱
目を覚ませば、そこはあばら家に近い廃屋だった。
後ろ手で…恐らく粗末な荒縄だろう。手首を柱に括りつけられていて身動きができない。
思い切り頭を殴られたからか、未だに尾を引く痛みで頭がクラクラした。
「起きたか。」
声をかけてきたのは、大柄な男。
気絶する前に見た彼の姿は白い粗末な着物だったが、今は死神の死覇装を着ていた。
恐らく、一般隊士のものを奪ったのだろう。
彼と似たような体格の男性が、身ぐるみ剥がれた無残な姿で床に伏していた。
思わず目を背けたくなるような赤に、目眩を覚えた。
「帰って夕飯の支度をしなくちゃいけないんです。離していただけませんか?」
「そうもいかねぇな。お前は浦原喜助をおびき寄せる『餌』だからな。」
あぁ、なるほど。
確かに彼の身の回りで一番非力なのは間違いなく私だ。
あんな性格だ、確かに人から恨みを買っていても驚きはしない。
「あなたは?」
「蛆虫の巣から出てきた、危険因子とやらさ。名前なんか名乗っても、嬢ちゃんは死ぬんだ。必要ないだろう」
そういえば以前ひよ里から、浦原は『怪しい看守』をしていたと小耳に挟んだことがある。
脱獄でもしたのだろうか。そう考えたら何となく合点がついた。
「まだ死にたくはないですね。昨日作ったプリンもまだ食べていませんし。」
「悠長なことだ。泣いたり喚いたりもしねぇとは、可愛げのないこったな」
流石あのクズのお気に入り、といったところか。
そう言いながらせせら笑う男に対して、僅かに眉を顰める名無し。
「泣いたり喚いたりしても、仕方がないじゃないですか。うるさいから静かにさせてやる〜って殺されても馬鹿らしいですし。
人質なら大人しく待ってますよ。動けませんし」
「ま。そうしておいてくれや。目の前であの男が嬲り殺されるのを見ときな。」
自信たっぷりに笑う男から視線を逸らし、小さく息をつく。
そう。『今は』動けない。
だから慎重に気づかれないようにしなければ。
毛羽立った荒縄に爪を立てて、僅かに・そして静かに名無しは小さく毟った。