浦原隊長の食卓シリーズ
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それは、少し蒸し暑い夏の日。
夜になれば幾分か涼しくなるが、暦の上では文月――つまり7月だ。
どこかの隊士が窓際につけているのだろうか。
少し生ぬるい風が吹く度に、涼しげな風鈴の音が遠くから囁くように聴こえてくる。
気分的にはそれで涼しくなるし、実際機械類が殆ど置かれていない隊首私室は、窓を開け放てばそれなりに快適に過ごせる気温だ。
…と言っても夏はやはり苦手なので、『自給自足』を大義名分に、緑のカーテンを勝手に隊首私室でついつい栽培してしまったのだけど。
おかげでキュウリはお裾分けできるくらい立派に実った。
外を眺めれば、すっかり日は暮れてしまっている。
日中が長くなったとはいえ、とっぷり夜になってしまったこの時間帯は深夜に差しかかろうとしていた。
部屋の主は『今晩は遅くなりますから、ちゃんと戸締りして寝るんっスよ』と言っていた。
それはつい今朝の出来事だが、こうも一人で過ごしているとやはり時間の経過は緩やかに感じるもので。
(…ご飯食べずに仕事してるんだろうな。)
この部屋とは打って変わって機械が所狭しとひしめき合っている技術開発局は、いくら空調が効いているとはいえ、かなり暑い。
エアコンが壊れてしまっているのでは?と錯覚してしまう程に暑いのだ。
『落ち着いたら新しい空調設備開発したいっスねぇ』と浦原が呟いていたのを、名無しはしっかりと聞いていた。
風呂には、入った。
家事も一通り済ませた。
あとは布団に入って寝るだけなのだが、やはりどうしても寝付けない。
原因は、気を抜けばすぐ不摂生をする家主のせい……かもしれない。
「…よし。」
そんな手間はかからない。
ちょっと顔を見に行くだけだ。
寝間着用の浴衣の裾を巻き上げて、名無しは台所へ向かって行った。
***
一段落して大きく伸びをすれば、『ぐう』と何とも情けない音が部屋に鳴り響く。
マユリすら帰ってしまった技術開発局は浦原が残るのみで、当たり前だが辺りは驚く程に静まり返っていた。
(お腹、空いたっスね)
胃袋を掴まれている自覚はある。
私室に帰ればあたたかい夕飯。『おかえりなさい』の笑顔。ほかほかと沸かされた風呂。
それはお世辞にも短いとは言えない死神人生の中で初めて経験するものばかりで、少し擽ったく、言葉に出来ない喜びだった。
人間は一度そんな『贅沢』を味わったら、やはり一食抜いただけでも腹の虫は音を上げるわけで。
座り心地のいいワークチェアに深く腰掛けてしまえば、集中していたため感じなかった疲労感と空腹感が一気に襲いかかってくる。
そのうちひとつは三大欲求の一角だ。ついつい溜息だって漏れてしまう。
(夕飯は遠慮したから帰っても何もないでしょうし)
すっかり冷めてしまった湯呑みを傾ければ、何時間前にいれたか分からない緑茶が味気なく喉を通った。
コンコン、
技術開発局の扉が遠慮がちに叩かれた。
気配、というか…どうしても漏れてしまう霊圧で分かってしまう辺り、ちょっと笑ってしまいそうになる。
まぁ、技術開発局の扉をご丁寧にノックする人物はひとりしかいないのだけど。
「どしたんっスか?名無しサン。」
「わ。な、なんで分かったんですか?」
扉を開けて名前を呼べば、少し驚いたように目を丸くしている彼女の姿。
『だって霊圧駄々漏れっスから。』…と言いかけたが、何となく浪漫がない。とりあえず、ぐっと言葉を呑み込んで「勘っスかね」と適当に笑っておいた。
名無しが持っている盆の上には、焼きおにぎり、涼しげなガラスの器、急須、鮭のほぐし身にきゅうりの浅漬け…他、少しずつ。
夜食だろうか。それを見た瞬間再び腹の虫がぐうと鳴った。
「もしかして、ちょうど良かったです?」
「お恥ずかしい限りっス」
クスクス笑う彼女を技術開発局の中に通し、ふと気がついた。
風呂に入った後なのだろう、羽織もなく浴衣一枚の姿。
不意に名無しを見下ろせば、柔らかそうな胸の谷間が視界に入る。あぁ、和服って罪深い。
書類が乱雑に広がった机を適当に片付ければ、食事をするスペースが出来上がる。
その片付け方に苦笑いする彼女は「忙しそうですね」と小さく笑うのだった。
「今日のお夜食は冷や出汁茶漬けです。」
焼きおにぎりを冷やした出汁で崩しながら食べるらしい。
なるほど。だから鮭のほぐし身やら刻み海苔、大葉、梅干し、生姜、と薬味が用意されていたのか。
「暑いから丁度いいっスね」
「本当に。…相変わらずここ、空調効いてるのか効いてないのか分からないですね…」
一緒に暮らしていて分かったことがある。
名無しは夏がどうやら苦手らしい。
彼女曰く『寒いのは着込めばいいんですけど、暑いのはどうしようもないですから』とのこと。確かにそうかもしれない。
ガラスの器に焼きおにぎりを入れ、急須に入った冷や出汁をサラサラと掛ける。
鮭と海苔、大葉をのせれば夏らしい味わいのお茶漬けが出来た。
出汁も昆布とかつお節の風味がよく出ている。
焼きおにぎりの香ばしいお焦げが味のアクセントになっていた。
「いやぁ、美味しいっスね。夏バテしててもこれはいくらでも食べられますねぇ」
「お粗末さまです。素麺よりは腹持ちがいいかと思って。」
箸休めにきゅうりの浅漬けを齧れば、歯応えのいい音がポリポリと鳴る。
恐らく彼女が栽培しているきゅうりだろう。丁度いい塩梅の漬け具合だ。
浦原が夜食を食べている間、すっかり冷めてしまっていた湯呑みには、いつの間にか湯気が立ち上っていた。
給湯周りは勝手知ったる名無しがあたたかいお茶をいれてくれたようだ。
至れり尽くせりとは、まさにこの事だろう。
「あぁ、すみません。」
「いえいえ。お仕事、遅くまでお疲れ様です」
嫌な顔ひとつせず、自然な動作で茶を用意してくれる彼女は『気が利く』の一言に尽きる。
さぞかし嫁になったならその旦那は幸せ者だろう、と他人事のように考えた。
好いては、いる。
それは残念ながら自覚してしまったことだ。
けれど彼女は『人間』で、自分は『死神』で、
「浦原さん?」
「あ、なんっスか?すみません、考え事してて。」
「もう。これで私は部屋に戻りますね」
浦原が食べ終えた食器を片付け、名無しがゆっくり椅子から立ち上がる。
ここから隊首私室は遠くもないが、近くもない。
時計を見れば深夜と言える時間帯だった。
こんな夜道を一人で帰らせるには、瀞霊廷内と言えども心許ないのが事実だ。
「――じゃ、ボクも帰りましょうかね」
「…それ、私が夜食持ってきた意味なくないですか?」
「もう歳っスからァ。集中力切れちゃって」と笑って誤魔化せば、苦笑いしながら「ま、そんな時もありますよね」と名無しが笑い返した。
技術開発局の外へ踏み出せば、夏の湿っぽい――しかし室内よりは幾分か涼しい風が頬を撫でた。
浦原隊長の食卓#冷や出汁茶漬け
「あぁそうだ。名無しサンこれどーぞ」
「あの。この隊長羽織、大事なものなんじゃ…っていうか暑いです。大きいです。」
「まーまーいいからいいから。」
盆で両手が塞がった彼女に羽織を被せれば、至極不満そうに見上げられる。
『羽織着なきゃ、胸、見えそうっスよ』という言葉は、とりあえず呑み込んでおこう。
夜になれば幾分か涼しくなるが、暦の上では文月――つまり7月だ。
どこかの隊士が窓際につけているのだろうか。
少し生ぬるい風が吹く度に、涼しげな風鈴の音が遠くから囁くように聴こえてくる。
気分的にはそれで涼しくなるし、実際機械類が殆ど置かれていない隊首私室は、窓を開け放てばそれなりに快適に過ごせる気温だ。
…と言っても夏はやはり苦手なので、『自給自足』を大義名分に、緑のカーテンを勝手に隊首私室でついつい栽培してしまったのだけど。
おかげでキュウリはお裾分けできるくらい立派に実った。
外を眺めれば、すっかり日は暮れてしまっている。
日中が長くなったとはいえ、とっぷり夜になってしまったこの時間帯は深夜に差しかかろうとしていた。
部屋の主は『今晩は遅くなりますから、ちゃんと戸締りして寝るんっスよ』と言っていた。
それはつい今朝の出来事だが、こうも一人で過ごしているとやはり時間の経過は緩やかに感じるもので。
(…ご飯食べずに仕事してるんだろうな。)
この部屋とは打って変わって機械が所狭しとひしめき合っている技術開発局は、いくら空調が効いているとはいえ、かなり暑い。
エアコンが壊れてしまっているのでは?と錯覚してしまう程に暑いのだ。
『落ち着いたら新しい空調設備開発したいっスねぇ』と浦原が呟いていたのを、名無しはしっかりと聞いていた。
風呂には、入った。
家事も一通り済ませた。
あとは布団に入って寝るだけなのだが、やはりどうしても寝付けない。
原因は、気を抜けばすぐ不摂生をする家主のせい……かもしれない。
「…よし。」
そんな手間はかからない。
ちょっと顔を見に行くだけだ。
寝間着用の浴衣の裾を巻き上げて、名無しは台所へ向かって行った。
***
一段落して大きく伸びをすれば、『ぐう』と何とも情けない音が部屋に鳴り響く。
マユリすら帰ってしまった技術開発局は浦原が残るのみで、当たり前だが辺りは驚く程に静まり返っていた。
(お腹、空いたっスね)
胃袋を掴まれている自覚はある。
私室に帰ればあたたかい夕飯。『おかえりなさい』の笑顔。ほかほかと沸かされた風呂。
それはお世辞にも短いとは言えない死神人生の中で初めて経験するものばかりで、少し擽ったく、言葉に出来ない喜びだった。
人間は一度そんな『贅沢』を味わったら、やはり一食抜いただけでも腹の虫は音を上げるわけで。
座り心地のいいワークチェアに深く腰掛けてしまえば、集中していたため感じなかった疲労感と空腹感が一気に襲いかかってくる。
そのうちひとつは三大欲求の一角だ。ついつい溜息だって漏れてしまう。
(夕飯は遠慮したから帰っても何もないでしょうし)
すっかり冷めてしまった湯呑みを傾ければ、何時間前にいれたか分からない緑茶が味気なく喉を通った。
コンコン、
技術開発局の扉が遠慮がちに叩かれた。
気配、というか…どうしても漏れてしまう霊圧で分かってしまう辺り、ちょっと笑ってしまいそうになる。
まぁ、技術開発局の扉をご丁寧にノックする人物はひとりしかいないのだけど。
「どしたんっスか?名無しサン。」
「わ。な、なんで分かったんですか?」
扉を開けて名前を呼べば、少し驚いたように目を丸くしている彼女の姿。
『だって霊圧駄々漏れっスから。』…と言いかけたが、何となく浪漫がない。とりあえず、ぐっと言葉を呑み込んで「勘っスかね」と適当に笑っておいた。
名無しが持っている盆の上には、焼きおにぎり、涼しげなガラスの器、急須、鮭のほぐし身にきゅうりの浅漬け…他、少しずつ。
夜食だろうか。それを見た瞬間再び腹の虫がぐうと鳴った。
「もしかして、ちょうど良かったです?」
「お恥ずかしい限りっス」
クスクス笑う彼女を技術開発局の中に通し、ふと気がついた。
風呂に入った後なのだろう、羽織もなく浴衣一枚の姿。
不意に名無しを見下ろせば、柔らかそうな胸の谷間が視界に入る。あぁ、和服って罪深い。
書類が乱雑に広がった机を適当に片付ければ、食事をするスペースが出来上がる。
その片付け方に苦笑いする彼女は「忙しそうですね」と小さく笑うのだった。
「今日のお夜食は冷や出汁茶漬けです。」
焼きおにぎりを冷やした出汁で崩しながら食べるらしい。
なるほど。だから鮭のほぐし身やら刻み海苔、大葉、梅干し、生姜、と薬味が用意されていたのか。
「暑いから丁度いいっスね」
「本当に。…相変わらずここ、空調効いてるのか効いてないのか分からないですね…」
一緒に暮らしていて分かったことがある。
名無しは夏がどうやら苦手らしい。
彼女曰く『寒いのは着込めばいいんですけど、暑いのはどうしようもないですから』とのこと。確かにそうかもしれない。
ガラスの器に焼きおにぎりを入れ、急須に入った冷や出汁をサラサラと掛ける。
鮭と海苔、大葉をのせれば夏らしい味わいのお茶漬けが出来た。
出汁も昆布とかつお節の風味がよく出ている。
焼きおにぎりの香ばしいお焦げが味のアクセントになっていた。
「いやぁ、美味しいっスね。夏バテしててもこれはいくらでも食べられますねぇ」
「お粗末さまです。素麺よりは腹持ちがいいかと思って。」
箸休めにきゅうりの浅漬けを齧れば、歯応えのいい音がポリポリと鳴る。
恐らく彼女が栽培しているきゅうりだろう。丁度いい塩梅の漬け具合だ。
浦原が夜食を食べている間、すっかり冷めてしまっていた湯呑みには、いつの間にか湯気が立ち上っていた。
給湯周りは勝手知ったる名無しがあたたかいお茶をいれてくれたようだ。
至れり尽くせりとは、まさにこの事だろう。
「あぁ、すみません。」
「いえいえ。お仕事、遅くまでお疲れ様です」
嫌な顔ひとつせず、自然な動作で茶を用意してくれる彼女は『気が利く』の一言に尽きる。
さぞかし嫁になったならその旦那は幸せ者だろう、と他人事のように考えた。
好いては、いる。
それは残念ながら自覚してしまったことだ。
けれど彼女は『人間』で、自分は『死神』で、
「浦原さん?」
「あ、なんっスか?すみません、考え事してて。」
「もう。これで私は部屋に戻りますね」
浦原が食べ終えた食器を片付け、名無しがゆっくり椅子から立ち上がる。
ここから隊首私室は遠くもないが、近くもない。
時計を見れば深夜と言える時間帯だった。
こんな夜道を一人で帰らせるには、瀞霊廷内と言えども心許ないのが事実だ。
「――じゃ、ボクも帰りましょうかね」
「…それ、私が夜食持ってきた意味なくないですか?」
「もう歳っスからァ。集中力切れちゃって」と笑って誤魔化せば、苦笑いしながら「ま、そんな時もありますよね」と名無しが笑い返した。
技術開発局の外へ踏み出せば、夏の湿っぽい――しかし室内よりは幾分か涼しい風が頬を撫でた。
浦原隊長の食卓#冷や出汁茶漬け
「あぁそうだ。名無しサンこれどーぞ」
「あの。この隊長羽織、大事なものなんじゃ…っていうか暑いです。大きいです。」
「まーまーいいからいいから。」
盆で両手が塞がった彼女に羽織を被せれば、至極不満そうに見上げられる。
『羽織着なきゃ、胸、見えそうっスよ』という言葉は、とりあえず呑み込んでおこう。