泡影に游ぐ
名前変換
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「ななし名無し、ねぇ。」
高専に入学して、左隣の彼がさして興味なさそうに呟いた。
「女子みてーな名前だな。」
それもそうだろう。女子なんだから。
今の私は生徒名簿上『男』だが。
「僕も気に入っていないんだ、その名前。名字で呼んでくれるとありがたいな。」
――これは、人間のフリをしようとした人魚のように
『虚偽』を被った少女のはなしである。
俺と同級生
枯葉のような身体を放り投げれば、砂埃を立てながらグラウンドへ真っ逆さま。
砂摺りの音と同時に鳴り響く、安っぽい電子音のチャイム。
グラウンドの端で佇む時計は15時を指しているところだった。
つまり、本日の『授業』はおしまいだ。
「ななし、ホント雑魚じゃん。」
「いてて」と声を上げながら立ち上がる同級生を見下ろしながら、俺はつい率直な感想を吐き捨てた。
体躯にも恵まれていない。
背丈も硝子と同じくらいか、少し足りないくらい。
呪力もしょぼいし、つまるところナイナイづくしだ。
退屈すぎて、組手の訓練するなら『傑となら張合いがあるんだけどな』と心の中でそっとボヤいた。
「悟。そういうこと、言わない。」
「だって投げ飛ばされてばっかだろ、コイツ。
お前さぁ、筋トレとかもちゃんとしてんの?チビ・ヒョロ・ガリじゃん。」
その辺にいる男子高校生の方が体格がいいくらいだ。
ジャージの砂埃を払いながら、ななしは表情ひとつ変えず淡々と答える。
「してるよ、人並みには。」
「ヒトナミ、ね。」
なんともつまらない答えだ。まさに、退屈。
「五条くんや夏油くんが大きいだけで、この位の身長の男子は世の中ゴロゴロいるよ」
「成長期すっとばしたの間違いだろ。」
「やーい、チビ。」と揶揄えば少しは噛み付いてくるかと思った。
が、予想に反して心底呆れたようにななしは口を開いた。
「五条くん。大器晩成って言葉、知ってる?」
「お?馬鹿にしてるだろ。階級なしのポンコツのくせに」
「普通の社会人になったら、呪術師の階級なんて履歴書に書けないからね。あまり興味ないな」
普通の社会人。
呪術師――いや、俺にとって遥か縁遠い話だ。
つまるところ、この同級生は高専に来たものの、将来的に呪術師の道へ進むつもりない、と。
「何だよ、最初から土俵にすら上がってねーじゃん。」
「悟。」
「夏油くん、気にしなくていい。全くもってその通りだから」
張合いのない。つまらない。
呪術師であることに誇りを感じたことなんて微塵もないが、腑抜けを相手にするのは全くもって時間の無駄だ。
呪術師としての『ななし名無し』。その存在に興味が失せた瞬間だった。
傑だってそうだろ。
こんなやる気のないヤツの為に、俺を諌めたって仕方ない。分かっているはずだ。
……これだから正論ぶってるヤツは。
『みんな仲良くしましょうね』なんて口を揃えて合唱する年齢なんて、当の間に過ぎてしまっているだろうに。
俺が散々貶しても眉ひとつ顰めないななしは、まるでそう。人形のようだった。
土埃を払い、フェンスに掛けていたタオルで顔を乱雑に拭いながらアイツは小さな声で呟く。
それはそれは、耳を澄ませないと風に攫われてしまいそうなくらい、微かな声で。
「もしかすると、階級なんてものとは一生無縁かもしれないし」
そう言ってななしはとっととグラウンドから出ていってしまう。
遠ざかっていく背中が小さくなったことを確認して、傑が盛大な溜息を零した。
「悟。言い方ってものがあるだろう?」
「事実だろ。」
「それでもだ。私達は同じ高専の仲間で、クラスメイト。四人しかいない同級生だ。」
「仲間意識、ねぇ。呪術師で弱っちぃのは論外だろ。すぐ死ぬし」
「悟。」
三度目の諌める声。
例えそれが現実でも、正しくても、傑は『優しくしろ』と叱ってくる。
ここで頷かなければ、長々とした説教が始まるに違いない。
「……へーへー。」
ホント、弱い奴に気を遣うのは疲れる。
***
その日の夜。
風呂も終わり、部屋でPS2のゲームをダラダラプレイしていた時のこと。
傑の部屋とは反対方向。右隣。
時計の針は21時を回った時間だというのに外へ出掛ける気配がした。
隣の部屋は、ななしの部屋だ。
トントンとスニーカーのつま先で寮の廊下を叩く音が微かに聞こえた。
足音は静かに遠ざかり、寮の建物から出て行く気配。
4月になったばかりの夜の空気は、まだほんの僅かに冬の名残を感じさせる。
すっかり花が散って葉桜になった木々も日中の陽気とは異なった、冷たく昏い夜の気配に凍えているかのようにシンと静まり返っていた。
そんな中ジャージ姿で寮から出てくる人影に、俺は柄にもなく面食らう。
夜の散歩、というわけではない。
こんな時間からランニングでもしようというのか、アイツは。
『してるよ、人並みには』
――人並みなものか。
(見せないだけで根性あるじゃん。)
俺は暗がりに消えていく背中を見送った後、やりかけだったゲーム画面へ視線を戻した――
「あ。」
ポーズ画面で止めるのを、忘れていた。
寮に備え付けてある安っぽい液晶テレビの画面には、無情にも『GAME OVER』のおどろおどろしいフォントが浮かび上がっていた。
高専に入学して、左隣の彼がさして興味なさそうに呟いた。
「女子みてーな名前だな。」
それもそうだろう。女子なんだから。
今の私は生徒名簿上『男』だが。
「僕も気に入っていないんだ、その名前。名字で呼んでくれるとありがたいな。」
――これは、人間のフリをしようとした人魚のように
『虚偽』を被った少女のはなしである。
俺と同級生
枯葉のような身体を放り投げれば、砂埃を立てながらグラウンドへ真っ逆さま。
砂摺りの音と同時に鳴り響く、安っぽい電子音のチャイム。
グラウンドの端で佇む時計は15時を指しているところだった。
つまり、本日の『授業』はおしまいだ。
「ななし、ホント雑魚じゃん。」
「いてて」と声を上げながら立ち上がる同級生を見下ろしながら、俺はつい率直な感想を吐き捨てた。
体躯にも恵まれていない。
背丈も硝子と同じくらいか、少し足りないくらい。
呪力もしょぼいし、つまるところナイナイづくしだ。
退屈すぎて、組手の訓練するなら『傑となら張合いがあるんだけどな』と心の中でそっとボヤいた。
「悟。そういうこと、言わない。」
「だって投げ飛ばされてばっかだろ、コイツ。
お前さぁ、筋トレとかもちゃんとしてんの?チビ・ヒョロ・ガリじゃん。」
その辺にいる男子高校生の方が体格がいいくらいだ。
ジャージの砂埃を払いながら、ななしは表情ひとつ変えず淡々と答える。
「してるよ、人並みには。」
「ヒトナミ、ね。」
なんともつまらない答えだ。まさに、退屈。
「五条くんや夏油くんが大きいだけで、この位の身長の男子は世の中ゴロゴロいるよ」
「成長期すっとばしたの間違いだろ。」
「やーい、チビ。」と揶揄えば少しは噛み付いてくるかと思った。
が、予想に反して心底呆れたようにななしは口を開いた。
「五条くん。大器晩成って言葉、知ってる?」
「お?馬鹿にしてるだろ。階級なしのポンコツのくせに」
「普通の社会人になったら、呪術師の階級なんて履歴書に書けないからね。あまり興味ないな」
普通の社会人。
呪術師――いや、俺にとって遥か縁遠い話だ。
つまるところ、この同級生は高専に来たものの、将来的に呪術師の道へ進むつもりない、と。
「何だよ、最初から土俵にすら上がってねーじゃん。」
「悟。」
「夏油くん、気にしなくていい。全くもってその通りだから」
張合いのない。つまらない。
呪術師であることに誇りを感じたことなんて微塵もないが、腑抜けを相手にするのは全くもって時間の無駄だ。
呪術師としての『ななし名無し』。その存在に興味が失せた瞬間だった。
傑だってそうだろ。
こんなやる気のないヤツの為に、俺を諌めたって仕方ない。分かっているはずだ。
……これだから正論ぶってるヤツは。
『みんな仲良くしましょうね』なんて口を揃えて合唱する年齢なんて、当の間に過ぎてしまっているだろうに。
俺が散々貶しても眉ひとつ顰めないななしは、まるでそう。人形のようだった。
土埃を払い、フェンスに掛けていたタオルで顔を乱雑に拭いながらアイツは小さな声で呟く。
それはそれは、耳を澄ませないと風に攫われてしまいそうなくらい、微かな声で。
「もしかすると、階級なんてものとは一生無縁かもしれないし」
そう言ってななしはとっととグラウンドから出ていってしまう。
遠ざかっていく背中が小さくなったことを確認して、傑が盛大な溜息を零した。
「悟。言い方ってものがあるだろう?」
「事実だろ。」
「それでもだ。私達は同じ高専の仲間で、クラスメイト。四人しかいない同級生だ。」
「仲間意識、ねぇ。呪術師で弱っちぃのは論外だろ。すぐ死ぬし」
「悟。」
三度目の諌める声。
例えそれが現実でも、正しくても、傑は『優しくしろ』と叱ってくる。
ここで頷かなければ、長々とした説教が始まるに違いない。
「……へーへー。」
ホント、弱い奴に気を遣うのは疲れる。
***
その日の夜。
風呂も終わり、部屋でPS2のゲームをダラダラプレイしていた時のこと。
傑の部屋とは反対方向。右隣。
時計の針は21時を回った時間だというのに外へ出掛ける気配がした。
隣の部屋は、ななしの部屋だ。
トントンとスニーカーのつま先で寮の廊下を叩く音が微かに聞こえた。
足音は静かに遠ざかり、寮の建物から出て行く気配。
4月になったばかりの夜の空気は、まだほんの僅かに冬の名残を感じさせる。
すっかり花が散って葉桜になった木々も日中の陽気とは異なった、冷たく昏い夜の気配に凍えているかのようにシンと静まり返っていた。
そんな中ジャージ姿で寮から出てくる人影に、俺は柄にもなく面食らう。
夜の散歩、というわけではない。
こんな時間からランニングでもしようというのか、アイツは。
『してるよ、人並みには』
――人並みなものか。
(見せないだけで根性あるじゃん。)
俺は暗がりに消えていく背中を見送った後、やりかけだったゲーム画面へ視線を戻した――
「あ。」
ポーズ画面で止めるのを、忘れていた。
寮に備え付けてある安っぽい液晶テレビの画面には、無情にも『GAME OVER』のおどろおどろしいフォントが浮かび上がっていた。
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