泡影に游ぐ
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「僕は絶対に着ないぞ!」
ななしが声を荒らげたのは、多分これが最初。
「はぁ〜?お前、期間限定だぞ。我儘言うんじゃねぇ。」
「そこら辺の女の子に声を掛けて連れて行けばいいだろ。」
「デートなんてしてみろ。勘違いされて面倒臭くなるだろーが」
世間一般からすれば中々の人でなし発言を零す悟。
が、全面的にそれは私も同意だ。
面倒……とまではいかないけれど、後腐れない関係の方が気が楽なのは確かだ。口に出して言葉にしないだけで。
「家入さんとか…」
「それは望み薄なんじゃないかな」
必死の形相で硝子の名前を出すが、確か彼女の好きな物と嫌いな物は悟と真逆だったはず。
やいのやいのと繰り広げられるやり取りをバラエティ番組感覚で眺めていた私は、ついななしの淡い希望をぷちっと潰してしまった。ごめんね。
「なんか私の名前が出たな。」
「あ、硝子。」
御手洗で席を外していた硝子が、濡れた手をぷらぷらと行儀悪く振りながら帰ってくる。
私が諌めるよりも早く、ポケットからシンプルなタオルハンカチを硝子へ差し出すななし。
どっちが女子だか分かったものじゃないな、なんて笑ってしまいそうになる。言葉にしないけど。
「硝子、甘い物いけたっけ?」
悟がダメ元で問う。
彼も硝子の好き嫌いを何となく覚えているのだろう。ニタニタと笑いながら尋ねるあたり、性格の悪さが滲み出ていた。
「無理。」
「うっそ…」
「何。何の話?」
頭を抱えてウンウン唸るななしが心配なのだろう。硝子は丁寧にハンカチを畳直しながら、ななしの隣の空いている椅子へ「よっこらせ」と息をつきながら座った。
「そもそも期間限定のフルーツタルトがカップル限定とかズリィんだよ」
そう文句を零す悟に対し、呆れたように「あぁ。」と納得した声を漏らす硝子。
顔を見るまでもない。『それならどうでもいいわ』と言わんばかりの感情が、声のトーンにありありと表れていた。
「だからって僕が女装しなくてもいいだろ!」
「アー、腕痛ェな〜。誰かが人様の腕で爆睡するからな〜」
粘るななし。棒読みで訴える悟。
ぐぬぬと歯痒そうに言葉に詰まるななしは、大層不満そうな表情を隠すことなく低く呻いた。
人が良すぎるのも考えものだ。そんなチープなヤクザ紛い脅しなんて『知ったことか』と一蹴してやればいいものを。
本当はここで助け舟を出してやればいいのだろう。
『悟、ななしの良心につけこむのはやめな』と。
だが残念。私の良心を遥かに上回り、年相応の……そう。
言うなれば《男子高校生の悪ノリ》が勝ってしまった。
「まあまあ、いいじゃないかななし。」
「夏油くん」
「面白そうだし。」
ごめんね、ななし。
心の中でこっそり謝罪するものの、同時になんて軽薄なんだと笑ってしまいそうになる。
そんな私の考えていることが分かるのだろう。硝子の呆れ返った視線がやけに刺さった。
「そ、そもそも女の子の服なんて持ってないから!諦めて!」
懇願にも近いななしの訴え。
そんなことは想定済みだったらしい悟は、間髪入れずに硝子へ問うた。
「なぁ、硝子。」
「何。」
「叙々苑の焼肉で手を打たねぇ?」
『何を』なんて、言うまでもない。
やれやれと肩を竦める硝子だが、動きが妙に演技がかっている。
――どうやら彼女も好奇心の方が勝ってしまったらしい。
「あとタバコ、ワンカートンな。」
「オッケ~」
二つ返事で了承する悟。
……漢軍に囲まれた項羽も、こんな表情を浮かべたのだろうか。
まさに《四面楚歌》になってしまったななしは、大きな溜息を吐き出しながらガックリと項垂れた。
贄の仔羊
そして来てしまった当日。
硝子が用意した女子の服を片手にななしは自室に立て籠もる。
そのまま窓から逃走も出来ただろうに、腹を括った彼は不満そうに――そう。『彼もこんな表情が出来るのか』と驚いてしまうくらい、嫌そうな顔で寮の部屋から出てきた。
三人分の、息を吞む音。
恐らくななし以外の私達は、入学して初めて心が一つになった瞬間だったろう。
「……お前普段も女装して過ごしたら?」
「五条くんのそういうところ。僕、嫌いだな」
嫌そうに表情を歪める女の子……にしか見えない、同級生。
更に付け加えるなら、現役男子高校生。
タイツを履いている効果もあるのかとスラリと伸びた細い脚は女の子にしか見えないし、短く切りそろえられたショートカットも『ボーイッシュ』の一言で済んでしまいそうなくらい似合っていた。
隣にいた硝子に、そっと耳打ちする。
(よくワンピースなんて持ってたね)
(この日の為に買ったに決まってんだろ)
うーん、硝子のヤツ、本当にいい顔で笑ってる。
七分丈袖のシンプルなワンピースは甘すぎず、質素すぎず。
きっと『ななしに似合う』ものを選んだのだろう。実にいい塩梅のチョイスだ。
「ななし。『僕』じゃないだろ、『私』ってちゃんと言わなきゃ。」
「うるさい、裏切り者……」
じとりと睨みつけてくる顔も、白状しよう。すごく可愛い。
でもそんなことを馬鹿正直に言ったら、本当に彼に嫌われてしまうだろう。
悶々とする葛藤する私をよそに、至極楽しそうな硝子がポーチ片手にななしへ早足で近づいていたことに、私は気づかなかった。
「ななし。」
「……え、何。家入さん、ちょっと怖い。」
「ちょっとだけ。ちょっとだけだから。な?」
一部始終のやり取りを見ていた悟は、後にこう語っていた。
『あの時の硝子が、過去一番楽しそうで、ヤベー笑顔だった』
と。
ななしが声を荒らげたのは、多分これが最初。
「はぁ〜?お前、期間限定だぞ。我儘言うんじゃねぇ。」
「そこら辺の女の子に声を掛けて連れて行けばいいだろ。」
「デートなんてしてみろ。勘違いされて面倒臭くなるだろーが」
世間一般からすれば中々の人でなし発言を零す悟。
が、全面的にそれは私も同意だ。
面倒……とまではいかないけれど、後腐れない関係の方が気が楽なのは確かだ。口に出して言葉にしないだけで。
「家入さんとか…」
「それは望み薄なんじゃないかな」
必死の形相で硝子の名前を出すが、確か彼女の好きな物と嫌いな物は悟と真逆だったはず。
やいのやいのと繰り広げられるやり取りをバラエティ番組感覚で眺めていた私は、ついななしの淡い希望をぷちっと潰してしまった。ごめんね。
「なんか私の名前が出たな。」
「あ、硝子。」
御手洗で席を外していた硝子が、濡れた手をぷらぷらと行儀悪く振りながら帰ってくる。
私が諌めるよりも早く、ポケットからシンプルなタオルハンカチを硝子へ差し出すななし。
どっちが女子だか分かったものじゃないな、なんて笑ってしまいそうになる。言葉にしないけど。
「硝子、甘い物いけたっけ?」
悟がダメ元で問う。
彼も硝子の好き嫌いを何となく覚えているのだろう。ニタニタと笑いながら尋ねるあたり、性格の悪さが滲み出ていた。
「無理。」
「うっそ…」
「何。何の話?」
頭を抱えてウンウン唸るななしが心配なのだろう。硝子は丁寧にハンカチを畳直しながら、ななしの隣の空いている椅子へ「よっこらせ」と息をつきながら座った。
「そもそも期間限定のフルーツタルトがカップル限定とかズリィんだよ」
そう文句を零す悟に対し、呆れたように「あぁ。」と納得した声を漏らす硝子。
顔を見るまでもない。『それならどうでもいいわ』と言わんばかりの感情が、声のトーンにありありと表れていた。
「だからって僕が女装しなくてもいいだろ!」
「アー、腕痛ェな〜。誰かが人様の腕で爆睡するからな〜」
粘るななし。棒読みで訴える悟。
ぐぬぬと歯痒そうに言葉に詰まるななしは、大層不満そうな表情を隠すことなく低く呻いた。
人が良すぎるのも考えものだ。そんなチープなヤクザ紛い脅しなんて『知ったことか』と一蹴してやればいいものを。
本当はここで助け舟を出してやればいいのだろう。
『悟、ななしの良心につけこむのはやめな』と。
だが残念。私の良心を遥かに上回り、年相応の……そう。
言うなれば《男子高校生の悪ノリ》が勝ってしまった。
「まあまあ、いいじゃないかななし。」
「夏油くん」
「面白そうだし。」
ごめんね、ななし。
心の中でこっそり謝罪するものの、同時になんて軽薄なんだと笑ってしまいそうになる。
そんな私の考えていることが分かるのだろう。硝子の呆れ返った視線がやけに刺さった。
「そ、そもそも女の子の服なんて持ってないから!諦めて!」
懇願にも近いななしの訴え。
そんなことは想定済みだったらしい悟は、間髪入れずに硝子へ問うた。
「なぁ、硝子。」
「何。」
「叙々苑の焼肉で手を打たねぇ?」
『何を』なんて、言うまでもない。
やれやれと肩を竦める硝子だが、動きが妙に演技がかっている。
――どうやら彼女も好奇心の方が勝ってしまったらしい。
「あとタバコ、ワンカートンな。」
「オッケ~」
二つ返事で了承する悟。
……漢軍に囲まれた項羽も、こんな表情を浮かべたのだろうか。
まさに《四面楚歌》になってしまったななしは、大きな溜息を吐き出しながらガックリと項垂れた。
贄の仔羊
そして来てしまった当日。
硝子が用意した女子の服を片手にななしは自室に立て籠もる。
そのまま窓から逃走も出来ただろうに、腹を括った彼は不満そうに――そう。『彼もこんな表情が出来るのか』と驚いてしまうくらい、嫌そうな顔で寮の部屋から出てきた。
三人分の、息を吞む音。
恐らくななし以外の私達は、入学して初めて心が一つになった瞬間だったろう。
「……お前普段も女装して過ごしたら?」
「五条くんのそういうところ。僕、嫌いだな」
嫌そうに表情を歪める女の子……にしか見えない、同級生。
更に付け加えるなら、現役男子高校生。
タイツを履いている効果もあるのかとスラリと伸びた細い脚は女の子にしか見えないし、短く切りそろえられたショートカットも『ボーイッシュ』の一言で済んでしまいそうなくらい似合っていた。
隣にいた硝子に、そっと耳打ちする。
(よくワンピースなんて持ってたね)
(この日の為に買ったに決まってんだろ)
うーん、硝子のヤツ、本当にいい顔で笑ってる。
七分丈袖のシンプルなワンピースは甘すぎず、質素すぎず。
きっと『ななしに似合う』ものを選んだのだろう。実にいい塩梅のチョイスだ。
「ななし。『僕』じゃないだろ、『私』ってちゃんと言わなきゃ。」
「うるさい、裏切り者……」
じとりと睨みつけてくる顔も、白状しよう。すごく可愛い。
でもそんなことを馬鹿正直に言ったら、本当に彼に嫌われてしまうだろう。
悶々とする葛藤する私をよそに、至極楽しそうな硝子がポーチ片手にななしへ早足で近づいていたことに、私は気づかなかった。
「ななし。」
「……え、何。家入さん、ちょっと怖い。」
「ちょっとだけ。ちょっとだけだから。な?」
一部始終のやり取りを見ていた悟は、後にこう語っていた。
『あの時の硝子が、過去一番楽しそうで、ヤベー笑顔だった』
と。
9/9ページ