2012 spring┊︎short story
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課外授業の帰り。
伊地知との待ち合わせ場所までまだ暫く歩く必要があったのだが――
「あ。雨。」
梅雨の時期だから仕方ないのだが、地下通路から地上に上がれば夕立の土砂降りだった。
五条は「あーあ。」と肩を竦め、名無しはというと……
「こんなこともあろうかと。」
荷物から取り出したのは折り畳み傘。
ちょっと自慢げな表情なのは気のせいではないはず。
紺色の地色に白い花柄。地味過ぎず、しかし派手過ぎず。
適度に可愛らしいそれは彼女らしいといえば彼女らしかった。
「名無し、準備いいねぇ。」
「そうでしょう、そうでしょう。じゃ、ちょっとコンビニで五条先生のビニール傘買ってき」
「い〜れ〜て。」
彼の分を買いに行くため名無しが傘を開いた瞬間、わざわざ身を屈めてするりと体を滑り込ませる五条。
190cm超の男が少女の傘に無理矢理入る姿は少し……いや、かなり滑稽だ。
「ご、五条先生。折り畳み傘ですよ?これ。」
「知ってる。」
「小さいんですから二人は無理ですよ?」
「くっつけばだぁいじょうぶ。ね?僕も入れて?おねが〜い。」
あざとく首を傾げる五条。
こんな雨の中放ったらかすのも気が引ける。
名無しの良心に訴えかけているのを分かってやっているのだから、本当にこの男はタチが悪い。
「じゃあ、五条先生が傘を持ってくださいね。」
「勿論。ちゃーんと名無しは濡らさないようにするから安心してね」
「いえ。そしたら五条先生が入っている意味がなくなるでしょう?私のことはお構いなく。ちゃんと差してください」
人混みに隠れそうだった高さの傘が、ひょこりと頭一つ分高くなる。
傘の波の中で紺色の傘が歩調に合わせてゆらゆら揺れた。
「なに言ってるの。エスコート、ちゃんとさせて頂きますからね、お嬢様?」
「そんなこと言う前にきちんと傘を用意したらどうですか?セバスチャン。」
「えー、だってぇ。ビニール傘って買ったらどんどん溜まっちゃうじゃん?邪魔じゃない?」
「言わんとしてることは分かりますけど。」
他愛ない会話と、一瞬の茶番劇。
普段よりも距離が近い教師と生徒は、伊地知との待ち合わせ場所までのんびり向かう事にした。
***
「伊地知、おっそ〜い。」
「えぇ…予定時間より早く来たのに…」
「すみません、伊地知さん。ありがとうございます。」
車に乗った途端、五条からはクレーム。
名無しからは申し訳なさそうな声でお礼を言われた伊地知。
理不尽極まりない五条の言葉も、可愛い後輩かつ女子高生にフォローされれば一瞬にして馬耳東風になるというものだ。
「お二人共、タオル使われますか?」
「あ、ありがとうございます。すみません、わざわざ。」
「いえ。…って、五条さんはタオル必要なかったですね。」
「…?いえ、むしろ私はあまり濡れていなくて…五条先生、絶対濡れてますよね?」
実際、名無しは殆どと言っていい程濡れていなかった。
それは五条が気を遣って傘を名無し側へ傾けてくれていたおかげだと思っていたのだが――。
「あー…伊地知ィ、なんでそんな冷たいこと言っちゃうのかなぁ?」
「ひっ!だ、だって昔、無下限術式あるから『傘要らず』って自慢してきたじゃないですか!?」
びしょ濡れになった伊地知を指差して『俺は無下限あるから大丈夫だも〜ん』なんて、高専時代に大笑いしていた五条を思い出す伊地知。
煩わしい雨水も、無下限フィルタにて指定してやれば自動的に雨合羽を着ているかのように濡れずに済むというもの。
なるほど、そういう使い方があるのか。
名無しは目から鱗と言わんばかりに感心し、小さく頷きそうになった。
「……って、ちょっと待って下さい。じゃあ傘入る必要なかったじゃないですか。」
「だってぇ。雨の中傘を差さずに歩いてると目立つでしょ?」
「じゃあちゃんと折り畳み傘持ち歩いてくださいよ…」
「えー、でも名無しが持ってるし。」
「答えになってませんよ、もう。」
五条の言うことは尤もである。
そうでなくとも高身長・白髪・目隠し・黒ずくめと目立つ要素が目白押しなのだ。
言いたいことは分かるが、では尚更傘を持つべきではないのか。
答えになっていない返答をする担任に、ついつい名無しは溜息を隠すことなく零すのであった。
今更相合傘が恥ずかしくなってきて、赤くなった頬を隠すようにタオルに顔をそっと埋めて。
アンブレラな諸事情
(相合傘がしたかったなんて言ったら、どんな顔するのかねぇ。)
呆れ返ってしまった可愛い生徒を横目に見ながら、五条は小さく肩を竦める。
合法的に彼女とくっついて歩くにはこれが一番自然だと思ったのだが。
呆気なく種明かしをしてしまった伊地知に恨みさえ湧いてくる。
「あ。伊地知、後でマジデコピンね。」
「り、理不尽が過ぎませんか!?」
頭蓋骨陥没くらいで許してやろう。
しかし、青ざめる伊地知の表情が――というより五条の視界がもふりと柔らかい白に覆い隠される。
柔軟剤が効いたふかふかのタオル。
清潔そうな洗剤の香りがほのかに香り、伊地知へ向けられていた恨み辛みが一瞬にして溶けてしまった。
「五条先生。わざわざ伊地知さん、予定より早めにお迎えに来て下さったんですよ?言い掛かりは良くないです。」
僕へタオルを押し付けてきたのは、呆れた顔をした名無し。
困ったように眉を寄せ、小さく溜息を吐き出す姿は年相応よりも大人びて見えた。
「本当に濡れてませんか?風邪引かないで下さいね。」
「え、風邪引いたら名無しが看病してくれるの?」
「わざと風邪引くようでしたら放置します。」
心配性な彼女の言葉に胸を躍らせたのはほんの一瞬。
取り付く島もないような名無しの言葉に僕は小さく肩を竦め「冗談だよ。」と笑うのであった。
伊地知との待ち合わせ場所までまだ暫く歩く必要があったのだが――
「あ。雨。」
梅雨の時期だから仕方ないのだが、地下通路から地上に上がれば夕立の土砂降りだった。
五条は「あーあ。」と肩を竦め、名無しはというと……
「こんなこともあろうかと。」
荷物から取り出したのは折り畳み傘。
ちょっと自慢げな表情なのは気のせいではないはず。
紺色の地色に白い花柄。地味過ぎず、しかし派手過ぎず。
適度に可愛らしいそれは彼女らしいといえば彼女らしかった。
「名無し、準備いいねぇ。」
「そうでしょう、そうでしょう。じゃ、ちょっとコンビニで五条先生のビニール傘買ってき」
「い〜れ〜て。」
彼の分を買いに行くため名無しが傘を開いた瞬間、わざわざ身を屈めてするりと体を滑り込ませる五条。
190cm超の男が少女の傘に無理矢理入る姿は少し……いや、かなり滑稽だ。
「ご、五条先生。折り畳み傘ですよ?これ。」
「知ってる。」
「小さいんですから二人は無理ですよ?」
「くっつけばだぁいじょうぶ。ね?僕も入れて?おねが〜い。」
あざとく首を傾げる五条。
こんな雨の中放ったらかすのも気が引ける。
名無しの良心に訴えかけているのを分かってやっているのだから、本当にこの男はタチが悪い。
「じゃあ、五条先生が傘を持ってくださいね。」
「勿論。ちゃーんと名無しは濡らさないようにするから安心してね」
「いえ。そしたら五条先生が入っている意味がなくなるでしょう?私のことはお構いなく。ちゃんと差してください」
人混みに隠れそうだった高さの傘が、ひょこりと頭一つ分高くなる。
傘の波の中で紺色の傘が歩調に合わせてゆらゆら揺れた。
「なに言ってるの。エスコート、ちゃんとさせて頂きますからね、お嬢様?」
「そんなこと言う前にきちんと傘を用意したらどうですか?セバスチャン。」
「えー、だってぇ。ビニール傘って買ったらどんどん溜まっちゃうじゃん?邪魔じゃない?」
「言わんとしてることは分かりますけど。」
他愛ない会話と、一瞬の茶番劇。
普段よりも距離が近い教師と生徒は、伊地知との待ち合わせ場所までのんびり向かう事にした。
***
「伊地知、おっそ〜い。」
「えぇ…予定時間より早く来たのに…」
「すみません、伊地知さん。ありがとうございます。」
車に乗った途端、五条からはクレーム。
名無しからは申し訳なさそうな声でお礼を言われた伊地知。
理不尽極まりない五条の言葉も、可愛い後輩かつ女子高生にフォローされれば一瞬にして馬耳東風になるというものだ。
「お二人共、タオル使われますか?」
「あ、ありがとうございます。すみません、わざわざ。」
「いえ。…って、五条さんはタオル必要なかったですね。」
「…?いえ、むしろ私はあまり濡れていなくて…五条先生、絶対濡れてますよね?」
実際、名無しは殆どと言っていい程濡れていなかった。
それは五条が気を遣って傘を名無し側へ傾けてくれていたおかげだと思っていたのだが――。
「あー…伊地知ィ、なんでそんな冷たいこと言っちゃうのかなぁ?」
「ひっ!だ、だって昔、無下限術式あるから『傘要らず』って自慢してきたじゃないですか!?」
びしょ濡れになった伊地知を指差して『俺は無下限あるから大丈夫だも〜ん』なんて、高専時代に大笑いしていた五条を思い出す伊地知。
煩わしい雨水も、無下限フィルタにて指定してやれば自動的に雨合羽を着ているかのように濡れずに済むというもの。
なるほど、そういう使い方があるのか。
名無しは目から鱗と言わんばかりに感心し、小さく頷きそうになった。
「……って、ちょっと待って下さい。じゃあ傘入る必要なかったじゃないですか。」
「だってぇ。雨の中傘を差さずに歩いてると目立つでしょ?」
「じゃあちゃんと折り畳み傘持ち歩いてくださいよ…」
「えー、でも名無しが持ってるし。」
「答えになってませんよ、もう。」
五条の言うことは尤もである。
そうでなくとも高身長・白髪・目隠し・黒ずくめと目立つ要素が目白押しなのだ。
言いたいことは分かるが、では尚更傘を持つべきではないのか。
答えになっていない返答をする担任に、ついつい名無しは溜息を隠すことなく零すのであった。
今更相合傘が恥ずかしくなってきて、赤くなった頬を隠すようにタオルに顔をそっと埋めて。
アンブレラな諸事情
(相合傘がしたかったなんて言ったら、どんな顔するのかねぇ。)
呆れ返ってしまった可愛い生徒を横目に見ながら、五条は小さく肩を竦める。
合法的に彼女とくっついて歩くにはこれが一番自然だと思ったのだが。
呆気なく種明かしをしてしまった伊地知に恨みさえ湧いてくる。
「あ。伊地知、後でマジデコピンね。」
「り、理不尽が過ぎませんか!?」
頭蓋骨陥没くらいで許してやろう。
しかし、青ざめる伊地知の表情が――というより五条の視界がもふりと柔らかい白に覆い隠される。
柔軟剤が効いたふかふかのタオル。
清潔そうな洗剤の香りがほのかに香り、伊地知へ向けられていた恨み辛みが一瞬にして溶けてしまった。
「五条先生。わざわざ伊地知さん、予定より早めにお迎えに来て下さったんですよ?言い掛かりは良くないです。」
僕へタオルを押し付けてきたのは、呆れた顔をした名無し。
困ったように眉を寄せ、小さく溜息を吐き出す姿は年相応よりも大人びて見えた。
「本当に濡れてませんか?風邪引かないで下さいね。」
「え、風邪引いたら名無しが看病してくれるの?」
「わざと風邪引くようでしたら放置します。」
心配性な彼女の言葉に胸を躍らせたのはほんの一瞬。
取り付く島もないような名無しの言葉に僕は小さく肩を竦め「冗談だよ。」と笑うのであった。