蜃気楼トリップ
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昔、とある呪霊を祓った。
いや。祓った事実は目の当たりにしているのだが、祓った『過程』をどうにも思い出せない。
夏の終わり。秋の入口。
残暑が酷く、照りつける日差しに目眩を覚える。
海が近くだったせいか漣が囁くように響き、足元に転がる呪霊の死骸がなければさぞかしノスタルジックな一幕だったろう。
――油断を、していた…んだと思う。
傑の一件があっても、休む間もなく任務は飛び込んでくる。
無心になって、無心になって、呪霊をひたすら祓っていた。
だからきっと、そう。
覚えていないのは疲れていたんだと、そう思い込んでいた。
蜃気楼トリップ#01
ザァザァと降りしきる雨。
バケツを引っくり返したような豪雨とはまさにこの事だろう。
(これだからにわか雨って嫌いなんだよなぁ)
高専の入口から傘を差し、しとどに濡れた石階段を上がる。
所々できた水溜まりを避けながら歩き、学生寮まであと少し――というところだった。
倒れた人影。
黒い服に、曇天の下でも目立つ白髪は見紛うことがない。
「ご……五条さん!?」
傘を投げ、走り出す。
うつ伏せになった身体を起こし、名無しは僅かにたじろいだ。
彼は、五条悟であって五条悟ではない。
高専の制服。
オフの日くらいでしか掛けなくなったサングラス。
本当に些細な違いだが、若干こちらの方が若いように……見える、気がした。
(いや、でもこれどう見ても五条さんだし)
降り止まぬ雨の下、名無しは頭を悩ませる。
目立った外傷はないがとりあえず家入に見せるべきだろうか。
その前に屋根の下へ運ぶべきだが、190cm超の大男をどうやって連れて行くべきか――
(……パンダ…真希ちゃん…いや…虎杖君、いるかな…)
スマートフォンをポケットから取り出し、電話をかけようとした時だった。
払われる手。
水溜まりに落ちるスマートフォン。
瞬きをするより早く手首を掴まれ、泥まみれになっている石畳に押し倒された。
後頭部から鈍い音がしたが、痛みに呻いている場合ではなさそうだ。
「誰、お前。何勝手に触ってんの。」
「って……いや、こちらの台詞ですよ。何で雨の中行き倒れているんですか、五条さん。新手のドッキリですか?」
薄暗い雲から落ちる雨粒が地面に当たっては小粒になって跳ね上がる。
いつもより雨音が近いように感じるのは、地面に組み敷かれているからだろうか。
(妙なことで五条さん本人じゃないの、分かるのいやだなぁ…)
五条本人ならドッキリだったとしても、名無しの後頭部を容赦なく石畳に押し付けるようなことはしない。
間違いなく目の前の五条悟は、少なくとも名無しの知りうる『五条悟』ではないことは確かだ。
暗雲を背に覆い被さる男から珠のような滴が伝って落ちる。
薄闇の中でも一際目立つ白髪と蒼眼は、相変わらず『晴れ』の色を一掴みずつ流したような鮮やかさだった。
「俺は呪霊を祓っ……いや、何で高専に戻ってきてんの?俺。」
「知りませんよ。私も出張ってお伺いしてますけど。あとなんで若くなってるんですか?」
確か五条は静岡へ出張中のはずだ。
『うなぎパイ買ってくるから楽しみにしててね。夜のお菓子だよ?夜のお菓子。』なんて弾んだ声で言っていたことをぼんやり思い出す。
五条が思っているような意味ではない、とか、そんなものがなくても十分だろう、とか、色々言いたいことは山程あった。
うなぎパイを食べすぎて若返った………なんてことはないだろう。絶対に。
「……今って2007年?」
「寝ぼけていらっしゃ……るわけでは、なさそうですね……」
嫌な予感しかしない。
風邪を引きかけているわけではないのに頭痛がする。
しかし、とりあえず。
「とりあえず、退けてもらえませんかね?」
いや。祓った事実は目の当たりにしているのだが、祓った『過程』をどうにも思い出せない。
夏の終わり。秋の入口。
残暑が酷く、照りつける日差しに目眩を覚える。
海が近くだったせいか漣が囁くように響き、足元に転がる呪霊の死骸がなければさぞかしノスタルジックな一幕だったろう。
――油断を、していた…んだと思う。
傑の一件があっても、休む間もなく任務は飛び込んでくる。
無心になって、無心になって、呪霊をひたすら祓っていた。
だからきっと、そう。
覚えていないのは疲れていたんだと、そう思い込んでいた。
蜃気楼トリップ#01
ザァザァと降りしきる雨。
バケツを引っくり返したような豪雨とはまさにこの事だろう。
(これだからにわか雨って嫌いなんだよなぁ)
高専の入口から傘を差し、しとどに濡れた石階段を上がる。
所々できた水溜まりを避けながら歩き、学生寮まであと少し――というところだった。
倒れた人影。
黒い服に、曇天の下でも目立つ白髪は見紛うことがない。
「ご……五条さん!?」
傘を投げ、走り出す。
うつ伏せになった身体を起こし、名無しは僅かにたじろいだ。
彼は、五条悟であって五条悟ではない。
高専の制服。
オフの日くらいでしか掛けなくなったサングラス。
本当に些細な違いだが、若干こちらの方が若いように……見える、気がした。
(いや、でもこれどう見ても五条さんだし)
降り止まぬ雨の下、名無しは頭を悩ませる。
目立った外傷はないがとりあえず家入に見せるべきだろうか。
その前に屋根の下へ運ぶべきだが、190cm超の大男をどうやって連れて行くべきか――
(……パンダ…真希ちゃん…いや…虎杖君、いるかな…)
スマートフォンをポケットから取り出し、電話をかけようとした時だった。
払われる手。
水溜まりに落ちるスマートフォン。
瞬きをするより早く手首を掴まれ、泥まみれになっている石畳に押し倒された。
後頭部から鈍い音がしたが、痛みに呻いている場合ではなさそうだ。
「誰、お前。何勝手に触ってんの。」
「って……いや、こちらの台詞ですよ。何で雨の中行き倒れているんですか、五条さん。新手のドッキリですか?」
薄暗い雲から落ちる雨粒が地面に当たっては小粒になって跳ね上がる。
いつもより雨音が近いように感じるのは、地面に組み敷かれているからだろうか。
(妙なことで五条さん本人じゃないの、分かるのいやだなぁ…)
五条本人ならドッキリだったとしても、名無しの後頭部を容赦なく石畳に押し付けるようなことはしない。
間違いなく目の前の五条悟は、少なくとも名無しの知りうる『五条悟』ではないことは確かだ。
暗雲を背に覆い被さる男から珠のような滴が伝って落ちる。
薄闇の中でも一際目立つ白髪と蒼眼は、相変わらず『晴れ』の色を一掴みずつ流したような鮮やかさだった。
「俺は呪霊を祓っ……いや、何で高専に戻ってきてんの?俺。」
「知りませんよ。私も出張ってお伺いしてますけど。あとなんで若くなってるんですか?」
確か五条は静岡へ出張中のはずだ。
『うなぎパイ買ってくるから楽しみにしててね。夜のお菓子だよ?夜のお菓子。』なんて弾んだ声で言っていたことをぼんやり思い出す。
五条が思っているような意味ではない、とか、そんなものがなくても十分だろう、とか、色々言いたいことは山程あった。
うなぎパイを食べすぎて若返った………なんてことはないだろう。絶対に。
「……今って2007年?」
「寝ぼけていらっしゃ……るわけでは、なさそうですね……」
嫌な予感しかしない。
風邪を引きかけているわけではないのに頭痛がする。
しかし、とりあえず。
「とりあえず、退けてもらえませんかね?」
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