星霜を辿る
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時は少し遡り、2005年2月。
「失礼ですが、夜蛾正道さんでしょうか?」
教職の合間に入れられる任務。
東京から少し離れた任地で出会った少女は、見た目の年齢に不釣り合いな程に丁寧な声で問うてきた。
「そうだが、君は?」
「名乗るのは…事情がある為、後程。この度はお願いがあってやって参りました」
人あたりのよさそうな表情は柔和なのに、どこか焦りが見える。
恐れ、焦燥、緊張。
固唾を飲み込んだのか、細く白い喉が上下する。
だが、表情や所作には不安が滲んでいるにも関わらず、黒く丸い瞳は覚悟を決めたように揺るがない。
白くなるくらい噛みしめた唇が解かれ、彼女は静かに懇願してきた。
「私を、高専に入学させてください。」
***
「──以上が、私の知りうる未来に起こる出来事です」
人払いをして欲しい。切実な声で告げた少女。
職員の一部しか知らない、高専に隠された一室で聞いた話は──衝撃的の一言で到底片付けられるものではなかった。
これから起こりうる出来事を、時系列に、そして詳らかに。俺と僅か一部の高専関係者しか知らないはずの呪骸の事まで。
《ありえない》と断定するには目の前の少女は何もかもを知りすぎていた。正直、気味が悪い程に。
「……これが作り話だと突っ撥ねることが出来たらいいんだがな。」
「私も全部悪い夢だったらいいのに、とは思いましたよ。」
頭が痛くなってきた。
荒唐無稽。しかし筋は通っている。
名前も知らない少女の証言を、絵空物語だと一蹴することは容易いだろう。
だが矛盾がない。少しでも綻びがあるようならそこから嘘を解けばいいのだが、綻びひとつ見つけられなかった。
「信用出来ないなら、天元様に私の顔写真でも見せればいいですよ。私はあまり覚えていませんけど、旧知の仲らしいので」
「覚えていない?」
「私の『先代』は、仲が良かったらしいので」
先代。
理解が追いつかない俺を見兼ねたのか、困ったように曖昧な笑みを浮かべる。
「これ以上は高専入学の担保を頂かないと。」
「入学は、私の一存では決められない。」
俺の返答に、彼女はそっと目元を細める。
黒いまつ毛に縁取られた瞼が、憂いを帯びた瞳へ暗い影を静かに落とす。
「決めてもらわないと困ります。上層部の人に今の話を聞かれたら、間違いなく私は実験動物扱いされて、何もかも手遅れになった後に五条悟に拾われるんですから」
確かに総監部──呪術界の上層部は魑魅魍魎の巣窟だ。
老害と言えば容易い。だからこそ怒りを一度買えば謀殺や暗殺の決定など躊躇いなく下される。
慎重に動かざるを得ない理由はこれだ。
しかし彼女の言い分を聞く限りでは総監部も敵らしい。
実験動物という下りが気になるが、今はきっと聞いても答えてくれないだろう。
「仮に私が話したところで、滑稽な作り話だと一蹴されるだけじゃないのか?」
「いいえ。彼らは未来の話なんて興味ないでしょうし、なんなら全力で五条悟と夏油傑を排除する理由を与えかねない」
自分達の立場を揺るがす若い芽は簡単に摘まれる。よくある話だ。
──彼女の言う未来では、夏油傑は呪詛師に転じ、最終的には五条悟の手によって殺される。
そして見つかる、両面宿儺の器。千年に一人の逸材。その少年に指を全て喰らわせ、処刑する方針を総監部は下した。
しかし黒幕の息がかかり、腐敗しきった総監部によって事態は後手後手に回る。
自然由来の特級呪霊と、夏油傑の死体を乗っ取った呪詛師によって事は悪化の一途を辿っていった。
総監部は全員、五条悟の手によって暗殺されたが、事は既に手遅れだった。
復活した呪いの王・両面宿儺によって鏖殺が行われ、文字通り全員《皆殺し》にされた。──らしい。
確かに、呪いの王が現代に蘇ることが確定事項かつ、既に黒幕の息がかかっているのだとすれば、総監部としては邪魔者である五条悟の排除と、夏油傑の死体を用意する必要がある。
いくら五条悟が呪詛師界隈で賞金がかけられており、攻略不可能と言われている無下限呪術の使い手だとしても、殺される可能性はゼロではないのだから。
現に、目の前の少女曰く──完全復活した両面宿儺との決戦によって、その命を散らしている。
「入学予定の生徒が入学する前に殺されるなんて、笑い話にもならないでしょう?」
「残念ながらこの話を聞いた時点で、ほぼ共犯ですよ。夜蛾先生」と彼女は笑う。
他に信頼出来る大人が、いなかったのだろう。
彼女の生きた時代では俺は学長に昇進しており、彼女の担任は五条悟だったそうだ。
一番信頼していたであろう彼 がまだ青い学生という立場なら、今の時代において私は唯一と言っていい、信頼出来る大人なのだろう。
知っているのに見知らぬ土地。
数年の誤差とはいえ、知らない時代。
唯一の縁 を必死に手繰り寄せ、藁にも縋る思いで来たことは間違いない。
全てを捨ててこの時代へやってきた少女を、どうして無碍に出来るものか。
「まだ目的を聞いていない。君は何が望みなんだ?」
彼女の望み。願い。願望。
願わくば──
「先程お話した渋谷事変を未然に防ぎ、呪いの王の復活の阻止……は回答があまりにも優等生すぎますね。うーん…」
02.彼方からの来訪者
理由を取り繕っても仕方がない。
これは紛れもない本音。
心の底からの願い。
寂しい思いをして欲しくない。
立場に振り回され、最悪の選択をして欲しくない。
彼の慟哭も、後悔も、触れたからこそ二度と味わって欲しくない。
「望むことは……五条悟の幸せ、ですかね。」
まぁ一言で言ってしまえばこれに収束する。
──だって、大事な人には幸せになって欲しいじゃない?
「失礼ですが、夜蛾正道さんでしょうか?」
教職の合間に入れられる任務。
東京から少し離れた任地で出会った少女は、見た目の年齢に不釣り合いな程に丁寧な声で問うてきた。
「そうだが、君は?」
「名乗るのは…事情がある為、後程。この度はお願いがあってやって参りました」
人あたりのよさそうな表情は柔和なのに、どこか焦りが見える。
恐れ、焦燥、緊張。
固唾を飲み込んだのか、細く白い喉が上下する。
だが、表情や所作には不安が滲んでいるにも関わらず、黒く丸い瞳は覚悟を決めたように揺るがない。
白くなるくらい噛みしめた唇が解かれ、彼女は静かに懇願してきた。
「私を、高専に入学させてください。」
***
「──以上が、私の知りうる未来に起こる出来事です」
人払いをして欲しい。切実な声で告げた少女。
職員の一部しか知らない、高専に隠された一室で聞いた話は──衝撃的の一言で到底片付けられるものではなかった。
これから起こりうる出来事を、時系列に、そして詳らかに。俺と僅か一部の高専関係者しか知らないはずの呪骸の事まで。
《ありえない》と断定するには目の前の少女は何もかもを知りすぎていた。正直、気味が悪い程に。
「……これが作り話だと突っ撥ねることが出来たらいいんだがな。」
「私も全部悪い夢だったらいいのに、とは思いましたよ。」
頭が痛くなってきた。
荒唐無稽。しかし筋は通っている。
名前も知らない少女の証言を、絵空物語だと一蹴することは容易いだろう。
だが矛盾がない。少しでも綻びがあるようならそこから嘘を解けばいいのだが、綻びひとつ見つけられなかった。
「信用出来ないなら、天元様に私の顔写真でも見せればいいですよ。私はあまり覚えていませんけど、旧知の仲らしいので」
「覚えていない?」
「私の『先代』は、仲が良かったらしいので」
先代。
理解が追いつかない俺を見兼ねたのか、困ったように曖昧な笑みを浮かべる。
「これ以上は高専入学の担保を頂かないと。」
「入学は、私の一存では決められない。」
俺の返答に、彼女はそっと目元を細める。
黒いまつ毛に縁取られた瞼が、憂いを帯びた瞳へ暗い影を静かに落とす。
「決めてもらわないと困ります。上層部の人に今の話を聞かれたら、間違いなく私は実験動物扱いされて、何もかも手遅れになった後に五条悟に拾われるんですから」
確かに総監部──呪術界の上層部は魑魅魍魎の巣窟だ。
老害と言えば容易い。だからこそ怒りを一度買えば謀殺や暗殺の決定など躊躇いなく下される。
慎重に動かざるを得ない理由はこれだ。
しかし彼女の言い分を聞く限りでは総監部も敵らしい。
実験動物という下りが気になるが、今はきっと聞いても答えてくれないだろう。
「仮に私が話したところで、滑稽な作り話だと一蹴されるだけじゃないのか?」
「いいえ。彼らは未来の話なんて興味ないでしょうし、なんなら全力で五条悟と夏油傑を排除する理由を与えかねない」
自分達の立場を揺るがす若い芽は簡単に摘まれる。よくある話だ。
──彼女の言う未来では、夏油傑は呪詛師に転じ、最終的には五条悟の手によって殺される。
そして見つかる、両面宿儺の器。千年に一人の逸材。その少年に指を全て喰らわせ、処刑する方針を総監部は下した。
しかし黒幕の息がかかり、腐敗しきった総監部によって事態は後手後手に回る。
自然由来の特級呪霊と、夏油傑の死体を乗っ取った呪詛師によって事は悪化の一途を辿っていった。
総監部は全員、五条悟の手によって暗殺されたが、事は既に手遅れだった。
復活した呪いの王・両面宿儺によって鏖殺が行われ、文字通り全員《皆殺し》にされた。──らしい。
確かに、呪いの王が現代に蘇ることが確定事項かつ、既に黒幕の息がかかっているのだとすれば、総監部としては邪魔者である五条悟の排除と、夏油傑の死体を用意する必要がある。
いくら五条悟が呪詛師界隈で賞金がかけられており、攻略不可能と言われている無下限呪術の使い手だとしても、殺される可能性はゼロではないのだから。
現に、目の前の少女曰く──完全復活した両面宿儺との決戦によって、その命を散らしている。
「入学予定の生徒が入学する前に殺されるなんて、笑い話にもならないでしょう?」
「残念ながらこの話を聞いた時点で、ほぼ共犯ですよ。夜蛾先生」と彼女は笑う。
他に信頼出来る大人が、いなかったのだろう。
彼女の生きた時代では俺は学長に昇進しており、彼女の担任は五条悟だったそうだ。
一番信頼していたであろう
知っているのに見知らぬ土地。
数年の誤差とはいえ、知らない時代。
唯一の
全てを捨ててこの時代へやってきた少女を、どうして無碍に出来るものか。
「まだ目的を聞いていない。君は何が望みなんだ?」
彼女の望み。願い。願望。
願わくば──
「先程お話した渋谷事変を未然に防ぎ、呪いの王の復活の阻止……は回答があまりにも優等生すぎますね。うーん…」
02.彼方からの来訪者
理由を取り繕っても仕方がない。
これは紛れもない本音。
心の底からの願い。
寂しい思いをして欲しくない。
立場に振り回され、最悪の選択をして欲しくない。
彼の慟哭も、後悔も、触れたからこそ二度と味わって欲しくない。
「望むことは……五条悟の幸せ、ですかね。」
まぁ一言で言ってしまえばこれに収束する。
──だって、大事な人には幸せになって欲しいじゃない?