泡影に游ぐ
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「ななし、ちょっと買い物付き合ってくんない?」
とある日曜日の、朝7時37分。
ランニングから帰ってきた同級生は、特に詳細を聞くこともなく「いいよ。」と頷いた。
――それが、二時間ほど前の話。
「家入さん、お待たせ。」
本屋の入口。
レジにて、私の3人挟んで後ろに並んでいたななしが、店内から小走りで戻ってきた。
私が買った専門書の入った紙袋を「持つよ。」と流れるような動きでかっさらって行くななし。
二つ返事で用事に付き合う。
女子の荷物を当たり前のように持つ。
さりげなく車道側を歩く。
ひょろりと生白く、中性的な顔つき。
『オス』を具現化したような大男が身近に二人いるものだから、つい失念しがちだが――
「ななし、中学の頃とかモテてただろ。」
「どうしたの、藪から棒に」
心外そうな表情を浮かべ、目を丸くする彼はまるで子犬のようだ。
「夏油とは違うベクトルの、タラシの素質あるんじゃない?」
「えぇ…それはないと思うけど…」
ほんの少しだけ、嫌そうに。
困ったような苦笑いを零し、「浮いた話は全然ないよ」と小さく肩を竦めるななしは、ある意味予報通りの返事だった。
普遍で、平凡。
それはある意味『つまらない』のかもしれないが、実の所彼のそんなところに心地良さを覚えているのも事実だった。
結婚願望なんて今のところ全くないが、旦那にするならこんな風に穏やかで、気遣いが上手く、誠実な人間がいい。
「次、寄りたいところはある?」
「んー…下着屋?」
『それはまた別の機会に』なんて言って、顔を真っ赤に染めて、困った顔をするのだと思っていた。
「うん、いいよ。」
またもや、二つ返事。
もしかして話を聞かずに『うんうん』と頷いているのかと思いきや、「成長期だもんな」なんて納得する始末。
「……思ってた反応と違う。」
「へ?」
「ななしなら恥ずかしがると思ったんだけど」
悪戯に失敗した子供の気持ちって、多分こんな感じ。
私が『ななしならきっとこうだ』と決めつけていたエゴなのかもしれないが、ほんの僅かに違和感を覚えたのも、紛れもない事実だった。
当の本人はというと意外そうに目を丸くして「あ、それもそうか」と何故か納得している。
「僕がいたら選びにくいか。外で待ってるからゆっくり選んでおいで」
そうなんだけど、そうじゃない。
のほほんと笑う同級生に小さく肩を落とし、私はお目当ての下着屋へ歩みを進めるのであった。
そうじゃなかったのに
「気に入ったのは買えた?」
紙袋を持って外へ出ると、店の外で待っていたななしは買った本から顔を上げ、子犬のように小さく首を傾げた。
……待たせてしまって申し訳ない反面、『待つのは苦ではない』といった彼の空気に安堵する自分がいたことに、ほんの少し驚く。
電球色のような昼下がりの太陽光は茜色になっていて、頬を掠める風はひややかなものへと移ろい変わっていた。
……日中の陽気に油断して、つい薄着で街へ繰り出したのは失敗だ。
「外、夕方になるとまだ肌寒いな」
「風は涼しいもんね。まぁでも、これから嫌でも暑くなるよ」
露わになった腕を二・三度擦る。
それで暖が取れるわけではないのは承知だが、浮いてしまった鳥肌がちょっとだけ恥ずかしくて私はそっと眉を顰めた。
「これ、良かったら使って。」
差し出されたのは、ななしが袖を通していたカーディガン。
当たり前だがそれを脱げば今度はななしが薄着になってしまう。
五分袖のシャツからは生白い腕が伸びており、下手をすると私より寒そうな格好に、すぐさま首を横に振った。
「ななしが寒いだろ。」
「大丈夫。ヒートテック着てるし」
からから笑いながらシャツの裾を捲れば、もう一枚出てくる白い肌着。
抜かりない準備をする辺り、彼の性格がよく出ている。
「ん。」とダメ押しのように突き出されたカーディガン。
それを断る理由が見つからない上、肌寒いのは事実で。
意固地になっても仕方がないので「ありがとう。」と礼を言えば、彼は擽ったそうにはにかんだ。
……男に対して可愛いと思うのは失礼だろうか。
むず痒くなるような情緒。
袖を通したカーディガンはまだ生暖かく、人肌よりも少しだけぬるい温度に、柄にもなく心拍数が跳ね上がった。
「ほぼサイズ同じなの、ウケる。」
「全くだよ。僕の成長期、いつ来るんだ。ホント」
気恥しさを誤魔化すように呟いた皮肉にも、彼は切実そうな顔で真面目に答える。
本当に、怒るということを知らないのか。ななしは。
(これで背丈伸びたら五条や夏油よりモテ男になりそうだな…)
女子の熱視線を集めがちな二人よりも、よっぽど『彼氏にしたい男子No.1』になること請け合いだ。
でも、それは少しだけ――
「……来なくていいんじゃないか?成長期」
「え、えぇぇ……家入さん酷い…」
嫌だな、なんて。
子供みたいなことを思う、私だった。
とある日曜日の、朝7時37分。
ランニングから帰ってきた同級生は、特に詳細を聞くこともなく「いいよ。」と頷いた。
――それが、二時間ほど前の話。
「家入さん、お待たせ。」
本屋の入口。
レジにて、私の3人挟んで後ろに並んでいたななしが、店内から小走りで戻ってきた。
私が買った専門書の入った紙袋を「持つよ。」と流れるような動きでかっさらって行くななし。
二つ返事で用事に付き合う。
女子の荷物を当たり前のように持つ。
さりげなく車道側を歩く。
ひょろりと生白く、中性的な顔つき。
『オス』を具現化したような大男が身近に二人いるものだから、つい失念しがちだが――
「ななし、中学の頃とかモテてただろ。」
「どうしたの、藪から棒に」
心外そうな表情を浮かべ、目を丸くする彼はまるで子犬のようだ。
「夏油とは違うベクトルの、タラシの素質あるんじゃない?」
「えぇ…それはないと思うけど…」
ほんの少しだけ、嫌そうに。
困ったような苦笑いを零し、「浮いた話は全然ないよ」と小さく肩を竦めるななしは、ある意味予報通りの返事だった。
普遍で、平凡。
それはある意味『つまらない』のかもしれないが、実の所彼のそんなところに心地良さを覚えているのも事実だった。
結婚願望なんて今のところ全くないが、旦那にするならこんな風に穏やかで、気遣いが上手く、誠実な人間がいい。
「次、寄りたいところはある?」
「んー…下着屋?」
『それはまた別の機会に』なんて言って、顔を真っ赤に染めて、困った顔をするのだと思っていた。
「うん、いいよ。」
またもや、二つ返事。
もしかして話を聞かずに『うんうん』と頷いているのかと思いきや、「成長期だもんな」なんて納得する始末。
「……思ってた反応と違う。」
「へ?」
「ななしなら恥ずかしがると思ったんだけど」
悪戯に失敗した子供の気持ちって、多分こんな感じ。
私が『ななしならきっとこうだ』と決めつけていたエゴなのかもしれないが、ほんの僅かに違和感を覚えたのも、紛れもない事実だった。
当の本人はというと意外そうに目を丸くして「あ、それもそうか」と何故か納得している。
「僕がいたら選びにくいか。外で待ってるからゆっくり選んでおいで」
そうなんだけど、そうじゃない。
のほほんと笑う同級生に小さく肩を落とし、私はお目当ての下着屋へ歩みを進めるのであった。
そうじゃなかったのに
「気に入ったのは買えた?」
紙袋を持って外へ出ると、店の外で待っていたななしは買った本から顔を上げ、子犬のように小さく首を傾げた。
……待たせてしまって申し訳ない反面、『待つのは苦ではない』といった彼の空気に安堵する自分がいたことに、ほんの少し驚く。
電球色のような昼下がりの太陽光は茜色になっていて、頬を掠める風はひややかなものへと移ろい変わっていた。
……日中の陽気に油断して、つい薄着で街へ繰り出したのは失敗だ。
「外、夕方になるとまだ肌寒いな」
「風は涼しいもんね。まぁでも、これから嫌でも暑くなるよ」
露わになった腕を二・三度擦る。
それで暖が取れるわけではないのは承知だが、浮いてしまった鳥肌がちょっとだけ恥ずかしくて私はそっと眉を顰めた。
「これ、良かったら使って。」
差し出されたのは、ななしが袖を通していたカーディガン。
当たり前だがそれを脱げば今度はななしが薄着になってしまう。
五分袖のシャツからは生白い腕が伸びており、下手をすると私より寒そうな格好に、すぐさま首を横に振った。
「ななしが寒いだろ。」
「大丈夫。ヒートテック着てるし」
からから笑いながらシャツの裾を捲れば、もう一枚出てくる白い肌着。
抜かりない準備をする辺り、彼の性格がよく出ている。
「ん。」とダメ押しのように突き出されたカーディガン。
それを断る理由が見つからない上、肌寒いのは事実で。
意固地になっても仕方がないので「ありがとう。」と礼を言えば、彼は擽ったそうにはにかんだ。
……男に対して可愛いと思うのは失礼だろうか。
むず痒くなるような情緒。
袖を通したカーディガンはまだ生暖かく、人肌よりも少しだけぬるい温度に、柄にもなく心拍数が跳ね上がった。
「ほぼサイズ同じなの、ウケる。」
「全くだよ。僕の成長期、いつ来るんだ。ホント」
気恥しさを誤魔化すように呟いた皮肉にも、彼は切実そうな顔で真面目に答える。
本当に、怒るということを知らないのか。ななしは。
(これで背丈伸びたら五条や夏油よりモテ男になりそうだな…)
女子の熱視線を集めがちな二人よりも、よっぽど『彼氏にしたい男子No.1』になること請け合いだ。
でも、それは少しだけ――
「……来なくていいんじゃないか?成長期」
「え、えぇぇ……家入さん酷い…」
嫌だな、なんて。
子供みたいなことを思う、私だった。