#12.5 short story
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「ごめんくださーい」
ジリジリと日差しが照りつける瀞霊廷。
白い石畳からは陽炎が立ち上る真夏日に、名無しはとある場所を訪れていた。
「おお、いらっしゃい。いつものかい?」
「はい!」
甘酒と夏と冷酒
「今日も暑いですねぇ」
「全くだよ。こういう時は冷やした酒で一杯やりたいねぇ」
手でお猪口を持つ真似をして、目の前の初老の店主が笑う。
お代のお釣りを受け取った後「モノを取ってくるから、そこで涼んでな」と言われ、風鈴が涼しげな音を立てる軒先で壁に凭れた。
夏の空気の匂いが風にのって運ばれてくる。
照りつける日差しは弱まる気配がなく、きっと夕方までずっとこの調子なのだろう。
瀞霊廷に蝉はいないのだろうか、こんなに猛暑日だというのに鳴き声は一切聞こえてこなかった。
石畳の揺れる陽炎の向こうで、何度か見た事のある人物がこちらに向かってくるのが見えた。
恐らく、彼なら行き先はこの店だろう。間違いない。
「京楽隊長、こんにちは」
「おや、名無しちゃん。偉いねぇ、おつかいかい?」
「いえ、その…甘酒を買いに」
「あー夏だもんねぇ」
相変わらず華やかな女物の羽織を肩に掛け、京楽が店の暖簾をくぐる。
そう。この店は酒屋だ。
価格もリーズナブルな割に、珍しい酒も取り扱っている。酒飲みの間では有名な店らしい。
「名無しちゃん、待たせたな。…おや、京楽隊長。らっしゃい」
「どーも。おやっさん、いつもの」
甘酒を受け取り、持ってきていた大きめの袋に詰め込む。瓶なので割れてしまわないように細心の注意を払わなければ。
京楽は常連なのだろう。
店主が棚に並べていた酒を一本取り出し、京楽へ差し出した。
「はいはい。夏だからね、冷やして飲むんですかい?」
「そぉなんだよ。でも、アテを何にしようか迷っててね」
冷奴も飽きちゃったし、と言いながら京楽が困ったように笑う。
「それなら名無しちゃんに作ってもらったらどうだい?」
袋に詰めて肩にかけた時だった。
不意に出てくる自分の名前におもわず振り返れば、店主と京楽の二人と目が合った。
「へ?でも、」
「な。いいだろ、名無しちゃん。
隊長も一度食ってみなって。彼女、本当にアテを作るの最高に美味いからよ」
「いやぁ、でも悪いし。」
「いいですよ」
「え。いいの?」
二つ返事で了承すれば、目の前の隊長は大層驚いた。
***
隊首私室に戻り、名無しちゃんは冷蔵庫を開けた。
生鮮食品がきちんと整理された冷蔵庫は圧巻の一言に尽きる。彼女の几帳面な性格がよく出ていた。
「イカのたらこ和えでも作りましょうか」
「美味しそうだねぇ。いつも浦原隊長に作ってあげてるのかい?」
興味津々で台所を覗き込めば、少し恥ずかしそうに彼女は笑った。
まだ幼さの残る手元だが、料理をする手付きは職人のようだった。
イカを丁寧に洗い、細切りにする。
板前のようなテキパキとした動きは見ていて気持ちが良かった。
「それくらいしかお手伝いできませんし、置いてもらっている身ですから。
…あぁ、でもお酒はあまりここでは飲まれないので、作っているのは普通の食事ばかりですよ」
その後、辛子明太子を包丁で扱き出し、塩を振ったイカと和える。
仕上げに酢橘を絞れば、完成らしい。
「試食、是非してみて下さい」と笑顔で差し出される。
イカと明太子の、赤と白の艶やかな色合いが食欲をそそった。
それに、よく冷えた海鮮というのがまた良い。冷酒に合わないわけがない。
「いただきます」
「どうぞ。」
渡された箸でひとつまみして、口に放り込む。
イカの柔らかい食感と、辛子明太子のプチプチとした歯触りが美味しい。
酢橘の爽やかな風味も相まって、手放しで絶賛出来る味だった。
「すっごく美味しいよ。よくこんなの知ってたねぇ」
「祖父母が小料理屋していたので、色々教えて貰ったんです。だから、実際にお酒に合うかどうかは、お酒を飲んだことないのでわからないんですけどね」
保冷用の器に入れて、丁寧に包む名無しちゃん。絶対この子将来いいお嫁さんになる。
ふと台所に目を向ければ、冷蔵庫に入れられていない甘酒が目に入る。
もしかして、
「甘酒で何か作っちゃうのかい?」
「察しがいいですね。甘酒のわらび餅を、十二番隊の方々に差し入れしようかと思って」
ほら、皆さん不摂生になりがちですし、身体に優しい差し入れをしたくて。
そう言いながら笑う彼女。本当に、将来が楽しみだ。
「いいねぇ、それ。少し分けてもらってもいいかい?浮竹に持って行ってやりたくてさ」
「もちろん。甘酒は飲む点滴って言われていますし。ぜひ浮竹さんに召し上がってもらってください」
ニコニコと上機嫌で次の支度を進める彼女を見て、気難しい山爺が気に入るのも何となく分かった気がした。
「ね、ここでお酒開けちゃっていいかな?」
「駄目ですよ、お昼からお酒なんて。夜、ゆっくり召し上がってくださいな」
甘酒と片栗粉を丁寧に混ぜながら、困ったように目の前の彼女は笑った。
ジリジリと日差しが照りつける瀞霊廷。
白い石畳からは陽炎が立ち上る真夏日に、名無しはとある場所を訪れていた。
「おお、いらっしゃい。いつものかい?」
「はい!」
甘酒と夏と冷酒
「今日も暑いですねぇ」
「全くだよ。こういう時は冷やした酒で一杯やりたいねぇ」
手でお猪口を持つ真似をして、目の前の初老の店主が笑う。
お代のお釣りを受け取った後「モノを取ってくるから、そこで涼んでな」と言われ、風鈴が涼しげな音を立てる軒先で壁に凭れた。
夏の空気の匂いが風にのって運ばれてくる。
照りつける日差しは弱まる気配がなく、きっと夕方までずっとこの調子なのだろう。
瀞霊廷に蝉はいないのだろうか、こんなに猛暑日だというのに鳴き声は一切聞こえてこなかった。
石畳の揺れる陽炎の向こうで、何度か見た事のある人物がこちらに向かってくるのが見えた。
恐らく、彼なら行き先はこの店だろう。間違いない。
「京楽隊長、こんにちは」
「おや、名無しちゃん。偉いねぇ、おつかいかい?」
「いえ、その…甘酒を買いに」
「あー夏だもんねぇ」
相変わらず華やかな女物の羽織を肩に掛け、京楽が店の暖簾をくぐる。
そう。この店は酒屋だ。
価格もリーズナブルな割に、珍しい酒も取り扱っている。酒飲みの間では有名な店らしい。
「名無しちゃん、待たせたな。…おや、京楽隊長。らっしゃい」
「どーも。おやっさん、いつもの」
甘酒を受け取り、持ってきていた大きめの袋に詰め込む。瓶なので割れてしまわないように細心の注意を払わなければ。
京楽は常連なのだろう。
店主が棚に並べていた酒を一本取り出し、京楽へ差し出した。
「はいはい。夏だからね、冷やして飲むんですかい?」
「そぉなんだよ。でも、アテを何にしようか迷っててね」
冷奴も飽きちゃったし、と言いながら京楽が困ったように笑う。
「それなら名無しちゃんに作ってもらったらどうだい?」
袋に詰めて肩にかけた時だった。
不意に出てくる自分の名前におもわず振り返れば、店主と京楽の二人と目が合った。
「へ?でも、」
「な。いいだろ、名無しちゃん。
隊長も一度食ってみなって。彼女、本当にアテを作るの最高に美味いからよ」
「いやぁ、でも悪いし。」
「いいですよ」
「え。いいの?」
二つ返事で了承すれば、目の前の隊長は大層驚いた。
***
隊首私室に戻り、名無しちゃんは冷蔵庫を開けた。
生鮮食品がきちんと整理された冷蔵庫は圧巻の一言に尽きる。彼女の几帳面な性格がよく出ていた。
「イカのたらこ和えでも作りましょうか」
「美味しそうだねぇ。いつも浦原隊長に作ってあげてるのかい?」
興味津々で台所を覗き込めば、少し恥ずかしそうに彼女は笑った。
まだ幼さの残る手元だが、料理をする手付きは職人のようだった。
イカを丁寧に洗い、細切りにする。
板前のようなテキパキとした動きは見ていて気持ちが良かった。
「それくらいしかお手伝いできませんし、置いてもらっている身ですから。
…あぁ、でもお酒はあまりここでは飲まれないので、作っているのは普通の食事ばかりですよ」
その後、辛子明太子を包丁で扱き出し、塩を振ったイカと和える。
仕上げに酢橘を絞れば、完成らしい。
「試食、是非してみて下さい」と笑顔で差し出される。
イカと明太子の、赤と白の艶やかな色合いが食欲をそそった。
それに、よく冷えた海鮮というのがまた良い。冷酒に合わないわけがない。
「いただきます」
「どうぞ。」
渡された箸でひとつまみして、口に放り込む。
イカの柔らかい食感と、辛子明太子のプチプチとした歯触りが美味しい。
酢橘の爽やかな風味も相まって、手放しで絶賛出来る味だった。
「すっごく美味しいよ。よくこんなの知ってたねぇ」
「祖父母が小料理屋していたので、色々教えて貰ったんです。だから、実際にお酒に合うかどうかは、お酒を飲んだことないのでわからないんですけどね」
保冷用の器に入れて、丁寧に包む名無しちゃん。絶対この子将来いいお嫁さんになる。
ふと台所に目を向ければ、冷蔵庫に入れられていない甘酒が目に入る。
もしかして、
「甘酒で何か作っちゃうのかい?」
「察しがいいですね。甘酒のわらび餅を、十二番隊の方々に差し入れしようかと思って」
ほら、皆さん不摂生になりがちですし、身体に優しい差し入れをしたくて。
そう言いながら笑う彼女。本当に、将来が楽しみだ。
「いいねぇ、それ。少し分けてもらってもいいかい?浮竹に持って行ってやりたくてさ」
「もちろん。甘酒は飲む点滴って言われていますし。ぜひ浮竹さんに召し上がってもらってください」
ニコニコと上機嫌で次の支度を進める彼女を見て、気難しい山爺が気に入るのも何となく分かった気がした。
「ね、ここでお酒開けちゃっていいかな?」
「駄目ですよ、お昼からお酒なんて。夜、ゆっくり召し上がってくださいな」
甘酒と片栗粉を丁寧に混ぜながら、困ったように目の前の彼女は笑った。
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