2012 spring┊︎short story
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「げ。雨ですね…」
呪霊を祓った帰り道。
名無しは露骨に嫌そうな顔で呟いた。
「あーあ、ホントだ。
……名無し〜傘持ってるでしょ?い〜れ〜て。」
「無下限あるから大丈夫でしょう?もう騙されませんよ。それに今はちょっと、その、傘がないので」
珍しくバツが悪そうに視線を落とす彼女の顔を覗き込むように、五条はそっと腰を屈めた。
「名無しが忘れ物なんて珍しいじゃん」
「忘れたというか、あげちゃったと言いますか」
ボソボソと経緯を話す名無しの話を要約すればこうだ。
任務帰り、車を取りに行った補助監督と待ち合わせをしていたら大雨に降られた。
その時近くのシャッターが下ろされた店の軒下で、小学生の女の子が雨宿りをしていたそうだ。
『私はもうすぐお迎えの人が来てくれるから、よかったらどうぞ。次に会った時に返してくれたらいいから。』
なんて言って折り畳み傘を貸したそうだ。
最早それは貸したというかあげたに近い。
なぜならこんな人口が都心一極集中している東京で、知り合いでもない同じ人間ともう一度すれ違うなんてビーチから一粒の砂金を掬い出すようなことなのだから。
「お人好しすぎない?」
「そんなことはないですよ。貸してるだけですし。」
「まぁ、どこかでお会いしたら返してくれるでしょう。」なんて呑気なことを言いながら名無しは目深にフードを被る。
そんな彼女を見下ろしながら五条は内心、感心を通り越して呆れた。
どう生まれ落ちたらこんな善性の塊になるのやら。
見返りも下心も何もない。きっと今の状況でも傘を貸した事に関して後悔なんて微塵もしていないだろう。
――正確には、見返りも下心も『諦めている』『期待していない』『そもそも考えてすらいない』のかもしれないが、それでも。
「なので私のことはお構いなく。」
雨雲をちらりと見上げ、再び歩き出そうとする名無しの腰を――
「う、わ!」
「こうすれば無下限の守備範囲だからだーいじょうぶ。」
するりと手を回して抱き寄せれば、それは呆気なく密着して。
久しぶりに触れたやわらかい体温に、五条はつい頬を緩めてしまう。
「五条先生、近いです。」
「だってくっつかないと濡れちゃうよ?」
そう、これは名無しが風邪を引かないため。
決してやましい気持ちは……大さじ3程しかない。
歩きにくい程に腰を抱き寄せれば、服の上からでも分かる身体の薄さ。
彼女を保護した当初に比べれば随分人間らしい体つきになったとはいえ、五条としては些か物足りない。
だから隙を見ては食事に連れ出したり、時には食事を作ったり。
名無しへの餌付けに関して枚挙に暇がないのだが、それでもやはり不安になる体型であるのは違いなかった。
「名無しさぁ、僕がいない時とかちゃんとご飯食べてる?腰とか全然ないじゃん。ONEPIE〇Eのコスプレでもするの?」
「失礼ですね。ちゃんと寝る前に筋トレしてますぅー。あとコスプレはしません。」
「なぁんだ。胸はそれなりにあるから似合うと思ったのに。」
冗談半分で胸を指で突けば、雷に驚いた猫のように跳ね上がる身体。
「ひゃっ!?ど、どこ触ってるんですか!」
焦りと動揺と、ほんの少しの怒気を含めて。
五条の身体を強く押し、足元をふらつかせてしまったのは――ぬかるんだ泥を踏んでいた名無しの方で。
そもそも体格も違う上、歩き方の重心が五条の方がしっかりしている。
五条が体勢を崩す要素はほぼないと言ってもいいだろう。
結果だけ言おう。
泥水が溜まった水溜まりへ、見事に尻もちをついた。
「あらら。大丈夫?」
「これが、大丈夫に見えますか?五条先生のせいですよ。」
「えぇ〜。僕は単に保護者として発育を確認しただけなのに…」
「高専に教育委員会があったら訴えるレベルですよ、今のは。」
じとりと五条を見上げる名無しの視線には恨み辛みと恥じらいがごちゃ混ぜになっている。
教師としても一般的に見た呪術師としても、パーソナルスペースが狂ってる五条に言っても無駄だと諦めたのか、名無しは盛大な溜息をひとつ吐き出してゆっくり立ち上がった。
「ずぶ濡れだし泥まみれじゃないですか。ついてない…」
「ごめんごめん。これでおあいこってことで。」
必要のない動作。わざとらしく、指を鳴らす。
膜を張ったように五条を避けていた雨粒が、彼の白髪をしとしと濡らしていく。
ふんわり逆立った髪の毛がしんなりと萎れ、黒い目隠しは水を吸って重そうにずり落ちた。
「えぇ…五条先生が無下限解く必要ないでしょう…」
「名無しだけずぶ濡れなのも可哀想じゃん。あと雨に濡れるの楽しそうだしぃ」
「はー、それはお気遣いありがとうございます。でも元はと言えば誰のセクハラが原因でしたっけ?」
「雨に濡れて、歩くセクシーダイナマイトになっちゃった五条悟かな。」
「歩く18禁の間違いでしょう。生徒の教育に悪いと思わないんですか?」
「大丈夫、名無し18歳以上でしょ?」
しまった。
自分の実年齢をすっかり失念していた。
一枚上手の五条に対して、つい苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう名無し。
にっこり笑いながら濡れた髪をかきあげる仕草すら、色っぽいと思ってしまった時点で彼女の負けだろう。
というよりわざと見せつけているのだろう、この性悪教師は。
天然だったとしても心臓に悪いので名無しの中で有罪判決待ったナシである。
「訂正します。歩く公共猥褻物にします。」
「なんか俗っぽ〜い。っていうか、」
再び引き寄せられる腰。
泥がつくのも厭わない動きで、再度距離が一気に縮まった。
雨でしとどに濡れた白銀の髪から、ぽたりぽたりと雫が落ちる。
それは曇天の下でもキラキラと輝く真珠のようで、その合間から覗く吹き抜けるようなスカイブルーの瞳。
底意地悪く細められた瞳は、悪戯を思いついた子供のようだった。
「エッチだ、って思ってくれてるんだ?」
つい、うっかり。
引き寄せられた腰を振り払うように、性懲りも無く五条の身体を強く押す。
普段ならこんなミスは二度もしないのだが、図星を突かれ狼狽えてしまった。
大木のようにビクともしない五条。
筋肉はしっかりついているくせに細身なのが何だか悔しい。
案の定というか二の轍を踏んだというか。
無様にも再び水溜まりへ尻もちをついてしまった。
「何やってるの、名無しちゃ〜ん。」
「くっ……明日から体幹鍛えるメニューを筋トレにぶち込みます…!」
クツクツと口元を押さえて笑う五条。
心底悔しそうに歯を食いしばる名無しに対して「ほら、大丈夫?」と口元を愉しそうに歪めるのであった。
俗物レイニー・デイ
「……下着までずぶ濡れで気持ち悪いです……」
「そりゃあねぇ、水溜まりであんなにはしゃぐからぁ。」
「誰かさんがセクハラをしなければはしゃぎませんでしたよ、もう!」
ぷりぷり怒る生徒の後ろ姿を見ながら『じゃ、風邪引いてもいけないからホテル行っちゃう?』……なんて。
(言ったら顔を真っ赤にして怒るんだろうな〜)
見たいような、これ以上機嫌を損ねさせたくないような。
にやける顔を我慢するように、口元をモニョモニョさせながら五条悟は雨の中のんびり歩くのであった。
呪霊を祓った帰り道。
名無しは露骨に嫌そうな顔で呟いた。
「あーあ、ホントだ。
……名無し〜傘持ってるでしょ?い〜れ〜て。」
「無下限あるから大丈夫でしょう?もう騙されませんよ。それに今はちょっと、その、傘がないので」
珍しくバツが悪そうに視線を落とす彼女の顔を覗き込むように、五条はそっと腰を屈めた。
「名無しが忘れ物なんて珍しいじゃん」
「忘れたというか、あげちゃったと言いますか」
ボソボソと経緯を話す名無しの話を要約すればこうだ。
任務帰り、車を取りに行った補助監督と待ち合わせをしていたら大雨に降られた。
その時近くのシャッターが下ろされた店の軒下で、小学生の女の子が雨宿りをしていたそうだ。
『私はもうすぐお迎えの人が来てくれるから、よかったらどうぞ。次に会った時に返してくれたらいいから。』
なんて言って折り畳み傘を貸したそうだ。
最早それは貸したというかあげたに近い。
なぜならこんな人口が都心一極集中している東京で、知り合いでもない同じ人間ともう一度すれ違うなんてビーチから一粒の砂金を掬い出すようなことなのだから。
「お人好しすぎない?」
「そんなことはないですよ。貸してるだけですし。」
「まぁ、どこかでお会いしたら返してくれるでしょう。」なんて呑気なことを言いながら名無しは目深にフードを被る。
そんな彼女を見下ろしながら五条は内心、感心を通り越して呆れた。
どう生まれ落ちたらこんな善性の塊になるのやら。
見返りも下心も何もない。きっと今の状況でも傘を貸した事に関して後悔なんて微塵もしていないだろう。
――正確には、見返りも下心も『諦めている』『期待していない』『そもそも考えてすらいない』のかもしれないが、それでも。
「なので私のことはお構いなく。」
雨雲をちらりと見上げ、再び歩き出そうとする名無しの腰を――
「う、わ!」
「こうすれば無下限の守備範囲だからだーいじょうぶ。」
するりと手を回して抱き寄せれば、それは呆気なく密着して。
久しぶりに触れたやわらかい体温に、五条はつい頬を緩めてしまう。
「五条先生、近いです。」
「だってくっつかないと濡れちゃうよ?」
そう、これは名無しが風邪を引かないため。
決してやましい気持ちは……大さじ3程しかない。
歩きにくい程に腰を抱き寄せれば、服の上からでも分かる身体の薄さ。
彼女を保護した当初に比べれば随分人間らしい体つきになったとはいえ、五条としては些か物足りない。
だから隙を見ては食事に連れ出したり、時には食事を作ったり。
名無しへの餌付けに関して枚挙に暇がないのだが、それでもやはり不安になる体型であるのは違いなかった。
「名無しさぁ、僕がいない時とかちゃんとご飯食べてる?腰とか全然ないじゃん。ONEPIE〇Eのコスプレでもするの?」
「失礼ですね。ちゃんと寝る前に筋トレしてますぅー。あとコスプレはしません。」
「なぁんだ。胸はそれなりにあるから似合うと思ったのに。」
冗談半分で胸を指で突けば、雷に驚いた猫のように跳ね上がる身体。
「ひゃっ!?ど、どこ触ってるんですか!」
焦りと動揺と、ほんの少しの怒気を含めて。
五条の身体を強く押し、足元をふらつかせてしまったのは――ぬかるんだ泥を踏んでいた名無しの方で。
そもそも体格も違う上、歩き方の重心が五条の方がしっかりしている。
五条が体勢を崩す要素はほぼないと言ってもいいだろう。
結果だけ言おう。
泥水が溜まった水溜まりへ、見事に尻もちをついた。
「あらら。大丈夫?」
「これが、大丈夫に見えますか?五条先生のせいですよ。」
「えぇ〜。僕は単に保護者として発育を確認しただけなのに…」
「高専に教育委員会があったら訴えるレベルですよ、今のは。」
じとりと五条を見上げる名無しの視線には恨み辛みと恥じらいがごちゃ混ぜになっている。
教師としても一般的に見た呪術師としても、パーソナルスペースが狂ってる五条に言っても無駄だと諦めたのか、名無しは盛大な溜息をひとつ吐き出してゆっくり立ち上がった。
「ずぶ濡れだし泥まみれじゃないですか。ついてない…」
「ごめんごめん。これでおあいこってことで。」
必要のない動作。わざとらしく、指を鳴らす。
膜を張ったように五条を避けていた雨粒が、彼の白髪をしとしと濡らしていく。
ふんわり逆立った髪の毛がしんなりと萎れ、黒い目隠しは水を吸って重そうにずり落ちた。
「えぇ…五条先生が無下限解く必要ないでしょう…」
「名無しだけずぶ濡れなのも可哀想じゃん。あと雨に濡れるの楽しそうだしぃ」
「はー、それはお気遣いありがとうございます。でも元はと言えば誰のセクハラが原因でしたっけ?」
「雨に濡れて、歩くセクシーダイナマイトになっちゃった五条悟かな。」
「歩く18禁の間違いでしょう。生徒の教育に悪いと思わないんですか?」
「大丈夫、名無し18歳以上でしょ?」
しまった。
自分の実年齢をすっかり失念していた。
一枚上手の五条に対して、つい苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう名無し。
にっこり笑いながら濡れた髪をかきあげる仕草すら、色っぽいと思ってしまった時点で彼女の負けだろう。
というよりわざと見せつけているのだろう、この性悪教師は。
天然だったとしても心臓に悪いので名無しの中で有罪判決待ったナシである。
「訂正します。歩く公共猥褻物にします。」
「なんか俗っぽ〜い。っていうか、」
再び引き寄せられる腰。
泥がつくのも厭わない動きで、再度距離が一気に縮まった。
雨でしとどに濡れた白銀の髪から、ぽたりぽたりと雫が落ちる。
それは曇天の下でもキラキラと輝く真珠のようで、その合間から覗く吹き抜けるようなスカイブルーの瞳。
底意地悪く細められた瞳は、悪戯を思いついた子供のようだった。
「エッチだ、って思ってくれてるんだ?」
つい、うっかり。
引き寄せられた腰を振り払うように、性懲りも無く五条の身体を強く押す。
普段ならこんなミスは二度もしないのだが、図星を突かれ狼狽えてしまった。
大木のようにビクともしない五条。
筋肉はしっかりついているくせに細身なのが何だか悔しい。
案の定というか二の轍を踏んだというか。
無様にも再び水溜まりへ尻もちをついてしまった。
「何やってるの、名無しちゃ〜ん。」
「くっ……明日から体幹鍛えるメニューを筋トレにぶち込みます…!」
クツクツと口元を押さえて笑う五条。
心底悔しそうに歯を食いしばる名無しに対して「ほら、大丈夫?」と口元を愉しそうに歪めるのであった。
俗物レイニー・デイ
「……下着までずぶ濡れで気持ち悪いです……」
「そりゃあねぇ、水溜まりであんなにはしゃぐからぁ。」
「誰かさんがセクハラをしなければはしゃぎませんでしたよ、もう!」
ぷりぷり怒る生徒の後ろ姿を見ながら『じゃ、風邪引いてもいけないからホテル行っちゃう?』……なんて。
(言ったら顔を真っ赤にして怒るんだろうな〜)
見たいような、これ以上機嫌を損ねさせたくないような。
にやける顔を我慢するように、口元をモニョモニョさせながら五条悟は雨の中のんびり歩くのであった。