蜃気楼トリップ
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夜。
ドッタンバッタンと慌ただしい音を立てながら足音が近付いてくる。
足音、と言えば聞こえがいいかもしれない。
早歩きの歩調なら可愛かったかもしれない。
寮の廊下を走る音は寧ろ騒音に近い。
虎杖達は出払っているが――さて、真希達に明日怒られやしないだろうか。
そんな呑気なことを考えながらキッチンに立っていれば、壊れるのではないかと眉をひそめてしまう程に、勢いよく開け放たれるドア。
珍しく息を切らせた五条がそこには立っており、臨戦態勢なのか目隠しまで取り払っていた。
「おかえりなさい、五条さん。ドアは丁寧に、廊下は静かに歩いてください。」
「ただいま、名無し……っじゃなくて」
「うわっ。マジで俺じゃん。」
テレビを見ながら寛いでいた若い五条は、それはそれは露骨に嫌そうな顔を露わにする。
が、それは現代の五条にも言えることだった。
「あーーー名無し、このヤリチンに何もされなかった?」
「はぁ。」
若い五条を指差しながら息を吐くように罵倒する五条。
気のない返事を返しつつ、名無しは何処から突っ込めばいいのか模索していた。
ネット用語風に言えば、そう。
『自己紹介乙』と言ったところか。
「っていうか、若い僕。なんでノコノコ未来に来ちゃってるの。しかも名無しに拾われちゃってさぁ。」
「来たくて来たわけじゃねー。『蜃』の呪霊を祓った時にカウンター喰らって、気が付けば高専でぶっ倒れていたんだよ。」
「『蜃』。」
キョトンと目を丸くし、呪霊の名前をもう一度呟く五条。
思い当たる節――というより、納得したような表情を浮かべながら「あー」と声を漏らす。
「なーんか辻褄合っちゃった…」
***
過去。
それこそ五条が高専に所属していた時の事だ。
幻影を作り出すと言われている『蜃』と呼ばれる呪霊を祓う任務に就いていた。
首尾は上々。最強と謳われるようになった五条がかの呪霊を祓うことなど、造作もないこと。
――だった、はず。
祓った刹那。
五条に向かって吐き出された白い煙。
無味無臭のそれを喰らった瞬間、意識が途切れた。
――気が付けば彼は地面に倒れており、足元には祓った『蜃』の骸が転がっていた。
時間は差程経っていなかったというのに、長いこと意識を失っていた妙な感覚は、今でも鮮明に覚えている。
「蜃って呪霊は、そもそも『蜃気楼』の語源になった呪霊でね。そいつは大蛤のような姿で、幻影…つまり蜃気楼を作り出す呪霊だ。
あくまで仮説だけど、呪力が高い個体であれば幻以上の術式――例えば目の前のこんな感じみたいに『縁』のある人物の時空軸まで、ポーンと飛ばすことが出来るかもしれないね。」
「こんな風に。」と高校生五条をじとりと見ながら、五条は呆れたように溜息をついた。
「実際僕、その呪霊祓った時のことよく覚えてないんだよねぇ。狐につままれたような気分だったのはよく覚えてるよ」
つまり今の五条が踏んだ轍を、過去の五条も踏んでいる、と。
タイムパラドックスのような話になっているが、それもそうだろう。
でなければ過去が変わり、現在・未来が変わってしまう。
SFみたいな話だが、そもそも呪霊や呪具が罷り通っているこの業界だ。
予想外のことがあったとしても『まぁそんなこともあるか』と納得してしまいそうになるのが恐ろしい話である。
「はぁ?じゃあこっちで蜃を探さないといけないわけ?」
「仕留め損ねてるなら術式の性質上、一生戻れないだろうね。」
「確実に祓ってるに決まってんだろ。」
「ま。当然だよね。僕もそうだったし」
名無しが淹れた茶を啜りながら、五条は『さも当然』と小さく笑う。
「つまり。未来にいる間の記憶は残らない。術式の効果がなくなるまでは未来にいることになる。そういうことだろ?」
「だろうね。僕も覚えてないけど。むしろ覚えてないからそうなんだろうね」
混乱してしまいそうになる話だが、若い五条は納得したらしい。
小さくガッツポーズをした後、長い腕を勢いよく天高く突き上げるではないか。
「っしゃあ!それ実質俺、夏休みじゃん!」
ひゃっほい!と声を上げながら小躍りしだす五条に対して、現代の五条は露骨に顔を歪めた。
「はぁ?折角僕が来たんだよ?僕の任務分担してもらうに決まってんじゃん。」
「やだね。こちとらずーっと任務任務なわけ。学生だぞ?夏休みもねーし。ふざけんな。」
「何言ってんの。僕なんか過労死一歩手前よ?」
大人になってもハードワークが抜け出せていない非情な現実を、わざわざ突きつけなくてもいいのではなかろうか。
いや、このやりとりも過去の五条が本来の時間軸に帰った際、覚えてないのだから問題ないのだろうが……それでも名無しは苦笑いを零さざるを得なかった。
(あと多分、一番の過労死一歩手前は伊地知さん…)
彼がこの状況を見たら卒倒するのではなかろうか。
七海が見たら、見なかった・聞こえなかったふりをされるに違いない。
学生達は――すんなり受け入れそうだ。『若さ故の柔軟さ』というのは本当に予想の斜め上をいく。
「第一、どーせ高専で世話になるつもりだろ。滞在費だと思って働きなよ」
「アンタの世話にはならないから安心しろよ」
現代の五条も楽をしたい。
高専の五条も夏休みが欲しい。
両者一歩も譲らない主張をぼんやりと聞きながら、名無しが緑茶のおかわりを注ごうと急須を持った時だった。
蜃気楼トリップ#03
「名無しが泊めてくれるもんな?」
「…………は!?」
急須は、ひっくり返った。
ドッタンバッタンと慌ただしい音を立てながら足音が近付いてくる。
足音、と言えば聞こえがいいかもしれない。
早歩きの歩調なら可愛かったかもしれない。
寮の廊下を走る音は寧ろ騒音に近い。
虎杖達は出払っているが――さて、真希達に明日怒られやしないだろうか。
そんな呑気なことを考えながらキッチンに立っていれば、壊れるのではないかと眉をひそめてしまう程に、勢いよく開け放たれるドア。
珍しく息を切らせた五条がそこには立っており、臨戦態勢なのか目隠しまで取り払っていた。
「おかえりなさい、五条さん。ドアは丁寧に、廊下は静かに歩いてください。」
「ただいま、名無し……っじゃなくて」
「うわっ。マジで俺じゃん。」
テレビを見ながら寛いでいた若い五条は、それはそれは露骨に嫌そうな顔を露わにする。
が、それは現代の五条にも言えることだった。
「あーーー名無し、このヤリチンに何もされなかった?」
「はぁ。」
若い五条を指差しながら息を吐くように罵倒する五条。
気のない返事を返しつつ、名無しは何処から突っ込めばいいのか模索していた。
ネット用語風に言えば、そう。
『自己紹介乙』と言ったところか。
「っていうか、若い僕。なんでノコノコ未来に来ちゃってるの。しかも名無しに拾われちゃってさぁ。」
「来たくて来たわけじゃねー。『蜃』の呪霊を祓った時にカウンター喰らって、気が付けば高専でぶっ倒れていたんだよ。」
「『蜃』。」
キョトンと目を丸くし、呪霊の名前をもう一度呟く五条。
思い当たる節――というより、納得したような表情を浮かべながら「あー」と声を漏らす。
「なーんか辻褄合っちゃった…」
***
過去。
それこそ五条が高専に所属していた時の事だ。
幻影を作り出すと言われている『蜃』と呼ばれる呪霊を祓う任務に就いていた。
首尾は上々。最強と謳われるようになった五条がかの呪霊を祓うことなど、造作もないこと。
――だった、はず。
祓った刹那。
五条に向かって吐き出された白い煙。
無味無臭のそれを喰らった瞬間、意識が途切れた。
――気が付けば彼は地面に倒れており、足元には祓った『蜃』の骸が転がっていた。
時間は差程経っていなかったというのに、長いこと意識を失っていた妙な感覚は、今でも鮮明に覚えている。
「蜃って呪霊は、そもそも『蜃気楼』の語源になった呪霊でね。そいつは大蛤のような姿で、幻影…つまり蜃気楼を作り出す呪霊だ。
あくまで仮説だけど、呪力が高い個体であれば幻以上の術式――例えば目の前のこんな感じみたいに『縁』のある人物の時空軸まで、ポーンと飛ばすことが出来るかもしれないね。」
「こんな風に。」と高校生五条をじとりと見ながら、五条は呆れたように溜息をついた。
「実際僕、その呪霊祓った時のことよく覚えてないんだよねぇ。狐につままれたような気分だったのはよく覚えてるよ」
つまり今の五条が踏んだ轍を、過去の五条も踏んでいる、と。
タイムパラドックスのような話になっているが、それもそうだろう。
でなければ過去が変わり、現在・未来が変わってしまう。
SFみたいな話だが、そもそも呪霊や呪具が罷り通っているこの業界だ。
予想外のことがあったとしても『まぁそんなこともあるか』と納得してしまいそうになるのが恐ろしい話である。
「はぁ?じゃあこっちで蜃を探さないといけないわけ?」
「仕留め損ねてるなら術式の性質上、一生戻れないだろうね。」
「確実に祓ってるに決まってんだろ。」
「ま。当然だよね。僕もそうだったし」
名無しが淹れた茶を啜りながら、五条は『さも当然』と小さく笑う。
「つまり。未来にいる間の記憶は残らない。術式の効果がなくなるまでは未来にいることになる。そういうことだろ?」
「だろうね。僕も覚えてないけど。むしろ覚えてないからそうなんだろうね」
混乱してしまいそうになる話だが、若い五条は納得したらしい。
小さくガッツポーズをした後、長い腕を勢いよく天高く突き上げるではないか。
「っしゃあ!それ実質俺、夏休みじゃん!」
ひゃっほい!と声を上げながら小躍りしだす五条に対して、現代の五条は露骨に顔を歪めた。
「はぁ?折角僕が来たんだよ?僕の任務分担してもらうに決まってんじゃん。」
「やだね。こちとらずーっと任務任務なわけ。学生だぞ?夏休みもねーし。ふざけんな。」
「何言ってんの。僕なんか過労死一歩手前よ?」
大人になってもハードワークが抜け出せていない非情な現実を、わざわざ突きつけなくてもいいのではなかろうか。
いや、このやりとりも過去の五条が本来の時間軸に帰った際、覚えてないのだから問題ないのだろうが……それでも名無しは苦笑いを零さざるを得なかった。
(あと多分、一番の過労死一歩手前は伊地知さん…)
彼がこの状況を見たら卒倒するのではなかろうか。
七海が見たら、見なかった・聞こえなかったふりをされるに違いない。
学生達は――すんなり受け入れそうだ。『若さ故の柔軟さ』というのは本当に予想の斜め上をいく。
「第一、どーせ高専で世話になるつもりだろ。滞在費だと思って働きなよ」
「アンタの世話にはならないから安心しろよ」
現代の五条も楽をしたい。
高専の五条も夏休みが欲しい。
両者一歩も譲らない主張をぼんやりと聞きながら、名無しが緑茶のおかわりを注ごうと急須を持った時だった。
蜃気楼トリップ#03
「名無しが泊めてくれるもんな?」
「…………は!?」
急須は、ひっくり返った。