泡影に游ぐ
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春なんて季節は、本当にろくでもない。
東京に上京したての変な奴が浮かれているのか、身の程知らずな連中がウヨウヨいる。
季節の変わり目もあって、そもそもこの時期は呪術師にとって繁忙期でもあるのだが――
「ねぇねぇ、キミ。今からヒマ?俺と遊ぼうよ」
ナンパ男も繁忙期らしい。
夏油達との待ち合わせまでの時間、街角に設置されている共用灰皿の前で一服していると、明らかに『女と遊んでいます』といった風貌の男が話しかけてきた。
チープな色合いの金髪や、ボコボコ開けたピアス穴も品がない。
どこかの銀髪男や福耳男とは天地程の差がある。
「タバコ吹かすのに忙しいから無理。」
「そんなこと言って。キミ学生でしょ?学校にチクッちゃおっかな〜」
チクられたところで別になんてことはない。
夜蛾センが『硝子、煙草はやめておけと言っているだろう』と呆れるくらいだ。
これで脅しているつもりなのかと失笑してしまいそうになる。本当に、なんて下らない。
大きく溜息を吐き出して煙草を灰皿に押し付ければ、くしゃりと歪んだ紫煙が息絶えた。
――さてどうしてやろうか。
こんなくだらないやり取りで言葉を交わすのすら煩わしい。
無視を決め込んでとっととこの場を離れるのが得策なのだろうが――
下品な程にゴツイ指輪が連なる手が、こちらに伸びてくる。
制服の下に隠しているメスで手の甲を刺してやろうかと、私が目を細めた時だった。
「ごめん、遅くなった。」
不意に後ろへ引っ張られる体。
男の手は宙を掴み、次に私の視界に入ったのものはショートカットで切り揃えた、何の変哲もない同級生の後頭部だった。
――大変失礼な話だが、ななし名無しという男子は『女子のような名前』という点以外あまり印象に残らない同級生だった。
というより、五条や夏油に比べて異常なまでに『普通』『普遍』『平凡』な性格で。
強いて言うなら……女装させたら大層似合いそうな、線の細い美少年といった風貌なのだが……。
顔面偏差値が世界レベルの男や塩顔天然タラシの男と並ぶと、どうしても男子としては霞んで見える同級生。それがななしだった。
まさか、その彼にこうして庇われる日が来るとは。
「お。こっちの子もいいじゃん」
……呆れた。
この男は見境がないのか。
「僕は男だ。」「コイツ、男だけど」
ななしと私の声が重なる。
私とそう目線の高さが変わらないななしが振り返れば、ばちりと絡む視線。
まさかハモるとは彼も思っていなかったらしく、少しだけ気恥しそうに小さく苦笑いを浮かべていた。
……男のくせに笑顔が可愛いってどうなんだろう。
「んだよ男かよ、ややこしいツラしやがって。悪いな、そこの女の子は今から俺と遊ぶんだ。」
一歩。
男が近づけば私ごとななしは一歩下がる。
それもそうだろう。呪術で一般人に手を挙げるのは御法度なのだ。
だとすれば消去法で殴り合いになるのだが……悪いがななしはそう強そうには見えない。
それでも私の手を握ったまま離さないのは、彼の矜恃だろうか。
「悪いんだけど『硝子』は僕の彼女だ。汚い手で彼女に触るな。」
凛とした、声変わりする前の少年のような声。
私の冷えた指先を『絶対に離さない』と言わんばかりに手のひらで包み込まれる。
それはあまりにも擽ったくて、目眩がしそうな眩さで。
現金だと我ながら思う。本当に笑ってしまう。
印象が薄い、なんて思ったことを今すぐ訂正させて欲しい。
ちゃんと彼も『男子』じゃないか。
「んだと…っ、ッうわ!?冷てぇ!」
「あ、ごっめーん。手が滑っちゃったぁ。」
男の派手な顔立ちの横っ面へ不意に覆い被さる茶色い何か。
角がとれた氷がアスファルトに落ちれば、まるでガラス片が撒き散らされたかのように四方八方へ転がり滑る。
カフェラテだったものを投げつけた五条が緑のストローが刺さったままのリッドを踏めば、一瞬にして哀れなプラゴミの完成だ。
学生とはいえ180cm近くの青年が、男へ影を落とすように近づいてくる。
ただならぬ空気を察したのか、五条に睨まれたナンパ男は脱兎のごとく人混みを掻き分けて消えていった。
「うっわー、だっせー」
「五条くん、来るのが遅い…」
「スタバ並んでたんだから仕方ねーだろ」
五条の両手には生クリームとチョコレートソースをてんこ盛りにしたフラペチーノと、空になってしまったアイスドリンクのカップ。
「オイ。私との待ち合わせ時間よりスタバ優先させんな。」
「だって硝子、煙草ふかしてたし」
悪びれた様子もなく反論してくる同級生。
確かに吸っていたけど。時間厳守だろ。
「五条くん、悪い。立て替えてもらって。後でお金は払うから…」
「いらねー。お前のカフェラテ、泥水になったし」
「どうせなら自分のを投げなよ…」と項垂れるななし。
どうやら彼のカフェラテがナンパ撃退用に使われたらしい。
「間に合ったかい?」
「夏油。」
「はい、硝子の分。」
ボンタンの裾を膨らませながら悠々と歩く、もう一人の同級生が愛想のいい笑顔を浮かべてやって来る。
夏油が差し出してきたのはコーヒーフラペチーノ。
甘いものを餌付けされたからといって、聞き捨てならない一言を軽く流せる程、私は甘くない。
(コイツら、ナンパの様子を見てたな。)
彼らが立ち寄っていた、すぐそこのスタバから喫煙所の様子は丸見えだ。
慌てて助けに入ってきたのはななしのみで、このクズ二人はゲラゲラ笑っていたのだろう。安易に想像がついた。
「薄情コンビめ。」
「トリオじゃないのかい?」
「ななしは別だろ。」
ナンパに困っていたわけではないが、鬱陶しかったのは事実。
所謂『女の子扱いして欲しい』なんて微塵も思っていないが、それでも打算も計算もない、ななしから差し伸べられた手は胸迫るものがあった。
「はは、でも無茶苦茶緊張したぁ」
へらへら笑うななしのそれは本心だろう。
知り合ってまだ一ヶ月程の仲だが、五条のように短気でもなければ、夏油のようにナチュラルに相手を煽るようなこともなかった。
そう。呪術師としては不適合なくらい平和主義と言っても過言ではない。
「……あ、そうだ家入さん。さっきはごめんな」
「何が?」
「嘘でも彼氏だとか名乗ったり、名前呼びして。」
そんな些細なこと。
別に名前で呼ばれる事自体不快感なんてないのだが、妙なところを気にするらしい。
「彼氏役の演技は及第点ってとこかな」
「手厳しい……」
70点彼氏
「ほら。」
「え。」
「どっかのバカが台無しにしたから。分けてあげる」
「……でも、その、間接、キスになる、だろ」
「童貞か。」「やーい、童貞。」「…童貞かい?」
「三者三様に貶すのやめてくれ。」
「ななし。」
「何?」
「助かった、ありがとうな。」
自分なりの礼を彼に贈れば、柔らかく目尻を下げて「どういたしまして。」とふわりと笑顔を浮かべた。
東京に上京したての変な奴が浮かれているのか、身の程知らずな連中がウヨウヨいる。
季節の変わり目もあって、そもそもこの時期は呪術師にとって繁忙期でもあるのだが――
「ねぇねぇ、キミ。今からヒマ?俺と遊ぼうよ」
ナンパ男も繁忙期らしい。
夏油達との待ち合わせまでの時間、街角に設置されている共用灰皿の前で一服していると、明らかに『女と遊んでいます』といった風貌の男が話しかけてきた。
チープな色合いの金髪や、ボコボコ開けたピアス穴も品がない。
どこかの銀髪男や福耳男とは天地程の差がある。
「タバコ吹かすのに忙しいから無理。」
「そんなこと言って。キミ学生でしょ?学校にチクッちゃおっかな〜」
チクられたところで別になんてことはない。
夜蛾センが『硝子、煙草はやめておけと言っているだろう』と呆れるくらいだ。
これで脅しているつもりなのかと失笑してしまいそうになる。本当に、なんて下らない。
大きく溜息を吐き出して煙草を灰皿に押し付ければ、くしゃりと歪んだ紫煙が息絶えた。
――さてどうしてやろうか。
こんなくだらないやり取りで言葉を交わすのすら煩わしい。
無視を決め込んでとっととこの場を離れるのが得策なのだろうが――
下品な程にゴツイ指輪が連なる手が、こちらに伸びてくる。
制服の下に隠しているメスで手の甲を刺してやろうかと、私が目を細めた時だった。
「ごめん、遅くなった。」
不意に後ろへ引っ張られる体。
男の手は宙を掴み、次に私の視界に入ったのものはショートカットで切り揃えた、何の変哲もない同級生の後頭部だった。
――大変失礼な話だが、ななし名無しという男子は『女子のような名前』という点以外あまり印象に残らない同級生だった。
というより、五条や夏油に比べて異常なまでに『普通』『普遍』『平凡』な性格で。
強いて言うなら……女装させたら大層似合いそうな、線の細い美少年といった風貌なのだが……。
顔面偏差値が世界レベルの男や塩顔天然タラシの男と並ぶと、どうしても男子としては霞んで見える同級生。それがななしだった。
まさか、その彼にこうして庇われる日が来るとは。
「お。こっちの子もいいじゃん」
……呆れた。
この男は見境がないのか。
「僕は男だ。」「コイツ、男だけど」
ななしと私の声が重なる。
私とそう目線の高さが変わらないななしが振り返れば、ばちりと絡む視線。
まさかハモるとは彼も思っていなかったらしく、少しだけ気恥しそうに小さく苦笑いを浮かべていた。
……男のくせに笑顔が可愛いってどうなんだろう。
「んだよ男かよ、ややこしいツラしやがって。悪いな、そこの女の子は今から俺と遊ぶんだ。」
一歩。
男が近づけば私ごとななしは一歩下がる。
それもそうだろう。呪術で一般人に手を挙げるのは御法度なのだ。
だとすれば消去法で殴り合いになるのだが……悪いがななしはそう強そうには見えない。
それでも私の手を握ったまま離さないのは、彼の矜恃だろうか。
「悪いんだけど『硝子』は僕の彼女だ。汚い手で彼女に触るな。」
凛とした、声変わりする前の少年のような声。
私の冷えた指先を『絶対に離さない』と言わんばかりに手のひらで包み込まれる。
それはあまりにも擽ったくて、目眩がしそうな眩さで。
現金だと我ながら思う。本当に笑ってしまう。
印象が薄い、なんて思ったことを今すぐ訂正させて欲しい。
ちゃんと彼も『男子』じゃないか。
「んだと…っ、ッうわ!?冷てぇ!」
「あ、ごっめーん。手が滑っちゃったぁ。」
男の派手な顔立ちの横っ面へ不意に覆い被さる茶色い何か。
角がとれた氷がアスファルトに落ちれば、まるでガラス片が撒き散らされたかのように四方八方へ転がり滑る。
カフェラテだったものを投げつけた五条が緑のストローが刺さったままのリッドを踏めば、一瞬にして哀れなプラゴミの完成だ。
学生とはいえ180cm近くの青年が、男へ影を落とすように近づいてくる。
ただならぬ空気を察したのか、五条に睨まれたナンパ男は脱兎のごとく人混みを掻き分けて消えていった。
「うっわー、だっせー」
「五条くん、来るのが遅い…」
「スタバ並んでたんだから仕方ねーだろ」
五条の両手には生クリームとチョコレートソースをてんこ盛りにしたフラペチーノと、空になってしまったアイスドリンクのカップ。
「オイ。私との待ち合わせ時間よりスタバ優先させんな。」
「だって硝子、煙草ふかしてたし」
悪びれた様子もなく反論してくる同級生。
確かに吸っていたけど。時間厳守だろ。
「五条くん、悪い。立て替えてもらって。後でお金は払うから…」
「いらねー。お前のカフェラテ、泥水になったし」
「どうせなら自分のを投げなよ…」と項垂れるななし。
どうやら彼のカフェラテがナンパ撃退用に使われたらしい。
「間に合ったかい?」
「夏油。」
「はい、硝子の分。」
ボンタンの裾を膨らませながら悠々と歩く、もう一人の同級生が愛想のいい笑顔を浮かべてやって来る。
夏油が差し出してきたのはコーヒーフラペチーノ。
甘いものを餌付けされたからといって、聞き捨てならない一言を軽く流せる程、私は甘くない。
(コイツら、ナンパの様子を見てたな。)
彼らが立ち寄っていた、すぐそこのスタバから喫煙所の様子は丸見えだ。
慌てて助けに入ってきたのはななしのみで、このクズ二人はゲラゲラ笑っていたのだろう。安易に想像がついた。
「薄情コンビめ。」
「トリオじゃないのかい?」
「ななしは別だろ。」
ナンパに困っていたわけではないが、鬱陶しかったのは事実。
所謂『女の子扱いして欲しい』なんて微塵も思っていないが、それでも打算も計算もない、ななしから差し伸べられた手は胸迫るものがあった。
「はは、でも無茶苦茶緊張したぁ」
へらへら笑うななしのそれは本心だろう。
知り合ってまだ一ヶ月程の仲だが、五条のように短気でもなければ、夏油のようにナチュラルに相手を煽るようなこともなかった。
そう。呪術師としては不適合なくらい平和主義と言っても過言ではない。
「……あ、そうだ家入さん。さっきはごめんな」
「何が?」
「嘘でも彼氏だとか名乗ったり、名前呼びして。」
そんな些細なこと。
別に名前で呼ばれる事自体不快感なんてないのだが、妙なところを気にするらしい。
「彼氏役の演技は及第点ってとこかな」
「手厳しい……」
70点彼氏
「ほら。」
「え。」
「どっかのバカが台無しにしたから。分けてあげる」
「……でも、その、間接、キスになる、だろ」
「童貞か。」「やーい、童貞。」「…童貞かい?」
「三者三様に貶すのやめてくれ。」
「ななし。」
「何?」
「助かった、ありがとうな。」
自分なりの礼を彼に贈れば、柔らかく目尻を下げて「どういたしまして。」とふわりと笑顔を浮かべた。