泡影に游ぐ
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皆は知らない呪霊の味。
まるでそう。吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしている様な、
白波に漱ぐ
「夏油くん、どれがいい?」
丸呑みして、一呼吸。
食道を滑り落ちていく不快感に押し黙っていると、目の前に突き出されたのは紙パックのジュース。
「補助監督さんから。先に選んでいいよ」
ななしは、ニコニコと愛嬌を振りまくタイプではない。
喜怒哀楽の表情は限りなくフラットだが、それでも愛想が悪いように見えないのは彼の顔立ちが悪くないからだろう。
小動物を人間に化かしたような、そう。有り体な言い方をすれば『人が良さそう』な空気を醸し出していた。
4本抱えたジュースの本数を見る限り、私のところへ真っ先に来たらしい。
「私は後でいいよ。硝子達に先に選んで貰っておいてくれ」
彼が抱えた甘いジュースもカフェオレも食指が進まない。
補助監督の善意なのは分かっているが、今はどちらかというと水が欲しい気分だった。
「分かった」と拍子抜けするくらいあっさり返事をするななし。
軽やかに去っていく背中を見送り、私は深く長い溜息を、細く静かに、誰にも気付かれないような小ささでそっと吐き出した。
「夏油くん、」
暫くして戻ってきたななし。飲み物の最後の1本を持ってきたのだろう。
『私はいいからななしが飲むといい』
そう言おうと古びたアスファルトへ落としていた視線を上げれば、そこには紙パックのジュースの代わりに私が欲していたものがあった。
「水とか、お茶なら飲める?」
ななしが歩けば微かに聞こえる金属音。それは時々私のポケットからも聞こえるものだ。
小銭が鳴らす独特の子気味良い音を聞いて、そのペットボトルのミネラルウォーターは彼が買ったものなのだと合点がついた。
「甘ったるい飲み物とか、コーヒーは嫌だったかと思って。あ、それとものど飴とかの方がいい?」
小銭が入ったズボンポケットの反対側を探れば、ミント味のシンプルなのど飴が個包装で転がり出てきた。
断る理由も見つからず、むしろ心の底から「ありがとう」と素直に御礼が口から滑り落ちる。
黄緑色のプルキャップを捻り、キンキンに冷えた水を一気に呷った。
喉を鳴らしながら半分程飲み干せば、吐き気を催すような気分の悪さは多少落ち着いてくる。
トドメを刺すように口の中へのど飴を放り込めば、ミントの清涼感が6割増に感じられ、思わず口先がすぼまってしまった。
ふぅ、と先程の溜息とは違う、一息ついた呼吸。
ななしはというと人一人分程の距離を置いて、私と同じようにフェンスに凭れて紙パックの甘ったるそうなミルクティーをのんびり飲んでいた。
辺りを見渡して悟と硝子が少し離れたところで携帯片手にあれこれ調べている。きっと近くのファミレスかラーメン屋でも探しているのだろう。
……別に後ろめたいわけじゃない。けれど、二人に会話を聞かれることのない距離で、少しだけ安堵する自分もいた。
彼の事は、詳しくない。
だからこれは確信に近い――そう、勘だ。
「ななしは、あるのかい?」
主語を抜いた、問いかけ。
私の質問に応えるように「ズコッ」と鳴るのは、紙パックのミルクティーを飲み干した音。
「…………まぁ、少しだけ。」
曖昧にぼかしているが否定はしない。
多くは語らないものの、正直に答えてくれたことに誠実さすら感じる。
なぜならあぁいう手前のモノは、筆舌に尽くし難い程の苦痛が大抵伴うものだ。
呪術師からも――勿論一般人からも、『いいように見られないもの』だと、私は誰よりも知っていた。
彼の返答よりも短く、「そうか。」と簡潔に返す。
ななしからすれば不本意かもしれないが、私はほんの少しだけ嬉しかった。
同族を見つけた歓びに近い。柄にもなく心拍数が跳ね上がり、高揚しているのか手汗がじわりと滲む。
ずっと根底で燻っていた『親にも友人にも恩師にも理解されない』という諦観。
それがほんのひと握りだけ、掬われた。理解された。察してもらえた。
――救われたような、気持ちになった。
「初めてだよ、そういうの気にされたの。」
半分飲んだ水を、もう一度傾ける。
冷たい水が喉を通り、胃へ落ちていく感覚すら心地良い。呪霊とは大違いだ。
「だって見るからに不味そう。丸呑みしてるし」
「噛んだら本当に不味いからね。吐瀉物の味がするよ」
「うわ、それはキッツイなぁ。どうせなら、つるっとうどんみたいな喉越しだったらよかったのに」
からりと笑うななしの言葉には、同情めいた含みや依怙など一切合切見られない。
ただ『本当にそうだったら良かったのに』と、困ったように小さく肩を竦めていた。
「私は蕎麦の方が嬉しいな」
「いいな、それ。天麩羅も欲しくなる」
同意しかない意見に、私もついつい釣られて笑ってしまう。
そうだ、今度の夕飯は天麩羅でも揚げようか。
四人で天麩羅パーティーなんて、楽しそうだろう?……なんて。
まるでそう。吐瀉物を処理した雑巾を丸呑みしている様な、
白波に漱ぐ
「夏油くん、どれがいい?」
丸呑みして、一呼吸。
食道を滑り落ちていく不快感に押し黙っていると、目の前に突き出されたのは紙パックのジュース。
「補助監督さんから。先に選んでいいよ」
ななしは、ニコニコと愛嬌を振りまくタイプではない。
喜怒哀楽の表情は限りなくフラットだが、それでも愛想が悪いように見えないのは彼の顔立ちが悪くないからだろう。
小動物を人間に化かしたような、そう。有り体な言い方をすれば『人が良さそう』な空気を醸し出していた。
4本抱えたジュースの本数を見る限り、私のところへ真っ先に来たらしい。
「私は後でいいよ。硝子達に先に選んで貰っておいてくれ」
彼が抱えた甘いジュースもカフェオレも食指が進まない。
補助監督の善意なのは分かっているが、今はどちらかというと水が欲しい気分だった。
「分かった」と拍子抜けするくらいあっさり返事をするななし。
軽やかに去っていく背中を見送り、私は深く長い溜息を、細く静かに、誰にも気付かれないような小ささでそっと吐き出した。
「夏油くん、」
暫くして戻ってきたななし。飲み物の最後の1本を持ってきたのだろう。
『私はいいからななしが飲むといい』
そう言おうと古びたアスファルトへ落としていた視線を上げれば、そこには紙パックのジュースの代わりに私が欲していたものがあった。
「水とか、お茶なら飲める?」
ななしが歩けば微かに聞こえる金属音。それは時々私のポケットからも聞こえるものだ。
小銭が鳴らす独特の子気味良い音を聞いて、そのペットボトルのミネラルウォーターは彼が買ったものなのだと合点がついた。
「甘ったるい飲み物とか、コーヒーは嫌だったかと思って。あ、それとものど飴とかの方がいい?」
小銭が入ったズボンポケットの反対側を探れば、ミント味のシンプルなのど飴が個包装で転がり出てきた。
断る理由も見つからず、むしろ心の底から「ありがとう」と素直に御礼が口から滑り落ちる。
黄緑色のプルキャップを捻り、キンキンに冷えた水を一気に呷った。
喉を鳴らしながら半分程飲み干せば、吐き気を催すような気分の悪さは多少落ち着いてくる。
トドメを刺すように口の中へのど飴を放り込めば、ミントの清涼感が6割増に感じられ、思わず口先がすぼまってしまった。
ふぅ、と先程の溜息とは違う、一息ついた呼吸。
ななしはというと人一人分程の距離を置いて、私と同じようにフェンスに凭れて紙パックの甘ったるそうなミルクティーをのんびり飲んでいた。
辺りを見渡して悟と硝子が少し離れたところで携帯片手にあれこれ調べている。きっと近くのファミレスかラーメン屋でも探しているのだろう。
……別に後ろめたいわけじゃない。けれど、二人に会話を聞かれることのない距離で、少しだけ安堵する自分もいた。
彼の事は、詳しくない。
だからこれは確信に近い――そう、勘だ。
「ななしは、あるのかい?」
主語を抜いた、問いかけ。
私の質問に応えるように「ズコッ」と鳴るのは、紙パックのミルクティーを飲み干した音。
「…………まぁ、少しだけ。」
曖昧にぼかしているが否定はしない。
多くは語らないものの、正直に答えてくれたことに誠実さすら感じる。
なぜならあぁいう手前のモノは、筆舌に尽くし難い程の苦痛が大抵伴うものだ。
呪術師からも――勿論一般人からも、『いいように見られないもの』だと、私は誰よりも知っていた。
彼の返答よりも短く、「そうか。」と簡潔に返す。
ななしからすれば不本意かもしれないが、私はほんの少しだけ嬉しかった。
同族を見つけた歓びに近い。柄にもなく心拍数が跳ね上がり、高揚しているのか手汗がじわりと滲む。
ずっと根底で燻っていた『親にも友人にも恩師にも理解されない』という諦観。
それがほんのひと握りだけ、掬われた。理解された。察してもらえた。
――救われたような、気持ちになった。
「初めてだよ、そういうの気にされたの。」
半分飲んだ水を、もう一度傾ける。
冷たい水が喉を通り、胃へ落ちていく感覚すら心地良い。呪霊とは大違いだ。
「だって見るからに不味そう。丸呑みしてるし」
「噛んだら本当に不味いからね。吐瀉物の味がするよ」
「うわ、それはキッツイなぁ。どうせなら、つるっとうどんみたいな喉越しだったらよかったのに」
からりと笑うななしの言葉には、同情めいた含みや依怙など一切合切見られない。
ただ『本当にそうだったら良かったのに』と、困ったように小さく肩を竦めていた。
「私は蕎麦の方が嬉しいな」
「いいな、それ。天麩羅も欲しくなる」
同意しかない意見に、私もついつい釣られて笑ってしまう。
そうだ、今度の夕飯は天麩羅でも揚げようか。
四人で天麩羅パーティーなんて、楽しそうだろう?……なんて。