泡影に游ぐ
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「なぁ、五条くん」
名前を呼び、振り返る。
が、そこにかの同級生の姿はなく。
行き交う、人、ヒト、ひとの群れ。
――つまるところ、私は。
いや。僕は、迷子になったのだ。
フロム・トウキョウダンジョン
「ななし、お前どっちがいいと思う?」
任務帰り。
東京駅の構内を歩いていれば、つい目に付いた銘菓コーナー。
そこには東京土産から近隣の土産までズラリと並んでおり、下手なデパ地下よりも賑わいを見せていた。
東京住まいだというのに東京土産、と思っただろう。
俺が咄嗟に足を止めたのは『数量限定』『期間限定』の文字が目に入ったからだ。
物色し、考え、すぐ隣にいる同級生へ問うた。
――問うた、はずだった。
「ななし?オイ、」
いつまで経っても返事が返ってこず、左斜め後ろを振り返る。
が、そこには彼の姿はなく。
噎せ返るような一般人の波が、ただ足早に流れているだけだった。
(あ、やべ。)
適当に決め、会計を手早く終えて、真っ先に感じたのは焦り。
以前も傑と東京駅構内でフラフラと土産屋に立ち寄り、はぐれてしまったことがあったのだ。
その後まるでガキに言い聞かせるように『どこかに立ち寄るなら一言言ってくれ』と呆れたようにしつこく、ネチネチと叱られたことを思い出した。
その時は《へーへー》と適当に聞き流していたのだが、見事に同じ轍を踏む結果になってしまった。
(アイツ、初めてとか言ってたな)
東京駅は初めてなのだ、と。
まるで田舎から上京したてのおノボリさんのように、物珍しそうに辺りを見回しながら彼は言った。
つまりななしがこの東京駅ダンジョンで迷い惑う可能性は、十分あるのだ。
――プルルルル、
ポケットに突っ込んでいた携帯から、聞きなれた着信音が聞こえる。
液晶画面には『ななし名無し』と、アイツの名前がディスプレイに表示されていた。
ほっと息をついたのも束の間。
謝るのは癪だが、全面的に俺が悪い。
一年に一回言うか言わないか怪しい程の、久しぶりに口に出す謝罪を絞り出すべく、俺は息を吸って電話に応答した。
「もしもし、」
『ご、五条くん。本当にごめん!はぐれた上に、う、わ!すみません!…ま、迷った……!』
声を被せてくるように聞こえてきたのは、珍しくななしの焦った声。
すれ違う他人にぶつかったのか、電話の向こうで慌てたようにてんやわんやしていた。
携帯の電波越しの声はいつもより高く聞こえ、少しばかり面食らったのは黙っておこう。まるで女子の声だ。
言おうと腹を括っていた謝罪の言葉はあっさり先を越されてしまう。
タイミングを見事に逃してしまい、俺はそっと小さく息を吐きながら髪をかき上げた。
「……で、今どこ。」
『自販機が目の前にある、キオスクの』
ブツン。
ツーツーツー……
切れる通話。
電波が悪いのかと思いきや、まさかの
(オイオイ、嘘だろ。充電切れ。)
真っ黒になった画面。
通話終了ボタンを長押しして電源がつくか試してみたものの、うんともすんとも言わない携帯を見下ろしながら、今度は重い溜息を吐き出した。
今朝の他愛ない朝のニュース番組で星座ランキングを読み上げていた女子アナの声が脳裏に過ぎる。
『残念!今日の最下位さんは射手座のあなた!タイミング悪いことが続いちゃうかも。特に携帯電話の充電に要注意!』と、なんとも褒められた要素がひとつもない結果だった。
当たるわけない、胡散臭ェ。とせせら笑った朝の自分に言ってやりたい。
……当たるぞ、その占い。
――あぁ、クソ。
もの言わなくなった携帯をポケットへ押し込み、鼻っ柱の定位置で鎮座していたサングラスも取り払う。
微かな呪力の群、波、人集り。
サーモグラフィーのように見える視界にチラつくそれは、一言で言ってしまえば飛蚊症に近かった。
眼精疲労待ったナシの景色だが、文句を言っている場合ではない。
目を凝らし、人の流れを掻き分けて、アイツの色を探す。
大股で歩き、辺りを見回しながら人の波をぬう。
違う。違う。これじゃない。
アイツの呪力は、一般人より『少し濃い』くらいの、靄がかかったような深い色。
呪術師というより『呪いが見える一般人』程度の濃さの呪力は、どうして高専に来たのか首を傾げるくらいのものだった。
だけど、俺の知ってるななし名無しという同級生は。
やる気がないように見せかけて、見えないところで努力家で。
貧弱で、普遍的で、そこら辺にいるような人間のようで――
最寄りのキオスクに立ち寄れば、雑踏から逃げるように壁際で辺りをきょろきょろと見回している小柄な『そいつ』。
濃い、深海のような色。
凪いだ水面のように揺らぐことがない呪力。
見つけた。
「ななし!」
名前を呼べばパッと上げられる顔ばせ。
叱られた柴犬のように目尻を下げた表情は、珍しく不安そうな色を浮かべていた。
「ッ五条くん、ごめ「俺が、勝手に寄り道した。」
ななしが謝罪の言葉を言う前に、被せるように捲し立てる。
「…悪かったよ。」と小声で謝罪すれば、意外そうにアイツは目を見開いた。なんだよ、その顔。
「……えっと、何か気になるものでもあった?」
「……まぁ、」
「そっか。いや、こっちもよく見ておけばよかったんだ。先々行ってごめん。」
小さく頭を下げるななし。
10:0で俺が悪い事案だろうに、それでもコイツは躊躇することなく謝罪の言葉を口にした。
「……怒らねーの?」
「?……なんで?」
「前、傑にクッソ怒られたんだよ。」
同じシチュエーション。
違う点と言えば、傑とは動輪の広場――丸の内地下北口を目印に改めて落ち合った。
そこで懇々と説教されたのだが、目の前の同級生は叱る素振りすら見せない。
むしろ困ったように笑いながら肩を竦めるではないか。
「眼、使ってまで探してくれたんだろ。疲れるだろうに、ありがとうな。」
サングラスを掛けていないから気づいたのか。
必死に探したのが今更ながら気恥ずかしくて、俺はポケットにしまったサングラスを改めて掛け直した。
「……使ったら疲れるの、言ったっけ」
「あ、悪い。それは家入さんとの会話をたまたま聞いてただけ。盗み聞きみたいだな、気を悪くしたらごめん」
本日三度目…いや、四度目?もしかしたらもっとかもしれない。
ななしの謝罪を聞きながら、俺はつい呆れたように問うてしまった。
「お前すぐ謝るのな」
「変かな?」
「変つーか……」
同級生にそこまで気を遣う必要があるのか。
いくらコイツが弱っちくて階級すら与えられていない呪術師だとしても、一応タメだ。
傑のように優等生ぶられるのも少し煩わしい。
硝子のように小馬鹿にしてくるのもムカつく。
だからこそ、ななしの『それ』は異質な程に違和感を感じた。
「だって相手を怒らせるの、嫌だろ」
「そんなの逐一気にしてたらやってらんねーよ」
「えぇ…怒らせて殴られたりしたら痛いだろ…」
――今日は、コイツの新しい一面をよく見る日だ。
普段、所謂『負の感情』を殆ど見せないななしが、露骨に顔を歪めて嫌そうに呟く。
コイツもこんな顔をすることがあるのかと驚くと同時に、意外にもショックを受けている自分がいた。
「……俺がそんなヤツに見えるわけ?」
「えっと、五条くんがそういう風に見えるわけじゃなくて。」
慌てて身振り手振りで弁明しようとするが、言葉を選び間違えたらしい。
先程の自分自身の発言を振り返り、少しばかりトーンを落とした声で項垂れるななし。
「いや。今のは僕の言い方が悪かった。でも本当に五条くんがそう見えるわけじゃないんだ。ごめ、モゴッ」
聞き飽きた『ごめん』を遮るべく、ななしの口元を手で覆う。というより手のひらで塞いだ。
「聞き飽きたから謝んな。」
言いたいことは何となくわかった。
悪意もなければ敵意もないし、嫌味もない。これが『ななし』だというなら仕方ないだろう。
……まぁ、すぐに謝るクセはどうかと思うが。
押し黙ったななしを確認し、コイツの口を塞いでいた手を無遠慮に差し伸べる。
「ん。」
「え。……何?」
困惑した顔。
俺の手と顔を見比べながら、ななしは怪訝そうに小さく首を傾げた。
「迷子防止。駅を出るまでだからな。とっとと行くぞ」
「う、わっ!」
もう一度はぐれるのは勘弁だ。
ななしの手を無理矢理とれば、情けなくつんのめってたたらを踏んでいた。
それでも持ち直し小走りでついてくる辺り、意地でも転けるかという気概を感じる。
小柄だチビだと普段馬鹿にしているが、どうやら手も小さいらしい。
薄い手のひら。細い指。女の手と言った方がしっくりくるくらいだ。
「男同士でどうなんだ、これ…」
「首に紐つけるよりマシだろ」
「それは究極の選択すぎる。」
まぁ女だったなら、顔一つ赤らめるくらいするだろう。
ななしは苦虫をかみ潰したように顔を歪め、諦めたのかなすがままに手を大人しく引かれていた。
「帰ったらこれ食おうぜ。」
「何それ。」
「メイプルマニアの数量限定菓子。」
甘ったるい土産菓子。
ガサリと厚手の紙袋を高々と掲げれば、ななしは察したように苦笑いを浮かべた。
『それが原因か』と。
怒るまでもなく、呆れることもなく。
「じゃあ帰りに午後ティーでも買おう」と提案するななしの手を、改めてはぐれないよう握り直した。
名前を呼び、振り返る。
が、そこにかの同級生の姿はなく。
行き交う、人、ヒト、ひとの群れ。
――つまるところ、私は。
いや。僕は、迷子になったのだ。
フロム・トウキョウダンジョン
「ななし、お前どっちがいいと思う?」
任務帰り。
東京駅の構内を歩いていれば、つい目に付いた銘菓コーナー。
そこには東京土産から近隣の土産までズラリと並んでおり、下手なデパ地下よりも賑わいを見せていた。
東京住まいだというのに東京土産、と思っただろう。
俺が咄嗟に足を止めたのは『数量限定』『期間限定』の文字が目に入ったからだ。
物色し、考え、すぐ隣にいる同級生へ問うた。
――問うた、はずだった。
「ななし?オイ、」
いつまで経っても返事が返ってこず、左斜め後ろを振り返る。
が、そこには彼の姿はなく。
噎せ返るような一般人の波が、ただ足早に流れているだけだった。
(あ、やべ。)
適当に決め、会計を手早く終えて、真っ先に感じたのは焦り。
以前も傑と東京駅構内でフラフラと土産屋に立ち寄り、はぐれてしまったことがあったのだ。
その後まるでガキに言い聞かせるように『どこかに立ち寄るなら一言言ってくれ』と呆れたようにしつこく、ネチネチと叱られたことを思い出した。
その時は《へーへー》と適当に聞き流していたのだが、見事に同じ轍を踏む結果になってしまった。
(アイツ、初めてとか言ってたな)
東京駅は初めてなのだ、と。
まるで田舎から上京したてのおノボリさんのように、物珍しそうに辺りを見回しながら彼は言った。
つまりななしがこの東京駅ダンジョンで迷い惑う可能性は、十分あるのだ。
――プルルルル、
ポケットに突っ込んでいた携帯から、聞きなれた着信音が聞こえる。
液晶画面には『ななし名無し』と、アイツの名前がディスプレイに表示されていた。
ほっと息をついたのも束の間。
謝るのは癪だが、全面的に俺が悪い。
一年に一回言うか言わないか怪しい程の、久しぶりに口に出す謝罪を絞り出すべく、俺は息を吸って電話に応答した。
「もしもし、」
『ご、五条くん。本当にごめん!はぐれた上に、う、わ!すみません!…ま、迷った……!』
声を被せてくるように聞こえてきたのは、珍しくななしの焦った声。
すれ違う他人にぶつかったのか、電話の向こうで慌てたようにてんやわんやしていた。
携帯の電波越しの声はいつもより高く聞こえ、少しばかり面食らったのは黙っておこう。まるで女子の声だ。
言おうと腹を括っていた謝罪の言葉はあっさり先を越されてしまう。
タイミングを見事に逃してしまい、俺はそっと小さく息を吐きながら髪をかき上げた。
「……で、今どこ。」
『自販機が目の前にある、キオスクの』
ブツン。
ツーツーツー……
切れる通話。
電波が悪いのかと思いきや、まさかの
(オイオイ、嘘だろ。充電切れ。)
真っ黒になった画面。
通話終了ボタンを長押しして電源がつくか試してみたものの、うんともすんとも言わない携帯を見下ろしながら、今度は重い溜息を吐き出した。
今朝の他愛ない朝のニュース番組で星座ランキングを読み上げていた女子アナの声が脳裏に過ぎる。
『残念!今日の最下位さんは射手座のあなた!タイミング悪いことが続いちゃうかも。特に携帯電話の充電に要注意!』と、なんとも褒められた要素がひとつもない結果だった。
当たるわけない、胡散臭ェ。とせせら笑った朝の自分に言ってやりたい。
……当たるぞ、その占い。
――あぁ、クソ。
もの言わなくなった携帯をポケットへ押し込み、鼻っ柱の定位置で鎮座していたサングラスも取り払う。
微かな呪力の群、波、人集り。
サーモグラフィーのように見える視界にチラつくそれは、一言で言ってしまえば飛蚊症に近かった。
眼精疲労待ったナシの景色だが、文句を言っている場合ではない。
目を凝らし、人の流れを掻き分けて、アイツの色を探す。
大股で歩き、辺りを見回しながら人の波をぬう。
違う。違う。これじゃない。
アイツの呪力は、一般人より『少し濃い』くらいの、靄がかかったような深い色。
呪術師というより『呪いが見える一般人』程度の濃さの呪力は、どうして高専に来たのか首を傾げるくらいのものだった。
だけど、俺の知ってるななし名無しという同級生は。
やる気がないように見せかけて、見えないところで努力家で。
貧弱で、普遍的で、そこら辺にいるような人間のようで――
最寄りのキオスクに立ち寄れば、雑踏から逃げるように壁際で辺りをきょろきょろと見回している小柄な『そいつ』。
濃い、深海のような色。
凪いだ水面のように揺らぐことがない呪力。
見つけた。
「ななし!」
名前を呼べばパッと上げられる顔ばせ。
叱られた柴犬のように目尻を下げた表情は、珍しく不安そうな色を浮かべていた。
「ッ五条くん、ごめ「俺が、勝手に寄り道した。」
ななしが謝罪の言葉を言う前に、被せるように捲し立てる。
「…悪かったよ。」と小声で謝罪すれば、意外そうにアイツは目を見開いた。なんだよ、その顔。
「……えっと、何か気になるものでもあった?」
「……まぁ、」
「そっか。いや、こっちもよく見ておけばよかったんだ。先々行ってごめん。」
小さく頭を下げるななし。
10:0で俺が悪い事案だろうに、それでもコイツは躊躇することなく謝罪の言葉を口にした。
「……怒らねーの?」
「?……なんで?」
「前、傑にクッソ怒られたんだよ。」
同じシチュエーション。
違う点と言えば、傑とは動輪の広場――丸の内地下北口を目印に改めて落ち合った。
そこで懇々と説教されたのだが、目の前の同級生は叱る素振りすら見せない。
むしろ困ったように笑いながら肩を竦めるではないか。
「眼、使ってまで探してくれたんだろ。疲れるだろうに、ありがとうな。」
サングラスを掛けていないから気づいたのか。
必死に探したのが今更ながら気恥ずかしくて、俺はポケットにしまったサングラスを改めて掛け直した。
「……使ったら疲れるの、言ったっけ」
「あ、悪い。それは家入さんとの会話をたまたま聞いてただけ。盗み聞きみたいだな、気を悪くしたらごめん」
本日三度目…いや、四度目?もしかしたらもっとかもしれない。
ななしの謝罪を聞きながら、俺はつい呆れたように問うてしまった。
「お前すぐ謝るのな」
「変かな?」
「変つーか……」
同級生にそこまで気を遣う必要があるのか。
いくらコイツが弱っちくて階級すら与えられていない呪術師だとしても、一応タメだ。
傑のように優等生ぶられるのも少し煩わしい。
硝子のように小馬鹿にしてくるのもムカつく。
だからこそ、ななしの『それ』は異質な程に違和感を感じた。
「だって相手を怒らせるの、嫌だろ」
「そんなの逐一気にしてたらやってらんねーよ」
「えぇ…怒らせて殴られたりしたら痛いだろ…」
――今日は、コイツの新しい一面をよく見る日だ。
普段、所謂『負の感情』を殆ど見せないななしが、露骨に顔を歪めて嫌そうに呟く。
コイツもこんな顔をすることがあるのかと驚くと同時に、意外にもショックを受けている自分がいた。
「……俺がそんなヤツに見えるわけ?」
「えっと、五条くんがそういう風に見えるわけじゃなくて。」
慌てて身振り手振りで弁明しようとするが、言葉を選び間違えたらしい。
先程の自分自身の発言を振り返り、少しばかりトーンを落とした声で項垂れるななし。
「いや。今のは僕の言い方が悪かった。でも本当に五条くんがそう見えるわけじゃないんだ。ごめ、モゴッ」
聞き飽きた『ごめん』を遮るべく、ななしの口元を手で覆う。というより手のひらで塞いだ。
「聞き飽きたから謝んな。」
言いたいことは何となくわかった。
悪意もなければ敵意もないし、嫌味もない。これが『ななし』だというなら仕方ないだろう。
……まぁ、すぐに謝るクセはどうかと思うが。
押し黙ったななしを確認し、コイツの口を塞いでいた手を無遠慮に差し伸べる。
「ん。」
「え。……何?」
困惑した顔。
俺の手と顔を見比べながら、ななしは怪訝そうに小さく首を傾げた。
「迷子防止。駅を出るまでだからな。とっとと行くぞ」
「う、わっ!」
もう一度はぐれるのは勘弁だ。
ななしの手を無理矢理とれば、情けなくつんのめってたたらを踏んでいた。
それでも持ち直し小走りでついてくる辺り、意地でも転けるかという気概を感じる。
小柄だチビだと普段馬鹿にしているが、どうやら手も小さいらしい。
薄い手のひら。細い指。女の手と言った方がしっくりくるくらいだ。
「男同士でどうなんだ、これ…」
「首に紐つけるよりマシだろ」
「それは究極の選択すぎる。」
まぁ女だったなら、顔一つ赤らめるくらいするだろう。
ななしは苦虫をかみ潰したように顔を歪め、諦めたのかなすがままに手を大人しく引かれていた。
「帰ったらこれ食おうぜ。」
「何それ。」
「メイプルマニアの数量限定菓子。」
甘ったるい土産菓子。
ガサリと厚手の紙袋を高々と掲げれば、ななしは察したように苦笑いを浮かべた。
『それが原因か』と。
怒るまでもなく、呆れることもなく。
「じゃあ帰りに午後ティーでも買おう」と提案するななしの手を、改めてはぐれないよう握り直した。