星霜を辿る
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今日は疲れた。
立て続けに運ばれる患者。血の鉄臭い臭いと、消毒液の香り、そして肉が膿んだ時のツンとした腐臭。
怪我の治療は反転術式でひゅーんのひょいだけど、呪いの解呪となると話は別である。
イタチごっこに近い、対症療法。
時間経過によって解呪されるとはいえ、体の一部が腐っていく様を放っておくわけにもいかない。
治しては腐る。腐っては治す。その繰り返し。
人の気配がない談話室のソファに深く腰掛ければ、自然と腹の底から溜め息が溢れた。
五条や夏油、名無しは寝ているか、遊んでいるか、はたまた任務だったか。
他人のスケジュールを把握する余裕すらなかった一日だった。
ぐう、と鳴った腹の音。
そういえば昼から何も食べていない。
ダイエットには丁度いいと開き直っていたが、流石にこの時間となると食欲の方に軍配が上がる。
かといって動けない。動きたくない。なんならこのまま寝てしまいたい。
どうせ寮の談話室だ。教師の出入りもこの時間帯なら殆どないし、同級生だって殆ど出歩かない。
諦めて瞼を閉じ、意識を落とそうとした。
「家入さん?」
声を掛けてきたのは、人畜無害が服を着て歩いているような同級生。
楽そうなパーカーに、ジャージのズボン。
どこか外へ出歩いていたのか、スニーカーはまだ真新しい土がついていた。
制服を着ているから男子だと判別出来るが、私服だと女子に見えなくもないな、と家入はぼんやり見上げる。
「……何してんの、こんなド深夜」
「あー…小腹が空いたからおにぎりでも作って部屋で食べようかと思って。」
名無しが持っているもの。
おにぎり二つと目玉焼きがのせられた皿。そしてインスタントの味噌汁が入ったマグカップ。
一見すると朝食のようなメニューだが、手軽に作れて小腹を満たすには十分だろう。
「食べる?」
「食べる。」
名無しの問いかけに二つ返事で答える家入。
空腹時の嗅覚はどうしてこうも敏感になるのだろう。
味噌汁の香り、香ばしい目玉焼きの匂い、お手本のようなおにぎりから香る海苔。
全てがパーフェクトだった。
「……塩加減が沁みる…」
「ごめん、辛かった?」
「んーん。丁度いい。昼から食べてなかったから超おいしー…」
家入が味噌汁を味わうように口に含んでいると、名無しは困ったような顔で苦笑いを浮かべる。
「身体に悪いよ。」
「時間がなかったから」
「それでも。」
家入の術式に代わりは中々ない。
通常の医療行為で事足りるならそれで十分だが、呪いを込められた傷となるとそうもいかない。
家入自身、そんなことは分かっているし、覚悟している。
だから弱音を吐くことはないし、投げ出したりすることも決してない。
だが、身体と体力は疲労に正直だ。
規則正しい生活をしなければ疲労感が抜けないだなんて、人体の習性はやっかいである。
「自販機であったかいお茶買ってくるから、待ってて。」
困ったように名無しが笑う。
寮の談話室から遠ざかる少し早い足音に耳を傾けながら、家入は目玉焼きに割り箸を差し込んだ。
***
聞き慣れた携帯電話のアラームで目を覚ますと、そこは自室ではなかった。
朝の光が差し込む談話室。
床へ転がり落ちないようにと気を遣われたのだろう。三人掛けのソファで横になっていたら、横付けするように更に三人掛けソファが増えて囲まれていた。
肩までしっかり掛けられたふかふかの毛布。頭の下に入れられたクッション。
更には携帯電話の電池がなくならないよう、ご丁寧に充電ケーブルまで用意され充電済みになっている。
側のテーブルに用意された、すっかり常温になってしまった緑茶の缶。
下敷きになっていたブルーの付箋には『部屋に送ろうかと思ったけど、女の子の部屋だからやめといた。ごめんね。』なんてわざわざメモまで用意されている。
名前を書いていないが、誰が残した書き置きか考えるまでもなかった。
(いや、オカンじゃん。)
善良すぎて目眩がする。
入学してまだ二ヶ月だが、名無しのあの毒気を抜かれる甲斐甲斐しさは、術師としてやっていけるのか心配になる程だ。
あのアクが強すぎる──卒業生である歌姫先輩にはクズと称された──男子二人によくもまぁいびられないものだと感心してしまう。
(……まぁ、五条が煽ってものらりくらり躱してるもんな)
腹のひとつ立てるものかと思いきや、のほほんと笑っているのだから彼は立派な大人である。
ふぁ、と欠伸をひとつ零し、二度寝でもするかともう一度身体を倒した時。
「家入さん、流石にここで二度寝は駄目だよ。朝ごはん、寮母さんに用意してもらっておくからシャワー浴びておいで。」
実に絶妙なタイミングでソファの背もたれから覗き込んでくる名無しの影が落ちた。
07.深夜残業と夜食
「…………おはよ」と挨拶すれば「おはよう。」と微笑まれた。
どうやら公共の場での二度寝は許して貰えないらしい。
立て続けに運ばれる患者。血の鉄臭い臭いと、消毒液の香り、そして肉が膿んだ時のツンとした腐臭。
怪我の治療は反転術式でひゅーんのひょいだけど、呪いの解呪となると話は別である。
イタチごっこに近い、対症療法。
時間経過によって解呪されるとはいえ、体の一部が腐っていく様を放っておくわけにもいかない。
治しては腐る。腐っては治す。その繰り返し。
人の気配がない談話室のソファに深く腰掛ければ、自然と腹の底から溜め息が溢れた。
五条や夏油、名無しは寝ているか、遊んでいるか、はたまた任務だったか。
他人のスケジュールを把握する余裕すらなかった一日だった。
ぐう、と鳴った腹の音。
そういえば昼から何も食べていない。
ダイエットには丁度いいと開き直っていたが、流石にこの時間となると食欲の方に軍配が上がる。
かといって動けない。動きたくない。なんならこのまま寝てしまいたい。
どうせ寮の談話室だ。教師の出入りもこの時間帯なら殆どないし、同級生だって殆ど出歩かない。
諦めて瞼を閉じ、意識を落とそうとした。
「家入さん?」
声を掛けてきたのは、人畜無害が服を着て歩いているような同級生。
楽そうなパーカーに、ジャージのズボン。
どこか外へ出歩いていたのか、スニーカーはまだ真新しい土がついていた。
制服を着ているから男子だと判別出来るが、私服だと女子に見えなくもないな、と家入はぼんやり見上げる。
「……何してんの、こんなド深夜」
「あー…小腹が空いたからおにぎりでも作って部屋で食べようかと思って。」
名無しが持っているもの。
おにぎり二つと目玉焼きがのせられた皿。そしてインスタントの味噌汁が入ったマグカップ。
一見すると朝食のようなメニューだが、手軽に作れて小腹を満たすには十分だろう。
「食べる?」
「食べる。」
名無しの問いかけに二つ返事で答える家入。
空腹時の嗅覚はどうしてこうも敏感になるのだろう。
味噌汁の香り、香ばしい目玉焼きの匂い、お手本のようなおにぎりから香る海苔。
全てがパーフェクトだった。
「……塩加減が沁みる…」
「ごめん、辛かった?」
「んーん。丁度いい。昼から食べてなかったから超おいしー…」
家入が味噌汁を味わうように口に含んでいると、名無しは困ったような顔で苦笑いを浮かべる。
「身体に悪いよ。」
「時間がなかったから」
「それでも。」
家入の術式に代わりは中々ない。
通常の医療行為で事足りるならそれで十分だが、呪いを込められた傷となるとそうもいかない。
家入自身、そんなことは分かっているし、覚悟している。
だから弱音を吐くことはないし、投げ出したりすることも決してない。
だが、身体と体力は疲労に正直だ。
規則正しい生活をしなければ疲労感が抜けないだなんて、人体の習性はやっかいである。
「自販機であったかいお茶買ってくるから、待ってて。」
困ったように名無しが笑う。
寮の談話室から遠ざかる少し早い足音に耳を傾けながら、家入は目玉焼きに割り箸を差し込んだ。
***
聞き慣れた携帯電話のアラームで目を覚ますと、そこは自室ではなかった。
朝の光が差し込む談話室。
床へ転がり落ちないようにと気を遣われたのだろう。三人掛けのソファで横になっていたら、横付けするように更に三人掛けソファが増えて囲まれていた。
肩までしっかり掛けられたふかふかの毛布。頭の下に入れられたクッション。
更には携帯電話の電池がなくならないよう、ご丁寧に充電ケーブルまで用意され充電済みになっている。
側のテーブルに用意された、すっかり常温になってしまった緑茶の缶。
下敷きになっていたブルーの付箋には『部屋に送ろうかと思ったけど、女の子の部屋だからやめといた。ごめんね。』なんてわざわざメモまで用意されている。
名前を書いていないが、誰が残した書き置きか考えるまでもなかった。
(いや、オカンじゃん。)
善良すぎて目眩がする。
入学してまだ二ヶ月だが、名無しのあの毒気を抜かれる甲斐甲斐しさは、術師としてやっていけるのか心配になる程だ。
あのアクが強すぎる──卒業生である歌姫先輩にはクズと称された──男子二人によくもまぁいびられないものだと感心してしまう。
(……まぁ、五条が煽ってものらりくらり躱してるもんな)
腹のひとつ立てるものかと思いきや、のほほんと笑っているのだから彼は立派な大人である。
ふぁ、と欠伸をひとつ零し、二度寝でもするかともう一度身体を倒した時。
「家入さん、流石にここで二度寝は駄目だよ。朝ごはん、寮母さんに用意してもらっておくからシャワー浴びておいで。」
実に絶妙なタイミングでソファの背もたれから覗き込んでくる名無しの影が落ちた。
07.深夜残業と夜食
「…………おはよ」と挨拶すれば「おはよう。」と微笑まれた。
どうやら公共の場での二度寝は許して貰えないらしい。