星霜を辿る
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2005年、3月。
「うん、母さん。こっちは今荷解きしてるとこ。……大丈夫だよ、ちゃんとご飯も食べてるし。」
東京都立呪術高等専門学校。
男子寮のとある一室で、新しくしたばかりの携帯電話を片手に青年は笑った。
「──うん。じゃあ、また電話するよ。父さんにもよろしく。」
他愛のない親子の会話。
通話終了ボタンを押した彼──夏油傑は、窓の外で満開に咲き誇る薄紅色の花を見上げた。
風に靡いてふかふか揺れる桜の枝。まだ咲いて日が浅い五分咲きの花は、春風がふきつけたところで散る素振りはない。
ふっくらと春を孕み柔らかそうな蕾は、期待に胸が膨らんでいる彼の心情を表しているかのようだった。
「傑、今いいか?」
鈍いノックの音。
高専に来てからというものの、今一番会話をかわしている人物からドア越しに声を掛けられる。
「どうされました?夜蛾先生」
ガムテープを剥がす手を止め、夏油は年季の入った扉をゆっくり開いた。
キィと鳴る蝶番の音。スポーツ刈りの頭。夏油自身同世代に比べて身長も高く体格も立派だが、それを更に上回る大男。
更に付け加えるなら、とてもじゃないが教職員に見えない鋭い眼光。ヤの付く職業の人と説明された方がしっくりくるかもしれない。尤も、ヤが付くのは名字だけだが。
「今年の春から入学することになった、名無しだ。仲良くしてやってくれ」
夜蛾の隣に立っているのは、少女と見紛う程に線の細い少年だった。
今年の春からということは新しい同級生だろう。
入学予定の同級生は、五条悟、家入硝子、その二名と聞いていたが──こんな特殊な学校だ。急遽入学という運びになっても不思議ではない。
「名無しです、よろしくお願いします。」
綺麗な所作で頭を下げた同級生。
少年にしては声が高いが、少女というにはあまりにも落ち着ききった声音。
細い体格といい、きっと成長期が遅れているのだろう。中学の同級生も成長が遅い男子は何人もいた為、夏油は特に違和感もなく納得することにした。
「よろしく。私は夏油傑。よかった、同級生がまだ入寮していなくて少し寂しかったんだ。」
新しい環境に心躍る。それは本当。
ただ、快く送り出してくれた両親に『少し寂しい』なんて口が裂けても言えなかった。
なにせ心配をかけさせたくて上京したわけじゃないのだから。
「名無しは隣の部屋に入寮することになった。…交流も兼ねて、傑がよければ寮を案内してやってくれ。」
「分かりました。」
断る理由がない。入学式までは時間がある為、荷解きは必要最低限済ませておけばいい。
夏油は二つ返事で了承し、出入口に放り出していた黒いスニーカーへ足を通した。
「じゃあ早速行こうか、名無し君。」
初対面の同級生を怖がらせないよう、いつもよりも少しばかり明るい声音で名前を呼ぶ。
小さく頷いた名無しを見て『人見知りなのかな』なんて内心夏油は首を傾げた。
01.春を告げる
一見仲良さげに並んで歩く二人の背を見送る夜蛾。
平常心を装った顔を僅かに崩し、不安の色を浮かべた表情で、二つの影が寮の曲がり角へ消えるまで静かに見守っていた。
「うん、母さん。こっちは今荷解きしてるとこ。……大丈夫だよ、ちゃんとご飯も食べてるし。」
東京都立呪術高等専門学校。
男子寮のとある一室で、新しくしたばかりの携帯電話を片手に青年は笑った。
「──うん。じゃあ、また電話するよ。父さんにもよろしく。」
他愛のない親子の会話。
通話終了ボタンを押した彼──夏油傑は、窓の外で満開に咲き誇る薄紅色の花を見上げた。
風に靡いてふかふか揺れる桜の枝。まだ咲いて日が浅い五分咲きの花は、春風がふきつけたところで散る素振りはない。
ふっくらと春を孕み柔らかそうな蕾は、期待に胸が膨らんでいる彼の心情を表しているかのようだった。
「傑、今いいか?」
鈍いノックの音。
高専に来てからというものの、今一番会話をかわしている人物からドア越しに声を掛けられる。
「どうされました?夜蛾先生」
ガムテープを剥がす手を止め、夏油は年季の入った扉をゆっくり開いた。
キィと鳴る蝶番の音。スポーツ刈りの頭。夏油自身同世代に比べて身長も高く体格も立派だが、それを更に上回る大男。
更に付け加えるなら、とてもじゃないが教職員に見えない鋭い眼光。ヤの付く職業の人と説明された方がしっくりくるかもしれない。尤も、ヤが付くのは名字だけだが。
「今年の春から入学することになった、名無しだ。仲良くしてやってくれ」
夜蛾の隣に立っているのは、少女と見紛う程に線の細い少年だった。
今年の春からということは新しい同級生だろう。
入学予定の同級生は、五条悟、家入硝子、その二名と聞いていたが──こんな特殊な学校だ。急遽入学という運びになっても不思議ではない。
「名無しです、よろしくお願いします。」
綺麗な所作で頭を下げた同級生。
少年にしては声が高いが、少女というにはあまりにも落ち着ききった声音。
細い体格といい、きっと成長期が遅れているのだろう。中学の同級生も成長が遅い男子は何人もいた為、夏油は特に違和感もなく納得することにした。
「よろしく。私は夏油傑。よかった、同級生がまだ入寮していなくて少し寂しかったんだ。」
新しい環境に心躍る。それは本当。
ただ、快く送り出してくれた両親に『少し寂しい』なんて口が裂けても言えなかった。
なにせ心配をかけさせたくて上京したわけじゃないのだから。
「名無しは隣の部屋に入寮することになった。…交流も兼ねて、傑がよければ寮を案内してやってくれ。」
「分かりました。」
断る理由がない。入学式までは時間がある為、荷解きは必要最低限済ませておけばいい。
夏油は二つ返事で了承し、出入口に放り出していた黒いスニーカーへ足を通した。
「じゃあ早速行こうか、名無し君。」
初対面の同級生を怖がらせないよう、いつもよりも少しばかり明るい声音で名前を呼ぶ。
小さく頷いた名無しを見て『人見知りなのかな』なんて内心夏油は首を傾げた。
01.春を告げる
一見仲良さげに並んで歩く二人の背を見送る夜蛾。
平常心を装った顔を僅かに崩し、不安の色を浮かべた表情で、二つの影が寮の曲がり角へ消えるまで静かに見守っていた。