星霜を辿る
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「入学してくる同級生ってどんな人達なんだろうね。」
先日の買い物帰り、立ち寄ったスターバックスでコーヒーを飲みながら交わした会話。
まだ見ぬ級友に心を弾ませながら、私は目の前のクラスメイトに問いかけた。
「御三家から一人と、女の子が一人だったけ」
「五条君は業界だと有名なんだろ?名無しは知ってる?」
呪術界とは無縁の、一般家庭出身の私はこういった話には疎い。
夜蛾先生の遠縁の親戚とはいえ、少しでも呪術界に関わっているのなら知っていると思ったのだが──。
「いや、会ったこともないよ」
「そっか。それもそうか。うーん、少ない同級生だし、仲良くやれたらいいんだけど」
目の前の彼のように人当たりがいい人物とは限らない。
期待と不安が入り混じる溜息を小さく吐き出せば、ぬるくなったカフェラテを片手に、名無しはやわらかく目を細めて笑った。
「大丈夫だと思うよ、夏油くんなら。」
「その根拠は?」
社交辞令に近い、適当な励ましだろう。
じとりと名無しを見遣れば、確信めいた笑みを浮かべて口を開く。
「んん…………勘?」
「やっぱり。適当だなぁ。」
「じゃあ夏油くんは人タラシっぽいから、とか…?」
「最早悪口じゃないか、それ」
「褒めてるつもりだよ。」
屈折も捻りも嫌味すらない。
純粋な褒め言葉と錯覚してしまいそうになる、名無しの笑顔。
それを見て『なんか大丈夫な気がする』と思った私が馬鹿だった。
そして、現在。
入学式当日。
教室に入ってきた白髪にサングラス、私よりも更に高い長身。
立っているだけで存在感を放つ青年と目が合っての、放たれた第一声。
「変な前髪。」
「居眠り女」
「雑魚チビ。」
私。家入さん。名無し。
順番に指差しながら驚くほど悪気がない様子で、彼は暴言を吐き捨てた。
***
「名無し、私は五条君と仲良くなれなさそうだ。」
シャワーを浴び、洗濯物を回している最中。
私は談話室へ牛乳片手にのこのこやってきた名無しに対し、恨みがましい声で問いかけた。
誰だっけ。仲良くなれるだろうなんて楽観的なアドバイスをしたのは。
名無しは先程シャワーを浴びたばかりなのだろう。
濡れた黒髪を無造作に拭きながら、パック牛乳を飲み干す様子はまるで実家にいるような緩さである。
「落ち着きなよ。夏油くんの前髪は…あれだ。チャームポイント。」
「褒めてるのか?それ」
「勿論。」
本当だろうか。
あまりフォローに聞こえないのは私が苛立っているせいだからだろうか。
入学式の当日である今日は、実に衝撃的だった。
一言で言うなら、そう。疲れた。
「家入さん、教室入った途端寝始めたのは驚いたな」
「あー…あぁ、うん。寝不足だったのかも?」
「特に挨拶もなかったし、不良なのか…?家入さん…」
綺麗な顔。抜群のスタイル。
しかし如何せん、態度が悪い。今のところ殆ど喋っていない。
入学式の写真を撮る時も欠伸をしていた。
ある意味初手で喧嘩を売ってきた五条君よりも衝撃的だ。
「……むしろヤンキーなのは夏油くんも…大概な気がする」
「どこが?」
「えっ、どこがって。ボンタンと地下足袋?」
「下半身全部じゃないか。動きやすいよ。涼しいし」
「身長といい、服装といい、全体的に圧がすごい。」
「酷いな、自分では良識のある方だと思っていたんだが」
「絶対地元じゃブイブイ言わせてたくせに」
「少しだけだよ」
「少し……?」
制服をカスタマイズしてもいいと言われたからしただけなのにこの言われようである。
名無しの制服はというと、家入さんの制服を長ズボンに変えただけのもの。
制服の基本型から一切手を加えていないあたり、私服の拘りもない名無しらしいといえばらしかった。
「なぁ。」
降ってきた、まだ聞き慣れない声。
彼はまだ風呂に入る前なのか、カゴの中に入ったシャンプー類は一切濡れていなかった。
「なんだい?五条君。」
「洗濯物ってどーすんの?」
努めて冷静に返事をすれば、まさかの初歩的な質問。
私も別に実家では積極的に家事を手伝っていた方ではないが、洗濯機の使い方くらいは知っている。
「知らないのかい?洗濯機で回すんだよ。」
「知らねー。やったことねぇよ、ンなこと」
意地悪な返事をすれば怒るかと思いきや、本当に知らないらしい。
面食らうと同時に脇腹を小突かれる。
小突いた犯人である彼は何も言わない。
ただ、真っ直ぐこちらを見てくる視線は、言葉よりも雄弁に訴えていた。
『仲良くなるチャンス』と。
無駄な意地を張ったところで仕方がない。
わざわざ輪を乱すこともないかと諦め、私は髪を解いたまの頭を軽く掻いた。
「こっち。何を洗うんだい?」
「下着とシャツと靴下。」
***
私 の洗濯機が止まるまであと20分程。
携帯電話の時計を確認して、仮眠でも取ろうかと瞼を閉じた瞬間だった。
「なぁ。」
夏油くんは飲み物を買いに自販機へ行っている。
十中八九、主語のない声掛けは私に向けられたものだ。
目を開けばそこにはTシャツとジャージのラフな格好の青年。
シャワーから出たばかりなのか、髪から滴る雫を気にする素振りもなく、彼がやってきた。
「何?」
「何で呪われてんだ?お前」
一応、夏油くんがいない隙を狙って聞いてきたことから察するに、気をつかっているのだろうか?
もしかしたら偶然タイミングが重なっただけかもしれないが、それでも私にとって都合がよかった。
右手の薬指に収まっている呪物 はちゃんと効力がある、はず。
隠すように右手を握りしめ、小さく息を呑む。
「色々あって。解呪できないから半ば諦めてる。生活に支障はないし、伝染るものじゃないよ」
「ふーん。呪いの形がよく見えねぇから変だと思ったんだよな」
サングラスを取った彼が《よく見えない》と言わしめるのだから、効果はお墨付きだ。
それもそのはず。未来の彼に『僕も判別しにくくなるくらいだから、安心していいよ』と太鼓判を押されているのだ。
呑んだ息をそっと吐き出し、視線を自分の靴先に向ける。
彼が見れない。心臓が煩い。
私の知っている《彼》に比べて随分と無遠慮な声音だが、間違いなく本人だ。
生きている彼が、まだここにいる。
締め付けられるような息苦しさで視線が泳ぐ。
嬉しい。懐かしい。そして、少しだけ──さみしい。
純粋なはずの感情がぐちゃぐちゃになって、言い表せない濁った感情になる。
その感情の名前を、私は知っている。
これは、《焦燥感》だ。
「なぁ。名無しの下の名前は何?傑みたいに名前で呼んでもいい?」
今朝は《変な前髪》と悪口を叩いていたのに、もう洗濯機の一件で絆されたのか。
いや…そういえば彼は元々距離感が時折バグっていた。
世間知らずの坊ちゃんと、夏油くんの人あたりの良さが相性よかったのだろう。
私は『ほらみたことか、夏油傑。杞憂だったじゃないか』と内心舌打ちを零した。
──安心すると同時に、少しだけ腹が立つ。当然だ。
このまま私が何もせずにいれば、彼が最大の信頼を寄せる夏油くんは、手酷い方法で袂を分かつのだから。
私は目の前の彼と目を合わすことが出来ず、少し汚れたスニーカーの爪先を見下ろしながら答えた。
「気に入っていない名前だから言いたくないな。名字で呼んで欲しい」
「そんなに?」
「そんなに。」
「ふーん。じゃ、名無しで。俺の事は好きに呼べば?なんて呼ばれようが気にしねーし」
『えー、悟って呼んでくれないの?』
可愛子ぶった彼は、時折気味の悪い裏声で茶化していた。
それは恋仲になった時も変わらず、その時はただ『照れくさいから』『年上ですし』『担任を呼び捨てはちょっと』『世間体もありますし』とのらりくらりと躱していた。
──呼んであげれば、よかったな。今更後悔しても遅いんだけど。
「……じゃあ、五条さん。」
親愛を込めた呼び名は、酷く口に馴染む。
にも関わらず目の前の《五条悟》は不服そうに口先を尖らせ、空を閉じ込めたような青い瞳を不満げに細めた。
それもそうだ。彼は、《彼》じゃない。
少し若くて、まだ青く、最強に至っていない、呪術高等専門学校1年生の 五条悟だ。
「何でそんな他人行儀なんだよ。」
「…冗談だよ、五条くん。」
04.それは目が眩むほどの
あぁ。……ああ。
──少しだけ、泣きそうになっちゃった。
先日の買い物帰り、立ち寄ったスターバックスでコーヒーを飲みながら交わした会話。
まだ見ぬ級友に心を弾ませながら、私は目の前のクラスメイトに問いかけた。
「御三家から一人と、女の子が一人だったけ」
「五条君は業界だと有名なんだろ?名無しは知ってる?」
呪術界とは無縁の、一般家庭出身の私はこういった話には疎い。
夜蛾先生の遠縁の親戚とはいえ、少しでも呪術界に関わっているのなら知っていると思ったのだが──。
「いや、会ったこともないよ」
「そっか。それもそうか。うーん、少ない同級生だし、仲良くやれたらいいんだけど」
目の前の彼のように人当たりがいい人物とは限らない。
期待と不安が入り混じる溜息を小さく吐き出せば、ぬるくなったカフェラテを片手に、名無しはやわらかく目を細めて笑った。
「大丈夫だと思うよ、夏油くんなら。」
「その根拠は?」
社交辞令に近い、適当な励ましだろう。
じとりと名無しを見遣れば、確信めいた笑みを浮かべて口を開く。
「んん…………勘?」
「やっぱり。適当だなぁ。」
「じゃあ夏油くんは人タラシっぽいから、とか…?」
「最早悪口じゃないか、それ」
「褒めてるつもりだよ。」
屈折も捻りも嫌味すらない。
純粋な褒め言葉と錯覚してしまいそうになる、名無しの笑顔。
それを見て『なんか大丈夫な気がする』と思った私が馬鹿だった。
そして、現在。
入学式当日。
教室に入ってきた白髪にサングラス、私よりも更に高い長身。
立っているだけで存在感を放つ青年と目が合っての、放たれた第一声。
「変な前髪。」
「居眠り女」
「雑魚チビ。」
私。家入さん。名無し。
順番に指差しながら驚くほど悪気がない様子で、彼は暴言を吐き捨てた。
***
「名無し、私は五条君と仲良くなれなさそうだ。」
シャワーを浴び、洗濯物を回している最中。
私は談話室へ牛乳片手にのこのこやってきた名無しに対し、恨みがましい声で問いかけた。
誰だっけ。仲良くなれるだろうなんて楽観的なアドバイスをしたのは。
名無しは先程シャワーを浴びたばかりなのだろう。
濡れた黒髪を無造作に拭きながら、パック牛乳を飲み干す様子はまるで実家にいるような緩さである。
「落ち着きなよ。夏油くんの前髪は…あれだ。チャームポイント。」
「褒めてるのか?それ」
「勿論。」
本当だろうか。
あまりフォローに聞こえないのは私が苛立っているせいだからだろうか。
入学式の当日である今日は、実に衝撃的だった。
一言で言うなら、そう。疲れた。
「家入さん、教室入った途端寝始めたのは驚いたな」
「あー…あぁ、うん。寝不足だったのかも?」
「特に挨拶もなかったし、不良なのか…?家入さん…」
綺麗な顔。抜群のスタイル。
しかし如何せん、態度が悪い。今のところ殆ど喋っていない。
入学式の写真を撮る時も欠伸をしていた。
ある意味初手で喧嘩を売ってきた五条君よりも衝撃的だ。
「……むしろヤンキーなのは夏油くんも…大概な気がする」
「どこが?」
「えっ、どこがって。ボンタンと地下足袋?」
「下半身全部じゃないか。動きやすいよ。涼しいし」
「身長といい、服装といい、全体的に圧がすごい。」
「酷いな、自分では良識のある方だと思っていたんだが」
「絶対地元じゃブイブイ言わせてたくせに」
「少しだけだよ」
「少し……?」
制服をカスタマイズしてもいいと言われたからしただけなのにこの言われようである。
名無しの制服はというと、家入さんの制服を長ズボンに変えただけのもの。
制服の基本型から一切手を加えていないあたり、私服の拘りもない名無しらしいといえばらしかった。
「なぁ。」
降ってきた、まだ聞き慣れない声。
彼はまだ風呂に入る前なのか、カゴの中に入ったシャンプー類は一切濡れていなかった。
「なんだい?五条君。」
「洗濯物ってどーすんの?」
努めて冷静に返事をすれば、まさかの初歩的な質問。
私も別に実家では積極的に家事を手伝っていた方ではないが、洗濯機の使い方くらいは知っている。
「知らないのかい?洗濯機で回すんだよ。」
「知らねー。やったことねぇよ、ンなこと」
意地悪な返事をすれば怒るかと思いきや、本当に知らないらしい。
面食らうと同時に脇腹を小突かれる。
小突いた犯人である彼は何も言わない。
ただ、真っ直ぐこちらを見てくる視線は、言葉よりも雄弁に訴えていた。
『仲良くなるチャンス』と。
無駄な意地を張ったところで仕方がない。
わざわざ輪を乱すこともないかと諦め、私は髪を解いたまの頭を軽く掻いた。
「こっち。何を洗うんだい?」
「下着とシャツと靴下。」
***
携帯電話の時計を確認して、仮眠でも取ろうかと瞼を閉じた瞬間だった。
「なぁ。」
夏油くんは飲み物を買いに自販機へ行っている。
十中八九、主語のない声掛けは私に向けられたものだ。
目を開けばそこにはTシャツとジャージのラフな格好の青年。
シャワーから出たばかりなのか、髪から滴る雫を気にする素振りもなく、彼がやってきた。
「何?」
「何で呪われてんだ?お前」
一応、夏油くんがいない隙を狙って聞いてきたことから察するに、気をつかっているのだろうか?
もしかしたら偶然タイミングが重なっただけかもしれないが、それでも私にとって都合がよかった。
右手の薬指に収まっている
隠すように右手を握りしめ、小さく息を呑む。
「色々あって。解呪できないから半ば諦めてる。生活に支障はないし、伝染るものじゃないよ」
「ふーん。呪いの形がよく見えねぇから変だと思ったんだよな」
サングラスを取った彼が《よく見えない》と言わしめるのだから、効果はお墨付きだ。
それもそのはず。未来の彼に『僕も判別しにくくなるくらいだから、安心していいよ』と太鼓判を押されているのだ。
呑んだ息をそっと吐き出し、視線を自分の靴先に向ける。
彼が見れない。心臓が煩い。
私の知っている《彼》に比べて随分と無遠慮な声音だが、間違いなく本人だ。
生きている彼が、まだここにいる。
締め付けられるような息苦しさで視線が泳ぐ。
嬉しい。懐かしい。そして、少しだけ──さみしい。
純粋なはずの感情がぐちゃぐちゃになって、言い表せない濁った感情になる。
その感情の名前を、私は知っている。
これは、《焦燥感》だ。
「なぁ。名無しの下の名前は何?傑みたいに名前で呼んでもいい?」
今朝は《変な前髪》と悪口を叩いていたのに、もう洗濯機の一件で絆されたのか。
いや…そういえば彼は元々距離感が時折バグっていた。
世間知らずの坊ちゃんと、夏油くんの人あたりの良さが相性よかったのだろう。
私は『ほらみたことか、夏油傑。杞憂だったじゃないか』と内心舌打ちを零した。
──安心すると同時に、少しだけ腹が立つ。当然だ。
このまま私が何もせずにいれば、彼が最大の信頼を寄せる夏油くんは、手酷い方法で袂を分かつのだから。
私は目の前の彼と目を合わすことが出来ず、少し汚れたスニーカーの爪先を見下ろしながら答えた。
「気に入っていない名前だから言いたくないな。名字で呼んで欲しい」
「そんなに?」
「そんなに。」
「ふーん。じゃ、名無しで。俺の事は好きに呼べば?なんて呼ばれようが気にしねーし」
『えー、悟って呼んでくれないの?』
可愛子ぶった彼は、時折気味の悪い裏声で茶化していた。
それは恋仲になった時も変わらず、その時はただ『照れくさいから』『年上ですし』『担任を呼び捨てはちょっと』『世間体もありますし』とのらりくらりと躱していた。
──呼んであげれば、よかったな。今更後悔しても遅いんだけど。
「……じゃあ、五条さん。」
親愛を込めた呼び名は、酷く口に馴染む。
にも関わらず目の前の《五条悟》は不服そうに口先を尖らせ、空を閉じ込めたような青い瞳を不満げに細めた。
それもそうだ。彼は、《彼》じゃない。
少し若くて、まだ青く、最強に至っていない、呪術高等専門学校1年生の 五条悟だ。
「何でそんな他人行儀なんだよ。」
「…冗談だよ、五条くん。」
04.それは目が眩むほどの
あぁ。……ああ。
──少しだけ、泣きそうになっちゃった。