星霜を辿る
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「あ、ライター忘れた。」
怪我に備えて待機している家入が、ポケットを漁りながらポツリと呟く。
「ちょっと待って。」
彼女が咥えていたタバコの先端を名無しが摘めば、チリッと巻紙の焦げる匂いが鼻についた。
タバコのフィルター越しに息を吸う。
小さな火種は刻 に移り、吸い慣れたタールの匂いがゆらりと香った。
「はい。」
「…術式?」
「うん。」
ライター要らずになる術式だなんて、家入からすれば素直に羨ましい術式だった。
「いいな、便利じゃん」と口をついて出た言葉は、率直な賞賛だ。
「キャンプとか超ラクになるよ。」
「地味〜」
「僕もそう思う。」
帳を降ろしたままの名無しは、片手で結んだ掌印を崩すことなく小さく頷いた。
「それにしてもアイツらはドッカンドッカンと派手だよね」
「補助監督さん、泡吹いて倒れたけど大丈夫かな…」
「脈拍も安定してるし、大丈夫でしょ」
「あー…うん、そっちじゃなくて。」
建物をなるべく壊すなと夜蛾から言われていたはず。
が、残念ながらご覧の有様だ。
帳の中では五条の術式による建物の破壊、呪霊操術による爆発。つまり夜蛾の釘刺しは形骸化していた。
後処理の事を考えると補助監督の苦労が忍ばれる。
お陰で小心者そうな補助監督は、一度目の爆発音で見事に泡吹いて倒れてしまった。
解けた帳を慌てて降ろし直し、名無しは呆れた顔で小綺麗だった廃ビルを眺める。
発端は五条の『どっちが多く呪霊を祓うか勝負しようぜ』なんて言い出したせいだ。
名無しは『パス』と一抜け宣言。夏油も『悟、これは任務だよ』と諭したものの……
『なんだよ、ビビってんの?』と、五条が放った何とも安い挑発に夏油が乗ってしまった結果、こうなった。
「名無しは──なんというか、人畜無害だよね。」
「ありがとう。あの暴れん坊将軍達と同類って言われたら枕を濡らしてたかも」
「あれはガキすぎ。」
「まぁついこの間まで中学生だったし」
「他人事みたいに言うじゃん」
「あそこまでお子ちゃまじゃないからね、僕。」
彼らに聞かれた日には新たな争いの火種になるに違いないが、家入とて軽々しく口を滑らしたりはしない。
「五条の場合は張り合う相手が出来て大はしゃぎしてるだけでしょ。中学生っていうか、小学生の悪ガキレベルじゃん」
「うーん、正論の切れ味がすごい」
名無しがしみじみ呟くと同時に、帳から飛び出すように出てくる二つの人影。
「よっしゃ!俺の勝ちィ!」
「こっちは取り込む手間があるんだよ、悟。第一、私は競争に乗るとは一言も言ってないよ」
「あ!後出しはズリィだろ!」
とは言うものの、確かに一言も『いいだろう、勝負だ』と夏油は言っていない。
「そりゃ言質取ってない五条がダメだな」
「はぁ〜?後からネチネチ言い訳する方がズリィだろ。なぁ、名無し!」
煙草をふかしながら家入が夏油側につく。
旗色が悪くなってきた五条は、帳を解いている最中の彼に同意を求めた。
「…言質がないのは、ちょっと裁判的に弱いかなぁ」
「五条、敗訴〜」
けらけら笑いながら家入が煙草の火を消す。
携帯灰皿へ吸殻を捨てる彼女をじとりと見遣りながら、五条は呪詛のように「ンだよ、全員傑の味方かよ…」と文句を零した。
「まあまあ。二人とも頑張ったで賞ってことでいいんじゃないか?こんなに早く終わるとは思わなかったし」
「流石特級〜」と拍手を贈る名無しはのほほんと笑うばかり。
臍を曲げそうだった五条は「ったり前だろ。」と勝ち誇るように笑みを浮かべた。意外と単純である。
「にしても名無しはもうちょい頑張れよな。四級ってお前な…」
「ぼちぼち頑張るよ、死なない程度に」
「だな。弱ェヤツからすぐ死ぬんだからよ」
「こら、悟。」
縁起でもない。
五条の失言を夏油が諌めるが、当人達は何が駄目なのか分かっていないらしい。
「何だよ、正論だろ。」
「正論だね。」
言われた本人すら首を傾げる始末だ。
嫌味のつもりで言った気がない五条と、そもそも嫌味だと気づいていない様子の名無し。
夏油は「えぇ…?」と目を細め、家入に至っては「やめときな、不毛だよ」と首を振っている。
「そうそう。はい、頑張ったで賞。」
呑気な名無しはポケットから飴を取り出す。
五条にはとびきり甘い飴。夏油にはミント味ののど飴。
「大阪のおばちゃんじゃん。」と家入のツッコミに、名無しは「せめておじちゃんにしてー」と笑うのであった。
***
「硝子は決まったかい?」
「ん。ホットコーヒーとポテトの小さいヤツ」
「じゃあ私はダブルチーズバーガーのセット2つ、飲み物はスプライトで。あとチキンフィレオの単品1つと、ナゲット1つでマスタードソース。」
軽食で済ませる家入と、スラスラとメニューを読み上げる夏油の食事量は対照的だ。
任務帰り。顔色の悪い補助監督は後処理のため逃げ帰るように高専へ戻って行った。
現地解散するのかと思いきや、五条の『なんか腹減ったな』という一言で、ファーストフード店へ足を運ぶことになった。
しかし、言い出しっぺの五条はというと、興味深そうに店内の様子やメニューを忙しなく観察してる。
まるで未知の世界に足を踏み入れた、異邦人のようだ。
「名無しは?」
「僕はアップルパイとホットコーヒーで。」
「悟は決まったかい?」
「ん?あー……じゃあ、傑と同じヤツ」
大丈夫なのか、あの量を。
自分でメニューを読み上げるつもりがないのか、はたまた注文方法が分からないのか。
何ともやる気のない注文であった。
しかし、理由は商品をテーブルに並べて判明する。
「悟、食べないのかい?」
大きな口でチキンフィレオにかぶりつく夏油。
五条はというとサイドメニューのポテトをつまんでばかりでハンバーガーに手をつけていない。
逡巡した後、五条はポツリと声を漏らす。
「…………どうやって食うの?」
「マジか、このボンボン。」
「もしかして、マックは初めてなのかい?」
煙草のようにポテトを指でつまむ家入と、涼し気な目元を驚いたように丸くする夏油。
そんな事だろうと思った、と内心頷く名無し。
「つーか、外での買い食いが初。」
幼少期から懸賞金までかけられていたのだ。脱走はあれど、外で自由に遊ぶなんて以ての外だっただろう。
五条家の中で大事に育てられた結果、我儘で、世間知らずで、呪術以外はとんとからきしな青年になってしまった。
特殊な環境下の為、仕方ない。
むしろ大人になってあぁも完璧に自分の身の回りを整えられるのだから、この人は全方向に対して天才肌で努力家なのだろう。
名無しは食べかけのアップルパイをトレーに置き、五条の目の前で山積みになったバーガーのひとつを手に取った。
「包み紙を少し開けて、端っこの方から大きい口でガブッと食べるんだよ。」
丁寧に包み紙を剥き、食べやすいように五条へ手渡す。
「全部剥いたら中身零れるから、気をつけて」と一言添え、五条のドリンクにストローを挿してあげた。
「ん、ん〜!味付け濃いけど、うまっ!」
「よかったね。」
サングラス越しの青を輝かせ、もう一口とかぶりつく五条を見て、名無しは小さく頷く。
あまつさえ「ついてるよ、ケチャップ。」と五条の口の端についた汚れを、紙ナプキンで丁寧に拭ってやった。
そう、つい癖で。
「お母さんじゃん。」
「手馴れてるけど、名無しは弟か妹でもいるのかい?」
「よくわざとケチャップつけて『拭いて〜』って甘えてくる人がいたから」
「え、何。彼女?」
ここまで答えて『しまった』と名無しはフリーズする。
長年染み付いたクセで世話を焼いてしまった。
世話された当人はうまうまとご機嫌でハンバーガーを食べているが、他の二人が怪訝に思うのは無理もないだろう。
「あー…いや……父さんが。」
苦し紛れで出した名前も、後になって考えてみれば、厄介な親以外の何者でもなかった。
息子(?)に口元を拭いて♡とねだる父。どんな家庭環境だ。
05.はじめての
(お父さん、ごめーん…)
怪我に備えて待機している家入が、ポケットを漁りながらポツリと呟く。
「ちょっと待って。」
彼女が咥えていたタバコの先端を名無しが摘めば、チリッと巻紙の焦げる匂いが鼻についた。
タバコのフィルター越しに息を吸う。
小さな火種は
「はい。」
「…術式?」
「うん。」
ライター要らずになる術式だなんて、家入からすれば素直に羨ましい術式だった。
「いいな、便利じゃん」と口をついて出た言葉は、率直な賞賛だ。
「キャンプとか超ラクになるよ。」
「地味〜」
「僕もそう思う。」
帳を降ろしたままの名無しは、片手で結んだ掌印を崩すことなく小さく頷いた。
「それにしてもアイツらはドッカンドッカンと派手だよね」
「補助監督さん、泡吹いて倒れたけど大丈夫かな…」
「脈拍も安定してるし、大丈夫でしょ」
「あー…うん、そっちじゃなくて。」
建物をなるべく壊すなと夜蛾から言われていたはず。
が、残念ながらご覧の有様だ。
帳の中では五条の術式による建物の破壊、呪霊操術による爆発。つまり夜蛾の釘刺しは形骸化していた。
後処理の事を考えると補助監督の苦労が忍ばれる。
お陰で小心者そうな補助監督は、一度目の爆発音で見事に泡吹いて倒れてしまった。
解けた帳を慌てて降ろし直し、名無しは呆れた顔で小綺麗だった廃ビルを眺める。
発端は五条の『どっちが多く呪霊を祓うか勝負しようぜ』なんて言い出したせいだ。
名無しは『パス』と一抜け宣言。夏油も『悟、これは任務だよ』と諭したものの……
『なんだよ、ビビってんの?』と、五条が放った何とも安い挑発に夏油が乗ってしまった結果、こうなった。
「名無しは──なんというか、人畜無害だよね。」
「ありがとう。あの暴れん坊将軍達と同類って言われたら枕を濡らしてたかも」
「あれはガキすぎ。」
「まぁついこの間まで中学生だったし」
「他人事みたいに言うじゃん」
「あそこまでお子ちゃまじゃないからね、僕。」
彼らに聞かれた日には新たな争いの火種になるに違いないが、家入とて軽々しく口を滑らしたりはしない。
「五条の場合は張り合う相手が出来て大はしゃぎしてるだけでしょ。中学生っていうか、小学生の悪ガキレベルじゃん」
「うーん、正論の切れ味がすごい」
名無しがしみじみ呟くと同時に、帳から飛び出すように出てくる二つの人影。
「よっしゃ!俺の勝ちィ!」
「こっちは取り込む手間があるんだよ、悟。第一、私は競争に乗るとは一言も言ってないよ」
「あ!後出しはズリィだろ!」
とは言うものの、確かに一言も『いいだろう、勝負だ』と夏油は言っていない。
「そりゃ言質取ってない五条がダメだな」
「はぁ〜?後からネチネチ言い訳する方がズリィだろ。なぁ、名無し!」
煙草をふかしながら家入が夏油側につく。
旗色が悪くなってきた五条は、帳を解いている最中の彼に同意を求めた。
「…言質がないのは、ちょっと裁判的に弱いかなぁ」
「五条、敗訴〜」
けらけら笑いながら家入が煙草の火を消す。
携帯灰皿へ吸殻を捨てる彼女をじとりと見遣りながら、五条は呪詛のように「ンだよ、全員傑の味方かよ…」と文句を零した。
「まあまあ。二人とも頑張ったで賞ってことでいいんじゃないか?こんなに早く終わるとは思わなかったし」
「流石特級〜」と拍手を贈る名無しはのほほんと笑うばかり。
臍を曲げそうだった五条は「ったり前だろ。」と勝ち誇るように笑みを浮かべた。意外と単純である。
「にしても名無しはもうちょい頑張れよな。四級ってお前な…」
「ぼちぼち頑張るよ、死なない程度に」
「だな。弱ェヤツからすぐ死ぬんだからよ」
「こら、悟。」
縁起でもない。
五条の失言を夏油が諌めるが、当人達は何が駄目なのか分かっていないらしい。
「何だよ、正論だろ。」
「正論だね。」
言われた本人すら首を傾げる始末だ。
嫌味のつもりで言った気がない五条と、そもそも嫌味だと気づいていない様子の名無し。
夏油は「えぇ…?」と目を細め、家入に至っては「やめときな、不毛だよ」と首を振っている。
「そうそう。はい、頑張ったで賞。」
呑気な名無しはポケットから飴を取り出す。
五条にはとびきり甘い飴。夏油にはミント味ののど飴。
「大阪のおばちゃんじゃん。」と家入のツッコミに、名無しは「せめておじちゃんにしてー」と笑うのであった。
***
「硝子は決まったかい?」
「ん。ホットコーヒーとポテトの小さいヤツ」
「じゃあ私はダブルチーズバーガーのセット2つ、飲み物はスプライトで。あとチキンフィレオの単品1つと、ナゲット1つでマスタードソース。」
軽食で済ませる家入と、スラスラとメニューを読み上げる夏油の食事量は対照的だ。
任務帰り。顔色の悪い補助監督は後処理のため逃げ帰るように高専へ戻って行った。
現地解散するのかと思いきや、五条の『なんか腹減ったな』という一言で、ファーストフード店へ足を運ぶことになった。
しかし、言い出しっぺの五条はというと、興味深そうに店内の様子やメニューを忙しなく観察してる。
まるで未知の世界に足を踏み入れた、異邦人のようだ。
「名無しは?」
「僕はアップルパイとホットコーヒーで。」
「悟は決まったかい?」
「ん?あー……じゃあ、傑と同じヤツ」
大丈夫なのか、あの量を。
自分でメニューを読み上げるつもりがないのか、はたまた注文方法が分からないのか。
何ともやる気のない注文であった。
しかし、理由は商品をテーブルに並べて判明する。
「悟、食べないのかい?」
大きな口でチキンフィレオにかぶりつく夏油。
五条はというとサイドメニューのポテトをつまんでばかりでハンバーガーに手をつけていない。
逡巡した後、五条はポツリと声を漏らす。
「…………どうやって食うの?」
「マジか、このボンボン。」
「もしかして、マックは初めてなのかい?」
煙草のようにポテトを指でつまむ家入と、涼し気な目元を驚いたように丸くする夏油。
そんな事だろうと思った、と内心頷く名無し。
「つーか、外での買い食いが初。」
幼少期から懸賞金までかけられていたのだ。脱走はあれど、外で自由に遊ぶなんて以ての外だっただろう。
五条家の中で大事に育てられた結果、我儘で、世間知らずで、呪術以外はとんとからきしな青年になってしまった。
特殊な環境下の為、仕方ない。
むしろ大人になってあぁも完璧に自分の身の回りを整えられるのだから、この人は全方向に対して天才肌で努力家なのだろう。
名無しは食べかけのアップルパイをトレーに置き、五条の目の前で山積みになったバーガーのひとつを手に取った。
「包み紙を少し開けて、端っこの方から大きい口でガブッと食べるんだよ。」
丁寧に包み紙を剥き、食べやすいように五条へ手渡す。
「全部剥いたら中身零れるから、気をつけて」と一言添え、五条のドリンクにストローを挿してあげた。
「ん、ん〜!味付け濃いけど、うまっ!」
「よかったね。」
サングラス越しの青を輝かせ、もう一口とかぶりつく五条を見て、名無しは小さく頷く。
あまつさえ「ついてるよ、ケチャップ。」と五条の口の端についた汚れを、紙ナプキンで丁寧に拭ってやった。
そう、つい癖で。
「お母さんじゃん。」
「手馴れてるけど、名無しは弟か妹でもいるのかい?」
「よくわざとケチャップつけて『拭いて〜』って甘えてくる人がいたから」
「え、何。彼女?」
ここまで答えて『しまった』と名無しはフリーズする。
長年染み付いたクセで世話を焼いてしまった。
世話された当人はうまうまとご機嫌でハンバーガーを食べているが、他の二人が怪訝に思うのは無理もないだろう。
「あー…いや……父さんが。」
苦し紛れで出した名前も、後になって考えてみれば、厄介な親以外の何者でもなかった。
息子(?)に口元を拭いて♡とねだる父。どんな家庭環境だ。
05.はじめての
(お父さん、ごめーん…)