2014 autumn┊︎short story
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「名無しはさ、ワガママ言わないよね。」
恋の味、愛のカタチ
彼女は午前の授業が終わり、僕は午後からの任務までの僅かな間のことだった。
『時間がある時でいいので、また報告書のご確認をお願い致します』と渡してきたレポート用紙を受け取り、『今ここで確認しちゃうから、ソファに座っててよ』と僕は彼女に指示を出した。
遠慮がちに座った名無しの膝の上に、僕は無遠慮に寝転がる。
何か言いたげに彼女は僅かに口を開くが、どうやら小言を言うのを諦めたらしい。
照れたように頬を染め、僕と目を合わせないように明後日の方向を見る名無しがあまりにも可愛くて、報告書を確認すると言ったくせに目が離せなくて困った。
ストイックで、真面目で、自分に対して妥協しない。
その上危なっかしくて、掴もうと手を伸ばしてもすり抜けていく彼女は、水の中を泳ぐ魚のようにも思えた時期があった。
悪い意味で目が離せなかったのだが、今やこの有様だ。
晴れて恋人となった僕は好意を隠すことなく(今までも隠しているつもりはなかったのだが)こうして公然と恋人の地位を満喫している。
彼女のやわらかい太腿の感触を後頭部で楽しんでいる最中、天啓のように先程の言葉が浮かび、思わず口にした──というわけだ。
「何ですか、藪から棒に。」
「いや。仕事と私、どっちが大事なの!?とか、バッグ欲しい〜とかアクセサリー欲しい〜とか、全然ないじゃん。」
「普通言わないでしょう?」
「え?」
表情ひとつ変えず返ってきた回答に、僕は目隠しの奥で目を丸くする。
僕の反応を見た名無しは色々察したのだろう。呆れたように目を細め、小さく首を傾けた。
「五条さんの女性遍歴が爛れていたことは知っていましたけど、女性側も中々だったんですね…」
「お陰様で今は可愛い恋人にゾッコンだよ♡」
誤魔化し少々、本音九割で笑ってみせるが、そういった軽率な言葉は彼女に対して無意味だ。知っている。
だって「そういうのいいですから私よりお仕事優先してくださいね。」なんて言うんだから。
中々手強い。それも知ってたけど。
「でもさぁ、僕からばっかり『あーしたいこーしたい』って言ってるでしょ。」
「そうですね。」
「なんか不公平じゃない?」
「それはお願いを聞いている方が普通、『不公平』って不満を言うものじゃないんですか?」
確かに。
でも名無しは不公平の『不』の字も漏らしたりしない。
僕としては人一倍頑張り屋である彼女をこれでもかというくらい甘やかして、僕無しで生きていけなくなるくらい依存させたいのだが──
……それは流石にまだ黙っておこう。
「僕も名無しのワガママ聞きたーい。」
読んでいた報告書から視線を上げれば、名無しは困ったように笑っている。
「何でもいいよ。富?名声?権力?」
「私を石油王か独裁者にでも仕立て上げるおつもりですか?」
それも悪くないけど、誠実を擬人化したような彼女には正直似合わないだろう。
名声と権力は一息にあげることは出来ないけど、富なら、まぁ。
冥々さんが聞いたら目を光らせそうな話だが、きっと名無しは頑なに固辞するに違いない。
「いらないの?」と問えば「いりませんよ。」と彼女は笑う。
そんな無欲で、慎ましやかな名無しだからこそ、余計に与えたくなるのは一種の性だろう。
「何かあるでしょ」と再度催促すれば適当に流すわけでもなく、思いつきで答えるわけでもない。
「うーん」と唸って首を捻る名無し。
僕のこうした些細な望みを、こうして真剣に考えてくれるところも、どうしようもなく愛おしい。
「じゃあ次の日、五条さんが前教えてくれたカフェの、期間限定のパフェを食べに行きたいです。」
僕を膝に乗せたまま、ふわりと蕾が綻ぶように名無しが笑う。
二週間程前、僕が一人言のようにぼやいた『パフェ食べた〜い』という言葉も、彼女はしっかり覚えてくれている。
そんな何でもない、取るに足らないような僕の呟きすら、しっかり彼女の記憶に残してくれているという事実に、愛を感じないわけがなかった。
好き。好き。愛してる。
うんと甘やかして、どうしようもないくらい骨抜きにしたいくらい。
今まで《好意》という感情の中で最上位に君臨していた『友愛』よりも、もっともっと甘酸っぱくて、尊くて。
世界中へ自慢したいのに、大事に大事に仕舞っておきたくなるような、狂おしさに満ちたこの気持ちが愛だと言うなら、文字どおり体の内側から焦がれてしまいそうだ。
ぎゅっと心臓を掴まれるような愛おしさで、たまらなく苦しくて、擽ったくて、叫びたくなった。
……けどまぁ。僕も一応大人である。世間体も一応ある。あまり意識してないけど。
折角膝枕してもらっているのだから、ここで衝動のまま押し倒してキスを貪ったり、欲望のまま猫可愛がりでもした日には、暫く不審者を見るような目で警戒されるに決まっている。
勝て。勝て。僕のなけなしの理性。
大きく息を吸い、静かに息を吐く。
決して深呼吸だと悟られることないように、それは静かに、細やかに。
「………………それ、僕得じゃない?」
「そうですかね?五条さんが美味しそうに食べてるところを見たいんですけど……駄目ですか?」
冷静さを勝ち取り、勝利のブイサインをキメていた僕の残念な理性が、うっかり背後から暗殺されそうになった。あっぶね。
あざとく狙った発言ならいっそ笑い話になるのだが、辛勝した僕の理性にとって今は致命傷になりかねない。
頑張れ、僕のインテリジェンスと、大人としての見栄。
「……名無しって男に生まれてたら、ナチュラルボーン女誑しになってそうだよねぇ」
「えっ、何で今貶されたんですか。」
自覚なく可愛いことを言っちゃうのが、尚のことタチが悪い。
取り付けた約束を念押しするべく、僕は笑いながら「じゃあ、次の休みにね。」とやわらかい太腿へ頬を擦り寄せた。
恋の味、愛のカタチ
彼女は午前の授業が終わり、僕は午後からの任務までの僅かな間のことだった。
『時間がある時でいいので、また報告書のご確認をお願い致します』と渡してきたレポート用紙を受け取り、『今ここで確認しちゃうから、ソファに座っててよ』と僕は彼女に指示を出した。
遠慮がちに座った名無しの膝の上に、僕は無遠慮に寝転がる。
何か言いたげに彼女は僅かに口を開くが、どうやら小言を言うのを諦めたらしい。
照れたように頬を染め、僕と目を合わせないように明後日の方向を見る名無しがあまりにも可愛くて、報告書を確認すると言ったくせに目が離せなくて困った。
ストイックで、真面目で、自分に対して妥協しない。
その上危なっかしくて、掴もうと手を伸ばしてもすり抜けていく彼女は、水の中を泳ぐ魚のようにも思えた時期があった。
悪い意味で目が離せなかったのだが、今やこの有様だ。
晴れて恋人となった僕は好意を隠すことなく(今までも隠しているつもりはなかったのだが)こうして公然と恋人の地位を満喫している。
彼女のやわらかい太腿の感触を後頭部で楽しんでいる最中、天啓のように先程の言葉が浮かび、思わず口にした──というわけだ。
「何ですか、藪から棒に。」
「いや。仕事と私、どっちが大事なの!?とか、バッグ欲しい〜とかアクセサリー欲しい〜とか、全然ないじゃん。」
「普通言わないでしょう?」
「え?」
表情ひとつ変えず返ってきた回答に、僕は目隠しの奥で目を丸くする。
僕の反応を見た名無しは色々察したのだろう。呆れたように目を細め、小さく首を傾けた。
「五条さんの女性遍歴が爛れていたことは知っていましたけど、女性側も中々だったんですね…」
「お陰様で今は可愛い恋人にゾッコンだよ♡」
誤魔化し少々、本音九割で笑ってみせるが、そういった軽率な言葉は彼女に対して無意味だ。知っている。
だって「そういうのいいですから私よりお仕事優先してくださいね。」なんて言うんだから。
中々手強い。それも知ってたけど。
「でもさぁ、僕からばっかり『あーしたいこーしたい』って言ってるでしょ。」
「そうですね。」
「なんか不公平じゃない?」
「それはお願いを聞いている方が普通、『不公平』って不満を言うものじゃないんですか?」
確かに。
でも名無しは不公平の『不』の字も漏らしたりしない。
僕としては人一倍頑張り屋である彼女をこれでもかというくらい甘やかして、僕無しで生きていけなくなるくらい依存させたいのだが──
……それは流石にまだ黙っておこう。
「僕も名無しのワガママ聞きたーい。」
読んでいた報告書から視線を上げれば、名無しは困ったように笑っている。
「何でもいいよ。富?名声?権力?」
「私を石油王か独裁者にでも仕立て上げるおつもりですか?」
それも悪くないけど、誠実を擬人化したような彼女には正直似合わないだろう。
名声と権力は一息にあげることは出来ないけど、富なら、まぁ。
冥々さんが聞いたら目を光らせそうな話だが、きっと名無しは頑なに固辞するに違いない。
「いらないの?」と問えば「いりませんよ。」と彼女は笑う。
そんな無欲で、慎ましやかな名無しだからこそ、余計に与えたくなるのは一種の性だろう。
「何かあるでしょ」と再度催促すれば適当に流すわけでもなく、思いつきで答えるわけでもない。
「うーん」と唸って首を捻る名無し。
僕のこうした些細な望みを、こうして真剣に考えてくれるところも、どうしようもなく愛おしい。
「じゃあ次の日、五条さんが前教えてくれたカフェの、期間限定のパフェを食べに行きたいです。」
僕を膝に乗せたまま、ふわりと蕾が綻ぶように名無しが笑う。
二週間程前、僕が一人言のようにぼやいた『パフェ食べた〜い』という言葉も、彼女はしっかり覚えてくれている。
そんな何でもない、取るに足らないような僕の呟きすら、しっかり彼女の記憶に残してくれているという事実に、愛を感じないわけがなかった。
好き。好き。愛してる。
うんと甘やかして、どうしようもないくらい骨抜きにしたいくらい。
今まで《好意》という感情の中で最上位に君臨していた『友愛』よりも、もっともっと甘酸っぱくて、尊くて。
世界中へ自慢したいのに、大事に大事に仕舞っておきたくなるような、狂おしさに満ちたこの気持ちが愛だと言うなら、文字どおり体の内側から焦がれてしまいそうだ。
ぎゅっと心臓を掴まれるような愛おしさで、たまらなく苦しくて、擽ったくて、叫びたくなった。
……けどまぁ。僕も一応大人である。世間体も一応ある。あまり意識してないけど。
折角膝枕してもらっているのだから、ここで衝動のまま押し倒してキスを貪ったり、欲望のまま猫可愛がりでもした日には、暫く不審者を見るような目で警戒されるに決まっている。
勝て。勝て。僕のなけなしの理性。
大きく息を吸い、静かに息を吐く。
決して深呼吸だと悟られることないように、それは静かに、細やかに。
「………………それ、僕得じゃない?」
「そうですかね?五条さんが美味しそうに食べてるところを見たいんですけど……駄目ですか?」
冷静さを勝ち取り、勝利のブイサインをキメていた僕の残念な理性が、うっかり背後から暗殺されそうになった。あっぶね。
あざとく狙った発言ならいっそ笑い話になるのだが、辛勝した僕の理性にとって今は致命傷になりかねない。
頑張れ、僕のインテリジェンスと、大人としての見栄。
「……名無しって男に生まれてたら、ナチュラルボーン女誑しになってそうだよねぇ」
「えっ、何で今貶されたんですか。」
自覚なく可愛いことを言っちゃうのが、尚のことタチが悪い。
取り付けた約束を念押しするべく、僕は笑いながら「じゃあ、次の休みにね。」とやわらかい太腿へ頬を擦り寄せた。