2012 autumn┊︎short story
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「五条さん、何か嫌なことありました?」
寮の一室。
任務が終わって、まだ夕方だったので名無しの寮の部屋へふらりと立ち寄った。
網膜が燃えるような茜色がレースカーテンを通り抜け、柔らかく部屋の中を薔薇色に染め上げている。
名無しの使っているベッドに頭を預けていれば、唐突に先程の問いが投げかけられた。
「なんで?」
「何となく。」
名無しの勘。
それは存外馬鹿に出来るものではなく、誰にも気づかれない僕の嘘もあっさり剥がしてくるから本当に怖い。
「大丈夫だよ。なにせ僕、『最強』だからさ。」
些細なこと。
そう、これは些細なことだ。
任務のストレス。
上層部からの陰湿な嫌がらせ。
ヘイトは溜まりさえすれど、それをこの子にぶちまけるわけにはいかない。
常套句のような取り繕いをすれば、名無しは珍しく露骨に嫌そうな表情で顔を歪めた。
「――前から思っていたんですけど、」
「ん?」
「私その口癖、好きじゃないんですよね。」
好きじゃない。
――珍しい。
あまり他人のあれやこれを否定的に断ずることがない名無しが、『好きじゃない』と言ってきた。
「え〜、事実なのに?」
「事実ですけど。」
言葉を選ぶように思考を一巡させ、口を開く。
「頑張りすぎてるから、嫌なんです。」
具体性のない、一言。
流石の僕もそれにはついつい首を傾げてしまう。
名無しも選ぶ言葉が足りなさ過ぎた自覚があるらしい。
「ちょっと待ってください、これじゃあ伝わりませんね。」と一言断わり、改めて熟考し始めた。
一分程沈黙が流れ、名無しはぽつりぽつりと慎重に言葉を紡ぐ。
「五条さんは、教職だけじゃなくて呪術師の任務もこなされてるじゃないですか。」
「うん。そーだね。」
「特級ですし。」
「そーだね。」
「知ってます?最強って、大抵孤独なんですよ。」
「うん。」
「寂しがり屋のくせに。」
「うん。」
「頑張れば頑張る程、ひとりになるの分かってるくせに。」
「うん。」
「それなのに『最強』から逃げないじゃないですか。」
「そうだよ。」
「だから、好きじゃないです。」
一呼吸置いて、深呼吸。
「傷つかないって自分に言い聞かせてるみたいで、私は好きじゃありません。」
それは世界一やさしい『好きじゃない』。
本質的なところを的確に突いてくるあたり、本当に聡く、敏い。
相手の深層心理を暴く術式でも持っているんじゃないかと勘繰ってしまいそうになるくらいだ。
……いや。何でもかんでも呪いに当て嵌めるのは悪い癖だ。
これは――彼女が僕をよく見て、僕のことをよく考えて、丁寧に言葉を選んで伝えてくれたものなのだから。
術式だの呪いだのに直結するのは職業病とはいえ、無粋極まりない。
「……愚痴ってもいーの?」
「駄目だなんて今まで一言も言ってませんよ?」
「すっごく長いし聞いてて気持ちのいいものじゃないよ?」
「愚痴なんて大抵そんなものですよ。」
「腹立つこととかいっぱいあるよ?」
「一緒に怒って差し上げます。」
「愚痴っぽい先生って嫌じゃない?」
「別にいいんじゃないですか?私は口は固い方ですよ。」
「次の日になったら忘れてくれる?」
「すみません、記憶力は悪くない方なので多分忘れません。」
「えー」
「忘れませんよ。五条さんが嬉しかったこと、嫌だったこと、楽しかったこと。教えてくださったことを忘れるわけないじゃないですか。」
丁寧に洗濯物を畳みながら名無しは笑う。
それはさながら映画のワンシーンのようだった。
伏せがちの瞼。
丁寧な手つき。
逆光になっているものの、その翳りすら和らぐような表情。
そして、極めつけは殺し文句のような台詞。
「……名無しさぁ、そういうとこって無意識?」
「どういうとこですか?」
「いや、天然は怖いなって話。」
「私は大真面目なんですけど。」
「ごめんごめん。」
気づいていないのがタチ悪い。
でも不思議と不快感はなくて、腹の奥からぽかぽかと温まるような……
もしくは、喉の奥からころころと笑ってしまいそうな、そんな弾む気持ちにさせられた。
「でもねぇ。最近、最強も悪くないなって思ってるんだよ?」
「……というのは?」
「だって、頑張って追いかけて来てくれる可愛い教え子がいるからね。」
以前、彼女に言った言葉。
『僕に置いていかれないくらい、強くなってよ。』
それは指針のように。悪くいえば呪いや枷のように。
切磋琢磨しあう同級生もいないというのに、サボらず、手を抜かず、鍛錬に励む姿は心臓を鷲掴みにされるような気分になった。
努力と誠実、勤勉で真面目。
自分に厳しく、周りの人間にそこそこ甘い名無しは鮮やかな程に眩しくて――
黄昏ワンルーム
「じゃあ可愛い生徒が追いつけるように『最強』の手を抜いたらどうです?」
「えー。手を抜いた状態で追いついて嬉しい?」
「分かってて聞いてくるんですか。性格悪いですよ。」
畳み終わった洗濯物を重ね、名無しが立ち上がる。
「さて。愚痴のお供にココアでも入れましょうか?」
「マシュマロ浮かべてくれるの?」
「勿論、五条さん用にご用意してますよ。」
そう言って取り出すのは無印良品のマシュマロの袋。
ニンマリ笑う顔はドヤ顔にも見える。うーん可愛い。
「とびきり甘いの入れましょうね。疲れがどっかへ吹き飛んじゃうようなやつ。」
寮の一室。
任務が終わって、まだ夕方だったので名無しの寮の部屋へふらりと立ち寄った。
網膜が燃えるような茜色がレースカーテンを通り抜け、柔らかく部屋の中を薔薇色に染め上げている。
名無しの使っているベッドに頭を預けていれば、唐突に先程の問いが投げかけられた。
「なんで?」
「何となく。」
名無しの勘。
それは存外馬鹿に出来るものではなく、誰にも気づかれない僕の嘘もあっさり剥がしてくるから本当に怖い。
「大丈夫だよ。なにせ僕、『最強』だからさ。」
些細なこと。
そう、これは些細なことだ。
任務のストレス。
上層部からの陰湿な嫌がらせ。
ヘイトは溜まりさえすれど、それをこの子にぶちまけるわけにはいかない。
常套句のような取り繕いをすれば、名無しは珍しく露骨に嫌そうな表情で顔を歪めた。
「――前から思っていたんですけど、」
「ん?」
「私その口癖、好きじゃないんですよね。」
好きじゃない。
――珍しい。
あまり他人のあれやこれを否定的に断ずることがない名無しが、『好きじゃない』と言ってきた。
「え〜、事実なのに?」
「事実ですけど。」
言葉を選ぶように思考を一巡させ、口を開く。
「頑張りすぎてるから、嫌なんです。」
具体性のない、一言。
流石の僕もそれにはついつい首を傾げてしまう。
名無しも選ぶ言葉が足りなさ過ぎた自覚があるらしい。
「ちょっと待ってください、これじゃあ伝わりませんね。」と一言断わり、改めて熟考し始めた。
一分程沈黙が流れ、名無しはぽつりぽつりと慎重に言葉を紡ぐ。
「五条さんは、教職だけじゃなくて呪術師の任務もこなされてるじゃないですか。」
「うん。そーだね。」
「特級ですし。」
「そーだね。」
「知ってます?最強って、大抵孤独なんですよ。」
「うん。」
「寂しがり屋のくせに。」
「うん。」
「頑張れば頑張る程、ひとりになるの分かってるくせに。」
「うん。」
「それなのに『最強』から逃げないじゃないですか。」
「そうだよ。」
「だから、好きじゃないです。」
一呼吸置いて、深呼吸。
「傷つかないって自分に言い聞かせてるみたいで、私は好きじゃありません。」
それは世界一やさしい『好きじゃない』。
本質的なところを的確に突いてくるあたり、本当に聡く、敏い。
相手の深層心理を暴く術式でも持っているんじゃないかと勘繰ってしまいそうになるくらいだ。
……いや。何でもかんでも呪いに当て嵌めるのは悪い癖だ。
これは――彼女が僕をよく見て、僕のことをよく考えて、丁寧に言葉を選んで伝えてくれたものなのだから。
術式だの呪いだのに直結するのは職業病とはいえ、無粋極まりない。
「……愚痴ってもいーの?」
「駄目だなんて今まで一言も言ってませんよ?」
「すっごく長いし聞いてて気持ちのいいものじゃないよ?」
「愚痴なんて大抵そんなものですよ。」
「腹立つこととかいっぱいあるよ?」
「一緒に怒って差し上げます。」
「愚痴っぽい先生って嫌じゃない?」
「別にいいんじゃないですか?私は口は固い方ですよ。」
「次の日になったら忘れてくれる?」
「すみません、記憶力は悪くない方なので多分忘れません。」
「えー」
「忘れませんよ。五条さんが嬉しかったこと、嫌だったこと、楽しかったこと。教えてくださったことを忘れるわけないじゃないですか。」
丁寧に洗濯物を畳みながら名無しは笑う。
それはさながら映画のワンシーンのようだった。
伏せがちの瞼。
丁寧な手つき。
逆光になっているものの、その翳りすら和らぐような表情。
そして、極めつけは殺し文句のような台詞。
「……名無しさぁ、そういうとこって無意識?」
「どういうとこですか?」
「いや、天然は怖いなって話。」
「私は大真面目なんですけど。」
「ごめんごめん。」
気づいていないのがタチ悪い。
でも不思議と不快感はなくて、腹の奥からぽかぽかと温まるような……
もしくは、喉の奥からころころと笑ってしまいそうな、そんな弾む気持ちにさせられた。
「でもねぇ。最近、最強も悪くないなって思ってるんだよ?」
「……というのは?」
「だって、頑張って追いかけて来てくれる可愛い教え子がいるからね。」
以前、彼女に言った言葉。
『僕に置いていかれないくらい、強くなってよ。』
それは指針のように。悪くいえば呪いや枷のように。
切磋琢磨しあう同級生もいないというのに、サボらず、手を抜かず、鍛錬に励む姿は心臓を鷲掴みにされるような気分になった。
努力と誠実、勤勉で真面目。
自分に厳しく、周りの人間にそこそこ甘い名無しは鮮やかな程に眩しくて――
黄昏ワンルーム
「じゃあ可愛い生徒が追いつけるように『最強』の手を抜いたらどうです?」
「えー。手を抜いた状態で追いついて嬉しい?」
「分かってて聞いてくるんですか。性格悪いですよ。」
畳み終わった洗濯物を重ね、名無しが立ち上がる。
「さて。愚痴のお供にココアでも入れましょうか?」
「マシュマロ浮かべてくれるの?」
「勿論、五条さん用にご用意してますよ。」
そう言って取り出すのは無印良品のマシュマロの袋。
ニンマリ笑う顔はドヤ顔にも見える。うーん可愛い。
「とびきり甘いの入れましょうね。疲れがどっかへ吹き飛んじゃうようなやつ。」