浦原隊長の食卓シリーズ

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名無しサン、たけのこって使います?」

夕方。
隊首私室に帰ってくると、真っ先に浦原が問うた。

「そうですね。アク抜きが少し手間ですけど…」
「ああ、よかった。沢山頂いちゃったんで、困ってたんっス」

そう言って、ずるり、ずるりと。
大風呂敷いっぱいに包まれた、筍の山、山、山。
窓を開け放ち、春の空気で満たされていた十二番隊隊首私室は、独特の山菜臭で満たされた。



浦原隊長の食卓-番外編#たけのこ



「限度があります。」
「いやぁ、断れなくて。」

形のいい眉で皺を寄せる名無し
彼女と紆余曲折あり同居し始めてしばらく経つが、こういった呆れ顔にさせるのは何度目だろう。

「アク抜きしたら半分ほど、どなたかにおすそ分けしてもいいかもしれませんね。」
「日持ちしないんっスか?」
「水を張って冷蔵庫保存なら一週間ほど持ちますが、この量を入れるわけにもいきませんし」
「なるほど。それもそうっスね」

他の野菜や常備菜、魚や肉を追い出せば入らないこともないが……現実的に見ておすそ分けするのが一番だろう。

「たけのこって何がオススメなんっスか?」
「そうですね。筑前煮、天ぷら、炊き込みご飯……新鮮なものであれば素焼きも美味しいでしょうね。」
「どれも捨てがたいっスね…」
「何から食べたいですか?」
「やっぱり炊き込みご飯っスかねぇ。」

独特な歯ごたえと春を感じさせる風味。
煮てもよし、揚げてもよし、炊いても焼いてもよし、と四拍子揃った旬の食材に、つい浦原はよだれが出そうになってしまう。

食に対して貪欲ではなかったはずなのだが、……まぁ変わってしまった原因は間違いなく目の前の少女だろう。

「それじゃあ明日の晩ご飯は炊き込みご飯にしましょう」
「それは楽しみっスね」

***

浦原は早く仕事を切り上げてしまいたかった。
なにせ今日の夕飯はたけのこの炊き込みご飯だ。
具材はなんだろう。
たけのこ、油揚げ、えのき…想像しただけでも腹の虫がなってしまいそうだ。

「そいや喜助。あの大量のたけのこ、どしたんや」
「ふふふ…なんと名無しサンが炊き込みご飯にしてくださるそうっス。近々、筑前煮や天ぷらもしてくださるそうで」

問うてきたひよ里に、まるで遠足前の子供のような笑顔で答える浦原。
それを羨ましがるわけでもなく、呆れるわけでもなく。ひよ里は眉を寄せて小さく首を傾げた。

「……あれ50個ほどあったやろ?」
「そうっスね。アク抜きしたらおすそ分けするって名無しサン言ってたんで、ひよ里サンもぜひ召し上がってくださいね」
「アホ!」

ポコン!

丸めた書類の、容赦ない一撃が浦原の頭にクリーンヒットする。
彼女からの理不尽な八つ当たりはこれが最初ではないが、どうも様子がおかしい。

「あのなぁ、たけのこのアク抜きは1回で一時間程掛かるんで。」
「へ」
「なぁにが『召し上がってくださいね』や。業者じゃないんや、アク抜きがどんだけ手間暇掛かると思うてんねん。」

台所にある大きめの鍋は合計二つ。
鍋に入る大きさを考えれば二つずつ煮るだろう。
単純計算、同時にアク抜きをしたとしても12時間ほど掛かってしまう。


――そういえば。


朝、自分よりも先に起きていた彼女は、少し眠そうではなかったか?
名無しが布団に入ったのは何時だ?
先に就寝してしまい、正確な時間が分からない。

名無しの性格。
アク抜きだけで使う時間。
たけのこの量。

自問自答の方程式は、簡単に解けてしまった。


***


息切れしながら走るなんて、らしくないと思った。
それでも走ってしまう。

『そうですね。アク抜きが少し手間ですけど…』

一本二本ならそうだろう。少しの手間で済んだであろうに。
これではただの嫌がらせだ。

『限度があります』と言いながら、彼女は呆れるだけだった。
どれだけ時間がかかることなのか、懇々と説教してくれたらどんなによかったことか。
そういう苦労を黙っているのは、本当に彼女らしい。
感心すると同時に、自分への叱咤がふつふつと湧き出てくる。


仕事を放り出し、隊首私室に辿り着いて、


名無しサン、すみません!帰りました!」


声を上げながら帰宅すれば、名無しは長椅子のソファに横になって仮眠をとっていた。
浦原の声にも気付かず、丸まって眠る姿はまるで動物のようだった。

働き者の小さな両手は、かぶれてしまったのか指先が赤くなっていた。
見るからに痒そうで、痛ましいことこの上ない。

台所には皮まで丁寧に剥かれたたけのこの山。
袋に小分けされ、お裾分けをする準備まで万全だ。

――一体、どれくらい時間がかかったのだろう。

自責の念がぽつり、ぽつりとインクのように胸の中で黒々と滲む。

やってしまった。
これは、忘れることが出来ない大失態だ。


***


「浦原さん、どうしたんですか?」

――時が経って。

浦原商店の台所に立つ名無しの後ろに、当たり前のように浦原が立っていた。

「今日の夕飯はたけのこの炊き込みご飯でしたっけ?」
「あ、はい。なので今からたけのこのアク抜きしようかと。」
「ボクがします。」
「へ?」

時々茶を入れる時くらいしか、台所に立つ機会はない。
が、これは汚名返上するチャンスだ。

例え名無しが気にしていなくとも、浦原はどうしても気になって仕方がなかった。
まるで喉に刺さった魚の小骨のようだ。

「えっと。じゃあお願いします。方法は分かりますか?」
「調べてたんで任せてくださいっス。」

用意周到なのが自分の最大の長所だ。
手荒れしないように台所用手袋と、アク抜き用の米ぬかはバッチリ用意していた。

「……もしかして、昔のことずーっと気にされてたとか?」
「まぁ、そうっスね」

流石、察しがいい。
百年くらい前の、浦原にとって苦い大失態もしっかり覚えているらしい。
嬉しいような、悲しいような。ちょっとばかし複雑だ。

「気にしなくていいのに。」
「当たり前のように食事が出てくることを享受していた、ボクへの罰だと思っててくださいっス。」

たけのこのアク抜きなんて、一瞬だと思っていた。
まぁそれを差し置いてもあのたけのこの量はなかっただろう。
物には限度というものがある。それを身をもって知った。


「じゃあ、お言葉に甘えて。」
「お任せ下さい。なんなら今日は馬車馬の如く使ってください、料理長」
「あはは。じゃあたまには一緒に料理しましょうか。」


嫌味のひとつ言わず、けたけたと愉しそうに笑う名無しを見て

『あぁ、やっぱり君の事が好きだ』

と、改めて自覚する、春の出来事だった。


一緒に作ったたけのこご飯の味が格別だったことは、言うまでもないだろう。





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