蜃気楼トリップ
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「ってことで、名無し。一緒に寝よ♡」
夕飯を終え、風呂にも入り、いつもより就寝時間が少し早い夜。
いつまで経ってもじゃんけんの勝負がつかず、名無しが諦めて『…もうお二人共ここにいればいいじゃないですか』と項垂れた結果がこうだ。
いつも通り五条とベッドに入ったとして、彼が大人しく就寝してくれる気がしないのは日頃の行いのせいだろうか。
間違いなく危険にさらされる。
具体的に言えば、そう。貞操とか。
恋人である五条の誘いを無下に断るのも少しだけ心苦しいが、それより何より──
……若いとはいえ五条本人の目の前でじゃれ合うのは、常識やモラルやその他諸々に欠けた行動だ。
理想は五条と(若)五条が、五条の職員寮で寝泊まり……なのだが、あの二人の様子を考慮すると、朝になったら高専が更地に変わり果てていてもおかしくないので、名無しはひっそりと諦めた。
人生、諦めも肝心である。
蜃気楼トリップ#05
「どうしてこうなるんだよ。」
ラグの上に敷いた布団の上で不満そうに若い五条が不満を漏らす。
その隣で、多少年齢の差異はあるものの瓜二つの顔で五条は重々しく溜息を吐き出した。
「不満言いたいのは僕なんだけど。名無しと一緒に寝られないし……」
普段なら可愛い恋人の布団でぬくぬくと寝ているはずなのに。
夜の営みがなかったとしても、腕の中にすっぽりと収まる身体を抱きしめたり、石鹸の匂いがふわりと香る首筋に顔を埋めたり──つまるところ、五条悟の最高の癒しがお預けになってしまったのだ。不機嫌になるのも当然である。
「私の精神衛生上、最善を尽くした結果がこれです。クレームは受け付けません。」
妥協案の中の、妥協案だ。
管理人室の主である名無しはというと、ベッドの上で毅然とした態度で正座をしていた。
「横暴だ!」
「理不尽だ!」
同じような声音がハモり、録音した音源を流しているのかと錯覚してしまいそうになる。
声変わりの成長期はとうに終えている為、ほぼ同じ──というか、別人物であるが同一人物なのだ。同じような……いや、同じ声と言っても過言ではない。
違う点を挙げるなら、言葉尻の柔らかさ。一人称。言葉の端々に顕れる精神年齢。この三点くらいだろう。
大前提として、名無しは五条の声が好きではあるが、こうも野次のようなクレームを投げかけられると溜息も自然に溢れるもので。
(二倍やかましい…)
駄々を捏ねる双子を育てる全国のお母さんはこんな気分なのだろうか。
……訂正しよう。ここにいるのは18歳児と28歳児だ。全国の双子の赤ちゃんに失礼極まりない例えだった。
子供は、いくら言い聞かせても我儘を通したい欲求がどうにもならない時もある。
残念ながら18歳児と28歳児にそれが通用するとは、微塵も思わないが。
「嫌なら廊下で寝てください。おやすみなさい。」
やいのやいのとお祭り騒ぎのように文句を垂れる五条二人に背を向け、名無しは蓑虫のように夏布団へくるりと包まる。
残暑が厳しい、熱帯夜に近い夜。
それでも少しだけ寒く感じたのは、久しぶりの一人で眠るベッドに寂しさを覚えたからだろうか。
***
「起きてんだろ。」
俺が声を抑えて宙に問えば、ベッドの方を向き、俺に対して背を向けた『俺』が呆れた声で返事を返した。
「当たり前じゃん。いくら僕といってもね。」
「いや、むしろ僕だから?」なんて軽口を叩く俺は……なるほど。他人をあまり軽々しく信用しない性格は、どうやら大人になっても変わっていないらしい。
性格や口調は多少丸くなってはいるものの、本質を見れば分かる。
こいつは大人になった『俺』で、他の誰でもない。五条悟だ。
──にわかに信じ難い事実ではあるけれど。
「こいつと付き合ってんの?」
こいつとは誰なのか。
説明するまでもない。俺が未来に来てから知り合った女はたった一人だ。
「お前の目、節穴なの?どっからどう見てもそうじゃん。僕のなんだから触らないでよ」
刺してくるような牽制。
それに対して俺は煽るようにせせら笑い、安っぽい布団の上で寝返りを打った。
「アンタのってことは俺のでもあるんだろ。」
我ながら暴論だと思う。
それを口にした途端、背中を向けていた『俺』が肩越しに振り返り、ナツメ球だけ点った薄闇の中で俺を一瞥する。
呪霊なら一瞬で蹴散らせそうな、ナイフよりも冷たい双眸。
視線が訴えてくる。
『殺してやろうか』と。
それを口にしないのはベッドで眠るあいつへの配慮か。それとも『俺』が俺を殺したら存在すら危うくなる可能性があるからか。
どちらにせよ、結局ここではある程度好き勝手出来そうだ。
面倒な家のしがらみも考えなくていいし、何より余計なことを考えなくて済む。
最近は色々なことがあって少し疲れていたのも事実。うんと羽を伸ばすことができる夏休みなんて、何年ぶりだろうか。
くぁ、と欠伸を零す俺にほとほと呆れたのか、盛大な溜息を吐き出した『俺』は再び背を向けて横になった。
「お前はとっとと帰りなよ。」
呟くように言い放たれた一言。
文字の額面通りに受け取れば『とっとと帰れ』という意味だろう。
しかし、なんだ?
諭すような言い方が引っかかるのか、それとも神妙そうな声のトーンに違和感を感じたせいか。
俺はつい脊椎反射でその言葉を問い返してしまった。
「なんだそれ。」
「…、言葉のままだよ。」
コンマ数秒。
一呼吸も満たない躊躇いを挟み、『俺』は諦めたように吐き捨てる。
その意味が理解出来たのは、俺がここに転がり込んでから暫く経った後のはなし。
夕飯を終え、風呂にも入り、いつもより就寝時間が少し早い夜。
いつまで経ってもじゃんけんの勝負がつかず、名無しが諦めて『…もうお二人共ここにいればいいじゃないですか』と項垂れた結果がこうだ。
いつも通り五条とベッドに入ったとして、彼が大人しく就寝してくれる気がしないのは日頃の行いのせいだろうか。
間違いなく危険にさらされる。
具体的に言えば、そう。貞操とか。
恋人である五条の誘いを無下に断るのも少しだけ心苦しいが、それより何より──
……若いとはいえ五条本人の目の前でじゃれ合うのは、常識やモラルやその他諸々に欠けた行動だ。
理想は五条と(若)五条が、五条の職員寮で寝泊まり……なのだが、あの二人の様子を考慮すると、朝になったら高専が更地に変わり果てていてもおかしくないので、名無しはひっそりと諦めた。
人生、諦めも肝心である。
蜃気楼トリップ#05
「どうしてこうなるんだよ。」
ラグの上に敷いた布団の上で不満そうに若い五条が不満を漏らす。
その隣で、多少年齢の差異はあるものの瓜二つの顔で五条は重々しく溜息を吐き出した。
「不満言いたいのは僕なんだけど。名無しと一緒に寝られないし……」
普段なら可愛い恋人の布団でぬくぬくと寝ているはずなのに。
夜の営みがなかったとしても、腕の中にすっぽりと収まる身体を抱きしめたり、石鹸の匂いがふわりと香る首筋に顔を埋めたり──つまるところ、五条悟の最高の癒しがお預けになってしまったのだ。不機嫌になるのも当然である。
「私の精神衛生上、最善を尽くした結果がこれです。クレームは受け付けません。」
妥協案の中の、妥協案だ。
管理人室の主である名無しはというと、ベッドの上で毅然とした態度で正座をしていた。
「横暴だ!」
「理不尽だ!」
同じような声音がハモり、録音した音源を流しているのかと錯覚してしまいそうになる。
声変わりの成長期はとうに終えている為、ほぼ同じ──というか、別人物であるが同一人物なのだ。同じような……いや、同じ声と言っても過言ではない。
違う点を挙げるなら、言葉尻の柔らかさ。一人称。言葉の端々に顕れる精神年齢。この三点くらいだろう。
大前提として、名無しは五条の声が好きではあるが、こうも野次のようなクレームを投げかけられると溜息も自然に溢れるもので。
(二倍やかましい…)
駄々を捏ねる双子を育てる全国のお母さんはこんな気分なのだろうか。
……訂正しよう。ここにいるのは18歳児と28歳児だ。全国の双子の赤ちゃんに失礼極まりない例えだった。
子供は、いくら言い聞かせても我儘を通したい欲求がどうにもならない時もある。
残念ながら18歳児と28歳児にそれが通用するとは、微塵も思わないが。
「嫌なら廊下で寝てください。おやすみなさい。」
やいのやいのとお祭り騒ぎのように文句を垂れる五条二人に背を向け、名無しは蓑虫のように夏布団へくるりと包まる。
残暑が厳しい、熱帯夜に近い夜。
それでも少しだけ寒く感じたのは、久しぶりの一人で眠るベッドに寂しさを覚えたからだろうか。
***
「起きてんだろ。」
俺が声を抑えて宙に問えば、ベッドの方を向き、俺に対して背を向けた『俺』が呆れた声で返事を返した。
「当たり前じゃん。いくら僕といってもね。」
「いや、むしろ僕だから?」なんて軽口を叩く俺は……なるほど。他人をあまり軽々しく信用しない性格は、どうやら大人になっても変わっていないらしい。
性格や口調は多少丸くなってはいるものの、本質を見れば分かる。
こいつは大人になった『俺』で、他の誰でもない。五条悟だ。
──にわかに信じ難い事実ではあるけれど。
「こいつと付き合ってんの?」
こいつとは誰なのか。
説明するまでもない。俺が未来に来てから知り合った女はたった一人だ。
「お前の目、節穴なの?どっからどう見てもそうじゃん。僕のなんだから触らないでよ」
刺してくるような牽制。
それに対して俺は煽るようにせせら笑い、安っぽい布団の上で寝返りを打った。
「アンタのってことは俺のでもあるんだろ。」
我ながら暴論だと思う。
それを口にした途端、背中を向けていた『俺』が肩越しに振り返り、ナツメ球だけ点った薄闇の中で俺を一瞥する。
呪霊なら一瞬で蹴散らせそうな、ナイフよりも冷たい双眸。
視線が訴えてくる。
『殺してやろうか』と。
それを口にしないのはベッドで眠るあいつへの配慮か。それとも『俺』が俺を殺したら存在すら危うくなる可能性があるからか。
どちらにせよ、結局ここではある程度好き勝手出来そうだ。
面倒な家のしがらみも考えなくていいし、何より余計なことを考えなくて済む。
最近は色々なことがあって少し疲れていたのも事実。うんと羽を伸ばすことができる夏休みなんて、何年ぶりだろうか。
くぁ、と欠伸を零す俺にほとほと呆れたのか、盛大な溜息を吐き出した『俺』は再び背を向けて横になった。
「お前はとっとと帰りなよ。」
呟くように言い放たれた一言。
文字の額面通りに受け取れば『とっとと帰れ』という意味だろう。
しかし、なんだ?
諭すような言い方が引っかかるのか、それとも神妙そうな声のトーンに違和感を感じたせいか。
俺はつい脊椎反射でその言葉を問い返してしまった。
「なんだそれ。」
「…、言葉のままだよ。」
コンマ数秒。
一呼吸も満たない躊躇いを挟み、『俺』は諦めたように吐き捨てる。
その意味が理解出来たのは、俺がここに転がり込んでから暫く経った後のはなし。
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